#154 提案という名の嘘で塗り固めよう
「もう大丈夫?」
15分ほどで何とか起き上がったリングレットは、いまだ顔色は真っ白だけど一応峠は越えたっぽい。正直言っていつゲロインにジョブチェンジするのかと近づかなかったが、どうやら持ち前の強靭な精神力でその一線だけは踏み越えなかったようで一安心って訳で、冷たい水を渡しておく。
「ああ。迷惑をかけたがもう大丈夫だ。しかし、何故ナガトは平気でいられるのだ」
「あの程度の速度は日本に居た頃に散々慣れてんだよ。むしろもっと速い乗り物とか空飛ぶ物もあったから怖くもなんともねぇよ」
「空だと!? 前に魔法の概念は存在しない世界だと聞いたぞ。なのにどうやって――」
「ほらほら。動けるようになったなら邪魔になるから歩いた歩いた」
日本人としては非常に共感できる。猛スピードと言ってもせいぜいが車の法定速度だし、例え馬車がぶっ壊れて外に放り出されたとしても、レベルとステータスが存在する世界でまかりなりにも魔物蔓延るその世界を行き来する根性の据わった奴であれば死ぬ訳じゃないんだし、その程度で文句を言うのはお門違いだ。
「しかし……ここの伯爵とは何度か会った事があっけど、そこまでトチ狂った野郎には見えなかったぞ」
「お兄さんは分かってないねぇ。初めて会った相手――それも勇者を相手にボクチン麻薬作って売ってるんすよ~。なんてどれだけのクソ馬鹿ゴミクズ野郎だったとしても言う訳ないじゃないか~。同じ人でなし勇者じゃなければ、すぐに王様なんかに報告されて殺されちゃうじゃん」
「何の反論も許さない説明ではあるが、貴様はもう少し他人に対する言葉遣いというものを真剣に学ぶべきだ。いつか痛い目を見るぞ」
「ボクにはひつようなかな~。気ままな冒険者だし、そもそも貴族の依頼を受けるつもりなんて毛頭ないから丁寧な言葉遣いは要らなーい」
俺の目標は、あくまで男に戻って数々の女性といやーんであはーんな事をする以外にない。
その箸休めくらいに六神ぎゃふん(死語)があるだけで、ほとんどはこの世界を自由気ままに放浪して数多くの美人と出会う事以外に関心はない。特に国王だとか貴族だとか偉ぶった連中と関わり合いになるのは可能な限りゴメンだ。マリュー侯爵は美人だけど、アニー達のお願いがなかったらここまでお近づきになるとは露ほども思わなかった。
であれば、最低限の敬語的な言葉遣いが出来れば何の問題もない。それに目くじらを立てるような連中とはそれ以降会わないようにすればいいだけだから。今回も伯爵を殺して王都に向かうとはいえ、中には入らないんだから使い道がない。
「何と野蛮な。同じ女として呆れを通り越して憐れとすら思うぞ」
「別にお姉さんに嫌われてもボクの人生にさして変化ないからどうぞご自由に」
メリーの評判がどれだけ堕ちようが、着替えを済ませれば簡単にこの世からいなくなる。それだけこの変装は完璧だし、カツラや胸の詰め物。シークレットブーツやカラコンなどでアスカのあの字も出て来ないほど容姿をとっかえているんだから、そんな情報どころか考えも及ばないような連中がいくらメリーを探し出せと怒鳴り散らしたところで、見つかる可能性はゼロに等しい。
そもそも。野郎で同郷の勇者相手の年下に敬語など反吐が出る。
という訳で、俺の貴族に対する確固たる思いを滔々と説明し終わった辺りでようやくアジトへと続く公園にたどり着いた訳だけど、そこには仁王立ちで超不機嫌顔のリューリューがいた。
「随分と遅かったじゃない。一体どこで何をしていたのかしら?」
言葉もどこか刺々しい。こりゃあまともに会話をしてもらちが明かなそうだからさっさと本筋だけを分からせよう。そうすれば多少は話をしやすい空気になってくれると信じて。
「ニールさんに聞いてない? 新戦力となる勇者様と――その彼女さんでーす」
「き、貴様……っ!? いきなり何を「リン……」くっ! リングレットと申します。ナガトのお目付け役として同行しているだけであって、決してその……恋仲などではないからな! か、勘違いするでないぞ!!」
そこまで強烈に否定すればするほど真実味を帯びていくんじゃね? と思ったが、どうやら主人公補正である他人の行為に激烈鈍感が付与されているナガトには微塵もその思いが伝わってないのは幸か不幸か……。まぁどっちでもいいか。
「オレぁ勇者やってるナガトってモンだ。テメェ等も伯爵をブチ殺すんだってな。そんなナリでちゃんと戦えんだろうな?」
「これでもアサシンとしてレベルは高い方よ。勇者である貴方の足を引っ張らないはずよ」
「ならいい」
「それじゃあ続きは奥でさせてもらうからついて来て。もちろんメリーもね」
「はーい」
というわけで、脳内でダンジョンと言えばコレ! ってBGMを脳内で再生しながらリューリューの背後をトコトコついて行き、一度は後にした作戦会議室にも出ってみるとニールさんがある程度の説明をしてくれたのか、赤や黄色が睨むような目を向けては来るが文句を言う気配はないので普通に椅子に座り、ナガト達も近くに腰を下ろすとすぐにニールさんが席を立つ。
「さて。申し訳ないのですが確認をさせていただきます。貴方は今世の勇者・ナガトでその力を伯爵討伐に貸していただける。それに相違はありませんか?」
「ああ。ちっと込み入った事情があって詳しく話す事は出来ねぇが、奴を殺すのは俺の為でもあっから気にすんな」
まぁ、食い物の礼として伯爵殺しに加わるなんて言えないよな。あっちもそんな理由で戦列に加わるなんて知ったらその本気度を疑うだろう。また日本の料理を食えるのであればマジガチ本気だろうけど信用度が低そうだ。
「ワタシはナガトに従うのみなので」
「という訳だから、なんの遠慮もなく最前線にでも送り込んでもらっていいよ。その代わりにボクを楽ちんな場所に配置してほしいんだよねぇ」
何しろこいつは、世界の平和を守る為の存在なんだ。蜥蜴程度に苦戦していたというショボすぎる事実さえ隠しておけば、リューリュー達の士気向上には十分すぎるくらい役立ってはくれるだろう。
要は俺がサボれる環境を作る礎になってくれれば、今となっては勇者の役割は9割以上終わったと言っても過言じゃない。後はあのニールさんが首を縦に振ってくれるかどうかにかかっている。せいぜい自分をアピールしてくれよと祈りながら3人の後ろを追いかける。
「……なるほど。つまり貴女は勇者を最前線に送り、自分は兵舎に行きたいというのですね?」
「もちろん! 勇者であれば戦力としても申し分はないでしょ? となれば、背後から兵士の供給源を絶つ意味でも、とても強いボクって言う戦力をそこに配置した方が安心できると思わない?」
「その必要はありません。あの兵舎は老朽化が進んでおり、爆裂魔道具を各所で起爆させれば自重で崩壊。室内にいるであろう兵士たちは全滅とまではいかないでしょうが、相当数の処分が可能です」
うぅむ。勇者の参戦ですらニールさんは不満らしい。もしかしたらスキルか何かで勇者の低すぎるステータスを把握したのかもしれない。そうなると厄介極まりないな。最悪の場合は偽物だなんだと言われてマジで伯爵邸に殴り込みに行かなきゃなんなくなるじゃないか。
しかーし。その程度で諦める程こっちのサボりたい欲求は小さくない。
「ちっちっち。分かってないねぇ。確かに兵士を全滅させれば戦況としては大分有利になるのは間違いないけどね。しかしてその後の事はどうするつもりなのかな?」
「後の事……治安維持ですか」
「そ。伯爵が死んで新しい貴族がここを治めるって事になると、必ず厄介な事が起こる。暴動・強盗・賄賂に暗殺まで起こるかも。そういった揉め事を取り締まる立場の人間が、落ち着くまでは絶対に必要になるのは明白。であるならば、ここは圧倒的戦力であるボクが出向き。100人規模くらいの犠牲を出してここから出ないようにしようって分からせれば、むやみに刃向かって全滅するような真似はしないだろうし、それでも駄目なら1人くらい騎士団長の首を取ってみせれば、かなり沈黙すると思うんだけど、この作戦どうかな?」
必死に必死にいい訳を積み重ねる。
一応口から出る言葉に嘘はない。
伯爵が倒れる事で、今までその尻馬に乗っかって利益を得ていた連中が一斉にその権利を奪われるのだ。それが与しやすい相手だと話はまた別で、より大きな益をとあの手この手で新領主にすり寄って来るだろうけど、それが通じない場合は悪い方向に向かう。足を引っ張ったり最悪、殺して別の都合のいい人間に挿げ替えるかも知れない。
となれば、形だけでも騎士団は残しておいた方がいい。もしかしたら、そうやって殺したとしても俺がエリクサーで復活させてくれるとでもなんて甘い考えを前提にしているんだとしたら、きちんと説明する必要があるな。
あの時はそっちが攻めてきて、こっちも用事があったんで後腐れをなくすためにやっただけ。善意ではなく都合でやっただけだ。使いたいならきちんと対価をいただかなければいけない。湯水のごとく使うからうっかり忘れそうになるけど、エリクサーは過去にやはり迷宮都市のダンジョンから一度発見されて以降はぱったりと姿を見せなくなり、そうして入手された物も戦争のさなかでどこかに行ってしまったとの事をアニーから聞いている。というか説教された。
だから。俺の都合で使うのは制作者なんだら当然の権利だけど、他者が使うのは許さない。
まぁ……すこーし下着の1つや2つでも見せてもらえれば心変わりするかもしれんけどね。とりあえずは相手の反論でも待ちますか。




