#15 防衛戦の開始
肉を食ってのどんちゃん騒ぎであっという間に日が暮れ、辺りはすっかり夜になった。
現在は34時。日付が変わるまであと二時間と迫ったところで、〈万能感知〉に100を超える魔物の反応が一瞬で現れた。どうやらあっちの準備も整ったらしいな。
「来たぞ!」
「おうさ!」
俺の合図と共に、傍に控えてる男が鏑矢を射って敵襲を知らせる。
結局。防衛線は村の中央から、女子供が身を隠す倉周辺とする事になった。
それからすぐに有刺鉄線を巻き付けたガードレールを移し替え、半数の男には弓兵として高く積み上げた土砂に陣取らせ、残りの半数には魔物を接近させないように剣や斧の他に革鎧や盾なんかを作ってやり、余ったコンパウンドボウは自ら志願してくれた奥さん連中が使ってくれることになって、前衛が30になりながらも弓の総数は30のまま現状維持だ。
これで不安がないかと聞かれればあると答えるけど、現状ではこれが精いっぱいだから、文字通り死ぬ気で頑張ってもらうしかない。
「じゃ。後は頼んだぞ」
「お任せ下され」
「心配はせぇへんからな」
「必ず帰って来てもらわんと困りますわ」
言われるまでもない。これが終われば夢にまで見た女の子との混浴が待ってるんだからな。男連中が皆殺しにされても女性だけは指一本触れさせるつもりはねぇっての。
「そらぁ!」
ゆっくりと近づいて来る魔物に対し、俺は真正面から突撃。手近な魔物に次々に剣を振り抜いて命を奪っていく。もちろん背後に抜けられるような真似をするつもりはないし、一閃で5~6体の首が吹っ飛べばそれも不可能だろう。
倉の立地は決していいとは言えない。一方は崖のそばという事もあってそっちには柵などは設置せずに済んだとはいえ、残り三方は遮蔽物になる物は何もない。
それは、俺が創造したガードレールや丸太の柵がその役割を果たしてくれるけど、その他にも魔物を誘導する道になるように設置もしておいた。
これによって、三方から襲い来る魔物が自然と一直線に並ぶように近づいて来るようになるから弓が射やすくなり、蔵を背にするように全員を配置してるから正面にだけ気を配ればいいという安心感を与える事が出来ているはず。
そのおかげなのか、敵の第一波は怪我人を出す事もなく何とか乗り切る事が出来た。何故わかるかって? 〈万能感知〉で見てるってのもあるけど、キッチリ打ち合わせをしてパターンごとに合図をちゃんと明確化しているからだよ。
「さて……お代わりが来たな」
最初で仕留め切れると思っていなかったんだろうな。新しく接近してくる魔物の数は倍以上なので、増援とその大まかな数を知らせる為に鏑矢を数発打ち上げる。こうしておけば、他の場所に居る連中にも迅速に行動に移れる。
「おぅおぅ。空からも偉い数の団体客のお出ましだ」
第2ウェーブは、足音が一つの雑音となって俺達全員に届けられ、想像していた通りに空を飛ぶ魔物もお出ましだ。
暗くてよく分かんないけど、あんまり大きくはない。そしてさほど高く飛ぶわけじゃない。せいぜいが5メートルくらい。今の俺がジャンプすれば簡単に届きそうな距離だけど、俺には俺のやる事があるから積極的に近づくような真似はしない。
ま。その必要もないと言った方が正しいか。
「そぉ……れっ!」
地上の魔物達が接近してくるまでは自由なので、いつも通り小石を創造してノーモーションの投擲で時に破裂させたり、時に一部を抉り取ってブチ殺してゆくだけの簡単なお仕事です。
中には避けようと努力する魔物もいたみたいだけど、〈身体強化〉された肉体から放たれるそれは銃弾と遜色ない速度で撃ち出されてるし、ほぼマシンガンと遜色ない連射ができるんだ。ちんたら飛んでるようじゃまず避けらんねぇし、避けたところで次の瞬間には爆散してっからマジ無駄な動き。
都合80匹ほど撃ち落としたところでゴブリンやらGなんかが近づいてきたから、今度はそっちに石散弾を叩き付けて数を減らし、剣の間合いに入ったら集団の中に飛び込んで縦横無尽に切り刻む。そんな感じで倉の守りの1つは俺1人で十分なくらいにこなせてる。まぁ余裕っすよ。
問題なのはそれ以外の場所だろうな。
そっちはアニーとリリィさんに加えて村の人間の全てを投入しているから、魔物を近づけ過ぎずに対処できていると思いたいし、村の連中も狩りの最中に何度も魔物を目にして慣れているとしても、10も20もとなるとその限りではないだろう。
柵のおかげで一度に迫って来る魔物は多くても3~5体。他は有刺鉄線を巻き付けた柵を破壊しようと試みて、大抵は自分で自分を傷つけたところに矢を浴びて死ぬだろうから問題ないはずだけど、断末魔を聞く限りだと明らかに殲滅速度が遅くなってる。
かといって、言葉をかけられるほどの近場じゃないんで、その辺はアニーやリリィさんに任せるしかない。
「ふぅ……こりゃ効率厨も真っ青だな」
何をするでもなしに魔物が次々に襲い掛かって来る。ゲームか何かだったら絶好のレベル上げのチャンスなんだろうけど、俺以外の全員は1人の例外なく必死の形相で弓を射ったり攻撃を防いだりしているだろう。
ここまでくると怪我人なんかが出始めてると仮定しても、戦線維持が困難になるほどのものじゃないはずだ。それなら知らせが届くはずだから。
一応消毒液とかは用意しておいたけど、HPの回復効果なんて微塵もない。RPG的にはポーションや薬草といったテンプレ回復アイテムの存在を訪ねてはみたものの。得てしてそれらは高価であり、また材料もそこそこの金額になるからと現金収入のために売り払ってしまい、残っていた物も既に使い切ってしまっているとの事。
そんな事を考えながら魔物を葬り続けていると、西側の方からホイッスルが鳴り響いた。
防衛戦を行うにあたって、連絡というのは非常に大切だ。
敵の規模。
味方の現状。
予想外の事態。
様々な情報を可能な限り迅速に他の場所に伝える事がそのまま生死にかかわると説明し、俺は簡単な合図でそれを伝えるためにいくつかの道具をそれぞれの戦線に配布しておいた。
その中で笛の音というのは、戦線維持が困難という取り決めだ。
「マズイな……」
笛の音が聞こえたのはリリィさんが指揮を執る方角だ。
彼女は魔法が使えるという事もあって弓の配置は若干少なくさせてもらった。その代わりに柵の強固さや罠の数はそれ相応に設置させてもらったが、やっぱり一番最初に限界が訪れたか。
ここは俺1人で対応してるから罠の類は手つかずのままだ。少しくらい離れても一応は大丈夫なはずと、創造した岩石をいくつか放り投げて魔物の足止めをしてから跳躍1回でリリィさんのいる西側に到着。
そこは魔物の中心だったんで味方からの矢が降り注ぐが、〈万能感知〉があれば何の問題もなく避けられるんで、敵を葬りながら味方陣営へと飛び込む。
「アスカはんっ!? な、なんちゅうとこから現れますんや!」
「最短距離を駆け抜けて来たまでだ。それよりも配置換えだ。すぐに全員北側に向かえ!」
俺の怒声を合図に全員が持ち場を離れて北上し、俺はすぐそばにまで迫るGに石散弾を叩きつけてから敵の真っただ中に飛び込んでは獅子奮迅の活躍で次々に敵の最前線を押し込んでいく。
時間にして1分もかからずに、最終防衛ライン間近にまで迫っていた魔物達を3メートルほど押し込み、大きく後ろに後退して石散弾を上空に撃ち出して空飛ぶ魔物を一気に殲滅させてから再び魔物の集団へと飛び込んで切り刻んでやる。
これ自体は決して難しい仕事じゃない。1人でならという条件を付け加えるんであれば、これほど簡単な仕事はない。実際問題として一太刀で魔物は5~6体死ぬし、試しに殴られたりしたけど痛くもなんともないんだからね。反撃を気にせずに斬撃を叩き込み続ける簡単なお仕事です。
「チッ。さすがに数が多いな」
俺だけなら相当な時間戦えるが、全員が全員俺並に頑丈で強くてスタミナがある訳じゃない。相手側が無限に魔物を召喚出来たら、こんな風に持ち場を入れ替えて問題を先送りにしたっていつかは限界を迎えるかもしれん。何か現状を打破できる決定的な一撃が欲しいね。正確に言うのなら魔法を使いたいな。
つーか何で魔法使えねぇんだよ。駄神からちゃんと貰ってるはずだし、キッチリウィンドウに表示されてるってのに、使えねぇ理由は何なんだよ。イライラする!
――レベルアップにより〈魔導〉スキルのロックを解除しました。〈種火〉
「ん?」
突然聞こえた機械的な音声に辺りを見渡しても、目に見える範囲には魔物しかいないし、それらはグギャとかしか叫ばないから除外すると……後に残るのはスキルって事になる。〈魔導〉とか言ってたしな。
そんな訳で早速確認してみると、なんという事か。最初にクリックしてうんともすんとも言わなかった〈魔導〉スキルがNEWの文字を点滅させながら使用可能になっているじゃないか。
これでようやく魔法とのご対面って訳か。異世界に来たらやってみたい事ランキングで長年上位に君臨し続けるあれがようやく使えるって訳か。
早速ポチっとな。
「おぉ!? ん?」
途端に魔法の一覧がずらっと表示されはしたけど、その99%――というかたった1つ以外は全部グレー表示で使えないと教えてくれてる。
そしてそのたった一つの魔法は〈種火〉1つだけで、その説明もこれで火おこしも楽ちんだ。嬉しいね。なーんて戦闘に全く役に立たないですよと宣言していた。
折角の魔法がこんなクズ魔法だなんて……基本は大事ではあるけどさぁ、やっぱチートを複数収めた身としてはもっと派手で高威力――コウモリ魔族が撃ったみたいなものが良かったな。
さすがにこんなんじゃこの状況をひっくり返すのは無理だな。なーにが火おこしも楽ちんだよ。俺ならマッチとかチャッカ〇ンとかいつでも創造できるからむしろありがたくないっての。
とはいえ、一応は魔法の使用感を試しておくか。俺の〈身体強化〉はステータスを上げるスキル。つまりは魔法的なステータスも自然と高くなる訳で。
「えーと……〈火種〉」
とりあえず手を突き出してそう唱えてみると、人差し指の先から本当に火種としか言えないサイズの火の玉が現れ、放物線を描いて地面に着地――しただけで終わった。
「使えなっ!?」
なんじゃこりゃ! 改めて〈火種〉の説明に目を通すと、燃える物がなければ安全のためにすぐに消えますと書かれてるじゃないか。他の連中には役立つ魔法でも、俺にとったらクソ魔法……いや。逆に考えれば燃えやすい物に引火させたら一瞬で燃え広がる訳か。使えるかも。