#179 酒は飲んでも飲まれるな。不要な言葉だったか……チッ!
「お待たせしまし……一体何をしているのですか?」
「あーなんだ……反省中?」
そうユニが疑問を持つのももっともだろう。今の俺はアンリエットに頭をかじられている。本気なのかどうかイマイチ判断がつかない物の、涙目で眉間にしわを寄せている事から相当怒っているんだろうと黙ってその行為を受けてる。
魔族や精霊相手に平然としてられるのに、あの程度の速度が駄目だとは思わなかった。遠くでマリアと遊んでる時に飯だぞと呼べば今の以上の速度で帰ってくるくせにどうなってんだ?
「ご主人様は酷いのなの! なにするか言ってほしかったのなの!」
「クシシ。あの程度で怖がるなんて、やっぱりお前はザコなのだ」
「お前はアレを経験してないからそんな事が言えるのなの! ものすごく怖かったなの! お前もやってみるといいのなの!」
「いいのだ。わちは魔族だから、あの程度で怖がるような軟弱な心じゃないのだ。それを今から見せてやるのだ。アスカ、やるのだ」
「はいよ」
という訳で、リクエスト通りにマリアを同じくらいの力で精霊の森側にブン投げた。もちろん途中で飛んだりしないようにオリハルコンとヒヒイロカネの最強合金で作ったワイヤーでがんじがらめにして、アンリエットと同じくらいの体重にするのも忘れない。
ん? なんでこんな面倒な事をしたのかって? だってこれをやらないといつまでたっても前に進む気がしないと思ったから、ならさっさとやってしまえと放り投げた訳だ。後は拾うために一度精霊の森側に飛んでマリアを回収。再び魔族領に戻ってワイヤーをほどいてやると、こっちもこっちでなぜか殴られ、アンリエットと固い握手を交わしていた。
「もの凄く怖かったのだ。本気でヤバいと思ったのだ」
「分かるのなの。せめて一言声をかけてほしいのなの」
「じゃあ今の内言っとくか。帰りも同じ事するから覚悟しとけよ」
「マリア! お前に運んでほしいのなの!」
「任せておくのだ!」
何か知らんが友情が芽生えとる。理由は少し納得いかんが、これで騒がしさが減少するならそれはそれでアリか。
俺自身はどれだけ騒がれようが何の影響もないが、もしかしたらまたこいつ等をアニーに任せるなんて事をしなくちゃなんない場合があるかも知れないから、ああしているのは都合がいい。
とりあえず〈収納宮殿〉から馬車を取り出し、ユニに連結させて走り出すと2人もすぐさま車内に乗り込んできて、マリアもアンリエットも漫画読書に耽ってる。娯楽のないこの世界で唯一と言っていい娯楽に、2人は完全に虜になっている。まぁ一番は美味い食事だがな。
「マリア。アレクセイの研究所がどこにあるか知ってるか?」
「それだったらあっちにあるのだ」
指さす先は西。そっちには天まで聳える移動に面倒臭そうな山があるから行きたくないなぁと思ってたところなのに……ついてないなぁ。
「ちなみにスルテンとやらの住処は?」
「あの山なのだ」
「しゃーないか」
安全にここを通行する許可をもらうためには、どの道行かなきゃなんない。ならばさっさと済ませてさっさと魔族領からおさらばするに限る。ここは女っ気がなさすぎるからね。
――――――――――
「ふむ。確かに今までに味わった事ない美味ですな。矮小な人種でありながら素晴らしい腕前です」
「ありがとよ」
豪華な洋館。嫌味ったらしくならない程度に並べられた美品の数々に囲まれながら、白髪の好々爺とした爺さんが淀みのない動きで口元をぬぐいながら褒め言葉の呟きに、俺は軽く謝辞を述べつつ次の料理を差し出す。
「これはなんですか?」
「ヒラメのムニエルって魚料理だ」
「ほぉ……魚ですか」
「嫌いか?」
「いえいえ。聞いた事のない名前だっただけですよ。この香ばしい匂いが食欲をそそります」
そう言いながらナイフで一口サイズに切り分けて口へ。そしてすぐにくわっ! と目を見開くも食べ進める速度はそう変わらない。すぐ横で乱雑に食べ進める馬鹿2人にも見習ってほしいモンだよ全く。
さて――この爺さんの名前だが――スルテンではなくシュルティスという魔族の1人で、今は人の形を成してるが、本来は始祖龍の1柱として龍の姿でいる事が多いと本人から聞いたし、サイズなんてユニが人形が……っ! って言われそうなほどサイズに違いがあった。もちろんレベルにも開きがある。
だから、ユニが爺さんの気配を感じ取った時には完全に竦み上がっていたけど、その他は平然としてたし、アンリエットに至ってはお肉たくさんなの……じゅるりと言っていた。無知って怖いね。
まぁ、マリアが居たから戦闘に発展はしなかったけど、さすが龍の中の龍と言われている(ユニ談)始祖龍。押し潰される様なプレッシャーが半端なかったが、人の姿になるとこうも人のよさそうな爺さんに様変わりするのは不思議だ。
そして通行の許可だが、やはりというかなんというか……条件として美味い物が食いたいとの所望だったので、こうして格式ばったフルコース料理を提供しているんだが――
「アスカー。もっといっぱい持ってくるのだ」
「チビチビ食べてたらおなか一杯にならないのなの」
追加を要求するように皿を鳴らす2人に対して、軽く拳骨を落とす。マナー違反だからな。
「うるせぇ。文句があるなら食うな」
今回の様式は、シュルティスの取り巻き達が望んだものだ。俺達はこういう肩肘張ったやり方は好きじゃないんだが、豪勢な屋敷を持って多くのメイドや執事に囲まれて暮らす旦那様に似つかわしい料理を出しなさいとグチグチ言われた結果。こうなってる。魔族も人間も、仕える人種の思考回路はそう変わらないようだ。
「ほぉ……これは綺麗ですな」
「口直しのゆずって果物のシャーベットだ」
「なるほど。この酸味と冷たさが先程の脂っぽさをスッキリさせるという訳ですか。素晴らしい」
「次は肉料理を出すが、何か嫌いな肉はあるか?」
「そうですね。ドラゴンの肉は避けてもらえるとありがたい。それ以外であれば何でも」
「じゃあ鴨肉でいくか」
〈収納宮殿〉から鴨肉のローストを出す。もちろん肉だ肉だと騒がしい2人にもちゃんと出してやるが、こっちはシュルティスと違って味付けが濃い目にしてある。子供向けだからな。
そんな感じでデザート。最後にコーヒーと焼き菓子のセットを出してフルコースは完了。
「……素晴らしい。これほどまでに洗練された料理を食したのは初めてですな」
「そうかい。じゃあ通っても問題ないんだな?」
「ええ。とても素晴らしい料理を提供してもらったのだから、どうぞ自由に過ごしてください」
「ああそうかい。それじゃあ遠慮なく。ほら行くぞ」
とりあえず許可は得た。後はさっさとお暇してアレクセイの所に進捗を聞きに行き、戻って美女探訪の旅を再開したいんで、2人の首を掴んでさっさと立ち去ろうとしたんだが、シュルティス側にはまだ用事があったらしく、扉がビクともしない。
全力を出せば何とかなるかもしれんけど、わざわざ魔族と敵対行動を取るほどの事じゃない。面倒だが付き合ってやるしかない。面倒事は嫌いだからな。
「今度はなんだ」
「料理には満足しましたが、食事の後はゆっくりとグラスを傾けるのが日課なのですよ」
そう呟きながら用意したのはグラスだけ。それを終えるとニコニコとした笑みを浮かべたまま動こうとしない。
「……酒とそれに合うアテが欲しいってのか」
「ええ。素晴らしい品々を期待しております」
「飲めないモンは?」
「特にありませんよ。龍は酒に酔わないスキルがありますので」
「あっそ」
そうなると少しイタズラ心がむくむくと涌いて来るので、最初からスピリタスで強烈な先制攻撃。ちなみにマリアとアンリエットは酒には微塵の興味も持たないので、俺が取り出したソファに寝そべって漫画を読んでるし、ユニは獣をモフモフし隊。略してケモフラーのメイド達にもみくちゃにされているはずだ。日々の毛繕いや最高品質のシャンプーの効果でその毛並みは見事の一言に尽きるからな。
「むっ!? これは……凄まじいですね」
「俺の持ってる中でも最大に強い酒だ。こういうのにはシンプルに塩だな」
「ほぉ。桃色の塩とは不思議な事もあるものですね。しかし……」
「早とちりすんな。酒もアテもまだまだある」
「ほほ。それは楽しみですな」




