#199 女の勘は千里を駆ける
「さっきの貧乳か。怪我も満足に治療してないくせにこんな所で何してんだ? あの程度の攻撃すら避けられんお前の実力だと、これから向かう先は危険だぞ? ほれ、ポーションやるから大人しく俺の帰りを待ってろ」
何せ相手は、速度だけは一丁前だからな。アンリエットやユニは一撃でやられる危険はないから大丈夫だろうけど、こっちはその一撃で脇腹えぐられてんだ。避けられるほど反応も良くないし、ハッキリ言わせてもらえば邪魔以外の何物でもないんでさっさと帰って欲しい。
相手は貧乳とはいえ美少女エルフ。既に心証は最悪待ったなしってレベルまで低いが、最悪じゃない――と思いたいのでmポーション賄賂で好感度稼ぎだ。
さてそんな貧乳美少女エルフだが、やはりそのあたりの事はデリケートな話題だったようで、眉間にものすんごい縦シワを刻みながら睨み付けてきただけで怒鳴り声を上げない。それだけ重傷なのか。それとも危険な行為であるという事をちゃんと理解しているのか。
「下等な人種が……っ。誰に向かってそんな言葉をかけてるか分かってるの?」
「貧乳エルフ」
「貧乳言うなぁ! アタシはまだ成長期に入ってないだけ――っぐ!?」
「声が大きいぞ~。傷が開いても治してやるけど、勝手についてきたんだから今度は助けんぞ~」
ひらひらと神経逆撫でダンスをしてやると、ぐぎぎと唸りながらも黙るしかない。
しかし……他の女性もちゃんとチェックしてはいたが、ほとんどは目の前のエルフとそう変わらないつつましすぎる膨らみだった。まぁ一部シリアみたいな例外もいるにはいた。きっとあっち側の仲間になりたいと思っているんだろうな。
「別に助けてなんていった覚えはないし、言うつもりもないわ。というか、汚らわしいほど卑しい人種如きが、あの化け物に勝てるとでも思ってるの?」
「勝つに決まってんだろ。そうしなきゃコイツが俺の事を見限って、1から馬車の引き手を探すっつーメンドイ事しなきゃなんなくなるからな。意地でもこの世から消し飛ばす」
「理由弱っ!? そんな程度の理由で命を懸けるなんて、やはり人種って言うのは愚かで度し難いほどの低能ね」
「命かける程の相手じゃないっての」
そう文句を言うだけで、最近マリアが居なくなって暇そうにしているアンリエットとよく遊ぶからなのか、その忠誠度がユニと比べてかなり高くなり、すぐに目の色を変えてずい……と近づく。その迫力はそこそこある。
「ご主人様を馬鹿にするのなの? 許さないのなの」
「話が進まんから少し黙っててな。で? 何だってついて来た。どう考えてもお前じゃ勝てないぞ」
エルフレベルでどうなのか知らんが、2・3割解放の俺でも距離によっては避けられないほどの速度で迫る攻撃を避けれない時点で、こいつ等の勝ちの目はゼロ。もしや超長距離からの狙撃であれば万が一ってのも考えられなくはないが、そんな事が出来ていれば今頃はここまでの騒ぎになってない。
「このアタシがあんな下等生物程度に負ける訳がないのよ」
「思いっきり怪我してんだろ」
「これは下等な人種の卑怯極まる所業によって受けたものだ」
「ナンテヒドイヤツダユルセンナ」
「諸悪の根源たる貴様が何を言うかぁ!! うぐぐ……」
怒鳴りながらの〈微風〉をひらりと躱し、さっさと黒い奴の所まで駆け抜ける。その間中、アンリエットがずっと貧乳美少女エルフをとんでもない目でじっと見つめ、そんな突き刺さるような視線に心地の悪さを感じているんだろう。さらにこっちに向かって何とかしろって意味の込められた鋭い眼光を向けて来るが当然無視。
そろそろ黒い奴の射程距離(仮定)に飛び込むので、全員に人差し指を口の前に持って来て静かにしろとジェスチャーで指示を出す。
ちなみに。黒い奴は俺が吹っ飛ばしてから立ち上がりくらいはしたみたいだが、何故かそこから一歩たりとも動いていない。動けないのか?
確認のために少しだけユニ達から離れ、剣を抜いてわざと殺気を出してみると、黒い奴が速攻で触手を伸ばしてきたので遠慮なく斬撃を叩き込んでみると、思いの外あっさりと細切れにする事が出来た。さて……ここからどうなるかな。
ボトリボトリと落ちる黒い触手をじっと観察してると、すぐにゼリーが溶けるみたいに地面にだらしなく広がって、ほどなくして煙のように消えていったんだが、そこに何か秘密あるようで〈万能感知〉に数秒ほど毒物を示す反応が出たんで即座に〈収納宮殿〉に取り込めば、ユニ達に被害が行く事はない。
存在自体も厄介だが、毒が拡大するとなると触手を斬ったら斬ったでこれまた厄介だ。
という訳で、一度作戦会議って事で黒い奴の攻撃範囲から一時撤退。距離は俺が1メートル間隔で殺気を出し、それが攻撃じゃなくて移動になったら大まかな距離を目算。結果として約200メートル内で殺気なり魔法なりの発動を認識。即座に触手が接近してくるので、斬り飛ばしては〈収納宮殿〉にポーイ。こうすれば謎毒が発生する事もないんで、安心・安全に接近できる。
「さて。一応の準備が整ったんでさっさと行くぞ」
「分かりました」
「ご主人様、頑張るのなの」
「仕方ないわね。アタシもついてってあげるわ。惰弱な人種に知能の低そうな獣に空っぽ頭の小物。それらをこの優秀で町一番の戦士でもあるこのサディナ様が指揮してあげるわ――って話を聞きなさいよ!」
何やらつつましい胸を張りながらアホな宣言をしていたんで、俺等は揃って無視を決め込んだんだが、当然そんな扱いを気に入る訳がないんですぐさま怒鳴り散らしながら俺達の前に立ちふさがって来た。こいつは今の状況を理解してんのか?
「なんだよ。つーか邪魔だからついてくんなよ」
「そうなのそうなの。お前弱いからご主人様の邪魔なの」
「たかが小物が大した口を利くじゃない。アタシを本気にさせたらどれだけ怖いか分かっていないようね。ここは1つ――年長者として躾ける必要があるようね」
「そこは年配じゃないのか?」
「アタシはまだ150よ!」
「こっちからすりゃ十分に婆さんだ。何せ100も生きられない貧弱な種族だからな」
「ぬぎぐぐぐ……貴様みたいな人の神経を逆撫でする人種は初めてだ!」
はっはっは。別に逆撫でしているつもりは全くないんだがね。ここでお前は人じゃなくてエルフだろうって反論すれば、さらにやかましくなるだろうからそっと胸の内にしまっておこう。そろそろ奴の領域に踏み込むからな。
「こっから先は喋るなよ」
「貧弱で低能な人種に言われなくても分かってるわよ」
これも調査して分かった事だが、奴の敵を感じ取るセンサーは内外でハッキリしていた。
センサー内部であれば、たとえ虫の羽音程度が範囲ギリギリであっても察知できるが、そこから一歩でも外に出るとジェット機並の爆音をかき鳴らしても亀の歩みみたいにゆっくりと動くだけ。それは生物としては異常だと言えなくもないが、全身液体っぽい存在はまず生き物ってカテゴリーからは外れてるだろ。
そんな事を考えながら攻撃範囲の内部に侵入。俺達は特段変わりなく歩を進めるが、あれだけ息巻いて指示してやるなんて大言を吐いていたサディナは、列の一番後ろで表情は硬く。おっかなびっくりって感じでついて来てる。この辺でわっ! って驚かせたりしたら大層面白い物が見れるだろうけど自重自重。
程なくして例の黒を発見したが、やっぱりっつーかなんつーかボーっと突っ立ったままやはり動く気配がない。
『さてどうするかな』
『簡単な事です。あれを消滅させればよいではありませんか。それが目的なのですから』
『まぁそりゃそうか』
いつまでこうしていても時間が解決するような未来は待ってない。という訳で、準備をするんでユニ達に離れるようパーティーチャットで指示を出す。ついでにサディナも連れてってもらったので準備を始める。
まずは四方を壁で囲む。使用するのは神壁――はさすがに無理なんでオリハルコン。それをある程度の衝撃でもビクともしないように深く深く突き刺してしっかり固定。その際に滅茶苦茶反撃されたが、避けるに十分な距離を取っておいたんで、厚さ50センチの板――俺的には板なそれが少しボコボコになったくらいで、包囲に対する影響は皆無と言っていいんでないかな。
それを3層くらい。継ぎ目が重ならないようにしながら地面に突き刺せば十分だろ。
「っし。お前等こっちゃ来い」
最後に階段を創造して全員をオリハルコン板の上まで案内。ここでなら十分に俺の勇姿を見せつける事が出来るだろう。
「じゃ。ちょっくら始めるとすっか」
「せいぜい圧倒してくださいね」
「わーってるよ。生意気な従魔だな」
まず取り出すはとある魔石。これはその辺に落ちてる石ころを〈品質改竄〉で50くらいまで引き上げて完成させた物。アニーには大変好評で、おかげでぎょうさん儲ける事が出来たわと抱きしめてくれた。その時にもう少しだけ胸元にボリュームがあれがなおよか――殺気っ!?
「あ」
「「「あ」」」
いないはずのアニーの殺気に振り返った瞬間。見事に足を滑らせて大量の魔石ごと穴の中に落下。その数秒後。3重に並べたオリハルコンの板がくの字に折れ曲がるほどの衝撃と熱波が逃げ道である上空に向かって吹っ飛んでいった。




