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#187 ほんのおちゃっぴぃだからぁ

「あれがアレクセイの研究所なのだ」

「おー……結構デカいんだな」


 石畳の道を走る事数時間。ようやく森を抜けたその先に見えたのは何とも豪華な屋敷だが、歪に曲がりくねった木々に魔族領特有なのか、薄暗い空と相まって何とも不気味極まりない雰囲気になっているのがまたアレクセイっぽいって感じするよなぁ。

 とりあえず生物の反応はあるみたいだから、居留守でも使おうもんなら精神的に痛い目にあわせてやろうとほくそ笑んでいると、不意にアンリエットが腕にしがみついてきた。


「どうした」

「なんか不気味なの。あの建物を見てると頭がもやもやするのなの」

「怖いならコテージに入ってろ」

「別に怖くなんて無いのなの。でも……変な感じがするだけなの」

「変な感じか……」


 まぁアンリエットはマスターなる存在の手によって生み出された〈流体金属(アクアンタイト)〉なる生き物? だからな。本能的に研究所とかそう言った雰囲気の場所を避けたがっているのかもしれないな。確か失敗作とか言われてたんだっけか。


「なんなのだ? もしかしてお化けが怖いのだ? ぷぷぷ~お前はやっぱりザコなのだ~」

「違うのなの。あちしは怖い訳じゃないのなの。お化けが怖いのはむしろお前の方なの」

「わ、わちはお化けなんて怖くもなんともないのだ」

「行きたくないなら待っててもいいんだぞ?」


 都合よくアンリエットは生物認定されていないので、コテージの中に入れたまま〈収納宮殿〉の中に押し込む事が出来る。そして事が済んでから迎えに行けば、何の問題もなくなる。しかしアンリエットは、マリアに先制の挑発を受けている。こうなってはもう売り言葉に買い言葉で絶対に引かなくなる。


「大丈夫なの」

「そうかい。なら行くとしようかね」


 ここで駄目だというのは面倒くさい。何しろ説得に時間がかかるし、もうこんな場所まで来ているんだ。いちいちコテージに押し込むなんて無駄な労力に体力を割きたくない。

 という訳で、アンリエットが俺の服の端を掴みながら門をくぐり、少し坂になっている玄関まで進んでみると、そこには1人の老執事と数人の若執事が玄関らしき扉の前に並んでいるのが見えた。


「ようこそお越しくださいました。貴女がアスカ様ですかな?」

「そうだけど……あんたは?」

「わたくしはアレクセイ様にお仕えしております執事長のアルヌと申します。御噂はかねがね伺っております」

「で? それを確かめる為にあの3馬鹿をけしかけたってか」

「その件に関しましては彼等の独断でありますので、わたくしの管轄外でございます」


 なーにが管轄外だよ。〈万能感知〉の反応を見る限り、十中八九あの3馬鹿はこのクソジジイの差し金で来たのは明白だが、物的証拠がない以上は声を大にして責め立てるような真似は出来ないな。口惜しいが別件で仕返しをするしかない。


「あーそーかい」

「とはいえ。アスカ様がご納得いただけないのも事実。ですので、あとで彼等には罰を与えておきます」

「うむ」


 ま。それを鵜呑みにするほど俺も馬鹿じゃないが、わざわざ確認するほどの事でもない。

 それに、3馬鹿以外に関しては概ね好意的に出迎えてくれたんで、特に文句を言わずに早速アレクセイの所に案内でもしてもらうが、もちろん馬車は〈収納宮殿〉の中にぶち込み。ユニとアンリエットには呼び寄せ石の品質を引き上げて創造した反応石という物をコッソリ忍ばせる。

 これは、所有者に危機が迫った際に近くで一番強くて安全な味方の側に自動で転移するというそこそこ品質の高い石だが、もちろんMPさえあればいくらでも作れるんで咄嗟に創造したのだ。

 設定も自由自在だから、殺気を纏って半径10センチに毛一本でも侵入すれば即座に発動するようにしておけば、俺かマリア。どっちかのそばに転移し、それを合図にアレクセイを除くこの屋敷に居る全ての存在を一度根絶やしにしよう。そのくらいすれば誰がお前等の主なのかを骨身にしみて理解するだろう。


「旦那様はただいま研究の最中でございまして、しばらくはこちらでお待ちください」

「はいよ」


 案内された応接間は見事に手入れが行き届いているし、壺や甲冑などの調度品やインテリアの数々も外見の不気味さとは相反するような清潔さがあり、いやらしくない程度に金銀財宝が飾られている。まぁ……部屋の隅に置かれている何かの目玉や脳と脊髄のセットのホルマリン的な液体漬けの瓶は見なかった事にしておこう。


「失礼いたします。お茶をお持ちしました」


 そんな室内に目を向けながらソファでボーっとしていると、執事の1人がティーセットを手に現れ、温度を測り。砂時計で正確に時間を図り、ポットを温めたりカップを温めたりと慣れた手つきでお茶を入れ始める中で一際目を引いたのが、金色の茶葉だ。

 金色だからと言って金塊みたいに光沢がある訳じゃない。毛の様な埃のような何かがシャンデリアの光を反射して金色に見える時があるってだけだけど、俺の知ってる中にはそんな茶葉は見た事ない。


「こちらは〈幻想賢樹(ファンタズマトレント)〉なる魔物から取れる葉に魔力による手を加える事で完成する王侯貴族御用達の最高品質の物です。旦那様の主人だという貴女のためにご用意いたしました」

「ほぉ……ちゃんと教育が施されているようで余は満足じゃぞ。かっかっか」


 確かに最高品質だわな。もっとも……それはお茶でなく猛毒の一品としてだけどな。詳しい症状は知らんが、ティーカップ一杯に使用された量であれば、都市1つ壊滅させられるほどの猛毒(ユニ談)。つまりはビックリするくらい歓迎されていないって訳だ。いい度胸してやがるぜ。


『お前ら全員。あの茶は毒だから飲むなよ。俺が処分する』

『分かりました』

『分かったなの』


 誰も手を付けないとなると怪しんでると思われて強硬手段に出られると困るんで、ここは飲み干す事で脅威であると分からせてやる。戦うのとかマジ面倒だから。


「……ふむ。いい香りだ」


 まずは香りを楽しんでから、一気にあおるように飲み干した。


「……」

「うん。さすが最高級というだけあって味はそこそこだな。お代わり」


 ふふふのふ。驚いてる驚いてる。きっとコレを飲んだ瞬間にどうなるかは知らんが絶命し、あの手この手を使ってユニ達ごと死体を処理しようとしていたんだろうが無駄無駄無駄ァ! 我が〈万能耐性〉の前には少し渋い程度の紅茶と何ら変わりないわぁ。フハハハハ!!


「お、お注ぎします」

「よきにはからえ――っと、そうだ。わざわざ従者の屋敷に上がり込んで手ぶらというのも悪いからな。ほれ。ちゃんと土産を持ってきたんだよ。遠慮せずに食え」


 取り出したるは何の変哲もない唐辛子・ドラゴンブレスを大量に練り込んだ甘味ゼロのサーターアンダギー。もちろん怪しまれないように俺も口の中に一つ放り込む。


「いえ。今は仕事中でございまして」

「お前の上司は誰だ?」

「それは執事長の――」

「違うだろ? アルヌの上はアレクセイ。アレクセイの上はこの俺。ってなるとだ、お前の上司は俺って事になる。その上司の命令をお前は聞けないって言うのか?」

「そ、そのような事は決して」

「なら食うといい。俺の善意で提供してるんだ。断らないよな?」


 ニッコリ笑顔で強めの殺意を吐き出すと、これ以上固辞しようものなら少なからず主人であるアレクセイに迷惑をかけると判断したんだろう。意を決してそれを一口。


「……?」

「美味いだろ」

「はぁ……ワタシにはよく――」


 瞬間。執事Aが大口を開けて立ち上がり、水を求めるように手をしっちゃかめっちゃかに動かしてるんで例の紅茶を差し出してやると、反射的に受け取りはしたがそれが何なのかを把握し手がピタリと止まる。


「どうしたんだ? 飲めば少しは楽になるぞ」


 気づかないフリをしながら俺は普通にカップを傾けながら激辛アンダギーをぱくぱく。他の誰もがこれを飲めるわけがない。飲めば一瞬であの世行きだからな。


「す、少し失礼――」

「まぁ待てよ。ほら」


 逃げ出そうとする執事Aに対して空のカップを差し出す。あえて言葉にはしないが、お茶を入れろとの指示をする。それが分からないようなら執事としてこの場所には居ないだろうが、相手も今や水分を求めて必死なのだ。赤く腫れあがった唇がそれを物語る。


「では代わりの者を――」

「そのために俺に何分もカップを持って掲げてろと? アレクセイには執事の何たるかをきちんと叩き込まにゃいかんようだな」

「……ではお淹れいたします」

「うむ。もう一つd――」

「結構です」


 今度はかぶせるような速度で断固拒否された。しかし悪い笑みを浮かべながら同僚たちにどうだ? と提案してみると、執事Aも同じような悪い笑顔を浮かべながらありがとうございますと言って全て受け取った。きっと死なばもろとも精神で被害者を拡大させるだろうな。俺には関係ないけど。

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