#189 事情が事情や。お残ししても許したるで~
牧場へと向かう道すがら、俺達はいつものようにのんべんだらりと各自いつも通り時間を潰しているが、新しい同乗者であるアレクセイは自前の羽があるから馬車なんかには乗った事がないんだろう。興味深そうにそこら中に目を向けている。
「これが馬車とやらですか。何でも揺れが酷いと聞いていたのですが、これで酷いと口にするとは惰弱ゆえなのでしょうね。それなのに魔物を引き手にする実力の高さには人族も成長したモノだと評価してあげましょうかね」
「そうだろそうだろ。その内魔族全員が殺されるんじゃないか?」
「それが可能な人間が目の前に居るのですが?」
「やんねーよ。そんな事したら目立って目立ってしょうがないじゃないか」
「……なぜ後半で声色が少し変わったのか分かりませんが、本来であれば魔族討伐というのは貴女方にとっては非常に名誉で栄誉な事だと聞き及んでおりますが?」
当然だろう。何しろ人類5種族すべての敵なんだ。そんな事をしでかしてしまえば即勇者と祭り上げられてしまい、来たる魔王討伐の日には最前線に立たされ、女っ気など毛の一本すら発見できないほど汗臭く加齢臭漂いそうな地獄の中に行かなきゃなんなくなるのは明白。んな事は絶対に御免被る!
「普通の連中にはそうだろうが、俺にとっちゃただの邪魔。いや……むしろ罰と言っても遜色ない。だからお前も俺が強いとか言いふらすんじゃねぇぞ。やったらどうなるか分かってんだろうな?」
「ワタシは貴女の下僕ですのでね。それが命令というのであれば従うまでです」
「ならよし」
別に釘をさす必要はなかったかもしれんが、別に言うなと言われなかったのでなんて反論された日にゃ、しまったぁ……と四つん這いになるしかないので先んじた結果だ。これをしておけば、こいつから他の魔族なりにバレたとなれば色々と手を下す事が出来る。
とりあえずやるべき最低限の事は出来た。後は牧場とやらに到着するまでいつものように幌の上を陣取って、近づいて来る魔物相手に投石攻撃で経験値の糧とするだけだ。
「アレクセイ。牧場まではどのくらいかかるんだ?」
ひょいと馬車内をのぞき込んでみると、アレクセイは興味深そうに哲学書に目を向けていたが、俺の一声ですぐに顔を上げる。何かしたわけじゃないが、躾が行き届いてるって感じがする一幕だ。
「そうですね……飛んで向かっていた時は15分ほどでしたが、この速度であれば1日はかかるかと」
「随分と遠いんだな。デカいのか?」
「実験体に事かくようにはしたくありませんし、それだけ数を揃えれば家畜の臭いが否応なしに強まってしまいますからね。自然とそれだけの距離になったのですよ」
「ふぅん……人は?」
「……昔はおりましたが、貴女との契約の際に放出しております」
つまりは相当数のモルモットが存在しているという訳か。
そしてやっぱり人もいたようだな。まぁ、その辺りは文句を言ったところでどうにもならん。正義感を振りかざしてもすでに終わった事だから、何をしたところで意味がないと俺は考える。今のこの瞬間も、この世界のどこかでは不当な扱いを受けている存在がごまんといる。それらを今すぐ救えなんて土台無理な話だし、やりたくもない。
元々俺は勇者になった覚えはないし、聖人でもない。女性好きのモブAだ。
「あっそ」
だから簡素で興味なさげって感じの返事をする。こうしておけばそれに対する罰とかはなにもないと安心させる事が出来る。とはいえ、今この瞬間から人の実験体はギルティ! となる訳だが、男に戻る魔法が完成するまでは、両足切断だったり実験体全滅とかしかやらないって。おかしな考えをしなければな。
これでこの話は終わり。後は〈万能感知〉で魔物らしき反応に向かって石を投げて経験値を稼ぐのみ。
――――――――――
「さて。今日はこの辺りで止めとくか」
特に休憩もなく、倒した魔物も100以上。経験値は相変わらず遅々として溜まらんが、ここに来る前よりは〇2機関を除けば悪くはない。悪くはないが腹も減れば眠くもなる。ここらが潮時だ。
「主よ。少々早くはありませんか?」
「そう思うだろうが、時間はもう22時を回ってる。足を止めるにゃいい時間だと思うぞ」
「それにお腹が空いたのだ」
「あちしもなの」
常時薄暗い魔族領に加え、アレクセイの領地は非常に木々が鬱蒼を生い茂っているために時間の感覚が無くなりやすい所を、俺の〈時計〉をもってすればどこに居てどんな状況だろうと正確な時間が分かるのだよ。
なのでさっさとユニを仕事から解放してやると、すぐに馬車の中から数冊の本を引き寄せてさっさと読み始める。そんな姿に全員慣れているため、無視に近い形で淡々と飯の準備をていると、アレクセイが驚いたようにユニに目を向けてるのが目に入った。
「どうしたよ」
「いえ。まさか魔物が書物を読むなどとは思っても見ませんでしたので」
「ああ。ユニは〈特殊個体〉って奴だからかもな」
「なんと言うか……貴女の周りにはどうしてこうも話題に事欠かないのでしょうね」
「さてな。つーかいまから飯を食う訳なんだけど、お前って何か苦手な物とかあるのか?」
もはや恒例行事だ。新入りに対する好き嫌いの確認。もちろん飯を作る立場に居るんだから、少しでも美味いと思ってほしいと思うのは料理人の性だが、アレクセイは俺を男に戻すという魔法を作る大切な下僕だ。それ以上の意味ももちろんある。
それはアレルギーだ。人によって程度はあれど、飯を食わせる立場にあればそう言った不快な思いは極力避けるのがプライドだ。
「苦手ですか。特にある訳ではありませんね」
「なら質問を変えよう。飯を食った数日後・数時間後に全身がかゆくなったりした覚えはないか?」
「それでしたら……恐らくは肉類ですかね。一度口にしてから酷く気分が悪くなったのを報告して以降。食卓で目にした事はありません」
あの執事連中……アレルギーの事までは知らないまでも、肉類がアレクセイにとって都合が悪い物だという認識はあるみたいだな。さすが魔族に仕えているだけはあると言ったところか。
しかしそうなると、調理器具は新調しなきゃいかんな。一応洗ってはいるが、万難を排すならここは新調一択だ。万が一にもアナフィラキシーで死なれると男に戻るという希望の8割近くが潰える形になるからな。魔法が完成するまでは生きててもらわにゃいかん。
方針が決まれば後はすり合わせ。ユニ達の夕飯の支度をしながらアレクセイが覚えている限りの献立を吐かせてみると、どうやら魚介類はイケるようだが乳製品は全くダメ。おまけに小麦もダメとなるともはやこの世界ではレパートリーが相当厳しい物だろう。
「随分とアレルギーの多い奴だな」
「なるほど。ワタシはそのアレルギーとやらのせいで肉を食べられないのですね」
「そんな所だ。なんでお前には特別メニューを用意する」
「ズルいのだ! わちにもそれを寄越すのだ!」
「あちしも欲しいのなの!」
「肉が食いたくないってんなら構わんぞ」
「「じゃあ要らない」」
特別と聞いて我先にと興味を持ったが、2人の主食である肉がないと分かるや否やの手のひら返C。いつも通りの平常運転ここにあり。
「っし。こんなもんだろ。とりあえず今日はこんな所だな」
用意したのは鯛の炊き込みご飯にグルテンミートの生姜焼き。サラダにデザートの豆乳プリンだ。飲み物は緑茶はレベルが高いだろうからまずは紅茶にした。
「これは……一体なんですか?」
「米って言う穀物だ。俺の暮らしてるところじゃ小麦の代わりに主食としてるもんでな。お前でも食えるだろうと判断したが、それ単体じゃ慣れないと味を感じづらくてな。こうして食える魚と共に混ぜ込んだって訳だ」
「それは大変ありがたいことなのですが……こちらは肉なのではありませんか?」
「似ているだけだ。原料は豆なモンで、パサつきを軽減するために同じ原料で作られた調味料をソースとして使ってる」
「はぁ……いったい何をどうすればそうなるのか、不思議ですな」
「取りあえず食ってみろ。不調を感じたらすぐに言え。そん時はエリクサーで治してやっから」
「ではいただいてみるとしましょうか」
そう言って鯛の炊き込みご飯を一口ほおばると、少し驚いたような顔をしながら普通に食べ進めた。




