#190 YUDAN……それは、愚
「ん……っ。良く寝た」
一晩たって早朝9時。あれからすぐに風呂に入って一杯の酒を飲んでベットに飛び込んだ。面倒臭い戦闘なんてさせられたせいで非常によく眠る事が出来たのは少し気に入らない。
「さて……」
コテージの中は天気が分からんので、一応急な寒さに対する長袖を手に扉を開けると、少し肌寒かったので薄手のパーカーを羽織る。魔族領は何が理由か分からんが、年中雲で覆われていて日が一切届かないからかこういった早朝はどうにも寒くていかんらしいとはマリアの談。
「お目覚めですか。随分と早いのですね」
「腹空かせた大食らいが居るんでな。お前こそちゃんと寝たのか?」
「ワタシは仕事柄、1日2日程度の不眠など日常茶飯事ですので。それよりもこんな敵地にど真ん中で堂々と熟睡できる貴女の神経の図太さの方が驚きなのですが」
「何言ってんだお前。この世界のどこに俺が恐れる必要のある場所があるんだ? そんな場所……どこにも無いだろ」
俺には最終防衛ラインの神壁がある。あれさえあれば核ミサイルみたいな〈龍波〉の一撃すら無傷で切り抜けられるし、何よりMPを払うだけで現代兵器以外のどんなものでも造り出す事が出来るうえにステータスもえげつないと来たもんだ。この星自体がなくならない限り、俺が安全じゃない場所なんて存在しない。であれば熟睡できない訳がない。
「やはり貴女は規格外の存在ですな」
「そう言うのはどうでもいいんだよ。で? 身体の調子はどうなんだ」
「現状は特に問題ありませんね」
「ふーん。だったら朝は食えるだけのモンにしとこう。その方が分かりやすい」
「ではその間に少々牧場の様子を見てまいります」
さすがに馬車でダラダラと来る予定じゃなかったからな、アレクセイの予想ではあまりにも遅すぎるんで牧場がちょっとした騒ぎになっているかもしれないらしい。魔族だからそう簡単にやられる様な最悪の予想をする連中は少ないだろうがゼロじゃないからな。
「あとどのくらいだ?」
「ワタシの速度で1・2分と言ったところです」
「なら行って来い」
後はまっすぐ進むだけだし、そこまで距離が近ければ〈万能感知〉でアレクセイの反応を見つける事など容易。だから行かせても何の問題もないのだ。
軽くアレクセイの背中を見送り、俺は朝食の準備を始める。昨日は2対1なんて眩暈がするほどの面倒くさいことをしたストレスを解消するために、誰が何と言おうと納豆を食う! それも大量にだ!
って訳で準備――と言っても納豆を主軸に据えるとするなら、基本的に準備は必要ない。白飯。パスタ。パンはピザにすればいけない事はないんで、この3大炭水化物に見えなくなるほどの納豆をぶっかけて、一気にかき込む。米の飯をグイグイ飲み込むこの感覚……ストレスが消えていくようだ。
「あーっ!! 1人で先にご飯食べるなんてズルいのだ!」
「ご主人様は悪い人なの! 謝罪の意味を込めてお菓子をたくさん要求するのなの!」
「あぁ?」
ついストレス解消に夢中になっていたせいでつい食事の準備を忘れていた。おかげで余計な連中に余計な姿を見られてしまったせいで不利な条件で要求を求められてしまった。
それについては別に問題はない。別にお菓子の1つや2つプラスしたところで俺の懐は微塵も傷まないし、確かに飯の準備を怠った俺も悪いうえに、そういう事に対して俺はさんざっぱら鉄拳制裁で罰を与えてきた。俺だけがそれを受けないってのは教育に悪いし、なによりこの2人を納得させられないからな。むしろそのくらいで済みそうなのが喜ばしいことだろう。
「むぅ!? そ、そうやって脅しても無駄なのだ!」
「あ、あちし達はせーとーなよーきゅーをしてるのなの!」
「どこでそんな難しい言葉を覚えたんだよ。つーか何でビビってんだよ。まだなんもしてないだろ」
「振り返った時の顔が怖かったのだ」
「あちし泣きそうになったのなの」
「あー……それは悪かったな。ちっと戦闘の連続でイライラしててな」
言われて気付くたぁな。さっき一足早く飯を食っていた事を問われた時、ついうっかり脅すような声色になっていた事をふと思い出す。意図してやった訳じゃないが、ストレス発散の最中に金切声みたいな怒声をかけられてついうっかりな。
「じゃあお菓子をさらに多く寄越すのだ!」
「謝罪は自分の負けを認めた証拠だって言ってたのなの」
「ユニ~?」
「……」
こんな事を仕込める奴は、ウチには二択しかない。アニーかユニか。のどちらかで、現状では後者が吹き込んだ可能性が高い。だから少し睨むような目を向けてみるが、当の本人には未だ寝ている――フリをしている。どうやらあの程度の偽装でこの俺の目を欺けると思っているらしいな。小賢しい。
「寝てるのか。ならユニ抜きで飯にするか。アイツの分はお前等で分けて食え」
そう告げながら次々に取り出すのは肉・肉・肉の山。それを目にする大食らい2人の目がらんらんと輝いている。
「こんなに良いのだ!?」
「ああ構わんさ。飯の時間に起きてこない寝坊助には丁度いいくすりだ」
「ありがとうなの~」
「待ってください主! ワタシは起きていますよ!」
「んな事は当然知ってる。というかこの俺を相手にそんなちゃちな騙しが通じるとでも思ったか?」
「うぐぅ……」
「って訳で罰だ。アンリエットに余計なこと吹き込みやがって」
「あれはアニーの真似をしているだけです。決してワタシが何かしたわけではありません」
ふぅむ……確かに〈万能感知〉でも嘘の反応は出ていないな。となると俺が別行動を取っている間にそんなやり取りがあったって訳か。一体侯爵が居てなんでそんな言葉が飛び交ったのかの疑問がない訳じゃないが、まぁ五体満足に生存しているんだから大方商売のさなかに使ってたのをたまたま聞いてたんだろう。子供ってのは得てしてそう言うのを使いたがる傾向にあるからな。
「まぁいい。今回は許してやろうじゃないか」
「ありがとうございます」
真犯人がはっきりしたのでユニは無罪放免。なのでちゃんと栄養バランスの取れた朝食を用意してやる。こっちはもはや肉オンリーの食事には手を付けないどころか文句すら言ってくるのだからな。
「あれ? ユニの分を用意してるのだ」
「ああ。疑いが晴れたんでちゃんと食って働いてもらわんとな」
「こ、これは渡さないのなの!」
「取らねぇよ。食いきれるなら食え。すぐに出発する予定だから急げよ」
俺は一足早く飯を終えてるんで、コテージをしまったり馬車の点検などをしながら時間を潰していると、ひとっ飛びに牧場に行っていたアレクセイが轟音を吐き出しながら戻って来た。
「こちらの用意が済みました。いつ来ていただいても結構です」
「分かった。にしてもとんでもない速度で飛んでたなお前」
轟音の正体はソニックブーム。それだけの速度をスタートと同時に到着できる人外の領域に足を踏み入れた魔族の実力なんだろうな。さすがの俺でも足を止めた状態からソニックブームが出る程の速度は出せない。
「あれがワタシ本来の力です」
「じゃあなんだってあん時はあんなにノロかったんだよ」
オレゴン村で一戦やりあった時にあの速度を出されてたら、マジでやばかったかもしれないな。
あの時はまだエリクサーもなかったし、近頃ようやく役に立つレベルになって来た〈回復〉もてんで役に立たなかったから、あの速度でのタックルは地面をマグマに変える程の威力ある魔法よりたちが悪い。なにせタックルは魔法と違って内部にもダメージが通るからな。内臓破裂とかしたらそれこそシャレにならんかった。
とはいえ結果は俺の勝ちだ。今はもうエリクサーは飲み水感覚で使える程潤沢に在庫があるし、俺のスキルの中じゃ役立たずの代表格だった〈回復〉も、今やミドルポーションを飲み続けてるくらいの回復量まで強化されている。
が――あの状況で手加減をするなんておかしい。自爆攻撃までしておきながら音速タックルを隠しておく意味がない。というかまずそっちをぶつけるのが筋ってモンだろうくらいわかりそうなはずだがな。仮にも〈百識〉とか名乗ってんだから。
「あの時は結界に魔物召喚陣を多数展開していたのでMPが足りなかったのですよ」
「一番に考えていた理由だったな」
意外とアッサリとした理由を聞き終え、俺達は牧場へと走り出した。




