#141 ハァハァハァハァ……
「――と。ちょっとメリー。話を聞いていたかしら?」
「全く聞いてる訳ねぇだろうが。で? 何の話をしてたんだよ」
「貴女に支払う報酬の話をているのよ。取りあえずまとめたから読んで。後、口調が戻ってるわよ」
扉を開ける条件がまさかの一定加重を加えるという事にガチ凹み中の俺は、机に突っ伏したまま身動き一つしていなかった。一応あーとかうーとかうなっていたんで眠ってはいないと判断され、淡々と話が進んでいたらしく、リューリューが1枚の羊皮紙を俺の前に突き出す。口調は気にしてられるほど元気なかったが、指摘されたら仕方ないのゆるゆると体を起こす。
ちなみにこの間。赤と黄色からはずっと殺気を向けられていて、アマゾネスさんからは殺気というよりどこぞの幼女好きと似たような熱気をそれぞれ向けられていたのは承知しているけど、取るに足らない児戯なんで気にも留めてなかった。熱気以外は。
「どれどれ……」
とりあえず中身の確認をしてみると、その内容は大抵が金銭や権力的な物をきちんと外しているので、ちゃんと読むという行為をしてやってはいるが、どうも関心を引くほどの魅力的な報酬と言うにはどれもこれも全くボーダーラインに届いていない。たとえこれらすべてが報酬だと言われても、俺は首を縦には振らない。だって欲しいと思うような物がないんだから。
「ボツ。こんな物じゃあボクの予定をズラすには至らないかな」
「そう……」
そうして再び会議となる。が、もちろんそれだけに注力する訳にはいかない。
俺の報酬担当なのはリューリューとアマゾネスっぽいメラルダさんと、〈純白の薔薇〉で経理的な事をやっているというお団子ヘアのマーグさん。
他の連中は、襲撃の作戦会議をするために別室に。俺がまだ部外者だから聞かせられない話だろうから詳細は知らんけど、ここは伯爵というか貴族に対するレジスタンスみたいな集まりらしい。目的はもちろん伯爵を始めとした貴族連中の根絶らしい。
全員ではないが、メンバーのほとんどはこのスラム街区の出身で、貴族連中には大なり小なり恨みがあるからこの組織に身を置いているらしく、誰も彼もそのためには命が惜しくないと言えるほどの自己犠牲でスラム街区をみすぼらしい格好で徘徊しては貴族の情報を入手するのが、木っ端の役割との事。
ちなみに赤や黄色といったいわゆる幹部クラスの連中になると、冒険者となって腕を上げたり。リューリューのように敵の懐深くまで入り込んでより重要な情報を手に入れたりと危険度が一気に跳ね上がる仕事をこなすらしい。
リューリューはそれをするために伯爵の懐近くまで潜り込んだ結果――失敗。前のアジトは急襲され、その数を半分に減らしながらも、〈呪いの死印〉を刻まれた肉体は伯爵の手足として多くの身内を手にかけたのだとか。そりゃ怒りも溜まるわな。
「ねぇねぇ。あえて聞くのもなんなんだけどさ。この数と戦力で伯爵に勝てるの?」
「一応勝算はあるけど、それをより確実にする為に、こうして交渉しているのでしょう?」
この場には数十人。別の所にはここの半分くらい。非戦闘員も含めると、〈純白の薔薇〉の人員は全部で100ちょいくらい。
対する敵の戦力は、この街の規模を考えて50倍以上くらいかね。
これには、魔物の襲来に対するすべての守りすら迎撃に充てた場合という注釈が付け加えられるので、実際には10~20倍くらいだろうと俺は踏んでいる。
1人頭そのくらいの数を打ち倒す事が出来れば十分に渡り合う事が出来るだろうけど、〈万能感知〉で見た感じでは戦えそうな人間は1割にも満たない。まぁ、これは俺に団栗の背比べの見分けがつかないって理由も1つ。
以上。総合的に判断して、この作戦は俺が居ないと間違いなく失敗する。そう確信できる理由は、ここに騎士団長の狂ったおっさんより強い奴がいないからね。それでなくとも触れれば消し飛ぶからな。普通に反則だよなぁ。
もちろん。再び時間をかけて情報と人を集めれば俺抜きでも革命を成功させられるとは思う。それまで伯爵から逃げおおせられたらの話だけど難しいだろうな。リューリュー達を何のためらいもなくあの爺さんを殺すために自爆させたんだ。ここの情報も既に洩れているのかもしれない。
今のところ集団が近づいてくるような反応はないけど、そうゆっくりもしてらんないだろう。別段困る事じゃないけど、なし崩し的なタダ働きはゴメンなのだ。
「交渉かぁ。一応ボクは欲望には忠実な方だから、今まで行動を共にしている間に答えとなる情報は与えてるつもりなんだけどなぁ。分かってないみたいで残念だよ。そうだったらボクはあっという間に依頼を受けていたのにぃ」
「ならさっさと首を縦に振りなさいよ」
「だが断る! 国から生きる為に手厚い保護がある勇者じゃなくてボクは冒険者だからね。キチンと以来の難度に相応しい報酬を貰わないとお腹空かせて死んじゃうもん」
ここに居る連中の境遇を不幸だとは思うが、それを理由にタダで働くのは違う。いくらスラムで暮らしていようと、人に差し出せるものというのは必ず存在する。それが何なのかは各々変わって来る。アニー達がこの世界の情報だったように、この連中も俺にとってプラスになりえる何かを支払う事が出来なかったら出来なかったで別に未来は変わらないんだけど、リューリューは自分の手で伯爵を殺したがっている。それを確実に実行に移すにはどうしたって俺味方に引き入れなければならない。
現状、勝てる見込みはゼロ。俺がとどめを刺す前に横入りをするのもまず不可能。となればどうしたって支払いをするしかない。
「あのー。こう言うのってどうかと思うんですけどぉ……メリーさんが欲しいと思う物を言ってくれるのが一番手っ取り早いと思うのですが……」
「別にそれでもいいかもだけど、その場合は結構な要求をするけどいい?」
「もう少し考えますです。はい」
おずおずと手を上げながらそう訪ねてきたマーグさんにあくどい笑みを浮かべながら答えてやるとすぐに引っ込んだ。ほのぼのとする感じの家庭的な少女だから見ていてとても和むけど、それはそれなのだ。
「……」
「おねーさん? どうかしたの?」
「いや。なんでも」
なにもない訳ないだろう。さっきから人の事をじーっと眺め続けているんだからな。見ている人間より見られている人間の方が、その動きに対して敏感だ。主に後出しじゃんけんみたいな感じだから、相手がこっちの動きにどれだけ早く反応したところで、見られている側には丸わかりだ。
が、メラルダさんは一切視線を逸らす事無く俺を見つめ続けている。表面上は眉間にしわを寄せて平静を装っているためか、他の連中が若干手を出すなよって感じの視線を送っているが、俺からすればいつ理性を失ってリリィさんみたいに穴という穴から液体を吐き出しつつ頬擦りしてくるんだろうとある意味では一番恐れている。
そんなメラルダさんは、俺が指摘すると面倒臭そうに視線を外し、他の連中も一戦交えるような事にならずに済んでホッと胸を撫で下ろすも、しばらくたてばまたこっちをじーっと見つめて来る。すると再びほかのメンバーが戦々恐々としてしまうのだ。
――――――――――
「ふあ……っ。眠いからそろそろ帰るよ」
俺がこのアジトに訪れて1時間半。報酬の会議が暗礁に乗り上げたのでそろそろ帰らせてもらう事にした。このままここに居ても暇なだけだし、なによりそろそろ眠くなって来た。代り映えのしない話の繰り返しは睡魔を増長させるから困る。
「そう。分かってるとは思うけど」
「大丈夫大丈夫。ここの場所は誰にも言わないって」
「メラルダも、メリーさん相手に変な事しないでね?」
「分かっていさ。アタイも馬鹿じゃない」
って訳で普通に帰ろうとしたんだが、念には念を入れてきちんと脱出路はいくつかあるようで、今回はそのうちの1つを使わせてもらう事にした。そこまでの案内はほんのわずかに理性を失ったメラルダさんが立候補。全員が何か言いたそうにしていたけど、それを殺気交じりの眼光で押し通して俺との短いデート? を勝ち取った。
最後に、一応革命を成功させるための作戦会議をしている部屋によって、一番頭が動くであろうクールビューティーのニールさんにリューリューが死んだ経緯と俺の仮説を伝えると、とても良い情報をありがとうと斜め45度の見事な礼をされた。
後は特に何もする事はないかな。という訳でさっさとこんな場所をお暇させていただきますかねと。
「……」
「……」
そして訪れる沈黙。俺は別に話す用事がある訳じゃないんで普通に無言でいるだけなんだけど、ほんの少しだけ前を歩くメラルダさんは、松明片手に何故か俺の手を引いて歩いている。別に額面通りの子供じゃないんだからと言い放つ事も出来るけど、せっかくのチャンスだし短い時間なんだから黙っていてやろう。




