#194 適度な更新を心がけよう
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
1人の少女が森を駆ける。それも、頬に枝が当たろうが踏み出した木を傷つけようがお構いなし。まるで、なりふりなど構っていられないと分かるほど全力で走り続ける。
その表情には恐怖が張り付き、葉の擦れる音がかすかに聞こえるだけでもばね仕掛けのように即座に弓に矢を番えながら振り向き、次に周囲を尋常でないほど警戒する。優秀な狩人としてエルフ内で名を馳せた彼女の精神を削るような集中力でもっても、その範囲内には何者の存在も確認できない。しかし彼女は警戒を緩めない。
(緩めたら……殺される)
そう認識しつつ再び駆け出す。そうして1分もしないうちに遠くから断末魔が届けられる。それだけでまた味方がやられたと確信する。仲間の死をもって敵の位置を確認出来た事に対し、彼女は悔しさと憎しみに唇をかみしめながら速度を上げる。
本来。エルフの戦闘力は高い。豊富な魔力に他種族には伝わっていない魔法などの行使に加え、精霊との契約も他種族と比べてスムーズに行える。おまけに美男美女が約束されている。利点ばかりしか存在しない彼等にももちろんデメリットは存在する。
それはプライドの高さ。
エルフは大抵が強者である。優劣をつけるのも難しいほど総じて能力が高いせいで協調性は少ない。その為に、姫の命を守ると言ったような余程の理由がない限りは集団行動といった連携はしない。故に彼女達は各個撃破でその数が減らされている。これが他種族であれば連携や遅滞戦闘などで1人を逃がすという選択も取れたであろうが、全ては遅すぎたのだ。
「っ!?」
刹那。彼女は跳んだがその足には槍の柄ほどの漆黒の触手が絡まっており、それの奥から紫の光がゆっくりと少女に向かってはい寄って来る。
「〈微風〉っ!」
その魔法は触手ではなく己の足に打ち込まれた。何故己の足なのか。それはかの触手に魔法の類が一切通じないからである。少なくない犠牲を積み上げて得られたわずかな情報は、他の集落へ絶対に届けなければならない。その思いをもってしても、意識が吹き飛びそうになるほどの激痛を歯をくいしばって耐え、飛翔魔法でその場から飛び退こうとするという醜いあがきのような真似しか許さない。
「なっ!?」
が――飛び退いたその先。その場所に待ち構えていた『モノ』の姿にエルフは驚愕し、そして死んだ。四肢を喰い散らかされ、喉が張り裂けんばかりの絶叫と生への懇願。それが叶わぬとなると魔力を込めた呪詛を叩き付けながら。
「……」
そうしてわずかな肉片だけを残し、『ソレ』は再び動き出す。次なる餌を追い求めて。
――――――――――
「本当にこちらで合っているんですか?」
「そのはずなんだけどなぁ」
ユニの責めるような声色に対し、俺は首をひねりながらコンパスで方角を確認しながら地図とにらめっこをする。ちなみにアンリエットはお昼寝の真っ最中だ。賑やかな悪友が居ないだけで随分と静かになるもんだな。
「その地図が古いのではないですか?」
「なのかなぁ……」
手に入れた地図の製造年数は最初から知らん。地図と認識して口に含むという動作がしたかっただけで、そこら辺は完全にスルーしていたのは迂闊だった。
何が言いたいのかっていうと、近隣のエルフが住んでいるだろうとの辺りがついている場所がもぬけの殻だったんだ。人が住んでいた気配も何も残っていない。というか普通に森でしたよと言わんばかりの光景しかなかった。
「だがしかしだよ。次は大丈夫なはずだ」
「本当ですか?」
ユニが胡散臭そうな目を向ける。こういうのを見るともうちょっと敬ってくれてもええんでないかい? と言いたくもなるが、今回ばかりは自信がある。何故なら、この先にあるのは今まで通過してきた場所と違ってそこそこの規模があるからだ。
先の2つが村や集落だとすると、到着予定の場所には町レベルの規模があると地図が示しているから。それだけデカければ、長命なエルフならばちっとやそっとじゃなくなったりはしいなはずだからな。
そしてその考えはどうやら合っていたみたいで、〈万能感知〉内にようやくエルフの反応を捕らえる事が出来た。
「ようやっと見つけた。このまま真っすぐ進め」
「本当ですか?」
「今度は本当だって。ほら見てみろ」
少し目を凝らすようなしぐさを俺もユニも行うと、フォーカスがグッと木々の隙間にちらりと見える外壁の様な木の柵の一端が飛び込んで来た。今まで回った場所にはなかった人の居る証拠の様なものに間違いない。
「……どうやら嘘ではないようですね」
「だろぉ~? それにしても使えない地図だな。アニー達に最新の地図でも買ってきてもらうか」
「主の力でどうにかできるのではないですか?」
「それが無理なんだよなぁ」
〈万物創造〉と〈品質改竄〉のコンボであれば、ある程度の物は作りだせる。とはいえ、確かに時の流れだけはどうにもならん。ワインなどがいい例だな。
100年物のヴィンテージの品質を上げたところで、別の高品質の100年物になるだけで1000年物になったりはしない。
なので、アニーにパーティーチャットを繋げてみたが、届いていないのか反応できない状況――この場合は買い物三昧に没頭してるんだろうと結論付けて諦めた。そのうち地図を買う機会はいくらでも訪れるだろう。
「主でも不可能な事があるのですね」
「当然だ。こんな身体じゃ子供を産んでもらう事も出来ないからな」
「産むではないのですか?」
「ああ。産んでもらうだ」
俺の答えにユニは首を傾げる。しかし追及はしてこない。しても無駄だと思ってくれてるんだろう。まぁ、こっちも実際に答えるつもりも毛頭ない。これは男に戻るその瞬間まで誰にも言うつもりはない。そうじゃないと無警戒で懐に飛び込めなくなりそうだからな。
なーんて事を考えなら最後の木を通り抜けると、ようやく見つけたエルフが住んでいそうな木の壁に囲まれた場所の前にたどり着いたが、待っていたのはスコールのように降り注ぐ大量の矢と魔法だった。
「〈微風〉」
その一言だけで、俺達に直撃するような矢も魔法も吹き飛ばし、第二射が飛んでくる前に地面を大きく踏みつける。全力でやると地割れが発生するだろうから地震が起こる程度にとどめておくとしても、連中にとっては驚愕のようで〈万能感知〉が恐怖を検知した。
さーてここからどうやって熱烈な歓迎に対して返礼していこうかなぁなんてことを考えていると、横からのしのしとした足取りでユニが前へと歩き出す。
「貴様等……自分達が一体何をしたのか理解していないようだな」
牙をむき出しに殺意をみなぎらせ、エルフたちに睨みを効かせる。ここで飛び出していかなかったのはひとえに俺のしつけのなせる業だね。
何しろ。馬車を壊したりすれば有無を言わさず1週間の野菜生活が待っているんだからな。それを忘れるほどの怒りでなかった事に若干ホッと胸を撫で下ろしながら、ひょいと幌の上に立つ。
「ごほん。とりあえず警告もなしに殺しに来た説明をしてもらおうか?」
出来れば美少女の口から聞きたいなぁと言いたかったが、何やら連中は俺が起こした地震とはまた別の恐怖をその内に秘めているようだ。多分だが、連中はそれが近づいてきたと愚断して、一斉射撃に打って出たんだろうとあたりをつけているが、確証はない。だから訪ねているんだ。即座に暴力に訴えて少なくないエルフ女子に最低と思われないためにね。
「……フン。何故貴様のような未熟な小娘に語らねばならない。逆に、無断で我等が土地に足を踏み入れた大罪に対する説明をしろ」
まぁ分かってたけどね。こういう反応が返ってくるのは。あえて会話を選択したのはあくまで友好的に歩み寄りましたよとの建前が欲しかったからだ。それを払いのけたのはあっちで、これから俺がする事に一切のためらいはない。
ユニに反転を命じ、ある程度一直線に駆け抜けられるルートを選んだ直後。俺は――
「そう言うの面倒臭いんで消えさせてもらうわ。お前等に迷惑をかけた後でなぁ!!」
〈万物創造〉で作りだしたのは大量のカラーボール。それをマシンガンのごとく次々に放り投げる。コントロールは一切考えていないその1球1球は、外壁であったり中にあるであろう街であったりエルフに当たったりもした。
時間にして5秒くらいか。そんな短時間であっても〈身体強化〉は大きな仕事をしてくれた。秒間20の投擲で、外壁はすっかりオレンジ色に染まっていた。
あれ自体には何の意味もない。単純にブラックライトを当てれば光る程度の効果しかない物だが、そうと知らない連中からすれば不気味で仕方ないだろう。
せいぜい不可思議な液体に戦々恐々とするがいい! そう心の内で叫びながら、悠々と走り去った。




