#191 それにつけても
「ほぉ……これがお前の牧場か」
「ええ。様々な実験のために様々な動物。それを確保するためにはどうしても広大にならざるを得ませんのでね。これでも随分と絞っているのですよ」
森を抜けると同時に広がっていたのは、俺の想像していた牧場通りの光景だ。
天気は抜群に悪いが、どこまでも続くような広大な草原には多種多様な魔物や生物が区分けされた中を自由気ままに走り回ったりしている。あれらが魔物だと分からなければ非常に牧歌的でのどかな光景に映るんだろうが、あいにくと〈万能感知〉には範囲内に居るだけでも7割が魔物であると教えてくれる。
「良い場所だな。随分と苦労したんじゃないか?」
「いえ。魔族であればこの程度の開拓は魔法で簡単に済ませられるので」
「そりゃ羨ましいねぇ。俺なんかは貧弱な人種だろ? こぉんな小さなお手手じゃ一体何年かかる事やら。お前等もそう思うだろう?」
「「「「……」」」」
「うぉい。なんでそこで一致団結してだんまりを決め込んでやがる」
「魔族相手に圧倒できる力を持っている貴女が何を……」
「アスカが本気を出せば山1つくらい一日でなくなるのだ」
「ご主人様は何でもできるのなの」
「主はいつからそんなつまらない冗談を言うようになったのですか?」
反応は様々だが、やはりユニは俺を馬鹿にしているな。鼻で笑うようなその表情からも〈万能感知〉から伝えられる反応もそうだと示している。やはりここらへんで一度窒息するぐらい首輪をしめておかんといかんようだな。
「まぁいい。それじゃあさっそく実験を始めてみろ」
「分かっておりますよ。ではまいりましょうか」
アレクセイの案内で向かったのは、牧場の管理小屋。まぁ小屋と言ってもそのサイズはこの世界基準で言えばそこそこデカい4LDKが3階建てになってるくらいのサイズ。そんな建物の入り口近くには、麦わら帽子に首に手ぬぐい。麻のシャツっぽい服にツナギっぽい作業着姿のカー〇おじさんと、一般的な衣装のその妻なのか娘なのか分からんがなかなか美形の女性がいた。
「アレクセイ様よく来てくれただ。オラ達の準備は整ってるだよ」
「ちょっと。雇い主である旦那様にそう言った口の利き方は駄目だといつも言っているでしょう」
そう困ったように呟きながら後頭部を叩く。その音はかなりクリーンヒットしないと発生しないんじゃないかって程の威力でひっぱたかれたおっさんは、意外にも平然としていた。見ているこちら側全員は大丈夫なのか? と思わず顔に出ていただろう。
「っと。そうだったそうだった。申し訳ねぇですだ」
「構いませんよ。それでは案内を頼みます。こちらはマリア・ベルゼ様とアスカとその他です。丁重にもてなしてください」
「よろしくな。おっさん」
「はぁ~。お前さが例の奴だっただか。なんとちっこい。しかも人種とは」
「言い方」
またスパーン! と気持ちいくらいの音が鳴り響き、その振り抜いた勢いで発生した風が俺達の毛を撫でる。するとやはり全員が本当に大丈夫なのか? と疑問を感じるが、当の本人はけろっとしている。
「っとと。すまねぇだよ。どうしても田舎のモンでかしこまった言い方がでぎねぐで」
「気にせんでいいよ。俺もかしこまった喋りは嫌いなんでね。それよりも隣の方は娘さんですか?」
「あら嫌だわぁ。御上手ねぇ」
こういう社交辞令はもはや定番。掴みがOKならこの先も色々とやりやすくなるかなぁなんて甘い考えで放った一言に対し、ほほほと笑いながら美人魔族が腕を振り抜いた瞬間。完全に気を抜いていたってのもあるんだけど、反応した時には十数メートル以上吹っ飛んでいた。
「ふーいビックリしたぁ。さすがに牧場を切り盛りしているだけはありますねぇ」
「アリアナ! オラ相手でねんだから加減せねば駄目だべさ」
「あらごめんなさい。つい嬉しくなっちゃって。大丈夫だったかしら」
「平気ですよ」
まぁ嘘だけどな。
やはり地平線の彼方まで届くんじゃないかって程良い音が出る程の一発だ。〈身体強化〉や〈万能耐性〉があったとはいえHPの1割近くダメージを受けた。女性を喜ばせて懐に飛び込んだまでは良かったが、無自覚のカウンターは予想以上に威力があった。なんでこんな一撃を2発も受けて平然としてられるんだろうな。あのカー〇おじさん……アレクセイより強いんじゃないか?
「本当にごめんなさいねぇ」
「気にしなくても大丈夫ですよ。それよりも実験場へ案内してください」
「分かったわ。こっちよ」
美人の後姿を堪能しながら案内されたのは、なぜか建物の地下。
何一つ荷物になるような物のない50畳くらいの広さは全方位をまさかのアダマンタイトで覆われているうえに、何やら魔法陣が展開している。知識がないんでどんな種類かは知らんが、アレクセイが同行している時点で俺達を害する物じゃないだろうってくらいしか分からん。
「こんな場所でやるのか」
「新しい魔法を創造するのですからね。他人の目は少ないに越した事はありませんよ」
まぁ納得できない話じゃないな。
理由の一つとして、人間なんかと関わり合いになっている。それも主従の従であるなんて事が知られてしまえば、それだけで実力主義であろう魔族という連中の中での立場にかかわる。
だからこそ執事連中が俺を殺そうとしたんだろう。情報ってのはモノによっては金なんかよりもはるかに有益になる場合が多々ある。今回のそれが果たしてそれだけの価値になるかどうかは甚だ疑問ではあるが、少なくとも俺も被害を受ける可能性もある。
アレクセイが俺の下僕であると知られ、魔王に20評議会から蹴落とされでもしたら、かなりの確率で魔法の研究が滞るのは目に見えている。そうなれば自然と俺が男に戻れる可能性ってのもグッと目減りする。それだけは絶対に避けにゃいかんので、〈万能感知〉を最大範囲まで広げて警戒を怠らない。まぁ……俺がわざわざ来たせいでそうなってるってのは分かり切ってる事だからな。文句も言えんよ。
という訳で、まずは魔法に関する説明会が始まった。どうやらアレクセイってのは相当に魔法が好きなんだろうな。魔法という物の成り立ちから自分の魔法との出会い。未来永劫最奥が見えないのではと思えるほどの魔法の深淵へと突き進む興奮等々……それはそれは楽しそうに語っていたよ。
「――であるからして」
「アレクセイ。俺ぁ魔法の講義を聞きに来たんじゃなくて実験を見に来たんだが?」
「分かっておりますよ。説明を終えたらすぐにでも始めますとも」
「ならその説明って奴はいつまで続くんだ? もう2時間くらい続いてんぞ」
「はて……まだ5分ほどだと思っておりましたが」
「こいつらを見てみろ」
顎で隣を見ろと指示を飛ばすと、そこでは最初から興味がなかったんだろう。黙々と本を読みふけっているユニに寄りかかってぐ~すかて寝ているマリアとアンリエットに、さすがに疲労の色が見える管理人2名。どこからどう見ても5分程度の説明でこうなるのは難しい。
そしてそんな現状にようやく気付いたのか、アレクセイはやれやれと言った風に首を振った。
「……失礼。どうにも魔法の事になると周りが見えなくなる質でして」
「まぁいい。さっさと実験とやらを見せてくれ」
「では準備を」
アレクセイが指示を飛ばすと、部屋を出て行ったカー〇おじさんが馬を一頭。肩に担いで10分程で戻って来た。見た感じでは分からんが、床に置くと同時にへたり込むところを見ると相当な歳か病気か。どっちにしろ家畜としての存在意義はないに等しいんだろう。
「こちらでよろしかっただか?」
「ええ」
たったそれだけで準備が終わり、アレクセイを残して一定距離まで離れたのを確認すると、腕を前に突き出して魔法陣を展開した。
「なんか……すっかすかじゃねぇか?」
知識なんてほぼゼロだから何とも言えんが、床や天井なんかに刻まれている魔法陣と比べてみると、文字のような模様のような物が半分以下だし、六芒星のそっちと比べても三角形でこれまた単純。正直手抜きなんじゃないかって疑問を感じる。
「そう思われるのも分かりますが、これはまだ実験段階ですので、そちらが求める最低限の機能だけを陣として形成したに過ぎないのですよ。この実験の成否を加味し、新たに魔語を加えていき完成に至るのです。そもそも魔法陣とは――」
「そう言うのいいからさっさとやれ」
「これは失敬。では始めましょう」
ふぅと残念そうに息を吐きながら突き出した腕を振り上げる動きに合わせて魔法陣が光り輝き、横たわった馬の姿が変化した。




