#17 希望の光
もうもうと上がるきのこ雲。
尋常じゃない威力の爆風が、周囲の家屋を軒並み破壊。村を囲むように設置されていたボロの柵は炭化すらせずに消え去ってしまった。
爆心地は大きなクレーターが出来、その中心には下半身を消失させたコウモリ野郎と、僅かに血を流してる俺がいるだけだ。
「あいててて……」
まさか自爆してくるなんて思ってもみなかったな。まーた服がボロボロだ。新調しても新調してもすぐにダメになる。いっその事一生全裸で過ごしてやろうか! なーんて思うけど、わいせつ物陳列罪に該当して即逮捕ってルートに足を踏み入れるだろうから止めておこう。いくら超絶美少女の裸体と言えど、犯罪は犯罪だ。この世界にそんな法があるか知らんが、何かしらの罪状に触れるだろ。
「うーわ。凄い威力だったんだな」
爆心地を中心に300メートルくらいの建物が全部ぶっ壊れてる。咄嗟に〈身体強化〉をフル稼働させといてよかったぁ。そうじゃなかったらどんだけの被害を受けてたんだろうね。
「これでも……死なないとは。貴様は本当に人なのですか?」
着替えを終えたところ。足元からかすれたコウモリ野郎の掠れた声が聞こえた。
「うわっ!? よくそんな状態で生きてられるな。魔族ってのは本当に頑丈なんだな」
HPもMPもすべて絞り出したのか。コウモリ野郎はほとんど干物みたいな状態になってて元のサイズの3分の1くらいにまで縮んでしまってる。なんかウェストポーチみたい。
「フン……貴様等下等生物が惰弱なだけでしょう。この程度の負傷……我のような魔族であれば、1日もあれば完治するのですよ」
「ってことは、まだやるか?」
「我は魔力も体力も尽きているのです。魔法陣も消え去り実験は失敗。素直に降参しましょう」
「つーかどうして魔法を撃たなかったんだ?」
「最初に出会ったあの時撃ち込んだのは、我の持つ魔法でも最大級の威力を有しておりました。それを五体満足で切り抜けた貴様には普通の魔法は通じないと判断したのもありますが、あの量の魔物を呼び出して魔力が付きかけていたというのもあります。なので命を代償に使えるこの魔法しかないと思ったんですが、結果は御覧の有様ですね」
「ふーん。ところで結界ってどうなってんだ?」
あれだけの威力の一撃だ。さすがに壊れたんじゃないかなぁと思って村の外に出てみようとしてみると、一瞬何かに触れたなと感じと次の瞬間には透明な何かが粉々に砕け散った。
「んう? なんだ今のは」
「一応……結界なのですが?」
気まずいなぁ。まさかこうもあっさりと結界がなかった事になるなんてね。こんな事なら最初から〈身体強化〉でぶん殴ってみればよかったな。そうすればわざわざあれだけの数の魔物と戦うなんて面倒な事をしなくて済んだのかもしれない。
いや、もしそうなっていれば混浴が無くなってしまうからこれでよかったんだよ。
「そうなんか。まぁどうせ負けを認めたんだからどうだっていいか」
「それでもかなりの魔力を込めたのですがね。一体どういう構造をしているのやら……可能であればその肉体を細かく切り刻んで調べてみたいものですね」
「断る」
さて。結界も消えたし魔族も無力化に成功した。後は死ぬまで切り刻み続ければいいだけだな。
「最後に、聞かせてもらいましょう。貴様は……人族の勇者なのですかな?」
「違うぞ? 俺はどこにでもいる普通の旅人で、まだ見ぬ綺麗で可愛い女性を探して北へ南へ西へ東へと勝手気ままにこの世界を歩き回ってるだけの超絶美少女だ」
勇者なんて無償で人助けなんを強制させるクソ職業なんて面倒くさくてやってらんない。そこに姫からの昨晩はお楽しみでしたね――なんてムフフなお礼とかがあれば考えなくもないが、面倒くさいことは極力避けたいのが偽らざる心情だ。
六神連中をぎゃふん(死語)と言わせるのですら面倒だっていうのに、今は女の身体を何とかせにゃいかんのだからな。仕事が多すぎてそんな事に構ってる暇も正義感もない! もちろん暇があってもやらんがね。
「クハハ……勇者でもないただの小娘如きに我が敗北するとは思いもしませんでしたよ」
「はっはっは。俺に出会ったのが運の尽きだったんだよ」
さて。後はこいつを始末して依頼は達成か。長かったような気がするけど、まだこの世界に降り立ってたった十数時間しか経ってないんだよなぁ。前世で過ごしていたのと比べると随分と濃密な一日だったがようやく終われるな。
「さて。最後に辞世の句くらいは読ませてやるぞ」
「辞世の句が何をする事なのか知りませんが、我は魔法研究に全てを捧げた〈百識〉のアレクセイ。魔族として無様な命乞いなどと言った恥ずべき行為は取らぬ。さっさと殺すが良いでしょう」
「おい。今の話はマジか」
「ぬ? 何ですかいきなり」
「魔法の研究してるって事だよ! それはマジな話なのか?」
「マジという言葉は存じませんが、我が魔法研究をしているのは真実。それが一体なんだと?」
なんてこった。こんなに早く都合のいい奴が見つかるなんて思ってもみなかった。こいつが居れば、俺のこの身体を何とかできるかもしれない。となると殺す訳にはいかなくなった。
「おい魔族。俺の提案を受けれればその命を助けてやってもいいぞ」
さすがに無償でって訳にはいかない。男に戻るのはもちろん最優先事項ではあるけど、全てを犠牲にしてってのはさすがに気が引けるし、何よりこいつが勇者とかに殺される際に俺の名前でも吐かれたら、それこそ人類の敵として二度と女体を拝めないような辺境で暮らさなきゃいけなくなる。まぁ……そこまで来たら普通にあの世に行くつもりだからいいけど、そうならないようにそれだけは絶対に阻止しないといけないので、何か方法を考えなくては。
「貴様は、自分が一体なにを言っているのかを理解しているのですか? 我は魔族。それを生かす事がどれだけこの先の人類にとって不利益となるか分かっての発言か?」
「興味ない。こっちにはこっちの都合があるんでな。第一、お前程度ならいつでも殺せるから多少暴れられたとしたってたかが知れてんだろ」
現在進行形でコウモリ野郎の命はいまだに俺が握ってるんだ。嫌と言えば殺されると分かってるんだ。さすがにこの提案を受け入れてくれるだろう。受け入れなければ受け入れるまで懇切丁寧に説得するしかない。物理的に。
「クハハ。勇者でもない下等生物に負けた挙句、我に生き恥を晒せと言うか。お断りですよ」
ムムム……こいつは意外とプライドが高い魔族のようだ。無様な生より高潔な死を選ぶなんて。俺にはわからん考え方だ。
まぁ。いくら死を願おうがもちろん却下だ。そうなっては俺が女に戻る手立てをまた一から探し始めなきゃいけなくなるんだから、別の手段でもって生へ導こうではないか。俺の童貞卒業へ向け、せいぜい頑張ってもらわなければいけないんだから。
「なんだ。お前の魔法研究はそんな簡単に諦める程しょぼい研究だったのか。それじゃあ役に立たなそうだ。所詮お遊びでやってたんだろうな。HAHAHA」
「下等生物風情がなめるなぁ! 我は1000の時を生きる魔族なのだぞ! 人族如きの研究など、我と比べて勇者召喚以外は何百年遅れていると思っているかぁ!」
「おやおや。そんな事を言ったって証拠がないんじゃどうしようもないじゃないかぁ。もしそれが真実なんだとしたら見せてみろよ。凄かったらすんませんでしたって頭を下げてやろうじゃないか」
「く……っ! いいでしょう。挑発に乗せられてしまったのは気に入りませんが、貴様の提案を呑んであげますよ。どんな魔法が欲しいのか言ってみるといいでしょう。この我が見事作り上げてみせようではありませんか!」
作戦成功。ちょいとプライドを刺激してやるだけでこうも簡単にこっちの思い通りの反応をしてくれるなんてな。やっぱり単細胞出たみたいですげーちょろい。
しかしこれで俺の野望は第一歩を踏み出した。
まだまだ旅は終わらない――なーんて打ち切り漫画みたいな事を言ってる場合じゃない。こいつが協力してくれると決まったなら、まずは五体満足にしてやらんといけない。
「よし。それじゃあ行くとするか」
「どこへです」
「俺とお前の出会いの場所だ」
聞きようによっては何ともロマンチックな台詞だけど、野郎との恋愛フラグなんてまっぴらごめんだ。俺はちゃんと女の子が大好きだからな。
という訳で、コウモリ野郎の首根っこを掴んだまま全力疾走――と言っても跳ぶような移動だったんで十数歩ほどでマグマ地帯となった場所に到着した。
ここに来た目的はもちろんポーションだ。生憎と馬は最初の魔法で焼死したけど、その時に暴れた際にいくつかの木箱がアニー達の幌馬車から飛び出していたのだ。ステータス的に何となく運がいい気がするし、きっとあるだろうと捜索を開始。
〈万能感知〉で調べて回収できた木箱は全部で3つ。
全部開けてみると、一つはこの世界の食料品で、主に干し肉が占めていた。試しに一口食べてみると、何とも獣臭くてかなり堅い上に超しょっぱい。食べられない事はないけど、高血圧になるのは確実。病人への道を自ら進むために口にするつもりはない。健康面に気をつけないと、これだけ超絶美形でもあっという間にデヴ一直線だからな。
一応2人の荷物なんで持って行くとして2つ目。
これは日用品のようだった。
質の悪い石鹸や木の枝を解した原始的な歯ブラシや麻の服。木の皿やお椀などの食器と言った物から裁縫用の針などなど。街ではどうだろうと思うような物ばかりだけど、あの村に運ぶんだと考えれば十分すぎる品揃えだろう。
そして最後の3つ目に、ようやく俺が欲していた薬瓶の詰め込まれていたであろう木箱があった。
中身のほとんどは当然ながら割れていたけど、奇跡的に数本無事な物が残っていたんで残らず手に取って転がしてあったコウモリ野郎の元まで運ぶ。
「なんです?」
「ポーションってどれだ? というかこの中にあるか?」
無事だった薬瓶は全部で5つ。
2つは薄緑色の液体が詰まってる物。
2つは黄色の液体が詰まってる物。
最後の一つは濁った赤色の物。
異世界知識が皆無な俺にとって、これがいったい何なのかなんて分かる訳もないんで、仮にも〈百識〉を名乗るんだ。これらが分からない訳はないもんなぁ。
「そっちの薄緑のですね。低級ですが間違いなくポーションでしょう」
「黄色のは?」
「それは胃薬。赤のは恐らくワインでしょう。わずかに酒精を感じますからね」
「なるほど」
ゴクリと喉を鳴らす姿に、きっと酒が好きなんだろうと察しが付く。今後のために一口だけもらってから残りを飲ませてやった。こうなる前は結構酒が好きで飲んでたけど、やっぱこの世界のレベルだとこのくらいかって思う。飲めないほどじゃないけど、日本で飲んだ安物よりさらに酷い。
「うげぇ……なんだよこりゃあ」
そして目的のポーションをごくり。味には何の期待もしてなかったけど、まさかこれほどまでにマズイとは思わなかった。例えるなら糊を水で薄く溶かしたような感じだ。ねっとりとしていつまでも喉を流れて行かない。非常に不快な飲み物だ。
文句を上げればきりがないが、とにかくこれでポーションの創造が可能になったんで、ようやく本題に入るとしますかね。
「さて魔族。お前は魔法の研究をしていると言ったな」
「ええもちろん。これでも魔族一と自負しています。つまりは世界で一番という事ですね」
「なら……俺を男にする魔法ってのはあるのか?」
「……ありませんね。我が魔法の研究を初めて1000年。そんな魔法は見た事も聞いた事もない」
「マジかよぉ……」
おおう……。研究者というからには詳しいとふんでたのに、まさか過ぎる回答だった。これはかなりのショックである事に変わりはないけど、落ち着くんだ自分。まだ望みの全てが断たれた訳じゃない。無ければ作らせればいいんだ。
「……なら研究しろ。そうすれば魔法が完成した後も、余程の事がない限りは見逃してやる」
最初から男に戻れるのが理想だったけど、それはさすがに都合が良すぎると思うんですぐに気持ちを切り替えられた。そもそもこんなガキの身体じゃ相手を気持ちよくさせられない。かつてのオークぶりを取り戻し、いかなる女性でも悦ばせられる〈性技〉ってスキルで暴れ回るのは20代くらいでも十分なはずだ。それまではただひたすらに顔を売る事に尽力すれば、世界ハーレムを楽しめるはずだ。
「いいでしょう。我としても魔導の研究が続けられるのは重畳。人間ごときに指図されるのは気に入りませんが、貴様は人の枠を超えた存在だと言い聞かせてその提案を受けようではありませんか」
「ちょいと癪に障るセリフが聞こえた気がするが、交渉成立だ」
こうして。秘密裏に魔族との協力関係が成立した。




