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#167 最終的には力づくで切るのがデフォ

「おいっす~。久しぶりだな」

「ホンマやね……なんかアスカの顔見たらドッと疲れが出てきてもうた」

「ず、随分とお疲れのようで」


 別れたのはほんの1週間のはずなのに、久しぶりに会ったアニーは心なしかゲッソリしてるように感じるし、非常に疲れ切ったような顔をしていた。猫耳も尻尾もどこか元気がなさそうに見える。まぁ理由は何となく察しはつく。

 魔族に貴族に魔獣(特殊個体(ユニークモンスター))に金属人間? と個性的なメンバーばかりの中にあって、アニーはツッコミとして比較的常識人の部類に位置する。

 いつもなら俺がこいつ等の暴走の大部分を鉄拳制裁で止めてたんでそれほどの苦労は無かっただろうが、いざ無くなってみて初めてその苦労を知ったんだろう。結構大変なんだぜ? 全員の世話をしながら経験値を稼ぐってのは。

 そんな訳なんで、今回はユニとマリアとアンリエットをこっちに同行させる予定だ。何しろ魔族領に向かう予定だからな。自分の身は自分で守らなきゃなんなくなるが、多少は気苦労が減るだろう。


「ああ。それなんやけど――」

「うごはあっ!?」

「――アスカはああああああんっ!!」


 神速――いや、それ以上の速度でリリィさんが突っ込んで来た。あまりにも人外どころか神をも超越したそれは〈万能感知〉が起動していたにもかかわらず反応など到底しきれるような物じゃなかった。全身への衝撃から相当遅れてようやく声が聞こえたんだからな。つーか俺じゃなかったらマジで死んでるぞ。


「ふわああああああああ!! コレやコレやコレなんやあああああ! アスカはんの匂いや。ぐぅふふふ……やっぱホンマもんから漂ぉ匂いは違いますわぁ」


 目の焦点が合わず、鼻息が過呼吸並みに荒く、穴という穴から液体を垂れ流しながら俺に頬ずりをしてくる。リリィさん。傍から見ればうわぁ……ってドン引きレベルの代物だとしても、見知った仲ならこれは日常茶飯事――より少しだけ足を踏み外してるけど、十分許容範囲内だ。


「げほっ! げほっ! ちょ、ちょっとリリィさん。さすがに今のはキツイ」

「ハッ!? あ、あては一体何を。ホンマにすんません!」

「ま、まぁ。次から気をつけてくれたらいいよ」


 とりあえずアスカ成分(リリィさん談)を十分に補給したようで、ようやく正気を取り戻してぺこぺこ謝りながら離れてくれたかと思ったら、今度はアンリエットがおずおずと言った様子で近づいて来たんで、自然と抱き止めてわしゃわしゃと頭を少し乱暴にだが撫でまわした。


「ふわわ……ご、ご主人様どうしたのなの?」

「まぁ気にするな」


 少し不機嫌そうでありながらも、嫌そうにしてないし逃げようともしない。だから俺の気の済むまでわしゃわしゃさせてもらった。うーむ。やはり親心的な何かが芽生えているかもなぁ。なんて考えていると、背中にユニが頭をこすりつけて来たんで、こっちにも多少乱暴だが撫でてやると、なんか嬉しそうに目を細めてる。何かこういう姿を見ると意外だなぁって感慨深いもんがある。


「主よ。この歓迎も嬉しいんですがそろそろ今ある本を読み終えてしまいそうなので新しい書物を」

「へいへい。道中でいくつか出してやるからリクエスト――要望はそん時に聞く」


 さて。久しぶりのスキンシップが終わったので、問題児であるマリアへと目を向けると、完全にへそを曲げているようで、頬をぷっくりと膨らませてこっちに背を向けていたんで、俺は特に思う事もなく平然とその脳天に拳骨を叩き落としてやった。力の具合は2割ほど。通常運転時の全力だ。


「ふぎゃっ!? いきなり殴るなんて酷いのだ!」

「んな事知るか。つーか言ったよな? アニーに迷惑かけんなって」


 次の瞬間。マリアがアニーをギロリと睨み付けたんで、もう一発。今度は5割くらいのかなーりの力を込めた一撃を叩きつけると、今にも泣き出しそうなほど目に涙を浮かべた。ふむふむ。このくらいの力であればマリアにダメージらしいダメージが通るのか。


「痛いのだ……」

「約束破った罰だ。次に同じ事をしてみろ。殺してやっから」

「フン! アスカに殺されるほどわちは弱くないのだ。だから……その振り上げた拳を下ろすのだ」

「で? 何だって王都に入りたいとかぬかしてんだ」


 マリアとの契約は王都に到着するまでだ。依頼料は道中での食事と大量のお菓子だ。どっちもこの世界じゃまず味わう事が出来ない代物ばかりだし味も抜群。他に興味を示したと言えば漫画くらいなモンだけど、どれもこれも俺以外からは決して手に入らない。

 そこにいきなり王都に行きたい――である。何かしらの理由があるのは明らかだ。というかない場合はもう一発の拳骨が待っている。


「わちはアスカが気に入ってるのだ。だからこいつ等に手を出すなと言っておく必要があるのだ」

「そうか。ちょーっとこっち来てお話ししような」


 おいおいマジかよ。今の言い方からすると、あの王都の中に魔族が居るって聞こえる気がしてならないんですけど。さすがにそんな場所にアニー達を放り込む訳にはいかないし、更に言えばルクレールにそんな事を聞かせる訳にはいかんでしょ。

 って訳で、皆にルクレールを任せてから少し離れた場所に改めて腰を下ろして話を聞く。


「端的に聞く。あん中に魔族が居るのか?」

「いるのだ。でも勘違いしないでほしいのだ。ミューは、えっと……戦うのが好きじゃない部類の魔族だから人に悪い事をしたりしないのだ。わちもなのだ」

「争いが好きじゃないねぇ」


 全てを鵜呑みに出来はしないが、ここで嘘をつく必要もない。〈万能感知〉でもその反応は出てないんでまぁそれは置いておくとして、あの中に魔族が巣食っているんだとしたら、それはそれはドエライ事実を聞いてしまった事になる。というか、シュエイの一連の事件が完全に霞む――人種存続の危機だぞ?


「そうなのだ。だけどミューは何でも欲しがるから、アスカも必ず欲しがるのだ」


 なるほど。つまりは俺を手に入れる為にアニーやリリィさん達を人質として強請って来るのか。そのあたりはやはり魔族って感じがするな。


「そのためにお前は、俺達は既に自分のモンだと言おうという訳か?」

「だ、駄目なのだ?」


 端的に言えば速攻で駄目だと言いたいところだが、相手の出方が分からない以上はどう対処していいかが悩ましい。情報のない相手に啖呵は切れない。後悔は先に立たないからな。

 そう考えると、便宜上はマリアの唾がついているという事を受け入れた方が何かと便利だ。もちろんそれを真実にするつもりは毛頭ないけど、この場では他に代案が思い浮かばない。なに? 王都に行かなければいいだって? HAHAHA。そんな事をアニー達に言ってごらんよ。俺は地獄すら極楽浄土と勘違いできそうな世界に連れ去られてしまうじゃないか。


「ちなみに聞く。それを許したどうなるんだ?」

「別にどうにもならないから安心するのだ」


 〈万能感知〉でも嘘は検出されてない――が、何かは隠している。どうやら単純に所有権を主張するだけみたいだから、それを聞いたところで意味はないか。とは言え俺には駄が付くとは言え神がバックについている。何かあっても何とかなるだろ。


「ならいいが、王都に入っても大丈夫なのか?」

「大丈夫なのだ。ミューもわちが来たと分かってるはずだから色々やってくれるはずなのだ」

「なら構わんが、くれぐれもアニー達の迷惑になるような事をするなよ」

「分かってるのだ。わちももっともーっとおかし喰いたいのだ。馬鹿な真似はしないのだ」


 よし。お話終了。もちろんミューってのがどこら辺のレベルの地位に座しているのかは聞かない。聞いても興味がないし、そいつは理由は不明だが人種が好きでもう数百年も姿形を変えて王都に引きこもっているのだとか。

 そのあたりの話はもちろんアニー達にはしない。したところで混乱するだけだし、なにより俺も王都に入れと言われかねないからな。


「お待たせ~」

「終わったんか?」

「ああ。少し手間取ったけど、こいつをつけてれば大丈夫だろって事で中に入れてやる事にした」


 見せたのは、日本側で一時期流行ったミサンガだ。まぁ。これと言って何の特徴もないモンだけど、これにはついてないがマリアのには高度な〈認識阻害〉をかけているから結界も大丈夫と嘘の説明しておく。真実はミューがマリアの存在を感じ取って阻害してくれるらしいので、これは単純に欺くための道具でしかない。

 〈鑑定〉されれば速攻で明るみになるけど、それを許すほど俺は馬鹿じゃない。さりげなく効果が届かないように遮るような位置取りを忘れない。

 勝利の確信に内心でほくそ笑んでいると、アンリエットが期待のこもった眼差しを俺に向けてきた。


「……ご主人様。あちしも同じのが欲しいなの」

「ん? なら好きなのを選べ」


 色の好みを知らんから、調子に乗って256色作ったんで丁度いいんだが、アンリエットがこういうのに興味を持つなんて珍しいな。食い気くらいしかなかったと思ってたのに、少し成長してこういう物に興味を持つようになったのかね。良きかな良きかな。

 かと思っていたのも束の間。アンリエットが肩に届くまで己が腕にミサンガを巻き付け、なにすんのかと思えば――マリアに向かって勝ち誇った顔をした。

 俺は何してんだ? と首をかしげたが、それを見たアニーとリリィさんが深いため息を。ユニは我関せずと言った風を装い。勝ち誇った顔を見せられたマリアは、競い争うようにミサンガを手にすると、腕だけでなく足などにも巻き付け始めたんで、喧嘩両成敗って事で両者に拳骨を振り下ろす。

 これじゃあアニーが苦労する訳だよ全く。

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