#144 鉄砲玉じゃああああああああ
ジジイには十分すぎるくらいの脅しをかけておいたし、ちゃーんとこっちの言う通りにしておけば貰えるイイモノもあるんだ。これでそうそう出てくるような真似はしないだろう。衣食住がこの世界の基準以上に揃っているんだからな。
そんな訳で、俺は宿を出てすぐに両国国技――ごほん。闘技場に向かおうと思ったんだが、さすがにリングの外から二言三言じゃ埒が明かない。もっと長時間会話をしたいが、部外者の俺がリエナの居る場所まで行くには物理的手段を使う以外では通れないだろうから、ここはいっちょ金爵に許可を貰うしかないと足を運んだ。もちろんメリーではなくアスカとしてだ。
そこには馬車があり、ちょうど一緒に旅をしたあのおっさんの姿があった。
「おっさん。金爵はいるか?」
「あん時のお嬢ちゃんか。旦那様は今なら朝食の最中だと思うが、一体何の用事だい?」
「ちょいとリエナ関連で話があるんだよ。忙しそうなとこ悪ぃけど案内してくれんかね」
「まぁ……お嬢ちゃんが相手なら大丈夫だとは思うが、期待せんでくれよ」
「わーってるって。駄目なら無理矢理押しとおるだけだから」
もちろんそれは最終手段だ。立ち塞がる全てをなぎ倒しながら会いに行ったって、あの男なら嬉しそうに応対してくれるかもしれんが、他の従業員はそうはいかない気がする。
だからそうなっても、最低限死人や怪我人を出さない程度の努力はするつもりだ。時間がないんで選択肢から外すという事はありえないがね。
「……ちょっと待ってな」
かなり困ったような顔をしながらおっさんが建物内へと消えていったので、折角だから俺はその間に店内を見て回る事にした。
やはりこっちの世界の知識が入っているようで、店内はまんまスーパーマーケットって感じだ。もちろんこの世界の基準に合わせて肉や魚と言った生鮮食品の数は少ない上にメチャ高い。質はあまりよくないが、それでも多少小奇麗な格好をしたお客が買っていくところを見ると売れ筋なんだろう。
他には、野菜の類は街のすぐ外で育てているから新鮮そのものって感じの品々が並んでいる。〈鑑定〉を持っていなくても〈料理〉のおかげで、食材に関してだけはそこそこの目利きが効くのでかなり正確に把握できる。
後は木製や陶器製の食器類によく分からん置物だったりと、日用雑貨的な物が並べられている。さすがに武器や防具はそれぞれ専門店があるので見かけはしない。
「お嬢ちゃん。金爵が会ってくれるそうだぞ」
「そうかいそうかい。それはよかった」
どうやら準備が整ったらしい。とりあえず冷やかしただけなので、買い物もせずに昨日と同じルートを歩いてやって来た金爵の部屋。そこの主人は昨日あんだけの大立ち回りをしたのに大した怪我もなく平然と机仕事をしている金爵がいた。
「おぉ若ぇの。よぉ来たのぉ」
「おいっす。今日はちょっと頼みがあって来たんだよ」
「リエナぁ……渡せんぞ」
「違うって。まぁ近いんだけどな。闘技場の奥まで入れる権利をくれ。1日に1度くらいはリエナに餌付けしたいと思ってな。あんたも闘技場を壊されたくないだろう?」
「客としてやと、アカンのんかぁ?」
「駄目だね。やはり間近で長い時間会話をしたり触れたりしながら親睦を深めるのが一番だ。そのためにはどうしたって奥まで入れる権利が欲しい。だから来た」
「まぁ……ええじゃろう。ただし、条件こなしたらやけぇのぉ」
「なんだ? あんまメンドイのは御免だぞ」
ま。リエナとの逢瀬が出来るというのであれば、大抵の面倒事は引き受けるつもりだ。さすがに世界を救えとか言われるとノータイムでごめんなさいをするしかないが、新店舗の建設だったり闘技場の新調とかなら喜んで引き受けようじゃないか。
「ほんならなぁ、まずはコレ見てみぃ」
そう言って机の上に広げられたのは、1枚の地図。
見た感じはシュエイ全体を書き記しているように見えなくもないが、区分けの線もなければ建物の1つすら描いてない。あるのは縦横無尽に走る線……まさか。
「地下で頻発する廃人事件の解明をさせようってか?」
「聡いのぉ。若ぇのの実力は十分に知っとるからのぉ。カチコミしてくれんかぁ」
やれやれ。いくらリエナのためとはいえ、これは少し骨が折れそうだ。ま。断るレベルの話じゃないだろうし、やるだけやってみるとしますかね。
「取りあえず詳細を。道中で聞いた限りだど、なんでも心がやられるらしいな」
「その通りじゃぁ。既に20近くの冒険者が使えんようなっとってのぉ。生半可な奴ぁ行かされへんのやが、若ぇのなら問題ない思うとるんじゃ」
「確かにな。高ランクの冒険者を出して同じ目にあったら、この店はこれから先冒険者ギルドに大きな顔ができない。だから無関係で実力十分すぎる俺をけしかけるという訳だな。内容は?」
「可能であれば解決が望みなんじゃがぁ、無理ならどぉなっとるかの報告をしてくれれば十分じゃ」
「いいだろう。だがこっちの約束が先だ。行く前に会って美女成分を補給していきたい」
「仕方ないのぉ。少ぉし待っとれ」
という訳で、闘技場の戦闘奴隷の住まう所まで足を踏み入れられる旨を記した羊皮紙と、金爵からシュエイ地下への立ち入りを許可された旨が記された羊皮紙を渡された。それぞれ受付と入り口近くの兵士に見せればいいとの事なので、真っ先に闘技場へと向かう事にした。
――――――――――
「おいっす~。元気にしてたか?」
「ん。あんまり。肉食べると元気になる。かも」
「じゃあ食わせてやるかね。その為に来たんだし」
言われたとおりに受付に羊皮紙を見せてみると、少しばかり時間はかかったもののきちんと裏へと通してくれた。
そこは俺が少しの間だけ暮らしていたあの場所と比べればとんでもない好待遇だった。何せ後ろ暗い事を防ぐ目的で壁の一面が透明であるとはいえ、1人一部屋を割り当てられているうえにベッドもそこそこ質もよさそうだし、何より奴隷のどいつもこいつも健康的だ。
道中。何度か下衆な声かけを受けたが、そう言った連中には頑丈そうな扉をぶん殴ってひしゃげさせることで強制的に黙らせてやった。
案内を担当してくれたお姉さんからは、それに対してネチネチとお小言を言われたけれど、きちんと修繕費を渡したらあっさりと許してくれた。
なんてやり取りをしながら足が止まったのは、今までの奴隷部屋とは一線を画す飴色木目調の一目で質のよさそうな豪華な扉で、その奥にリエナが居た。そして肉を所望したのですぐにテーブルに並べてやった。
間取りは3LDKはある。他の奴隷はまさに独房って感じのへやだったから、その扱いは別格中の別格だ。
正直甘やかし過ぎなんじゃないかと思いもしたが、ここは代々のチャンピオンのみが住む事が許されている特別な部屋であるらしく、これが普通なんだとか。
「で? 罪滅ぼしの方はどうだ。納得したか?」
「1日で終わらない。それに、ここで鍛えてアスカに勝つ」
「はっはっは。ザコをいくら倒したところで、この俺はもっとレベルの高い相手を外で自由に狩るからな。レベルの差は開く一方じゃないか。それに万が一、俺が死んだら肉が食えなくなるぞ?」
「別にいい。リエナ龍族。長生きだから、死ぬ前に勝てればいい。ん」
「少しは考えてんのね。はいよ」
突き出された皿に追加で肉をのせてやる。相も変わらずとんでもない食欲だよなぁ。多めに焼ておいてよかったよかった。
そうやって、合計で50枚近いステーキを胃に収めたリエナは満足そうな笑みを浮かべながらゆっくりと立ち上がると、腰を落として突然に闘気をみなぎらせ始めた。
「今日の腕試し」
やはり相当な負けず嫌いらしい。また力比べをしろと言っているのだ。しかもあの目はかなりマジっぽいから余計に手に負えない。
「1回だけだぞ? 代金は昼飯がなくなるくらいでいいか」
「……半分」
「1回だけで済ませてもらえるなら、その提案を飲んでやろうじゃないか。こっちも今日は少し忙しくなるかもしれないんでな」
「いい。今日は負けない」
別に挑発した覚えはないんだけど、何故かリエナはよりやる気を漲らせて闘気をさらに色濃く纏い始める。と言っても、俺は相手から了承の返事を受けるまでは何もしない。そんな事をしたら絶対にもう1回もう1回と際限なく行ってくるのは目に見えているし、これはただの力比べだ。命のやり取りをしている訳じゃないんだから、こうしているのも悪い事じゃない。
「来る」
時間にして5分くらい。こっちもその間におにぎりを食べたりほうじ茶を飲んだり大福を食べたりと一通りの腹ごしらえは済ませたので、遠慮なくリエナに密着し、今日も今日とてひょいと持ち上げてベッドに向かってぽいっと放り投げてやった。




