#150 馬鹿は死ななきゃ治らないって聞いたから……てへっ
「ふぅ。この辺りまで来れば大丈夫だよね」
一応あのナンパ馬鹿の動向はいつでも探れるようにしてあるが、既に氷の中から抜け出したのかゆっくりとした速度ではあるけど動き始めている。しかも俺が逃げた道をに正確にだ。別にそこまで期待はしてなかったけど、さすがに少しだけゾッとするな。
「――ちゃん。ちょっと姉ちゃん!」
「ん? どうしたの?」
「苦しいって何度も言ってんだよ!」
「ありゃりゃ。ごめんごめん」
つい力が入りすぎていたか。軽く謝りながらその場にイクスを降ろしてやると、わざとらしいほどに咳き込んで見せるので、慰謝料代わりに銀貨を1枚差し出すと嬉しそうに受け取った。依頼料に関してはキッチリしているくせに、こういう所は抜け目ないな。
「へへ。これで依頼は終わりって事でいいのか?」
「だね。一応見知った仲だから、また会う事もあったらご飯くらい奢ってあげるよ。何しろボクは、お姉さんだからねっ!」
「飯かぁ。そんなら別に今奢ってくれてもいいんだぜ?」
「なに? お腹空いてるの?」
「当然だろ。ここに居るのは孤児だぜ? 飯なんてろくに食えないんだから食える時があれば貪欲に集るに決まってんじゃん。それに、食うのは他のガキ達にだよ」
だから飯を食わせてくれよと言葉を続けるので、思いの外しっかりしまくってるんで、取りあえず調査もかねてここで飯を作ってやる事にした。
調査というのはもちろんあのナンパ馬鹿がここに来るかどうかだ。
あれから5分もしないうちに動き出したかと思えば、その速度は亀の歩みじゃないかと思えるほど遅々としているけども、そのルートは間違いなく俺が通った場所を正確に進んでいる。何を理由にそれが可能なのか。そのあたりにあそこまで足が遅い理由があるのかもしれないな。
「よし。それじゃあ腕によりをかけてごちそうを作ってあげようかね」
下水で魔物が居なかったから経験値を稼ぎ損ねた事もあるし、こんな街中じゃあ日課である〇2機関のあの魔物を出す訳にもいかないしな。営業時間外の闘技場を使えるかどうか交渉してみようかなーと考えながらも、準備だけはてきぱきと進めていく。
イクスは、貴族連中の目をかいくぐりながら次々にガキを呼び込む。
最初は適当にシートを広げて済ませようと思っていたんだが、漂う香りに呼んでもいないガキが1人また1人と遠巻きに集まりだすと、イクスが勝手に手を引っ張って連れて来るので自然と遠慮というものがなくなり、現在では50人近い子供が集まって来たので、長机と椅子を並べさせる。こんな地獄の底みたいな場所なのに随分と多くのガキが生き残ってるもんだな。
「おねーちゃん。まだ?」
「おなかすいた~」
「よし完成。ちゃんと一列に並ぶんだぞ~。1人1皿。他の奴のを奪うようなクズには次の料理はないと思うように」
そうきちんと宣言すると、子供達は一列になり、しかも小さい子達を先頭にするほど教育が行き届いていた。これにはおじさんもびっくりだよ。
ちなみに最初に作ったのは、子供大好きミートボール。前菜って考えればサラダなんだろうけど、子供相手に野菜ってのは不興を買うのでこうした。
そして、一気に大皿に乗せてって言うのでもよかったかもしれんが、そうなると小さい奴や幼女はどうしたって男連中にフィジカルで当たり負けするんで、1人5個くらいを紙パックに入れて食べやすいように串を刺せば完成。ちなみサイズは野球ボールくらいの物にしてるんで非常にボリューミーだ。
「おいしい!」
「肉だ肉だ~!」
「なんだよこりゃ! こんなにうまい飯食ったの初めてだぜ!」
賑々しい食事にあっという間に全員が食べ終わる。もちろん次の料理は出来ている。なにせ〈料理〉スキルのおかげで、最大で10の料理くらいの同時進行が可能になっているからな。
次に出したのは一口サイズのおにぎり。それぞれ韓国のりと味噌ととろろ昆布を巻き付けた物の3種類で、中身もツナマヨ。おかか。梅干し(種なし)だ。
同時に食べやすいようにフォークも配る。これには路上で暮らしている孤児に対する衛生面を気遣っての処置。もちろん手掴みで食うなよとの注意も忘れない。ついでにミートボールの第2陣も同時に。今度は大皿に盛って出してやると、第一陣でわずかながら余裕を得ているおかげか醜い奪い合いなどは起きず、問題なく次の料理をだそうとするよりも先に、死蔵している盾をいくつか放り投げて飛来する数々の魔法を全て受け止めた。
「ちょっとちょっと。ごはんの邪魔しないでほしいんだけど?」
ため息交じりに剣を取り、一応子供達を守るような位置まで移動する。そんな5メートルほど離れた先には身なりのいい装備を纏った貴族を中心に、前衛には重騎士1人。左右には大剣使いと双剣士。そして背後には弓と魔法使い。一目で狩りをしているんだと分かる連中のお出ましか。
どいつもこいつも人のヘイトを稼ぐような敵ばかりの中にあって、その貴族の同類ぶりは群を抜いていた。というかこうなる前の俺と比べても少し下くらいかも。貴族って時点でかなり気に入らない奴だが、その顔立ちと体形は思わず、友よ! と叫んで抱き合いたい衝動に駆られるほどだ。もちろん性的な意味じゃないぞ。
「なんだ貴様は。貴族である吾輩の邪魔をするというのであるか?」
「それはそうだよ~。見てのとおり今はご飯の真っ最中。その近くで動き回られて砂ぼこりが舞うと美味しさが損なわれるでしょ? だから回れ右をしてさっさと帰って」
そう告げ、しっしっと手を払うような動作をすると、かなりの速度で魔法と矢が襲い掛かって来たが、この俺に通じるレベルじゃないんであっさりと弾き飛ばし、死なない程度の威力で貴族以外に投石攻撃をして速攻で気絶させるが、重騎士だけは何とか踏みとどまった。
ちなみに殺さないのは、良い子に見せるべき映像じゃないからだ。
「なっ!?」
「……やれやれ。ボクは穏便に話を済ませようと努力したのにね。少し痛い目にあってもらうよ」
そう言いながらもう一発。今度は防御の要である重騎士を一発で沈める。こうする事で、最悪の場合は防御に特化したアイツに守ってもらえば大丈夫だろ。なんて甘ったれた考えをぶった切るために分かりやすいほど酷い姿にしてやる。
分厚い鎧をぶっ壊すために先の2人よりかなり強めに各関節に投げつけ、留めに額にも。
もしかしたらその一撃で死んしまったかもしれないけど、兜をかぶって分厚い鎧を着こんでるからそれが目立つような事はない。起き上がらなかったとしても、近くに横たわる前例があるからきっとガキ達は同じ症状なんだろうと勝手に思うだろ。
「貴様……吾輩をサーイアク・ドイヒー・ドゥ・ブッスと知ってやっているのか?」
「ブッス……どっかで聞いた事があるような気が……君知ってる?」
「姉ちゃん。ブッス男爵は裏家業の1つを仕切ってるクッズ家の後ろ盾だぞ」
「あぁ……そう言えばそんな話を聞いた事があるような無いような。君は頭がいいね」
「こんなのここに居れば嫌でも聞こえてくる情報だからな。姉ちゃんも冒険者なら情報を大事にしろよ」
「ボクの頭には綺麗で可愛い女性の情報以外はあまり深く入らないんだっ!」
「えばっていう事じゃないだろ!」
なーんて漫才めいた事をやっていたら魔法が飛んで来たので、死蔵盾で難なく防ぐ。撃ったのはブッス男爵だ。一撃目の物と比べると威力も低いし、発動まで随分と時間がかかった。タイマンだったなら一発撃ち終わる前に10回は殺せてる。
「貴様ぁ……この吾輩を知らぬだけでなく存在しないが如き扱いをするなど、万死に値するぞ!」
「って言われてもね。ボク冒険者だし、貴族とかのご機嫌取りに興味ないし――って思い出した! クッズ家の後ろ盾に居るって事は、おじさんも〈狂乱種〉の事を知ってるのかな?」
「〈狂乱種〉? あの獣人殺しの麻薬の事か? そんな物をいまさらばら撒いて何の意味がある。一昔前なまだしも規制もかけられているおかげで大した儲けにもならんし発覚すれば物理的に首が飛ぶ。そんな一銭の得にもならん物を扱う訳がないだろう」
ふぅむ。どうやら嘘を言っている訳じゃないみたいだ。ってなると、あの麻薬を伯爵に売り捌いているのはクッズ家の独断って事になる。駄神のスキルがカスでない限り、男爵は儲けが出ないという理由だけで麻薬を毛嫌いしているっぽい。
「あっそ。なら別にいいや」
とりあえずクッズ家には別の目的があって後ろ盾となっているんだろうと結論付け、仕上げに入る為にゆっくりと距離を詰めていく。
その事を本人も強く意識したんだろう。表情が明らかにこわばり、じりじりと後退を始めながらも手には豪華絢爛で実用性がほとんどなさそうなロングソードを握りしめている。
「う……っ。わ、分かっているのか? 吾輩は男爵で貴族だなのだぞ!? それに手を出してタダで済むと思っているのであるか!」
「さっきから貴族貴族と……ボクには何がそんなに偉いのか分かんないや」
マンガやラノベの貴族ってのは、たいていがいけ好かないクズの集まりだ。中にはマリュー侯爵やカスダ準男爵みたいに気持ちのいい貴族は非常に稀有な存在もいるにはいるものの、後は腹黒い笑みを浮かべる奴とかも見た事があるが、そっちの方は王都とかの頭脳労働するような場所にしかないだろうから頭数から除外してある。
つまり。守るべき民を直接手にかけるゴミクズが貴族を名乗るなど言語道断。死んでも文句を言える立場じゃない。人の金で飯を食っている以上。それに見合う仕事をしなければ人の上に立つ資格はない。
「1回死んで己の行動を顧みろ」
それだけを告げて、俺は男爵を子供達の前で綺麗な形で殺した。




