#14 酒池肉林へ思いを馳せる
「あてのローブも木で作るんやろか?」
「いや。そっちは紙に書いてもらおうかなって。これ紙とペンね。実験も兼ねてるから可能な限り細かく描いといてくれ」
「え? これないに真っ白な紙初めて見たわ……それに、インク使わんで書けるペンってなんなん」
さすがに木でローブを作るなんて不可能だろうしな。こっちも実験の一環として紙に書いたローブを一覧に取り込めれば、リリィさんカスタムのローブが創造できるかもしれない。
もちろんうまくいく算段なんて無い。むしろ実物じゃないから失敗する可能性の方が高いくらいだが、そこは最終手段としてさりげなくいま着ている物を噛めばどうにでもなるはずだから、そうなると普通の物にしかならないんで我慢してと伝えると、それでも十分すぎるもんだと若干怒り気味に説明された。
とりあえず2人とも時間がいるだろうから、次に向かうのは女の園である村唯一の倉だ。そこで彼女達には、戦に向かう村人連中のために飯を作ってもらいたいし、なにより急遽変更したために防柵の出来具合なんかも確認しておきたい。
しかしその前に――だ。
「村長。報酬の件で少々込み入った話をしたい。悪いけど人気のない場所に案内してくれないか?」
「……それでしたら奥の部屋へどうぞ」
戻って来た村長にそう訊ねると、何か勘違いしてるみたいで急に真剣な顔つきになった。そんな事をさられると極めた人種みたいになるから、日本人としてはメッチャ怖い。今ならスキルとかあるおかげで平然としてられるけど、もし道ですれ違ったりしたら確実に首の筋がおかしくなるくらい視線を逸らした後に電柱なり壁なりに額を突き合わせて会話を始めるよ。
そんな強面村長に案内されて奥の部屋に入れてもらうと、中は食糧庫のようだけど魔族の影響で野菜クズやらが部屋の端に転がってる程度で本当にギリギリだったのがはっきりと窺える。
「それで? 話とは何ですかな」
「まぁ落ち着きたまへよゴンズ君。何も報酬の減額してくれって話をしたいんじゃない。いくつかの質問と願いを聞いてもらえないかねっていう相談だよ」
「質問と願い……ですかな?」
村長も既に俺のスキルは確認済みだ。そんな人間がいったい何を望むんだと言わんばかりの思案顔で首をかしげるが、こればっかりはスキルだなんだでどうこうできる問題じゃないからな。まぁ……あながち不可能って訳じゃないけど、折角デヴなキモオタじゃ生涯出来なそうな事を人形でってのより、本物の女体で味わいたいじゃん。
「時に村長。この村には成人を迎えた若い女の子が何人いるのかね?」
「若いとなりますと……5人ほどでございますな」
「ほぉほぉ。その者達は可愛いかね」
「どうでございましょう。アスカ殿と比べれば見劣りいたしますが、自慢の娘達でございます」
「そうかねそうかね」
うんうん。聞けば聞くほどに興奮度が増してくるよ。しかし表情に出してはならん。あくまでクールにがダンディって感じがするだろ?
「それでなんだがね。魔族を倒した暁には、その……礼としてその娘達に風呂で俺の背中を流してほしいのだが、可能かな?」
表面上はあくまでクールを装っているけど、内心は心臓バクバクものだ。
なにせこれを提案してしまえば白昼堂々と女の子との混浴が出来るんだからな! 前世のままであればかなりの確率で断れるだろうが、今は女の身体だからな。同性という事で警戒心も薄いだろうし、なにより勃つモノもない。男に戻っていざ事が始まった時に一糸まとわぬ女体にあわあわしたんじゃ恥ずかしいからな。裸の女体になれると言う意味合いも含めて、これがゴールへの一歩となるはずだ……多分。
後は村長の返答待ちだが、余計な事を考えていたせいで少し間が空いてしまった。既に回答してしまったかどうか心配になったが、どうしてか不思議そうに首をかしげてる。
「アスカ殿。この村に風呂はございません。と申されますか、風呂など貴族様がお使いになられると聞いたくらいで……わたしも存在を知っているだけでそれが一体どのような物であるのか見当もつきません」
「なん……だと!?」
そうだった。ここは異世界で、文化レベルがテンプレの中世程度だったんだったな。こんな寒村じゃ風呂なんて貴族ぐらいしか持てない贅沢の極みの様な物なんてある訳ないか。少し考えれば分かる事だったはずなのに……いや待てよ。ないなら作ればいいじゃないか。別に〈万物創造〉を駆使すれば、風呂だろうが健康ランドだろうが作れる訳だし。うん。それで行こう。
「あの……大丈夫ですかな?」
「ふっふっふ。大丈夫だともゴンズ君。風呂がなければ作ればいいのだよ! そうすればこの村の娘達に背中を流してもらっても構わないだろ?」
「え、ええ……それが出来る時にはアスカ殿は既に村の救世主様になられるのですから、恐らくは大丈夫かと思います」
「っしゃ! ならば交渉成立だ。共に魔族をぶっ殺そうじゃないか。ハ~ッハッハッハ」
「は、はぁ……」
村長と熱い握手を交わし、急いで倉に向かって食事に関する相談をすると、さすがにパンと少量の肉とおにぎりだけじゃあ皆の体力も心配だという意見が出たから、混浴を確実なものとするためにここは一発。豪勢に大量の肉を振る舞ってやろうではないか。
という訳で、村長をはじめとした数人に火の準備をしろと指示を飛ばして走らせたんで、こっちは肉の準備と行きますかねって訳で、肉を取って来ると嘘をついて一度村長の屋敷へ。さすがに信頼もなんもない相手に何度もスキルを見せるって事をしたくないんでね。ちょうど2人の様子を見たかったってのもあるんで、すたこらさっさと屋敷に到着。
「なぁ2人とも。牛と豚と鳥なら何が食いたい?」
「何や急に。それで言うたらやっぱ豚がええなぁ」
「あても豚がええです。牛なんか臭ぁて硬ぁて食えたモンやあらへんもんし、鳥はあて等でも捕まえられますよって」
「豚ね」
リクエストは決まったから豚を創造っと。今回は頑張ってもらう意味も込めてキロ一万の高級黒豚を選ばせてもらった。その量はドドンと50キロ。100に満たない村の住人でって考えると、1人頭500グラムって事になるんだけど、まぁそこは働き盛りの若人だ。余れば〈収納宮殿〉に入れとけば腐ったりしないから、廃棄なんてもったいない事にならないしな。
「ふぅ。これでいいかな」
さすがに50キロを一気にってなるとMP消費量が大きいんで少しづつ。ソーセージ数種類に肉は部位を豊富に揃え、後は焼肉のタレや生姜焼きのタレ。味噌漬けなんかもいいなと思ってそれぞれしばらく漬け込んで準備OK。〈万物創造〉は痒い所に手が届く親切設計で助かる。おっと塩胡椒を忘れる所だった。
今度は米だ。やっぱ日本人なら肉には米だって事で、無洗米を土鍋に突っ込んでお湯を注いでしばらく放置。次に野菜でもと一覧を眺めていると、リリィさんとアニーが紙と木の武器を持って来てくれた。
「これでええわ。っちゅうかえらい肉の量やな」
「食えなきゃしまっとけばいいだけだからな。こんな風に」
「〈収納〉系スキルまで持っとんのかい。腐らんのか?」
「え? 〈収納〉系スキルで保存してても腐るのか?」
「「……はぁ」」
どうやらまた何かやらかしたらしい。しかしだ。駄神のところで見た〈収納〉系スキルは全部に時間停止機能は付いてたからな。きっと所有者自体が少ないかそこら辺を秘匿にしてんだろう。
「そのため息は褒め言葉と受け取っておく。どれどれ……」
とりあえずぐるりと2つの武器を見渡して、刃先を少しだけ口に突っ込んでみる。
「なにしとんねん」
「新しく作りたい場合はこうしないといけな――ん?」
――対象を創造するにはスキルが足りません。要〈カスタム〉
初めて見る表示だな。一応カスタムするって意思は伝わってるみたいだけど、聞いた事もないスキル名が出来たのは一体全体どういう了見だ? レベルが上がったら新しく覚えるって事か? よく分からんな。
「どうや。出来んのか?」
「いや。どうやらレベルが足りないから駄目らしい。悪いけど普通ので我慢してくれるか?」
「ウチは構へんで。もともと鉄製武具なんて、冒険者でもDランクぐらいやないと買えへんからな」
「高いのか?」
「それもありますけど、鉄ぐらいになるとほんの少しやけど魔法の付与が出来るんですわ。そうなると実力がないと扱えへんから一定のランクになるんが必要なんです。それがDとEの差と言われとりますな」
「へぇ……どれどれ」
俺の〈万物創造〉でも同じ事が出来るのか。試しにアイアンナイフを詳しく表示してみると、確かにスキル付与なんて文字が発見できた。でもレベルが足りないのかグレー表示だった。
試しにクリックしてみると、さっきと同じようにやっぱりレベルが足りないって表示と共に要〈付与〉なんてものが出て来た。
これで考えると、この〈万物創造〉は俺のレベルが上がると何かしらの新しいスキル――というか出来る事が増えていくと思っていいだろう。
しかしそうなると……現時点でこれだけ便利なのに、今後ますます便利になったら念願の車とか作れるようになるかもしんないな。
構造も知ってて免許も取ってはいるが、当たり前だがかぶりついた事なんてある訳ないので創造できる訳がない。一応雑誌なんかは創造できるんで、いつか専門誌を読みながら作れるようになったらと思うと夢が広がるぜ。
「そっちもレベルが足りなくて無理と言われた。悪いけど普通ので勘弁してくれ」
「せやからさっきも言うたやろ。普通の鉄製でもそこそこ金が要るんやからありがたい限りや」
「確か……ナイフ一振りで少なくとも銀貨15枚は要りますから、戦うより逃げるを選択する商人としてはどうも手が伸びにくいんです」
「そうなのか」
こっちとしてはせいぜいが4MPくらいだからそこまでキツイって訳じゃないんで、さっさと創造する事にした。
ちなみにリリィさんの方もダメだったんで、許可を得て着ている物の端を噛ませてもらって、鎧蜘蛛なる魔物から取れる糸を2割ほど編み込んであるらしいローブを創造しておいた。
「出来た。どんなもんだ?」
「まだ新しいんで慣れてへんけど、今使ぉとるモンよりは楽に魔物に対抗できそうや」
「こっちもええ肌触りです。前に比べて軽ぅ感じますが、守られとるって感じが強ぉなっとります」
「ならいいか」
「アスカ殿。こちらの準備が整いましたぞ」
「分かったすぐ行く」
新たな装いになった2人と共に、俺は大量の肉を手に倉の前までやって来た。
「うわ! 凄ぇ肉の量だ!」
「どんな感じだ」
「いい感じでさぁ」
一応防護柵を三重にし、後方に小さな櫓に見立てた土砂が積まれているようで、これならちょっとやそっとじゃ魔物に侵入されないだろうとの事。自分で丸太を渡しておいてなんだけど、本当にただの木で大丈夫なのかなって疑問は残るものの、さすがにそろそろタイムアップ。残った時間は飯を食って英気を養い、戦いに備える方が重要だろ!
「よし! ほんじゃあ戦に向かう前って事で、盛大に肉を食らって騒ぐぞ!!」
そう言ってテーブルにドン! と肉の入ったボウルを置くと男衆からは怒号にも似た歓声が沸き上がり、こっちの声を待つことなく次々に肉を焼き始めちゃった。
これにはさすがに村長も馬鹿者っ! と怒鳴りつけたが、俺としては一杯食って目一杯働いてほしいんでいいよいいよといって宴会を再開させる。
「美味っ! こんな肉食った事ないぜ!?」
「この甘辛い感じの味付け……いったなんだ?」
「いいじゃねぇかなんだって。美味けりゃそれでいいんだよ!」
「んな!? これはまさか……胡椒じゃないのか!!」
「この歳で胡椒を口にできるとはのぉ……ありがたやありがたや」
そんな肉の感想が次々に上がるんで俺も一口。うん。相変わらずの美味しさだけど、生姜焼きも捨てがたいし味噌漬けも美味。単純な塩胡椒も素材を十二分に味わえるから、いろいろ作っておいてよかったよ。
もちろん戦の前に酒なんてご法度だから出してはいないけど、これが終わったら飛び切り美味い酒を用意してやると言ったら連中の目の色が変わった。意図したつもりはないけどかなり士気が上がってくれたのは嬉しい誤算だ。
そんな男連中のテーブルから少し離れた場所に設置したもう一つのテーブルは、主に女性と子供達が集まって楽しそうに焼き肉を味わってくれている。
こっちは肉一辺倒の男衆と違って、俺が用意したトウモロコシやキャベツと言った野菜も焼かれている。反応はこっちも好評だ。
「ちゃんと食べてますか~」
「もちろんさね。こんなに美味い肉に野菜を食べさせてくれるなんて随分と太っ腹じゃないか」
「なんのなんの。このくらいの事で男連中が働くというなら安いもんよ」
「まったくだ。どうせ死ぬのに変わりないってんだからさっさと引き受けろってのにね。あたし等に行ってくれりゃあ旦那の尻を蹴っ飛ばしてやったのに」
そんなおば――お姉さんの発言に、そこかしこから同意の声が上がる。やはりどこの世界でも妻となった女性は強いんだなぁ。
「まぁ過ぎた事なんでいいじゃないですか。それよりもどんどん食べて下さいね」
なんて感じで宴会の時間が過ぎてゆく。
とりあえず出来る限りの準備はした。後は魔族の実験を阻止するために全力で戦うしかない。




