#186 今何処?
「あの森が生きてる辺りからが、アレクセイの領地なのだ」
「ほぉほぉ。爺さんの領地と違って随分と整然としてんだな」
馬車を走らせる事3時間。ようやっと見えてきたのは、意外にも大地に石畳の敷かれた街路樹だった。木が全体的に禍々しくねじ曲がって毒々しい色の葉を生い茂らせていようとも、爺さんの領地に比べればちゃんとした道だし豊かに見える。多少の不都合など目をつむれいっ!
しかし。ちょいと目をつむれない案件もある。
「ユニ止まれ」
「かしこまりました」
俺の指示に対してなにも疑う事なく足を止めたのはシュルティスとアレクセイの領地の境目辺り。そこに目では見えない何か――いわゆる結界的な何かがドーム状に覆うように展開しているのを〈万能感知〉が発見していた。
まずは俺が先陣を切る。〈万能耐性〉に〈身体強化〉をコンボの前では、並大抵の障害は紙だ。なので恐れる事なく手を伸ばしてそれに触れてみようとするが、特に抵抗も違和感も感じる事無く貫いた。どうやら物理的に妨害をするような意味合いはないみたいだ。ってなるとどんな効果があるのか……俺とマリアはいいが、他が無事でいられるかは分からんな。
「マリア。ここに結界があるんだが、何を意味してるか分かるか?」
「さすがアスカなのだ。普通はそれに気付かないものなのだ」
「そういうのはいい。さっさと要点を言え」
「わちが聞いたのは、何が来たか知らせる結界だと聞いてるのだ」
なるほど。いわゆる索敵目的って訳か。用心深いというかビビりっぽいアレクセイにはぴったりの魔法だな。
「害はないんだな?」
「弱っちい魔物も中に居るから大丈夫なのだ」
「なら進むとするか」
何が来たか知らせる類の物であれば、俺という存在が来たと一発で分かるかもしれん。であればアレクセイ側から飛んでやって来る可能性も無きにしも非ず。となれば研究所まで足を運ぶ手間が省け、もしかしたら予定より早く美女探しの旅に行けるかも知れない。
ん? 戻れる可能性はどうなんだって? 馬鹿言っちゃいけないよ。俺だって最初はそうなるかもなんて淡い期待を寄せてはみたが、何せ奴と別れてからひと月も経っちゃいないんだ。いくら〈百識〉とか痛い二つ名を持っていようとも、ゴールだけを注文されてそんな短期間でたどり着けるほど甘いもんじゃない。なんとなくそう思っている。
それにだよ。今男に戻ってしまったらお近づきになる際に警戒される可能性がある。その点を考えれば、この超絶美少女という事象もそう悪くはない。
一度親密な関係になってしまえばそんな心配もありはしないだろうが、やはりファーストコンタクトってのはとても大切だからな。同性であれば異性よりは数段懐にもぐりこみやすいのは間違いないのだから、万が一完成していてもしばらくは保留するとしよう。
「――じ。主。聞いていますか?」
「んあ? どうかしたか?」
「いえ。あまりにもだらしない顔をしていたので」
「前に食べたモチとやらみたいにべちょっとしてたのだ」
「あちしは溶けたアイスみたいに見えたのなの。じゅるり」
「……そんなだらしなかったか?」
俺としてはいつも通りぼけーっとしてたつもりだったけれど、どうやら妄想にかまけていたせいで自然とエロい顔をしていたようだ。それを何ともまぁ酷評してくれたもんだが、ユニ達のそう言う態度は今に始まった事じゃないし、俺もそう言うのは嫌いなんで構わない。
「アスカの顔を見てたらモチが食べたくなったのだ」
「あちしはアイスなの」
「ワタシは仕事中ですので、夕飯の際にこの前いただいたしぇいくという物がいいですね」
「さっき飯食ったばかりだろ。お前等もユニと同じく夕飯の時に用意してやるよ」
ここで文句でも言おうものなら鉄拳を振り下ろすところだが、既に2人も俺という人物像をある程度把握しているのか、表情は不満そうだが馬車の奥にあるソファに寝転がって漫画を読みふける。そこでふと気が付く。
「おい。何か漫画の量が少なくないか?」
漫画を創造したのは多くはないが少なくもない。もちろん吟遊詩人や旅芸人程度の娯楽しかないこの世界じゃ劇薬の様な娯楽だ。あのアニーですらまだあの本の続きは出せへんのか? と催促してきた事もあった。
試しに、こういうのはあっていいのか? なんて冗談を言ってみると、ものすごくバツが悪そうな顔をしながら葛藤していたのは記憶に新しい。それくらいに危険な娯楽である漫画の数が合わない。
もちろん全てを把握してる訳じゃないとはいえ、それぞれのお気に入りの漫画が何なのかくらいは把握している。
2人が気に入ってるのはもちろんグルメ漫画だ。それらの料理を見てはこれが食べたいと駄々をこねる事があったりするので、気分が合えば作ってやるし。必死のプレゼンが俺の腹に刺激を与えれば作ったりする。
話がそれたな。とにかく言いたいのは、漫画は俺等の中ではもはや日常であるという事。アニーもリリィさんも侯爵もアクセルさんもそれは例外じゃない。
ちなみにリリィさんとアクセルさんが好きなジャンルは少女漫画。アニーは心理戦を主題にした物。侯爵は血や死体などがゴロゴロ出てくるスプラッタ物と、その好みは千差万別だが、今回少ないと感じたのは少女漫画だ。
侯爵以外の部屋はコテージ内に個別に存在し、ちゃんとプライバシーのために鍵もかけられるし、自由に行き来できるようにそれぞれに持たせてあり、侵入はマスターキーを持っている俺以外は不可能なので、2人が読めるのは片付けもせず置かれていた十数冊。その中の5冊ほどが抜けているとなると穏やかじゃなくなる。
とくにリリィさんはキレたらマジで怖いってのはもはや常識で、無くなった少女漫画は特に気に入っている物。だから部屋じゃなくのんべんだらりと過ごすリビング的な馬車の中に置きっぱなしにしていたんだろう。
俺のそんな指摘に対し、2人は特に恐れるような感情は見られない。そんな姿を見てアレ? と思う。
マリアは魔族だ。それもこの世界じゃ覚醒した魔王の次に強い――現状・世界最強の存在ではあるが、リリィさんの前じゃ借りてきた猫のように――いや、あれは完全に生殺与奪を掴まれたと言っていいほどの格差があるな。アンリエットも似たようなもので、我がパーティー最強の座は長期政権だ。
それほどまでにリリィさんを恐れている2人が、大切にしている漫画を失くした言われて平然としている。ともすれば俺の勘違いかと思ってしまいそうになるも、別に怒られるのはこっちじゃないから別にいいかと、考えるのを止めることにした。
取りあえず……こちらに迫る何者かの対応に意識を向けるとしよう。
「そこの馬車、止まれ!」
「だってさ」
「……分かりました」
空から現れたのは、蝙蝠みたいな羽を生やした小僧が3人。ツリ目。糸目。タレ目。そのくらいでしか見分けがつかないほど酷似している3人は、とりあえず手にした槍の穂先をこちらに向けて来る。別になぎ倒して進んでやってもいい所だが、一応はアレクセイの領地。最初だけでも聞きいれてやろうとは何て優しい主人だろうか。
「なんだ?」
「に、人間っ!?」
「ひゅ~。なんとまぁ……」
「可愛いっすなぁ」
まぁここは魔族領だからな。そりゃ俺が出てくりゃ驚きもするか。とは言えこんなやり取りはさっさと済ませたい。アレクセイが出張ってきてない時点で、このやりとりはただの面倒事以外の何物でもないんだからな。
「なんか用か?」
「な、なんか用かじゃない! ここは我々の主であるアレクセイ様の領地である」
「今日は誰も来るって報告はないんよね~」
「という訳で、すぐに帰るっすな。そうすれば命までは取らないっすな」
「なんだお前等。この俺が誰だか分からないのか? アレクセイの主人であるアスカ様だぞ」
主従契約は最底辺とは言え、契約は契約。紛れもない事実を平然と口にしただけなんだが、目の前の3人組からは明らかな殺気が感じられた。
自分達の主人であるアレクセイ。その上に立つと豪語するのが超絶美少女が口にしたんだ。そう言った感情を表に出さなきゃこんな仕事は回ってこないだろうが、俺は面倒だと言った。いちいち相手してやるつもりは毛頭ない。
「「「なあっ!?」」」
まぁ驚くのも無理はない。俺は一瞬の内に全員をワイヤーで木に縛り付けたんだからな。実力の差って奴がまざまざと感じられるであろう動きだ。
「じゃあな」
キチンと武器を回収し、ユニを走らせる。背中に叩き付けられる文句を心地よく感じながら、一路研究所へと向かう事にした。




