表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/357

#165 さようならシュエイ。こんにち……は?

 その日のシュエイは朝から大騒ぎになっていた。

 理由は、リューリュー達や子爵があの手この手を使って伯爵が未曽有の悪事を働き、本日昼ごろに処刑されると言った情報をばら撒いたからだ。

 おかげで予定地となっている広場にはすでに住民でごった返しており、罵声や怒声。中には悲しみにむせび泣く住民たちまで存在している光景を眺めながら、俺は昼食としてガリ巻きを食べながら中門の一角に腰を下ろしている。もちろん外見は既にアスカだ。


「さて……さっさと始まってくれんかね」


 あれから。防御壁の中から伯爵を引きずり出した後。両手足を魔法を封じる魔道具で縛り付けての質問という名の拷問が始まるところだったんだけど、既に激臭とカプサイシンによる粘膜への攻撃で完全に心が折れていた伯爵は一切の抵抗なくペラペラと質問に答えてくれた。

 内容はもちろんの事だが〈狂乱種〉に関する物だ。

 これにはリューリュー達も知らなかったみたいで大層驚いていたけど、俺としてはそれを公の場で発表してもらえれば十分なので、何故ばら撒いたのか。そはどの程度の範囲まで及んでいるのかといった詳細は聞く気がない。万が一、美人か可愛い女の子がそれら侵されていたらエリクサーで問題なし。だから興味もない。

 これで後は、ちゃんと公衆の面前できちんと己の罪を全て語ってくれればミッションコンプリート。後は王都の前でアニー達と合流し、俺はまた数日勝手気ままに旅をする。だって王都に用事なんて無いしぃ。浄化魔法とかマジうざいから~。

 なーんて1人冗談をふけっていると、見知った反応が近づいてきた。


「こんな所に居たのね。探したわよ」

「リューリューか。もうすぐ処刑が始まるんだろ。何しに来たんだ?」


 今回。処刑に立ち会うのはリューリューを始めとした革命を成功させたメンバーに、新たな領主となる予定の子爵に、この騒動を引き起こしたとの情報操作して祭り上げた勇者だ。そこに俺は影も形も存在しないし、したくもない。面倒だから。


「そう言うアスカこそ。なんでこんな場所に居るのよ」

「俺は表舞台に顔を出して貴族とかに覚えがよくなりたくないからだ」


 厄介事は極力排除。最悪手を出さなきゃなんなくなった時には、また別の何かになって手助けしてやればいい。もちろん報酬はキッチリといただくのを忘れない。


「アスカのおかげで助かったわ。貴女が居なかったら今回の作戦は成功しなかったでしょうね」

「だろうな。あのおっさん団長の相手が出来たのは俺くらいだろうからな」

「そうね。後々聞いてびっくりしたわ」


 何しろ、触れたら消される完全初見殺しの武具を使用してたんだ。俺だって〈万能感知〉が無かったらどこまで持っていかれていたか……まぁエリクサーがあるんで死さえ回避できればいくらでも立て直しが可能というのも大きいだろう。


「とにかく。俺はあの列に加わらない。目的は〈狂乱種〉をばらまいた事を自白させる事だったんでな。ニールさんにもそう伝えといてくれ」

「分かったわ。それじゃあね」


 挨拶を交わし、リューリューは俺の目には煙のように消えたように見えるけど、実際には高速移動であっという間に勇者たちのそばまで走り去っていった。

 そうこうしているうちに時間となり、勇者を先頭に伯爵を囲むようにリューリュー達も処刑台に肩を並べ、勇者が見えない住民達にも声が行き届くように拡声魔道具片手に演説を始めた。


『よく集まったな。既に知ってる連中も多いだろうが改めて説明だ。このユーゴ伯爵は秘密裏に使用が禁止されてやがる〈狂乱種〉っつー麻薬の製造販売をし、すでにカスダ準男爵ンとこで被害が出てやがる。これは獣人連中に戦争吹っ掛けるに足る立派な反逆罪じゃねぇか?』


 勇者の言葉に、多くの住民は賛同の声を張り上げたけど、少なからずでっち上げだとかあの勇者は偽物だと言った反対の声も上がる。これだけシュエイを発展させてきた伯爵だ。それが麻薬密売なんて国家反逆になりかねない事をしていたなんて言葉を信じられないのも無理はないか。

 一体どうするのかねぇと眺めていると、ここで赤髪に背中をつつかれた伯爵自身が数歩前に進み出て、勇者に拡声魔道具を突き出される。


『この者達の言葉は真実である。ワタシは獣人共に殺された妻や息子の復讐のために、奴等を根絶やしにしようと禁止されている〈狂乱種〉を各国にばらまいた。その為に重い税を課し、娯楽を発展させた。全ては獣人共を滅亡させるためでしかなかったのだ』


 伯爵御自らの言葉に住民に動揺が広がる。うーん。いくら激臭と刺激臭で責め立てたとはいえ、ここまで素直になるのってちょっとおかしくないか? 俺の読んだりしてた漫画やラノベなら、大抵見苦しく命乞いをしたり虎の威を狩る戯言をほざいたりといった見ていて気分の悪くなるような姿がどこにも無いし、〈万能感知〉にも嘘や妄言を吐いている反応は見られない。

 それからも伯爵の独白が続き。ネブカのミスリル廃鉱山に山賊を住まわせて物流を滞らせたり、そこを支配下に置くために準男爵を罠に嵌めて牢屋に投獄したりと言った策略の全てをベラベラと語り続ける姿はとても真摯で嘘偽りを言っているようには見えないだろうけど、こっちにゃそう言った先入観があるからかどうしてもつらつらと紡がれる言葉の全てが非常に嘘くさく感じる。

 何なんだろうなこの感覚は。〈万能感知〉でも嘘を言っている反応は一切出ていないのに……まさかっ! これが世に聞く女の勘って奴なのだろうか。

 となると、これはマズイ事になってきたかもしれないぞ。このまま女の身体で居続けると、最悪の場合魔法がどうにかなっても男に戻れなくなる可能性が出て来るのでは!? まぁ……それはないだろうけど、とりあえず王都で合流した後に一度進捗具合でも確かめに行かないといけないな。魔族領がどれだけの距離があるのか知らんけど、俺のバラ色の珍せ――じゃなくて人生のために、これは最重要案件だ。

 取りあえず今後の目標が決まったところで、ようやく処刑が執行された。最後まで特別抵抗するような素振りは微塵も見られなかったのが何とも奇妙な感じになったけど、勇者の手によって伯爵の首が斬り落とされた。

 ちなみにリューリュー達は、この後にエリクサーで伯爵を復活させて順次恨みを晴らす予定になっているけど、こちとらそろそろ王都に行かなきゃなんないんで、事前に一瓶だけ(量は減らしてある)を手渡してあるんで、わざわざあの場所に戻る必要はない。


「さーってと。それじゃあ行きますかね」


 既に報酬はもらってるし、気色の悪い女装を見せられたのは業腹だけどもいい気味だと胸がスカッとしたのも確かなんで、それはそれでいいか。今の俺は大層気分がいいからな。許してやるとしよう。

 後の事は当人達に任せて、また気が向いた時やアニー達とオレゴン村に帰る道中にでも寄ってみるとするか。もしかしたらリエナが仲間になるなんて言ってくれるかもしれんしね。


 ――――――――――


 処刑の翌日。シュエイの一角に存在する墓地にて。


「うんせ……こらせ……」

「おい。もっと丁寧に扱えよ」

「別にいいだろ。どうせ死んでるんだ。いまさらどう扱おうが誰も何も言いやしねぇよ。つーかこんな臭ぇモンくらい新人にやらせろってんだ。おれたちゃ革命の成功者なんだぜ?」

「だったら隊長達に直接言えよ」


 2人の若い男が文句を言い合いながらも墓場の奥へ奥へと突き進む。

 その背後には簡素な荷車。そこに麻袋が2つほど些末に放り投げられている。

 その中身は伯爵の首と胴体である。彼等は歓喜の祭りに参加したり事後の混乱収束に奔走する連中と違い、シュエイである意味一番の貧乏くじを引かされてしまった不幸なレジスタンス団員AとBである。

 墓地の広さはそれほど広くはない。何故ならこの世界は魔物が闊歩する危険が隣り合わせで存在するために、天寿を全うするという人間は非常に稀有であり、同時に墓といえば一ヶ所にまとめて病原菌が発生しないように焼却するくらいで、墓という概念はこの世界では貴族や王族の間でしか許可されない特別な儀式のようなものと捉えてくれればいい。少なくともこの世界では。

 そんな墓場には、シュエイを統治して来た代々の領主が祀られている豪勢な墓が存在する。もちろん彼等が知っていた訳じゃない。新たにこの都市の領主となった子爵が、死体の処分をどうするかについてこんな場所があると助言してくれたに過ぎない。


「ケッ。やっぱ貴族ってな行け好かねぇな」

「……仕方ないさ。このくらいの文明レベルだとそう言うシステムが一番世界が回るんだから」

「システムってなんだ?」

「組織や制度って意味だ。マスターがそうおっしゃっていた」

「マスター? なんだそりゃ」

「ぼくちんの偉大なるご主人様さ」

「は?」


 瞬間。団員BがAの首を手刀で斬り飛ばし、麻袋に入っていた胴体と首をくっつけ、懐から一本の瓶を取り出してそれを全身くまなく振りかけると、物言わぬはずの肉塊となり果てたはずの伯爵がゆっくりと起き上がり、口の中にたまっていたであろう大量の血を一気に吐き出す。


「さて。ワタシが死んでどれくらい経ちました?」

「そだね~。ざっと46時間ってところかな~」

「ふむ。予定より短かったですね。それにしても……あの臭いは誠に辛かった。よく3日も耐えたと自分で自分を称賛したい気分ですよ」

「そんなにかい? ぼくちん的にはいい匂いなんだけどなぁ」

「死霊術士のアナタからすればそうかも知れませんが、ワタシはごく普通の人間ですので非常に不快でしたよ。マスター様の指示でしたので必死に耐えましたが、次にあの少女に会ったら細切れにしてよろしいですね?」

「出来るかな~。あの娘滅茶苦茶強いよ~? ま。マスターには大きく劣るけどね~」

「当然です。貴方方のマスター様に比べれば、歴代の魔王ですらワイバーンとそう変わらないでしょう」

「だねだね。それよりも次行こうよ」

「そうですね。マスター様が目指す理想のために」


 こうして。団員Bよ伯爵がシュエイから去って行き。数日後に腐りはてた団員Aの死体が見つかる事となる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ