#188 一粒で二度ビックリ
激辛アンダギーを手に部屋を出て行った執事Aの代わりに、今度は執事長アルヌがやって来た。そして平然と同じ紅茶を――今度は濃度を高めにして差し出してきたが、まぁ問題ないんで平然と飲み干す。そして同じようにさっきのよりはるかに辛い物を差し出す。
「お前等に土産だ。食え」
「頂きましょう」
果たしてどんな反応をするか期待したが、アルヌはそれを平然と胃に落とし込んでいく。やはり部下を束ねる立場の執事長として、アルヌは顔色一つ変える事無くすべて平らげ、汗の一滴もかかずに水分を必要としませんと言う態度で乗り切った。やるじゃないか。
「アスカ~。そろそろおやつの時間なのだ」
「もうそんな時間か。何を食いたいんだ?」
マリアに言われて〈時計〉を確認してみると、たしかに3時を少しだけ回っている。日本で言えばおやつの時間とはいえ、この世界は1日36時間なんで、3時がそのまま3時に当てはまる訳じゃないが、こうした決まり事を作っておけば、大食らい2人の納得を得やすいし、ちゃんと注意のための鉄拳制裁のいい訳が出来る。
という訳でおやつタイムだ。
「わちはどら焼きがいいのだ」
「あちしはパンケーキがいいのなの」
「ワタシは抹茶アイスを所望します」
注文通りの物をそれぞれ多めに出してやる。聞いたところによると手のひらに収まるサイズが適量らしいが、そんなもんはこいつ等にとっては雀の涙と何ら変わらないので、大盤振る舞いで5人前だ。ちなみに俺は麩菓子。
それぞれのおやつを受け取り、マリアとアンリエットはひとつづお互いの物と交換してから食べ始める。この時はいつもと違って量が少ないので、飲み込むようになんてもったいない真似はせずに一口一口味わうようにしている。
「アルヌも食うか?」
「は……それでは失礼して」
俺が麩菓子を差し出してやると、微塵も表情を変えずに一本抜きとって一口分に千切ったそれをパクリとすると、表情自体はさほど変わらないように見えたが、やはり見た目ジジイなだけあって気に入ったようで、さくさくと無言で食べ進める。まぁ……激辛アンダギーを少しでも中和したかったんだろう。結構早めに受け取ったよなぁ。
「おいアルヌ。アレクセイはまだか?」
「そうですな。どうやら研究に没頭しすぎて我々の声が届いていないのかもしれません」
「おいおい。そんなんじゃいつまでたってもアレクセイが来ないだろうが。ここは俺が主人の貫禄を見せつけてやろ――ん?」
ここで主役の登場だなと言わんばかりに重い腰を上げると、遠くの方で悲鳴にも似た絶叫がかすかに聞こえた。理由は言わずもがな俺が持たせた激辛アンダギーだろう。きっと今頃キッチンでは我先にと水を求めての阿鼻叫喚の地獄絵図が展開しているだろう。それをこの目で確認できないのが口惜しい。
「少々お待ちください。原因を調べてまいります」
「だったらこっちはこっちでアレクセイんトコ行かせてもらうわ」
「なりません。この屋敷には様々な研究材料が手順にのっとった方法で保存しており、むやみやたらに扉を開けられると駄目になってしまう物が多数あるのです。なので旦那様が来られるまでここでお待ちくださいませ」
「いやいや。お前等執事なんだろ? なら部屋の前まで案内すればいい。そこから俺が大声なり殺気なりだしてやっから。さすがに主人である俺を無視するような態度はとらないだろう」
もしかしたらするかもしれんが、その時はその時でやりようはある。くっくっく……。
「ここですねぇ!! ってなぜ貴女がここにぃ!」
そこまで言われてはもう言い訳もできないだろうと悠々とソファをから立ち上がると、扉を蹴っ飛ばさん勢いで開け放ってアレクセイが飛び込んで来た。
「だ、旦那様!?」
「なんだ。人の話が耳に入らんくらいに集中してると聞いたんだが、中々殊勝な心がけじゃないか」
俺がそう声をかけてやると、明らかにギョッとした表情を一瞬したが、すぐに深いため息を一つついて平静を取り戻し、睨むというよりは怯えのような感情をのせて目の前のソファに腰を下ろしてカップに手を伸ばそうとしたのを見て老執事は明らかに顔を真っ青にしたが、そこはこの俺が! 珍しい飲み物を飲ませてやるよとコーヒーを注いでやった。この俺がだよ? 感謝しろよクソジジイ。
「ほぉ……これは良い香りですね。何やらただなる気配を感じたので訪れてみればまさか貴女だったとは思いもしませんでしたよ。それで? こんな場所まで何しに来たのですか」
「んなの分かり切ってんだろうが。ちょいと暇が出来たんで例の魔法の進捗状況を聞きに来たんだよ」
「なるほど。しかし貴女と別れてからひと月も経っていないのです。今は仮組みが終わった程度で、近々動物に対する実験を行おうと思っていたのですが、それらは犠牲にしてもかまわないのですよね? でなければ失敗しても文句は受け付けませんので」
「生態系がおかしくならない程度に留めるならいいんじゃないか? 俺としては、綺麗で可愛い女性がこの世界から居なくならなければ何の問題もない」
新しい物事を始めるのに犠牲はつきものだ。その中でもマウスの消費量は尋常ではないだろう。それに当てはめれば性別が変わるかもくらいの魔法なら悪影響もなさそうだし、生態系への被害も少なそうだ。
「そういう性格で助かります。ではこれから始めようと思うのですが、折角なら見ていきますか?」
うーん。どうすっかな。進捗を聞くまでは速攻で帰るつもりだったけど、熱烈な歓迎に対する仕返――げふふん。お礼をしていないじゃないか。せめて執事連中がむせび泣いての感謝の言葉を聞いてから美女探しの旅に出ても遅くはあるまい。
「そうだな。現状がどんなモンなのかを知るいい機会かもな。どこ行く予定なんだ」
「牧場です。実験用に生物を少々飼っておりましてね。それらを相手に実験を」
「よし行こう今すぐ行こうさっさと行こう」
「良いでしょう。ではアルヌ、留守を頼みますよ」
「かしこまりましてございます」
「お前等もついてこい」
一応安全策として転移石を持たせてはいるが、まさか毒殺狙ってくるとは思わなかったからな。こればっかり試す訳にもいかんしな。だから全員強制同行だ。
「分かったなの」
「仕方ない。ついて行ってやるのだ」
「ワタシは主の従魔ですから。当然です」
「では参りましょうか――ってマリア・ベルゼ様ぁ!? な、なぜこのような場所に」
ようやくマリアの存在に気付いたアレクセイは、それはもう大層驚いたそうな。というか俺の存在がデカすぎたのかもしれんな。やはり俺って……罪。
「わちは今アスカと共に旅をしているのだ」
「貴女のような御方が人間とですか?」
「そうなのだ。アスカのご飯とお菓子はとても美味いのだ」
「もしかして先日金銭を要求したのは……」
「うむ。アスカからお菓子を買うためなのだ」
一体どこから持って来たのか疑問に思っていたが、どうやらアレクセイから金をむしり取っていたようだな。コイツもなんて運のない男なのか……同情するぜ。
「アスカよ。貴女がここまで規格外だったとは思いもしませんでしたよ。まさかマリア様を従える程の実力の持ち主だったとは」
「違う違う。こいつは従えてるんじゃなくて勝手について来てるだけだ」
既に何度か帰れと言ったりしてるんだが、漫画とお菓子のあるこの場所をマリアが頑として離れようとしないだけで、俺は従えてるなんて自覚は全くないし持ちたくもない。アレクセイみたいに武力で旅に同行させてるんじゃないかって思われると、脳筋共が腕試しに訪れないとも限らない。綺麗で可愛い女性であれば後の展開のために条件付きで受けてもいいが、野郎はアウトオブ眼中。
なので、俺にとってのマリアの存在ってのは質の悪い貧乏神みたいなものと何ら変わらないと伝えると、マリアはぶーたれたが美味しいジューシーなソフトキャンディ・グリーンアップル味を放り込むとすぐさま煮込んだモチみたいに表情をふにゃりととろけさせる。
そんなマリアのだらしない様を見て、アレクセイもアルヌも信じられないと言った様子で驚いていたが、俺からすればこんなのは日常茶飯事なのでもう何とも思わない。それどころか、1人だけお菓子を食っている姿を発見してアンリエットが自分にも寄越せとせがんでくる方がよほど面倒くさい。
という訳で、マリアの存在に対する説明を終えて屋敷を出ると、アレクセイはすぐに背中の羽を広げて先行しようとするので首根っこを掴んで強引に馬車の中に放り込む。
「いきなりなにをする!」
「1人で先走るな。こっちは牧場の場所も分かんないんだから馬車に乗って道案内しろ」
「おっとそうでした。貴女が人ならざる存在だとしても空は飛べなかったのでしたね。失念してました」
言葉に若干の嫌味が混じっているような気がしないでもないが、俺は寛大な心を持つジェントルマンだからな。魔法が完成するまでは顔は止めてボディにしておいてやるよ。くくくのく。




