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#198 ぐへへ……ありがとうございます

「おやおや。これはまぁひどい有様だ」


 一足先に到着してみると、既に事が終わっていたようで辺りには濃厚な血の臭いと多くの死体が転がっている。

 そしてその原因であろう相手は、目も口もない人の形をした黒い塊だろう。周囲のエルフ連中がそいつに向かって弓を構え、魔法を即座に放てる状態で待機させているんだからな。

 さて……相手はどう出るかね。


「……」


 黒い塊は動かない。時折吹き抜ける風によって表面が波打つところを見るに、液体なんだろうとあたりをつけるとあの馬鹿仮面達の姿が一瞬脳裏をよぎるものの、奴は仮面らしい仮面をつけていない。それだけで奴を連中とは違うと判断するのは早計なんで、とりあえずその頑丈さを確かめてみれば分かる事だ。

 見つけたのは、一見油断なく弓を構えているように見える野郎エルフ達だが、〈万能感知〉ごしに見るとそれはただのポーズであるとすぐに分かる。相手との距離も十分に遠いし、俺が勝手に動いても影響らしい影響はないだろう。


「おいそこなエルフ。アイツはなん――なるほど」


 取りあえず話だけは通そうと近くのエルフ(野郎)に声をかけると同時に突然飛んで来た触手みたいな一撃を軽々避けながら、ギロリとその出先に目を向けると、件の黒い塊につながっていた。いぃ……攻撃だぁ。

 ニヤリと口の端を釣り上げながら、問いかけたエルフに対してはもういいやと手で合図をして剣を構える。


「おい」


 瞬間。第二の触手が即座に迫るも避けられない速度じゃないので最小限の動きで回避し、手にしていた剣を投げつけてみると、それにも反応を示したようで第三の触手が真っ向から立ち向かってきた結果。当然ながら俺の方が強いんだから、剣は奴の腰のあたりを半分ほど斬り裂いて地面に深々と突き刺さった。

 どうやら、声と攻撃的な気配に反応して反撃してくる完全カウンタータイプの魔物らしいな。

 それを裏付けるように、追撃のチャンスと見たのか魔法の詠唱を口に出したエルフがたった今、顔面に向かって飛んできた鞭みたいな触手で頭部が吹き飛んだ。野郎だったから良かったものの、あれが女性だったらと思うとユニが来る前にぶち殺すところだったぜ。


「そうか。皆すぐに攻撃を解除し――」


 そんな光景を目の当たりにして、よりにもよって声を張り上げたのは奴を囲む中では一番レベルの高そうなしかも美少女だ。猛禽類みたいに鋭い眼光に、肩肘張った様な物言い。それだけで堅物なんだろうなぁと少し苦笑いしながらその身体をお姫様抱っこをし、悠々と敵の一撃を回避してやる。


「ふぅ。間一髪ってところかね」

「ど、どこを触っている! 汚らわしい人種のメスが!」

「ん? おっと、これはスマンかった」


 言われて初めて気が付いた。咄嗟な事だったんで乱暴にお姫様抱っこをした結果。俺の片手が美少女エルフのわずかに感じられるふくらみを感じ取った。ううむ……やはりアニーが勝者になる日はまだ訪れないか。


「いつまで触っている! 放せ!」

「はっはっは。嫌なら振りほどけばいいじゃないか。それが出来てこの状況を何とかできるというのならね」


 唸りながらのタッチに、貧乳美少女エルフは顔を真っ赤にして拳をブンブンと振り回す。当然至近距離だし美少女からのご褒美だ。避けるなど勿体ない!

 それに、馬鹿みたいに大声で騒ぎ立てるんだから、敵の中速(俺にとって)の猛攻は全部こっちに向かって来てる。逆にタイミングを整えれば回避不能の状況で放り出す事も出来る――いわゆる生殺与奪の権利ってのを握ってるって理解……してないんだろね。


「ほれ」

「へ? がっ!?」


 そんな事を分からせるために、わざと最悪のタイミングで貧乳美少女エルフを放り投げると、すぐさまわき腹を駆け抜けた触手にえぐり取られて出血。すぐに死ぬような怪我じゃないが、この状況で魔法は使えない。そんな事が出来るなら既にあの黒い奴はダメージくらいは受けてるだろうからな。


「あらら痛そう。大丈夫か?」

「ぐ……っ。貴様がやっておいて何を言うか!」

「何を言ってんだよ。やったのはあくまであの黒い奴。そして声に反応するとみているアイツの前で馬鹿みたいに大声を出して攻撃を誘ったのは君で、離してくれと言ったのも君だ。どこに俺の非があると?」


 さっきの怒鳴りに対しても、今俺が淡々と説明している間も、黒い奴は触手を伸ばし続けて来る。

 これに対して俺は直接手で触れるような真似はしない。だってどんな目に合うか分かったもんじゃないし~。

 結果として貧乳美少女エルフに目立った異常は今のところ発見できない。後々効いてくるタイプかも知れんから要観察だな。

 そして。貧乳美少女エルフは俺に対する反論はしなかった。ようやく自分の置かれている状況という物を理解したらしいので改めて安全に後方へと放り投げてやる。

 あんなんで本当にエルフを言えるのかねぇとか考えていると、ようやくユニ達が現れたんで喋ったり殺気を出したりするなとパーティーチャットで釘を刺し、1人で黒い奴に普通に近づいていく。

 大して離れている訳じゃないんで、5秒もあれば十分に俺の間合いまで踏み込む事が出来た。


(ふぅむ……足音には反応なしか?)


 試しに、少し強く踏み込んでみても攻撃してくる素振りはない。大抵の奴なら今ので十分にビビったりするんだが、こいつはピクリともしやがらねぇ。一体何を判断基準にしてんだ?

 じゃあ次は攻撃だとばかりに横薙ぎ一閃を繰り出すと、ヒットはしたがこっちにもヒットした。そこそこ自信はあったけど、さすがに至近距離での回避には少し早すぎたってところか。


(主。平気ですか?)

(ああ。痛み自体は特に問題ないが、少しMPを持って行かれた。こっちの方が問題だな)


 減ったHP0に対し、MPは1パーセント。少し頬をかすめただけなんだからHPが減らないのは当然だとしても、たったそれだけでMPがそれだけ持って行かれた方のが問題だ。かすりでこれだけだとすると、貧乳美少女エルフは脇腹を持って行かれているとなるとどれだけのMPも一緒に持って行かれたんだろうな。

 どんな様子だと振り返ってみると、後方に運ばれて薬草やら包帯やらでの手当てを受けている真っ最中だ。その表情は血が抜けてなのか魔力欠乏による物なのか判断がつかないがかなり青白く周囲のモブフ共の対応を見る限りはかなり深刻な状況っぽい。後でハイポーション位差し入れてやろう。

 さて。先程の一閃の結果だが。とりあえずダメージらしいダメージは通らんかった。何せ俺の一撃が直撃すれば大抵の相手はワンパンで沈むし、そうならんくとも痛みに呻き声を上げたり体液が出たり身をよじったりと何かしらの変化はあるが、こいつには何もない。

 次は打撃を試そうかと思うんだが、直接触れるとまたMPを持って行かれるだろうから、ここは強力なのを使ってみるとしよう。

 一旦離れて〈収納宮殿〉をごそごそ。取り出したるは縦200横50厚さ10の巨大タワーシールド。その表面には無数の突起物。これで体当たりをしたら果たしてダメージらしいダメージが通るのか。レッツ実験。

 悠々と間合いまで踏み込み、宇宙の彼方――ってまでは大地が耐えらんないだろうから、数キロは吹っ飛べって感じでタワーシールドを突き出してみると、すぐに触手だろう軽い反撃が何度かあったが盾は問題なくそれらをはじき返し、ほどなくしてその数十倍はデカい衝撃が伝わって来たのですぐさま〈万能感知〉に目を向けてみると、黒い奴は耐えらんなかったようでまぁまぁの勢いですっ飛んでいったものの、やはり痛がっているようなそぶりはどこにも見られなかったな。


「……ユニ。アンリエット。ついてこい」

「分かりました」

「分かったのなの」


 果たしてどんだけのダメージを受けたのかの確認をしたいし、あのまま放っておくとどうなるか分からんので、即座に地を蹴って森に突入。その後にアンリエットを背に乗せたユニも続く。


「さすがはご主人様なの。ユニは少しご主人様を甘く見ているのなの」

「別に主を軽く見ている訳ではない。が、やはり群れを率いていた経験から言わせてもらうと、下の者に威厳を見せるのも主としての仕事の1つなのですよ」

「……威厳ってなんなのなの?」

「そうですね。主がワタシ達に自分は凄いだろうと思わせる事がそれですね」

「ご主人様は凄いのなの! 美味しいご飯にお菓子。ちょっと怖い時もあるけど凄いのなの。それにとっても強いのなの」

「ワタシも主の実力は肌で感じていますが、その強さをあまり目の当たりにしていません。なので今回はその一端を垣間見て、改めて威厳を感じとろうとしているのです」

「ユニの話はむずかしーのなの。でも……ご主人様に悪い事をするならユニでも許さないのなの」


 ぺシぺシ叩きながらそう告げるアンリエットに対し、ユニは憮然とした態度であちらが弱者の様な姿を見せなければですけどねと言いやがった。まぁ……そのあたりはおいおい固めていくとして、まずは――


「きゃあっ!?」


 振り向きざまにとある木に向かって投石すると、そんな悲鳴と共に脇腹に穴をあけられたはずの貧乳美少女エルフが上から落ちてきた。無様に尻餅をついてくれたおかげでライトグリーンの布地を見る事が出来た。何かとは言わんが、分かるだろぉ~? 眼福眼福。

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