#153 意識すると一瞬で決壊する……っ!
「ん?」
偽造したギルドカードで外に飛び出し、思考操作で〈万能感知〉の設定をいじくりながら勇者に向かって走っているとようやくその影を捕らえた訳だけども、どうやら1人じゃないようなのでさらに設定をいじってみる。どうやら数人の護衛というかツレがわいわいがやがやと動き回っているようだ。
ちなみにニールさんだが、彼女は――と言うか彼女達は色々と後ろ暗い事をしているので街の出入りは秘密裏に味方になってくれている門番の時でないと出来ないらしく同行していない。俺としては助かるので運がいいと言えようぞ。
「なるほどなるほど」
とりあえず最短距離で近づき、その姿を視界に収められるようになったころには、どうやら戦闘の真っ最中ってのが確認出来、見た限りだと魔物に襲われていた商人を助ける形で勇者が参入したと言った感じかね。
戦力差は勇者側が馬鹿とリングレットの2人に対して、魔物は2足歩行の蜥蜴が15体ほど。色は黒じゃなくて蜥蜴と言えばこれという緑色なんで、あの時の奴よりは弱いだろうというのに明らかに苦戦している。あんなんで人類を守れるなんて全く思えないな。
本来の目的を優先させるなら、ここであれを放っておけばもしかしたら達成できるかもしんないけど、たったあれだけの数を相手にするより、騎士団長共を相手にしなきゃなんないと思うとそっちの方がしんどいしメンドイので、電光石火で飛び出して3体の首を一瞬で刈り取る。
「誰だ!」
「助っ人だよ~。ちょっと君等に聞きたい事があってさ。助太刀してあげるからお礼として話を聞かせてもらうから」
「なっ!? たかが子供が何という生意気な口を……っ! ナガトが誰だか知って口を利いているのか!?」
「勇者って聞いてるけど、こんな魔物に手こずるザコじゃあ本物かどうか疑わしいよねぇ」
俺は会話を交わしながらも淡々と蜥蜴を狩っている一方で、勇者とリングレットは防戦で手一杯にしか見えない。はたから見ればどっちか強いのかなんて分かり切っているんだから、いちいち怒鳴って来る意味が分かんないな。
「止めろリン! 今はこいつ等をぶち殺す方が先だ」
「えっ!? もしかして今……殺すって言った? こんな数に防戦一方なクセに随分と大言壮語を吐くんだねお兄さん。そう言うのはさらっと殺せるくらいの力を持つ――ボクみたいな人間の台詞だよ」
「調子に乗るな! 貴様ごとき子供がナガトより強いなど――」
「あはは。お姉さんは目が悪いのかな? ボクのどこがそっちのお兄さんより弱いって言えるの?」
ケラケラ笑いながら最後の蜥蜴を斬り倒す。やはり手ごたえもなんもないザコの一種。経験値も爪の先くらいの充足感しか得られない。はぁ……やっぱ多少不便になるけど経験値半減は取らない方がよかったかなぁ。
しかし。意外にも勇者は挑発に乗ってこなかった。その隣ではリングレットが微々たる殺気を放ってくるけど、気にしない気にしない。ザコだからザコだから。
「えと……ありがとうございました」
「気にしないでいいよ。ボクはおじさん達じゃなくてじゃなくてこっちに用があって来たんだから。って訳だからちょっとこっち来て」
感謝の言葉を告げてきた敵商人につっけんどんな態度をしながら、2人の首根っこを掴んで少し距離を取る。もちろん聞かれたくない話をするためだ。
「貴様ぁ!!」
距離にして10メートルほど。小声で喋れば十分に聞こえない距離まで来たんで、放り投げるように手を離すと、リングレットが着地と同時に剣を抜いて襲い掛かって来た。まぁ簡単に受け止めるんですけど。更には放り投げたりするんですけどね~。
「随分と血の気が多いお姉さんだね。よくこんな性格で騎士なんて勤まる――そう言えばクビになったんだっけ? 改善しないの?」
「テメェに言われる筋合いはねぇよ。で? レナってクソ女はどうした」
お? ただのバカかと思っていたけど、どうやら意外と理解の早い奴みたいだ。走って近づいてきたリングレットは、勇者のその発言に驚きの顔をしていたから、そこまでらしい。
「貴様……あの女の知り合いか?」
「そうだよ。なんでも急用が出来たとかでボクがレナお姉さんの代役を押し付けられちゃって。勇者のお兄さんには持病の癪が……って言えばわかるよって聞いてるんだど?」
「間違ってねぇけどそれは仮病の時に使われる常套句の1つだよ! 何なんだよあのクソ女……人の事こき使っておきながら自分は逃げやがったってか? テメェは何か知らねぇのか」
「さぁ? お姉さんはいつも勝手に居なくなって勝手に用事を押し付けてきたりするから」
まぁ知ってるけど。もちろんそんな素振りはおくびにも出す予定はないが、一応ため息を一つ。俺もレナに騙されたんだぞって感じを出せば、同情を買いやすい。
「取りあえず自己紹介ね。ボクはお姉さんの代わりに伯爵殺害を受けたメリー。冒険者やってます」
「オレはナガトで、こっちがリングレット。奴の作戦に参加するのはこの2人だけだが、テメェは伯爵を殺せるだけの実力があんのか?」
「君が苦戦してた蜥蜴達を圧倒して見せたじゃん。それを見れば十分じゃない? そうそう、お姉さんが他にも伯爵を殺したいって連中を発見したらしくてね。君達もその手伝いをしてくれるよね」
「はぁ? おいおい。そいつらは大丈夫なのか?」
「確実に無理。だって君より弱いうえに数も100人くらいしかいないもん。だから君を呼んだんだろうけど、あの程度の魔物に苦戦するんじゃたかが知れてるよぉ。正直ガッカリ」
すべての騎士団長の強さを知らんから何とも言えんが、おっさん団長の実力だったなら確実に全滅する程度の実力しかない。
おまけに数も圧倒的に劣っているとなれば、普通に考えてクーデターが失敗するのは明らか。であるから勇者を戦列に加えようってんじゃないか。折角賢いのかって思たのに……所詮ナガトか。
「貴様ぁ! ナガトに向かって生意気な口を利くだけでなく、指示まで飛ばすとは万死に値する!」
「うるさいなぁ。ちょっと黙ってて……殺すよ?」
「っ!?」
いちいち説明するのも面倒くさいんで、殺気を放って強引に黙らせる。まだ技術が追い付いていないんで出来るか不安だったけど、その場にいた敵商人や勇者まで震えあがって、近くの林から少なくない数の鳥が飛び立ったが、目的のリングレットも黙ったんでよしとする。
「取りあえずボクからの説明は以上かな。もっと詳しい事が知りたいならその人達の所に案内してあげるから、その時に詳しく聞いてね。それじゃあ行こうか」
「ちょ、ちょっと待て! 私達は彼等の護衛を受けているのでここで行動を共にする事は出来ない。それに作戦とやらを実行に移すにはまだ時間があるのだろう? であれば彼等と共にシュエイまで行く不都合はないはずだろう」
確かに。よーっく確認してみると、少し離れた位置にいる商人連中の周りには護衛として立つ冒険者なんかの武装した連中の姿はどこにも見えないし、〈万能感知〉にもそれっぽい反応はかなり離れた無関係な場所からしか感じられない。
「確かレナお姉ちゃんの依頼を受けてたはずだよね? ボクが居たから何とかなったけど、そんな依頼を受けて間に合わなかったどうするつもりだった訳?」
「何を言うか。冒険者であろうと複数の依頼を受ける事などザラだろう。たとえ違反だったとしても、ナガトは冒険者ではなく勇者なので。目の前で困っている民を助ける為に無償で尽力する事は褒められこそすれ避難されるものではない。そもそも、目的地へと急ぐのはあの女の勝手な都合でしかないだろう」
「勝手な都合ねぇ。君達もその勝手な都合を押し付けたんでしょ? 人の行為には目くじら立てるくせに、自分達の行為だけは許せだなんて都合よすぎるとボクは思うなぁ」
今回の仕事は生姜焼きの代金なんだ。それを支払わないって言うのなら、それは立派な無銭飲食。つまりは事案と言う事になる訳である。これはさすがに見逃せないし、そうするつもりだったのなら、あのクソギルマスと同じ目に合ってもらわにゃいかんところだ。
「ぐ……っ。ナガトが変な料理を食べるからだぞ」
「変じゃねぇよ。あれはオレの暮らしてた国の料理なんだよ。そもそもあれだけ美味い料理が出せてれば何の問題もなかったんだ。こっちのせいにすんな」
「なんだと!?」
「はいはい痴話喧嘩は止める。こっちは急いでるんだから」
「「痴話げんかじゃない!」じゃねぇよタコ!」
そんな反論を無視して商人たちの所に向かい、急いでるから荷台を外して馬に乗れと脅し、すぐに中身ごと〈収納宮殿〉にしまうと、あまりに突然の出来事だったせいか商人達はおろか勇者やリングレットまで滅茶苦茶驚いていたが、説明するのも面倒なんで何も言わずにサスペンションやゴムタイヤ仕様にしてある馬車を取り出し、残っていたロバみたいな馬を中に押し込んで馬車を引く位置に俺が位置取る。
「な、なにが起きたんだ。というか今のは収納魔法か?」
「馬車2台にあれだけの商品詰め込んだモンを入れられる容量って……テメェも化け物かよ」
「はいはい。男の子が女性をあれこれ詮索するモノじゃないよ。さっさと乗った乗った」
時間がもったいないんで、動く気配のない連中をさっさと車内に放り込み、颯爽と走り出す。速度は普通の馬車の10倍以上。
流れる景色の速さに、商人やリングレットはやかましく叫んでいたけど、車や新幹線などで慣れているナガトは眉間にしわを寄せながらも平然としていた。
――――――――――
あっという間に外門前まで到着。また街に入るのに時間がかかるのかなぁとうんざりとした気持ちでいると、勇者が1人先走って門番の所まで行って二言三言話すとあら不思議。あちら側からどうぞどうぞと言わんばかりにフリーパスで通してくれた。あんな蜥蜴如きに負けるような弱者でも、勇者ってのはそこそこ優遇されてんだなーと思う今日この頃。
「これで依頼完了です。ありがとうございました」
「いや。こっちこそうまく護衛の仕事を完遂できずに済まねぇな」
「そんな事はございませんよ。こちらも勇者様に護衛をしていただけたのです。話の種としてこれ以上の物はございませんから」
ほどなくそんなやり取りが終わり、商人達は商人ギルドへと去っていった。これで心置きなくアジトまで案内してやれると思っていたのに、ちらりと視線を向ければ、そこではリングレットが天下の往来だというのに大の字に倒れたままピクリとも動かず、真っ白な顔をしたままこみあげて来る何かと戦っていた。
「悪ぃが、しばらく休憩にさせてくれ」
「仕方ないなぁ」
……とりあえずは、こいつが落ち着くまでは動くわけにはいかなくなった。こっちも美人さんのキラキラ演出は見たくないからな。




