#145 アスカの賢さが3上がった
「えっと……たしかここら辺に入り口が」
リエナとの一戦はあっさり終わり。いつかの時みたいにもう一回としつこく言ってきたので、動けないようにがんじがらめにふんじばってから、今日のリエナの昼飯だったんだけどなぁと説明してから、目の前で見せつけるように大ぶりのステーキをむさぼり喰らった。おかげで胃には大きな負担となったけど、その甲斐あってかしばらくは俺の言う事を素直に聞くくらいには大人しくなってくれた。
「あったあった。きっとあれだね」
動かない兵士の反応を頼りに適当に歩いてきた結果。ようやくそれっぽい場所を発見した。
そこには小さな建物と水の流れる音。それと鼻を突くような腐臭が僅かに空気に含まれており、小屋のすぐそばには厳重に閉ざされた門扉と、その下を汚れた水が流れる溝がどこまでも伸びている。
「なんだ小娘。ここは伯爵と冒険者ギルドのギルドマスター両名の名において立ち入りを禁止とされている場所だぞ。さっさと帰んな」
「ボクは冒険者としてその奥の調査依頼を受けたんで来たんだよ。これが証明書」
階段を下りて門に近づこうとしたら、小屋から1人の男が現れそう説明したので、こっちも金爵から渡された自由への片道切符を受け渡す。
「これは……ちょ、ちょっと待ってろ」
「はーい」
どうやらあいつは下っ端だったようだ。すぐに小屋へと踵を返し、中に居た上司であろう誰かに紹介状を見せながら、俺が吐いた台詞を説明しているんだろう。とりあえず近場に腰を下ろしてぼーっと空を眺めるフリをしながら、〈万能感知〉でリューリュー達の反応に目を向ける。
どうやらまだ話し合いか何かを続けているのか、どいつもこいつもあまり動きが見られない。まぁ伯爵のガサ入れはなさそうなので安心していいだろう。
次に、昨日満喫しきれなかった夜のお店と泊まってる宿屋。
さすがにアスカとメリーを同一視させるようなヘマを踏んだつもりはないが、あの桃源郷で情報を入手しないとも限らないが、今のところは杞憂に終わった。1人反応があるけどこれは宿屋の一人娘がベッドメイクをしている最中だろう。一応チップ代わりに机の上に飴玉をいくつか置いてきたので大丈夫だろう。
一通りの確認を終えた頃。ようやく少しだけ装備の豪華なここの責任者っぽいおっさんが近づいてきた。見た限りだと頑固そうで融通が利かなそうな中年だ。俺の嫌いなタイプ。
「待たせたな。これは確かに金爵の紹介状で間違いないようだが、お前の通行は許可できない」
「なんで? 金爵さんの依頼で来たのを断るって、おじさんは勇気あるね」
「そういう訳ではない。お前も聞いているだろうが、ここより先は非常に危険であるために単独での侵入を許す訳にはいかないのだ。仲間を連れてくるなりギルドで同行者を雇うなりしてもらおう」
「大丈夫だよ。ボクは凄く強いから」
「ならん。これはギルドが決めたルールだ。お前も冒険者の端くれならそのくらい理解しろ」
「だったらおじさんが一緒に来てよ。もちろんタダなんてけち臭い事言わないからさ」
そもそも冒険者ギルドの場所が分からないし、女性をそれほどの危険地帯に向かわせるのは俺のジェントルとしてのポリシーに反する。野郎はどうでもいい。だからおっさんか、もう1人の下っ端でも全然かまわない。同行者がいるという障害さえクリアーできればそれでいい。
「馬鹿を言うな。我々は伯爵よりこの奥へと侵入しようとする輩を排除するために居るのだ。そんな提案を呑めるわけがないだろう」
「ならそっちの人はどう? どうせ他に人も来ないだろうしさ。ついて来るだけでいい簡単なお仕事だよ? 暇そうにしてるから刺激でもどう?」
「行く訳ないだろ!」
既にあの奥に向かった何人もの冒険者が廃人になって使い物にならなくなったと聞いている。それであるならもうギルドでも調査依頼なんて残してるほど馬鹿じゃないだろうって考えると、この小屋と人員の規模を考えれば想像に難くない。
「それでも規則は規則だ。最低でももう1人は同行者が居なければ、ここより先へ通る事はまかりならん」
「頭の固いおじさんだなぁ。人生疲れない?」
「余計なお世話だ! それに、これは伯爵が冒険者の安全を考えて施行した物。ワタシはそれを忠実に守っているに過ぎない」
面倒だから――いや、さすがに騎士を亡き者にするのはまだ早計だ。少なくとも俺がシュエイに居る間の勤務形態を把握しておかないと、調査を終えて出来たらお尋ね者。なーんて面倒な展開はゴメンだ。リエナとの会話が出来なくなってしまう恐れがあるからここは我慢我慢。
「わかったよ。じゃあボク以外の『誰か』連れてくれば、あの先に行かせてくれるんだね」
「その通りだ。それが出来たまた来るがいい。扉を開けてやる」
とりあえず。冗談半分で人形を取り出してこれじゃダメかどうかの確認をしてみたら、呆れ顔で分かってるんだろう? みたいな目を向けられたんで渋々踵を返してワンナイトのパートナーをどこかから調達してこないといけなくなった。
それはそれで別にいいんだけど、登録もしていない状況でこんな依頼を受けるってのはどう考えても怪しまれるだろうから却下ってなると、後は……その辺の有象無象をあの手この手で引き込むしかないな。都合がいい事にスラム街区が近い。あそこであれば金を積めば1人くらい何とかなるだろ。
――――――――――
「さぁってと。誰がいいかなー」
朝もはよからかすかに悲鳴が聞こえる。こんな時間でも貴族の連中は狩りが楽しいらしい。ゲームの中でも無双系のゲームで似たような事をしていたんで楽しいのは理解できるつもりだが、それをマジモンの人に求めるというのはあまり共感が持てない。
そんな訳で、適当に貴族を避けながら手ごろそうな人物がいないもんかねと探し回って5分。ようやく第一スラム人を発見した。ガキで少々敵っぽいけど、探すのが面倒だからもうこいつでいいや。
「そこの子供。暇なら仕事しない?」
「誰だ姉ちゃん。つーかそっちも子供だろうが」
「僕の名前はメリーだ。まぁ……冒険者の端くれかな。これでも17歳で成人は迎えてるから決して子供じゃいもん。実は依頼を受けたんだけど、1人じゃ駄目だって言われちゃって、最低でも同行者が1人いなければ通さないと言われたんで探していたところ、君を見つけちゃったんだよねぇ。依頼内容はこの国の下水施設の調査。戦闘に関して期待するつもりもないし、魔法鞄があるから荷物持ちもしなくていい簡単なお仕事。報酬として金貨1枚あげるからやらない?」
この手の事は大抵1人でこなしてきたし、何より目立ちたくなかったんで冒険者ギルドなんかあのクソ野郎の所に行っただけで情報らしい情報はゼロに等しい。なに? 相手に報酬を尋ねるのはどうなんだってっか。
説明しよう! それは俺が最も報酬らしい報酬である金や権力以外を欲するが為に選ばなければならないからであって、目の前の浮浪孤児であろうガキは何よりも金を欲しているのは明らか。つまりこれは、雇用契約における一種の交渉なのである。終わりっ。
「姉ちゃん。この街の下水がどんな場所か知ってて言ってるのか?」
「知ってるから大金……をはずんでるんじゃないか。足りないって言うなら大金貨にするけど?」
「それでも受ける奴なんかいないって。誰だって命は惜しいからね」
「でも、ここでじっとしててもその内貴族に殺されるでしょ。だったらボクの依頼を手伝ってよ」
「……姉ちゃん結構エグイな。本人を前に言う事じゃないと思う」
「仕方ない。君が駄目ならもっと幼い子供に嘘をついて同行させよう」
「わーったよ! 行くよ! 行けばいいんだろ。何て性格の悪い姉ちゃんだ」
よし。これであのおっさんが提示した同行者を何とか確保できた。
十中八九文句が出て来るであろうが、誰でもいいから1人と言う言質を取っている以上、我が陣営の勝利は微塵も揺るがない。ふふふのふ。言葉と言うのはもうちょっとハッキリ明言したいとねぇ。
「さてと。それじゃあ依頼を受けてもらうなら最低限の装備を渡すね」
俺の予想では、あの下水の中には麻薬が充満しているはず。そして前世のマンガ知識に照らし合わせれば、煙の吸引でも十分に――むしろより濃度が高いかもしれない。
であれば、用意するのは高性能のガスマスクと念のための防護服。
この2点があれば、呼吸による吸引と皮膚呼吸による吸引の両方からを防ぐ事ができる。もちろんアニーブチ切れであろう魔道具品質なので、フリーサイズ。
「なんだコレ」
「特別な防具。それ着てれば多分平気だよ」
「ふーん」
意外だ。てっきり文句の1つや2つ出て来るもんだとばっかり思っていたが、ガキは普通に着替えを済ませた。まぁ襤褸切れよりはマシな服だからって理由があるかもな。
「おっと忘れる所だった。先に報酬渡すね~」
「姉ちゃんよぉ。そう言うのは全部終わった後に渡すもんだぞ。ついでに、スラムの人間に報酬として金貨1枚は多すぎるからな。キッチリ受け取るけど」
うーん。俺としてははした金なんだけど、どうやらこれは同行依頼に対する報酬としては妥当ではなかったようだ。俺ってばまた一つ賢くなったね。




