#147 酒の肴には推奨しません。
「よし。君に決めた!」
聞きなれた台詞を吐きながら、あの方法で選び抜かれた精鋭? に対してエリクサーをひと吹き。
するとどうでしょう。汚い花火となったはずの頭があっという間に元通りになり、その衝撃の光景にイクスの方から嗚咽が聞こえたんで、速攻蹴り飛ばして部屋の外へ。ガスマスクがあるとはいえそう言うのは外で、さらに付け加えるなら遠くでやってほしい。
「う……なっ!? 何だ貴様!」
「通りすがりの仮面ラ――げふん。冒険者かな。ここで何をやっていたのか。それは一体全体誰の指示で行っていたのかを洗いざらい吐いてもらえると、ボクのお仕事がパパッと済むんでとっても嬉しいなぁ」
「フン! そう聞かれてはいそうですかと素直に応える馬鹿がどこにいるってんだ」
「別にいいよ? 素直になりたくないなら、なるように一生懸命になるだけだからさっ」
次の瞬間、どっちでもよかったが大抵の人間は右利きだろうから、そっちの腕を掴んで力づくで引き千切ると、あっという間に血が大量に噴き出して近くの木箱を真っ赤に濡らす。
「っ!? グギャアアアアアアアア!」
「さぁさぁどう? 答えたくなったかな」
途端に響き渡る絶叫だが、こっちとしては〈恐怖無効〉があるので、一切感情が揺れ動く事なく言葉を続ける。マスクをしているから相手から表情は分かんないだろうが、絶対零度の表情をしているだろうと理解している事が〈万能感知〉ごしに伝わって来る。
「殺せ。お前ごときに喋らねぇよ」
「いやいや。おじさんはさっき一回死んでるんだよ? こんな風に」
自分が死んだという事を自覚すらしていなかっただろうからな。今度はしっかりと認識させるようにじっくりと手順を踏んで四肢をもぎ取っての失血死を体験させてやってから、エリクサーを振りかけてワンモア。
「馬鹿……な」
「さぁさぁ。お代わりはまだまだあるから、何回死んでも大丈夫だからね」
腕を引きちぎられる痛み。
全身からゆっくりと血の抜けていく感覚。
それらが男に確実な死の足音を聞かせるに足る行動だったという自信がある。人は死ぬ前にその現実と痛みから逃れるために、異常と言えるほどの快楽物質を吐き出し続けるというのを聞いた事があるので、死が本当に絶望だけを与えているのかどうかは知らんけど、そう何度も体験したいと思える事じゃない。しかも、その辺のチンピラに毛の生えた程度だろうと思われる人間であればなおさらだろう。
男もそれを理解したのか、永遠に終わらない地獄巡りより全てを吐いて楽になりたいと口を開いた。
「……クッズと言えばわかるか?」
「知らなーい。貴族か何か?」
うーん。どこかで聞いた事があるような無いような……まぁ、すぐにこいつが説明するだろうからどっちでもいいか。
「違う。オレ等が所属している一団の頭の名前だ。主に裏町の荒事を取り仕切ってる」
「ふーん。よく分かんないけど、おじさんはその下っ端なんだね。やっぱりクスリの取引ってのはヤクザの常って感じがするね」
「貴様が何を言ってるのか理解できないが、とにかくオレ達は上の指示でこの箱の中身を分類して袋に詰めろと言われているだけだ」
「見てもいいよね?」
「嫌だと言っても無駄だろうからな。勝手にしろ」
という訳で、きちんと了承を得たので大量に積まれている木箱の蓋を開けてみると、中にはひまわりみたいな花が乾燥された状態で詰め込まれている。
ちなみに室内は十畳ほどで、そのうちの半分は木箱が占めていて、残りの半分の3割ほどが袋詰めの作業を行うためだろう机が並んでいて、残りの2割が簡易的なベッドが並んでいる。全員分ないのは交代制で休憩を取るからだろうな。
「ふーん。お金払うから1つ貰ってもいい?」
「……てっきり無断で奪うと思っていたんで意外だ。買うってんなら、それ1つで金貨5枚だな」
「えーと。はいどうぞ」
提示された金額をキッチリ支払い、改めて乾燥ひまわりっぽい花を見まわしてから中心にある種を1つむしり取って口に放り込む。こうすれば久しぶりに〈万物創造〉が火を吹いて、それが何なのかを理解するに至った。いや――この場合は仮にしていた物が事実になったと表現するべきだろう。
結果を言えば、当然ながらこれは〈狂乱種〉の種で間違いない。詳しい製法には興味がないが、〈万物創造〉を見る限りだとこのまま口に入れてもトリップしないに等しいとの事なので、こいつ等が何の対策も講じずに作業をしていた謎が解決したけれども、そうなるとここで冒険者が廃人になる理由が消えてなくなった。
「ちなみにおじさん達の作業って、これを袋詰めするだけ?」
「ああ。他の作業は他の場所でする事になっている。その場所を知ってる人間はここに居ないから、何度殺したところで無駄だぞ」
うん。確かに嘘を言ってはいないようだ。しかしそうなると、ちょっと疑問が出て来る。
「だったら、どうやってこれを外に運ぶの? 重そうだけど」
「7日に1回。この部屋の外に木箱を置いておくと入れ替わるように乾燥したアレと金の入った袋が置かれてんだ。上からきちんと報酬が支払われたんでそう言うもんかと思う事にしたんだ」
「まぁ、賢明な判断かなぁ」
好奇心は猫を殺すともいうからな。それでなくとも扱っているのは人生を駄目にするモノだ。少しでも深入りすればあっという間に何かしらの方法で死体となって発見されるのは明らか。まぁそれを跳ね除けられるほどの強大な戦力でも持っていれば話は別なんだろうけど、目の前の男はどう見たってヤクザの組1つを敵に回せるほど強い人間には当然見えない。
なのでこの男の判断は正しいと言えるが、そうなると何をどうやって依頼完了とする証拠を提示するかって問題に直面するんだよなぁ。
ここに〈狂乱種〉があるのは間違いないが、生憎と種だけではその作用は全くと言っていいほど働かないのに、何故か心が壊れて多くの冒険者が廃人になった。つまりは他に原因があるって事に他ならない訳で、調査を続行しなくちゃなんない。
「で? 貴様はここをどうするつもりなんだ。クッズ家に喧嘩を売って何とかなると思ってんのか?」
「その辺は大丈夫。魔族でもいない限りは負ける気がしないから」
騎士団長の1人を軽く叩き潰してやったんだ。シュエイにいる人というカテゴリーの中に、俺をどうこう出来る奴がいるなんて微塵も考えられないからな。裏には裏のルールがあるんだろうけど、麻薬なんてモンを捌いている時点でギルティなんだ。突っかかってきたら問答無用でぶっ潰せばいいだろ。
「とりあえず、ここにあるのは証拠として全部回収させてもらね~」
「ちょ!? さすがにそれは待ってくれよ。あと数時間で回収班が来るはずなんだ。そこで何もなかったらさすがにマズいんだ」
「だったらボクがその人にお金を渡してもうこんな事やったら駄目だよって言っておくから、おじさんはここでじっとしてて。死にたいなら別だけど」
「しかしだな――」
「文句があるなら受け付けるよ~? 何回くらい言い続けられるのか楽しみだし」
「……もう好きにしてくれ。ちなみに全部で白金貨100枚分だぞ。そんな大金持ってるのか?」
「もちのロンさ。ボクにしてみたらそんなのははした金はした金~」
相手が話の分かる人間ならいいんだけどな。そうじゃなくても分かってもらえるように努力するだけだ。駄目だったら直接クッズ家とやらに乗り込んで全滅させればいいだろ。上空から〈微風〉をぶっ放して建物ごと押し潰し、瓦礫の中から親玉を引きずり出してエリクサーをぽたりと垂らして説教すればすぐに済むだろ。
という訳で、部屋から出て壁に寄りかかりボーっとしていたところ、ようやくイクスが戻って来た。そこまで強く蹴っ飛ばしたはずじゃないんだけどな。
「いきなり蹴っ飛ばすなんて酷いぜ姉ちゃん。で? もう終わったのか?」
「んーん。まだちょーっとやる事が残ってるから、君はどこかに隠れてるといいよ」
「そ、そうなのか……分かった」
分かりやすいほどに肩を落としたイクスの顔がどうなってるのか分からんが、こっちとしては何か文句を言われたところで受け付けるつもりはない。最初の内について来るなと言い、相手がそれを拒否したんだからな。
とりあえず件の相手が来るまで漫画でも呼んで待っているかと魔法鞄に手を突っ込むのと同時くらいに、〈万能感知〉に何者かの接近反応が出た。
「来たみたい。君は念のためにあっちに隠れてろ」
「あっちだな」
死にたいんであれば別だけどなと付け加えると、イクスはあっという間に俺が指さした方向に向かって一目散に逃げだした。とりあえず命は惜しいという事がよく分かった。
とりあえず胡坐をかいてるのはまずいだろうと立ち上がり、ついでに〈収納宮殿〉からホルスターごと何本か剣を取り出して腰に下げておく。これで一応の迎撃態勢は整った。あまり乗り気はしないけど、〈万能感知〉が例のごとく警告音を出し、伝わってくる闘気的な何かがその辺の連中より少しだけ強い。知っている中だとユニと張るくらい。
「……あぁれれぇ~? また懲りもせずに冒険者がやって来たぞ~」
現れたのは、俺と同じくらいの背格好の少年? だと思う存在だ。ちなみに?なのは、見覚えのある仮面をかぶっていやがるせいで男女の区別がつかんから。




