#181 俺が人間で何が悪いんだ! 俺は人間だよ!
もうもうと立ち込める煙がゆっくりと晴れていく。撃ち込んだ張本人からすれば、全力を出してしまうほどの代物だったとはいえ、矮小な人族相手に多少本気になりすぎたかと僅かに反省しかけたものの、即座に感じ取れる気配に愕然とした。
「馬鹿な……っ。あれを防いだだと!?」
シュルティスが驚くのも無理はない。
そもそも〈龍波〉とは、龍にとって必殺の一撃に等しい攻撃。放たれたら最後、同質以上の力でなければ防ぐことが出来ない物であるが、魔族でありながら始祖龍でもあるシュルティスの一撃ともなれば、そんな離れ業を実行できるのは上位の存在であるマリアか完全に覚醒した魔王くらいであると思っていたであろう。
しかしアスカの前に立ち塞がってその全てを防ぎ切った力は、魔王すら創造してしまう神以外に創造不可能な代物。力の差など比べるまでもないが、もちろんそのような事を知る由もないシュルティスには、アスカが自分と同等かそれ以上の力を有していると理解するに十分すぎる結果を証明して見せたが、だからと言ってここで敗北を認める訳にはいかない。
なぜなら、ドラゴンバッカスという酒を造る為にはドラゴンの命が必要となるからだ。
一瓶作り上げるだけでも最低数匹。最高の品質の物ともなるとその数は100にも届き得る程の犠牲を積み上げなければ決して完成しない。そしてアスカが取り出したのは、当然のようにドラゴンバッカスとしては最高の物である。
これだけで、シュルティスにはアスカを殺す理由としては十分すぎる条件であり、決して退けぬ理由でもある。魔族となり果ててしまったとしても、かつては全ての龍を束ねていた事のある存在。同族の死は逆鱗に触れるに値する。
しかし。そんな風に思われているとも知らないアスカは、龍波の一撃によって完成してしまった光景にただただ面倒くさそうにため息をついた。
「おいおいおいおい……やってくれたねぇ」
まぁツッコミはない。というかあった方がマジでビビるっての。
しっかし……こりゃまたドエライ事になっちまってるなぁ。〈万能感知〉で確認してみても、半径数キロはクレーターになってるし、空にはもうもうと黒いキノコ雲。大地の底にはドロリとした溶岩が徐々に溜まり始めている。案外ここが荒廃してるのってこれが原因なんじゃないか?
とりあえず神壁はヒビ一つどころかホコリ一つついていないが、触れようとするとなぜかするりと腕が突き抜ける。つまりは実体はないって事なんだろうけど、これ自体もよく今の攻撃が防げたなって思えるほど薄い。
「まぁいいか」
とりあえず五体満足で切り抜けたんだ。あれを2発3発と続けられると困るが、さすがにそれは難しいだろう。〈万能感知〉に表示されているシュルティスの反応が撃つ前と比べて随分と弱くなっている。チャンスと見るべきだろう。
「むぅっ!?」
速攻でクレーターを飛び越えて突進。こっちの初撃は見事に防がれた。一応アダマンタイト製の剣だったんだが、魔族で始祖龍のシュルティスの肉に到達するには至らなかった。
ならばどうする? やっぱドラゴンに挑むっつったらあれしかないだろって訳で、ドラ〇エでおなじみドラゴンキラーが一番望ましいんだろうが、ゲーム情報だけじゃ〈万物創造〉は機能しないんで、口惜しいが〈付与〉で〈龍特攻Lv1〉をつけるのが精一杯だが、材質はオリハルコンとヒヒイロカネの合金製で、形状は――5メートルサイズの巨大鱗取りじゃあああああ!
「どぉらっしゃあああああああ!!」
「ぐわああああああああああ!?」
「っし! 成功――したけど痛ぇ……っ!」
四肢の1つに向かって鱗の流れに逆らうように薙ぎ払うと、たった一振りで俺の頭ほどもあるそれが数十枚も剥がれて宙を舞い、その下にあった皮膚からは俺からすればえげつない量の血が噴き出したので慌てて下がりつつ、腕の痺れにポーションをかけて治療する。
「小娘ええええええええええ!」
「それが本性か。やっぱ龍ってのはそうじゃないとな」
皮膚が震えるほどの怒声を受けても、俺はビクともしない。そして〈龍波〉を防ぐためにはこうしたクロスレンジで勝負すればいいと理解できた。
あれをどのくらいのペースで撃てるのか分からんが、発動までには相当時間がかかっていた所を見ると、〈万能感知〉で何かしら不穏な空気を察知すると同時にこの鱗取りで中断させればいい。未だに血がダラダラと流れ落ちる光景だけで、あれがどれだけ痛かったのかが容易に想像出来るし、あそこに溶けた大地で熱した剣を突き刺せば……ククク。野郎だから加減しないぜ。
「ほざけぇ!」
先制はシュルティス。〈万能感知〉で魔法の予兆をキャッチしたのでまた土魔法で遠ざける気かと鱗取りを構えたが、その巨体が見る見るうちに小さくなっていき、10秒も経たないうちに酒を酌み交わしたあの爺さんの姿に変化した。
「なんだ。その姿になるって事は、鱗をはがされるのはそんなに痛かったか?」
「ぬかせ小娘。余はこの姿の方が先の数倍は強いのだ」
「まぁそういう事にしといてやるよ。じゃあ俺もこれはしまって――」
一瞬目を離した隙に、シュルティスの蹴りがさっきまで顔のあった場所を突き抜けたので、お返しとばかりに膝辺りに向かってフックを放つと、まるで金属を殴りつけたような感触と音を残して10メートルほど吹っ飛んでいったので追いかける。
「ドラァ!」
「ぬあ……った!?」
土煙の奥から撃ち出された何か。一瞬〈龍波〉かとビビったが、そんな予兆はなかったんで無視できるレベルのダメージだろうと高をくくっていたのは甘かった。顔面にとんでもない衝撃が突き抜けて、鼻の奥につんとした熱を生まれるのを感じながらその場に何とか踏みとどまる。
「おぉ……鼻血なんてこの世界で初めてかも」
「ゼヤアアアアア!!」
「っと」
さすがに2発目は避けるって。最初ので土煙のほとんどが吹っ飛んだし、大体の威力は知れた。後は力づくでこいつを抑え込むだけだ。
「おらぁ!」
「ぐ……はぁ!?」
3撃目のチョッピングライトを華麗に躱し、鳩尾辺りに狙いを定めてアッパー。服に隠れて分かんなかったが、どうやら人のサイズになっても鱗は存在しているようで滅茶苦茶痛かった。
「痛ってぇ!? 何ちゅう硬さだよ全く」
とりあえず骨は折れてなかったけど、俺の白魚みたいなお手手が赤くなったじゃないか。
でもそのおかげで手ごたえはかなりの物で、シュルティスの口からはそこそこの量の血が吐き出されたってのに、その闘志を衰える事無く拳や蹴り。はては魔法に尻尾の薙ぎ払い何て事もして来たけど、やっぱあの〈龍波〉と比べると脅威度は数段落ちるし、当たってもまともに受けなければどうという事はない。
「ゾラァ!」
「ぬおッ!? これでどうだ!」
「甘いわぁ!」
俺の閃光の様な斬撃に、シュルティスはその鱗の頑丈さに任せての強引に接近しての鋭い拳蹴が、肩や脇らなんかをかすめる。
「いちち……マジで龍ってのは強ぇな。厄介って意味じゃ今まで戦った中じゃ3番目だ」
「小娘如きが……なぜこうも回避できる。人間なのか?」
一応剣を装備してるんで、今の俺には〈身体強化〉に加えて〈剣技〉が重なって、この距離の戦いにおいては比類なき力を発揮しているはずなんだけど、攻撃が直撃はないもののどうも避けきれないし、それでもダメージが少々デカい。この差は戦闘に携わって来た年月の差だろうな。
〈回復〉のおかげで多少のダメージはゆっくりと回復していくとはいえ、受ける方がほんの少しだけ上回る。このまま続ければ、いずれは再びあの駄神のもとに召されるだろうな。とはいえ死ぬまでに数時間程度じゃ無理だし、何より回復の手段は潤沢にある。つまりは大丈夫って訳だ。
とりあえず俺は死なないってのが分かった。しかし相手はそうもいかないだろう。
何が理由でこうなったか知らんけど、相手の攻撃がかするって事はこっちの攻撃も当たるって事だ。それも特製の鱗取りで腕や足の鱗を剥がしに剥がし。むき出しとなった皮膚に容赦なく剣を振り抜くも、合金製のそれをもってしてもかなり抵抗を感じるし、斬り飛ばすより先にその人外の反応速度で致命傷にはなっていない。
まぁ言わんとする事は分からんでもないが、気に入らねぇ。
「どいつもこいつも剣を交えればすぐ……お前等が弱すぎる理由を正当化させようとすんな!」




