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#142 俺がしたのは人助けじゃない。好感度稼ぎだっ!

「ここで終わり?」

「ああ。その通りさ」

「やっと終わったぁ」


 最初はちゃんとした通路って感じの装いをしていたものの、途中から金がなくなったのか面倒になったのか。はたまた志半ばで力尽きたのか分かんないけど、一気に自然って感じの洞窟に様変わりして非常に歩きづらくて、大人ならまだしも子供の身体じゃあ多少難儀した。

 そんな、若干アスレチックなコースを踏破し終わった終着点は、かなり整った感じの石壁だった。

 〈万能感知〉でもその先からは人の気配を多く感知できるが、その大部分は忙しないって程じゃないけど適度に動いているので、何も情報を持たない俺だけであったなら、ここから先に足を踏み入れるには多少なりとも覚悟がいるところなんだろうが、俺の隣にはメラルダさんがいる。


「おねーさん。この先はどこにつながってるの?」

「数少ない味方の貴族の屋敷さ」

「ほえ? 貴族が貴族潰しの肩を持つの?」


 まぁ、世の常だよね。誰かを蹴落とせばその椅子が空き、新たな領主としてそこに腰を下ろすのは誰? となれば自然とこういった行動を取ってくる貴族は少なくない。何せ伯爵だからな。その権力は下から見れば大変に魅力的だろうし、上から見れば王都に近い新たな土地が手に入るかもしれない。

 勝算が低い分、手中に収める事が出来ればその利益は計り知れない。この先に居る貴族Aもその賭けにベットしている1人なんだろう。


「この先に居る男は、この街で唯一と言っていいアタイ等が信の置ける相手だ」


 どうやら相当に人格者みたいだな。少なくとも表面上は。一体どこまで話しているのか知らんけど、あまり人を信じすぎるのもどうかと思う。

ま、今のところは俺に直接関係ないんで口には出さんけどね。にしても野郎かぁ……貴族だから良しとしよう。

 とりあえずいつ出て行っても大丈夫との事なので、扉みたいに開いて室内に入ってみると、そこは貴族の屋敷というに相応しい豪華な装いの一室で、そこには1人の微妙な男が椅子に腰かけていた。

 (イケメン)と言えば敵なのかもしれないが、友と言えば友と呼べなくもない。そんな釣り合った天秤みたいな不思議な男が、俺達の登場に若干ながら驚いたような顔をした。連絡した訳でもアポを取った訳でもないので当然っちゃ当然か。


「えーっと。そっちの女性はメラルダだったかな」

「お久しぶりですゼンイ子爵。突然の来訪失礼します」


 おぉ……人は見た目に寄らないとはこの事か。まさかアマゾネスっぽい見た目のメラルダさんがそれっぽい振る舞いをするなんて思ってもみなかった。


「それは構わないさ。ところでそちらの少女は新しい仲間なのかな?」

「今はまだ違うかな。名前はメリー。安全を考慮してこの道を使ったんだ」

「ちょっとアンタ!」

「構わないさ。その程度で目くじらを立てるほど偉い立場じゃないしね」


 そうおどけて見せる姿からは驕りや人を騙そうって感情は感知できない。どうやら本気でそう思っているふしがあるようでよかったよかった。


「敬語苦手だから助かるよー。ところで、貴族さんはどーしてこっち側に着く事を選んだの?」

「そうだね……一言で言えば野望の為かな。だからかなり分の悪い此方に着く事にしたのさ」

「野望ってなーに?」

「あはは。ちょっと君にはまだ早いかな」


 嘘は言っていない。が――何かは隠しているようだ。さすがに俺みたいな出会って間もない人間に本心を吐露する訳がないか。特段黒いオーラが見えている訳でもないし、とりあえず何かするのは止めておこう。


「まぁいっか。それにしても……貴族に盾突く組織の脱出路の先に貴族の屋敷ってのは危険じゃない? 一歩間違えば王様に反意アリとして裁かれそうだけど」

「ここに長く暮らしていればそう思われるかも知れないけど、ボクが貴族になったのはスタンピードで戦果を挙げたほんの数年前。この屋敷は最初期に作られたと言われるほど歴史があるらしくてね。新興貴族としては過分な住まいをいただいたんだよ。一応手入れはされてるみたいなんだけど、かれこれ数十年は誰も住んでいなかったらしい」


 つまり。この屋敷の構造を正確に知っている人間は誰一人いないまでは少し言い過ぎだろうけど、そこまで多くの人間がこの隠し通路を知っている訳じゃないとみていいだろう。

 そんな状態であれば、万が一にもリューリュー達が大挙としてこの屋敷から出てきて失敗した後でも、こんな物があるなんて知らなかった。そもそも、屋敷を長年残しておきながらこんな隠し扉1つ発見できないなんて、お前等こそ伯爵の命を軽く扱っているんじゃないのかと逆に糾弾できるかもしれない。

 それが駄目でも、形だけでも拘束されてしまえば味方であったという可能性をこれから死に逝くかもしれない連中の頭から消し去る事が出来るかも知れないからな。


「それはそれは……とても厄介な――おっと。素晴らしい屋敷を譲ってもらったねぇ」

「まったくです」


 なんて黒い笑みを互いに(メラルダさんは意味が分からずポカーン)浮かべ、笑いながら部屋を出ようとした訳なんだが、突然に壁の一角に向かって懐から取り出した短剣を投げつけた。

 いったい何をしているんだとメラルダさんがビックリしていると、壁の一部が突然にぐにゃりと歪んだかと思えば窓ガラスが外側からブチ破られ、現れたのはなんとメイドさん。

 背中まで伸びる黒髪ストレートに黒目と眼鏡。凛として冷徹そうな印象の強い顔立ちは、メイド服を着る事で何とも教育が厳しそうなメイド長って感じになる。見た目年齢は20代の後半くらいかな。この世界だと結婚していなければ行きお――げふんげふん。なぜか思いっきり睨まれたのでこの辺で。


「がふぁっ!?」


 くぐもった声が、窓付近から本棚まで駆け抜け木片となる。距離にして5メートルを一息で駆け抜け、尚且つ頑丈そうな本棚を破壊できるだけの威力か。スレンダーな見た目に反してなかなか。

 俺は当然ながら〈万能感知〉でこの屋敷に足を踏み入れる前から分かっていたが、それは子爵を守る為の護衛かなんかだとばっかり思っていた。

 しかしだ。屋敷云々の話に移行した際、ちょいと不思議な反応を示したんでカマ掛けのつもりで相当な加減をしたナイフを投げたら、何故か速攻でメイドさんが現れた。悪くない。

 そんな女性が何やら引き千切るようなしぐさをすると同時に、床に這いつくばるような形で俺でも憐れむほどの顔立ちの全身黒づくめの男が現れる。


「ご苦労様。ウェリア」

「いえ。対処が遅れたために窓を破壊し、いくつもの蔵書を破損させてしまい……かくなる上はこの命でもって償いましょう」

「待った待った。そこの辺りはただの複製本だから大した価値はない。それよりも君を失う事の方が余程の損失だから止めてくれないか?」

「冗談です。ところでこの不届き者はいかがいたしましょうか」


 既に逃げられるような状態ではないが、念には念をって感じでウェリアさんが両手足を平然と折っていく。その度に汚くくぐもった声が聞こえるが、ここに居る誰もがそう言った耐性はあるみたいなので顔色一つ変えない。


「そうだね。まぁどこから来たのか分かり切っているけど、一応情報を吐かせてもらえるかい?」

「承りましてございます」

「ククク……。おめでたい奴等だ。あの男が諜報になにも細工を施さないと思っているのか?」


 不敵な笑みを浮かべながら意味深な事をつぶやいたザコ忍者もどきは、ウェリアさんを瞬時に振り払って子爵へと駆け寄る途端に、顔の穴という穴からどす黒い血を吐き出し、爆発的に膨らんだ腹の中から見覚えのある物が扇状に次々に飛び出してくる。もちろんその本体は一瞬で絶命だ。

 ま。すぐに〈収納宮殿〉内に取り込んで一切の被害はないんだけどな。もちろんウェリアさんが傷つかないようにとの配慮からした行動だ。


「な……」

「ほぉ……」

「まいったねこりゃ」


 最後に呪いの本体を体内から取り出して終了。すぐにエリクサーを吹きかければあら不思議。不敵で悪そうな笑みを浮かべていた男のきょとん顔の出来上がりだ。


「さ。後は煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」

「え、ええ。感謝しておきましょう」


 信じられない物を見たと言った感じでありながらも、すぐに四肢の骨も繋がっている事に気付いたんだろう。閉まった扉の奥から断続的に4回。悲鳴が届けられた。


「危ない所を助けてもらったみたいだね」

「別におにーさんのためじゃないよ。ボクはウェリアさんが傷つかないようにとしただけだからね。なので是非とも彼女のスリーサイズ――胸と腰とお尻の大きさを教えてもらいたい」

「ええと……さすがにそれはボクの判断じゃ無理かな。ウェリアは我が家の大切な有能メイドだからね。少しいたずら好きなのが玉に傷だが……そもそもそんな怖い事を聞ける相手じゃないからね」


 まぁ、言わんとせん事は分かる。

 俺の助力があったとはいえ、ザコ忍者をあっさりとぶっ倒しただけでなく、顔色1つ変えずに四肢の骨をへし折った容赦のなさ。

 おまけに、主に対して冗談を口走る度胸。既に上下関係が出来上がってると言っても過言ではないとなると、確かにスリーサイズを聞き出すのは無理か。


「うぅむ。メイド服の奥に隠れたウェリアさんの肢体は絶対に凄いはずなんだけどなぁ。役に立たないおにーさんだねぇ。それでも主なの?」

「アスカっ!? 言葉を慎みな!」

「ははっ。幼いのに随分と言うじゃないか。でも子供には分からないよ。どれだけ偉くなろうとも、逆らっちゃいけない相手と言うのは必ず存在するんだって事をね」

「が、頑張りなよ! ボクはそろそろ帰らせてもらうけど、おにーさんだってまだまだ若いんだし、これからきっといい事あるって。ね!」


 お、おおぅ……なんという煤けた姿だ。あまりの哀れさに思わず励ましの言葉を無意識にかけてしまった。と言うか、そうさせるほどのあまりの悲しみの深さに同情以外の選択肢がなくなっていた。何という恐ろしいメイドなんだウェリアさん。

 しかし……ああ励ましたは良かったが、恐らくは伯爵の手の者であっただろうあのザコ忍者もどきの〈呪いの死印(ギルティ・カーズ)〉が消えた事によって、あっちから何かしらのちょっかいが必ずやって来るだろう。主に生死の確認をするために。

 この瞬間。子爵は完全とは言えないまでも、十中八九リューリュー達と繋がっていると認識されたはずだ。そもそもああいった連中を送り込まれている時点で相当に疑われていたんだろう。それが今日明るみになった。もはや後には引けないだろう。


「分かってるさ。ボクだっていずれはウェリアをぎゃふんと言わせられるような立派な領主となってみせるよ」

「う、うん。そう言う意味で言ったんじゃないけど、頑張って!!」


 真実を言う訳にもいかず、俺はひたすらに根性論を前面に押し出して屋敷から逃げ出した。

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