#184 それで本気だと? 冗談だろ……
「やれやれだ」
初手はいただき。
軽い踏み込みでギギに接近。鈍重そうな見た目通りに遅い動きで俺に拳を振り抜こうとしているみたいだが、まぁ余裕っすよ。一応殺さないように、だが一切の容赦なく全身に刃を振り抜き続ける。
「グ……ッ」
「させないよぉ!」
半秒遅れてメフィレニアが攻撃を阻止しようと迫るも、俺からすれば大した速度じゃないんで余裕をもって飛び退く。ちゃんと追撃できないように投石攻撃するのも忘れず、3メートルほど距離を取ってあっちが態勢を整える間に会話でもするか。
「あんた等も20評議会とやらの一員なのかい?」
「ああそうさ。アタイは〈憤慨王〉メフィレニア。そっちのは〈不動不退転〉ギギ。共にアンタ等5種族を全滅させるために動いてる〈強硬派〉の魔族さ」
こいつ等がそうなのか。取りあえず放っておくと後々面倒臭い事が起きそうだけども、そう言うのは勇者の領分であって、俺の6神ぎゃふん(死語)はどちらかと言えば魔族側に役割が傾いているんで、役割だけで言えば十分に魔族の一員だ。
「全滅ねぇ。本当に出来るのか? 俺すらまともに倒せない程度の実力でさ」
「言うじゃないか。たかが人間のガキ如きが」
「口だけだと思う? そっちの岩コロが何にも出来ずに傷だらけにされてるのを見てもさ」
「ハッ! そんなのはこいつがトロくて油断してただけに決まってるだろ。アタイは違うよ」
そう言いながらも隙だらけな時点で、言葉に説得力がないんだけども、もしかしたらそう見えるのは俺だけなのか? どうせ打ち倒さない限り通してくれそうにないからな。試してみるか。
まずは踏み込み。メフィレニアは普通の女性よりは背が高いとはいえ、ギギに比べれば当然小さいし、女性というのは関節の可動域が広く無茶な体勢も悠々取れるので難なく躱されるが、別に必殺を狙っての一撃って訳じゃないのでここはあっさり退いておく。
「うん。確かにそっちのでくの坊とはわけが違うみたいだな」
「……いい動きするじゃないか」
「そう言うあんたは反応が鈍いね。それで魔族名乗るって恥ずかしくないの?」
「加減してもらってるだけって分かんないのかい?」
「なるほど。じゃあ本気でかかって来なよ」
「っ!?」
そう告げながら、まずは足でも奪ってやろうかと振り抜いたけど、今度はちゃんと反応出来たようで左太もも半分ほどで事なき? を得ていたが、その表情は明らかに怒りが混じっている。避けられなかったのは自分のせいだろうに……やれやれだぜ。
「どうしたんだい? 魔族が人間の攻撃すらまともに避けられないなんて、調子が悪いのならいってくれればいいのに。そうすればもう少しくらい手加減してあげ――」
挑発に我慢ならなくなったメフィレニアが、かなりの速度で間合いを詰めて来てのスマッシュを振り抜いてきた。当然避けるのなんて造作もない事だけど、しかしその一撃は普通じゃなかった。
「随分と雰囲気が変わったねぇ。それがあんたの本気って奴かな?」
「「フゥーッ!! フゥーッ!!」」
言葉は通じない……と。憤慨王とかなんとかな二つ名があった理由があの辺りにあるんだろう。
って事はだ。あれがメフィレニアの本来の戦闘スタイルという事になるのか。理性を消し飛ばし、戦闘だけに注力する。それはもはや獣と何ら変わらないんじゃないか?
というわけで殺気を放ってみる。何となく殺すって思う事で、俺を中心に黒いオーラが放射状に伸びていくのが〈万能感知〉ごしに確認できる。
自分がどの程度の物を放っているのかまではまだ把握できてないけど、獣レベルであればこれで十分すぎるくらいに尻尾を巻いて逃げ出すところだが、メフィレニアは嬉しそうに笑みを深めて突進からの連打で襲い掛かって来る。
それが本能で振り抜かれるだけの物なら何の問題もないんだけど、キレてからのメフィレニアの背中にはもう1人の黒いメフィレニアがスタ〇ドみたいにピッタリと付き従い、寸分たがわぬ動きでこれが意外と邪魔になる。
「ヌウンッ!」
そんな手数の隙間に、ギギのテレフォン攻撃が迫る。この攻撃自体が俺にヒットする可能性はゼロに近い。しかしギギもそのくらいは分かっているようで、その目的はあくまでも陽動。回避の邪魔だけに重きを置いている。
「「アアアアアアアアアアアアアアアア!!」」
「む……っ」
だから時々は受け止めるしかない。体格差に加えて一撃で2人分の力を受け止めなきゃなんないのは非常に面倒だけど、軌道が確認できていれば後はその間に刀身を滑り込ませるだけの簡単な作業。
それにいつでも圧倒する事が出来る。そんな風にほんの少し油断したんだろうな。
「「オオオオオオ!」」
「しつこいなぁ」
何度目かになるギギのテレフォンパンチに対し、余裕をもって回避した瞬間。右足が大きく沈み込んだので反射的にそっちに目を向けると同時に舌打ち一つ。すぐに背後に迫ったメフィレニアの一撃をまともに受け、吹っ飛ぶ身体を地面に沈み込んだ足一本がそれを阻み、倒れた拍子に更に右半身が地面に沈み込んだ。
「ブザマ。シネ」
「「グルアアアアア!!」」
そうして襲い掛かって来るのは、メフィレニアの連撃とギギの重撃のコンビネーションだ。普通の人間――というか5種族であればまず間違いなく絶命するであろう猛攻は、俺にとっては痛手ではあるが死には至らない。何故ならシュルティスの爺さんをやった時の恩恵で〈回復〉がさらにパワーアップしたんだからな。
だからなのか、どれだけ殴られてHPが減ろうとも次の瞬間には回復してるし、〈万能耐性〉を持ってるからそもそも痛みなんて感じない。とはいえ、身体半分が地面に埋まってるこの状況を抜け出すにはこの猛攻を何とかしなきゃなんない。
何せ起き上がろうとするたびに、ギギの全体重をかけたような振り下ろしが襲い掛かってくるんだからな。これが意外といい邪魔になってるし、メフィレニアの攻撃も背後からだからロクに反撃も防御も出来ない。
「ふぅ……こっちは急いでんだよ。邪魔すんなっての!」
武器を持ち替えて、ギギの腕を斬り飛ばす。再生する間に半身を強引に引っ張りだし、振り返りざまにメフィレニアの拳を避けてから肝臓に一撃ぶち込んで吹っ飛ばす。
そうして出来た空き時間で、俺は服のホコリを払ったり、〈万能感知〉でユニ達の無事を確認したりと有意義に過ごしていると、先に復活したのはメフィレニアで、さっきの一撃で相当な距離吹っ飛ばしたはずなのにもう戻ってきて俺に殴りかかって来るとは、見上げた根性だ。
「まぁご苦労様とだけ言ってあげるよ」
高速の猛攻を避けながら間合いを詰めて、ナイフで滅多切りに。
一瞬でどす黒い血が噴き出し、それが黒薔薇のように宙を舞うが、服を汚すとそれはそれはリリィさんに叱られるので即座に背後に回り、とどめの一撃としてバスタードソードを振り下ろした。
「「グ……ガ!?」」
「まぁ後で生き返らせてやるから、思う存分一回死んどけ」
と言っても、聞こえてるかどうかわからんし、肩から腰まで両断されてはいくら魔族だろうと生存は不可能だろう。事実。ほどなくして背後の影も消えて、〈万能感知〉でもメフィレニアの死亡が確認できた。これで後は鈍重な岩コロを粉微塵に砕くだけだが、果たしてそれをしちゃっていいのかねって疑問が浮かび上がる。
もちろん。その見た目から、こいつは十中八九野郎で間違いない。という事はなんの手心を加える余地のない。
しかしだ。相手は岩コロ。エリクサーの効力が及ぶ存在じゃない。あれはあくまで生物の回復に効果があるだけで、植物や鉱物なんかには何の意味もないただの水だってのはすでに確認済みだ。
となるとだよ。こいつをうっかり殺っちゃうと、そんな事が出来る人間が存在していると魔族共に知れ渡る可能性が無きにしも非ずかもしれない。そんな人生はまっぴらごめんだってわけで、殺さず無力化させるしかない。そうして後で口裏を合わせるように脅しや賄賂などの手段を用いればいい。
「せぇ……のぉ!」
だから、まずは両足を細切れにし、鳩尾に当たる部分に向かって昇竜〇を叩き込む。身長差を考えると自然とこうなるし、地面から切り離すにはどうしたってこうするしかない。
「ニンゲンノチカラ。キカヌ」
「脳筋が。効く効かないの問題じゃないんだよ」
目的はダメージを与える事じゃない。だからあえて素手でぶん殴ったのであって、さんざっぱら剣で対処してきたのになぜこのタイミングで素手にしたんだって事に対する疑問が浮かばないようだから駄目なんだよ。脳筋と呼ぶ事すら持ち上げすぎか。
「うなれ」
「ヌゥ……ッ!?」
ギギを包み込む球体になるようにイメージしながらそれを創造する。
見た目は袋。
中身は〈魔力障害〉
包む姿はゴミのよう。なんてね。
とにかくこれで作戦終了だ。




