#195 スタンドプレーの代償?
「ふぅむ。追って来ないか」
「おかしいですね」
「だよな」
「何がおかしいのなの?」
首をかしげるアンリエットに対し、軽く説明。
プライドの無駄に高いエルフの連中に嫌がらせをしてから4分。森の移動に向かない馬車で、わざと速度を落としているこっちと違い、あちらは森の申し子。おまけに見下しまくってる人種如きに虚仮にされたんだから、既に追いついて矢か魔法の1発2発は撃って来れるだけの力があるはずなのに、〈万能感知〉には連中が動く気配を見せていない。これは何かあると雄弁に語っている証拠とみるか、それとも人族如きのイタズラなど、我等にとっては何の意味もないとみるか。
まぁ……あんだけ無駄にプライドの高い連中が追って来ないって事はきっと後者なんだろう。それはそれでちょっとオコだが、無駄なやりとりをしなくて済んだのは良しとするか。
「よく分かんないのなの」
首をかしげるアンリエットに対し、俺は「とりあえず悪い奴等が追いかけてこないって事だ」って言って納得させた。
「主……気付いていますか?」
「へ? 何にだ?」
「この森……獣の気配が全くしません」
「……本当だな」
言われて〈万能感知〉を動物類に設定を変更して辺りを探ってみると、最大範囲にまで広げてみても非常に少なかった。居たとしても外縁部でギリギリ反応がある程度。しかも逃げるようにあっという間にそこから消えてしまう。
「それと――血の臭いが普通の森より少し強い気がします」
「あぁ……そういう事か」
ユニの言葉を聞いてなるほどと納得する。この辺りに動物たちが居ないのは、きっと獰猛な肉食獣がこの辺一帯にどこからか現れ、喰い散らかしたんだろう。そうと考えれば動物達が居なくなるのも頷ける。そしてその存在は今の〈万能感知〉に表示されないのできっと魔物なんだろう。
取りあえずエルフはお近づきになる相手として難アリ……と。となるとこんな辺鄙な森の中をさまよい歩いていても何の意味もないんで、ここは普通に予定を変更して人種の女性達とお近づきなる方向へとシフトチェンジしようかね。
「ご主人様。お腹すいたのなの」
「そうか。ほんじゃあ飯にするか」
森の中を散々走り回っていたせいで昼を少し過ぎていたので、急ぎ目に準備を始める。そうしないとアンリエットがその辺に生えてる訳の分からん草を食ったりするかもしんないからな。奴の胃袋は宇宙。何を食ったところで腹を壊したりはしないだろうけど、教育はキッチリせんとな。将来、大きくなっても大食らいの素直な娘に育ってほしい。同性なら反抗期みたいな物も少ないかゼロになるだろうと期待は一応しておこう。
で、飯だ。今日は全くと言っていいほど働いていないので、俺は軽目の食事。ユニとアンリエットはいつも通りのたっぷりとした量を用意する。
「ん~っ。やっぱりご主人様の料理はおいしいなの」
嬉しそうに肉を食べ進めるアンリエットを見る。まだ少し元気がないように見えるけど、一番深い底からは這い上がって来たみたいで一安心だ。この分ならすぐにでもいつもの調子を取り戻すだろう。
「主。少し肉が少ないように感じるのですが」
「そうか? 気のせいだろ」
「いえ。気のせいではありません。明らかにワタシの食事の肉の量が少ないので断固抗議します」
「嫌なら食わなきゃいいだろ。それに……牧場ではよくも俺の事を馬鹿にしてくれたな」
「まさかその程度の事で? 何と心の狭い!? 従魔の言葉程度でへそを曲げるとは子供ではないですか」
「お前は少し俺に対する敬意を持て! それでも従魔か!!」
「尊敬してもらいたいのであればそれが、それに見合うだけの威を示してもらいたいものですね。ワタシは主が戦闘をしているところをまるで見た事がありません。主は本当に強いのですか?」
「ご主人様は強いのなの! マリアとの魔物狩りの勝負を忘れたのなの!?」
「あれはワタシでも十分に狩り切れる相手と物量。主の実力がワタシと同程度という事は、あの時に見た視線の恐怖からはありえない事です。しかしワタシも魔獣です。その一端を少しでも見せてもらわなければ、やはり忠誠が薄れるというのです」
「なるほどなぁ」
理屈は理解できる。
かつて英雄と呼ばれる活躍をしていた人間が存在しているとしよう。
過去に何度も人類の危機を救い、その度に栄光と称賛を浴び続けた英雄。並の人間であれば聖人君子でいられるような扱いはまずされない。大抵の奴は時が経つにつれて傲慢で自由奔放に振る舞うだろう。それでも英雄なのだからと周囲は持て囃す。
しかしそんな戦乱もいつかはなくなる。活躍すればするほどそんなものがなくなるんだから当然だ。
とはいえ英雄となった存在はいつまでも英雄たり続ける。短い間なら。
それが10年20年と時を重ねるにつれて、効果が薄れていく。何しろ英雄が活躍する必要はとうの昔に無くなっているんだからな。
次第にそれが不満となり、表に出て来る。扱いはぞんざいになり、対応もかつてを知る英雄としては不満に感じ、互いに剣呑な空気を撒き散らす。
そしてどちらともなく声が出る。英雄なら英雄らしい事をしろと。今のユニが大体この辺りだ。
山賊の時の仮面野郎も。
吸血鬼の時も。
シュエイの時も。
全ての戦場にユニはいなかった。
強いてあげればダンジョンのスタンピードの時だけど、あれはザコであって英雄って感じの活躍はしていない。ここはドカンと一発ドデカい花火を上げて、ユニも心酔するほどの戦果を挙げてやろうじゃないか。
「……となると、もう一度エルフんトコに向かうのが一番かね」
「どうしてなの?」
アンリエットから疑問の声が上がる。そう言えば少し前までぐーすか寝てたんだったっけ。
「奴等の感情に俺から以外の恐怖が混じっていた。プライドが高い上にほんの少し魔法の扱いが上手いエルフ連中があんだけピリピリして、大した確認もせずに一斉掃射だ。どう考えても普通じゃないとは思うだろ? もしかしたらこの状況を作りだした奴に怯えてるのかもな」
「この状況ってどんな状況なの?」
「分からないか? 今この辺りにはエルフ以外の生物が皆無と言っていい状況なんだよ」
「そうなの? 知らなかったのなの」
「って訳で、もっかいエルフんトコに行くとしますかね」
「分かりました」
ふむ。どうやらまだ俺の指示を聞くようだなとの確認が取れたので、踵を返してエルフの街に戻ってみると、オレンジ色に汚れた柵を必死に綺麗にしている真っ最中だった。
「よぉ。もやしエルフ達よ。俺のプレゼントは気に入らなかったかね」
「っ!? 貴様はさっきの小娘……っ!」
「なんだやるってのか。なら相手になってやるぞ?」
相手が殺意を纏い始めたんで、俺もあいさつ代わりにと軽い踏み込みで突っかかって来た生意気エルフの眼前まで飛び込む。この距離なら魔法を撃つより直接殴った方が早いが、エルフは魔法と弓に愛されている反動で筋力がほとんど備わっていない。だからこの距離は俺の距離だ。まぁ? 俺の不得意距離なんて存在しないけどね。
「く……っ」
「ほらほらどうしたよ。殺そうとしてたんじゃないのかい。ええ?」
「主」
「っと、そうだったそうだった。お前等に一言モノ申~す。この辺りで肉食の魔物か何かが暴れ回ってるって情報を知ってたりしないか?」
俺としては仮定の仮定くらいの話だったんだが、どうやら覚えがあるみたいで周囲のエルフを含めて全員がその問いに対して過剰なほどの反応を示した。どうやらビンゴであっているようだな。
「何か……知っているのか」
「いんや。俺の従魔が血の臭いが濃いって言っててな。調べてみたところ動物が一匹も見つかんなくてな。それだけの奴ならこの俺の強さを見せつけて、少し反抗期に入ってるこいつに改めて主人としての威厳を見せようと思ってんだ。だから知ってる情報があれば寄越せ。礼はしてやるぞ」
俺の提案に対し、エルフ連中は作業の手を止めて全員での話し合いを始め、すぐに結論に至る。
「貴様の様に矮小な小娘如きに渡す情報など欠片もない。殺されたくなければ今すぐ消えろ」
「なるほど……それがお前等の答えって訳か」
「それが何だというのだ?」
「いいや別に。ところでお前等って、シリアってエルフを知ってるか?」
俺の問いに対し、ほとんどのエルフは知ってるか? みたいな反応をしながら周囲を窺うが、明らかに全くの無知って感じを馬鹿みたいに晒している姿を見るとかなりの自信を失いそうになるものの、たった1人だけ。見た目的にはほとんど他の連中と変わらんようにも見えるが、目元にほんの少しシワが見えるから上の年齢なんだろう。その眉間には盛大にシワが刻まれ、噴き出す殺意もかなり濃く鋭い。
「小娘……その名をどこで聞いた」
「さぁてね。どこでだろうねぇ」
「答える気はないか?」
「まぁ待ちなよ。……そうそう。確か牢屋だね」
にこやかにそう答えてやると、多分年齢高いエルフが味方の被害をもろともせずに魔法を発動させたようだ。視界一面が一瞬で炎に包まれた。




