#140 マジで~?
リューリューのそんな言葉を聞いて、あぁ……やっぱりなぁと思う。
きっとアジトへと続く階段を開けた時点で、ある程度連絡がいくようになっていたんだろう。そうじゃないとあそこまで態勢が整えられた罠や攻撃などがある訳がない。この世界。監視カメラとかがないのだから、俺達の動きを知る為にはどうしたって幾人かの見張りを用意しなくちゃならないというのに、エンカウントしたのは随分と浅い場所――大体で3割以上踏破し終わったくらいのところだ。どう考えたっておかしい。
それに、魔法も黒い針もリューリューにはほとんど飛んで行かなかった。これは俺が一応護衛を兼ねて前方を歩いていたからかもしれないけど、身長差を考えると向かった数が少なすぎたよなぁ。
まぁそんな訳で、何となくリューリューは怪しいと思っていたんだよ。
「到着~っと。どうする? まだ戦う?」
「……」
こっちとしては1回全滅させても構わないんだが、その後にいちいちエリクサーを振りかけて回るのは非常に面倒くさいし、そろそろ帰って明日に備えて寝たいってのもある。出来れば降参してほしい所なんだけど……って次々に武器を捨てて両手を上げ始めた。どうやら諦めてくれたらしいので一安心だが、まだ問いただしたい事は残っているのだよ。
という訳で、かなりの速度で振り返りながら足払いですっ転ばせ、リューリューからマウントを取る。
「さて……これは一体どういう事なのかなぁ? ボクは確か、荒事は好まないって言ったはずだよ。それに随分と情報伝達が行き届いてる。本当に伯爵の所にいた間、連絡出来てなかったの?」
「え、ええと……それは重々承知だったのだけど、そう! 彼等がどうしても貴女の実力が信じられないと言って、私の制止を振り切って勝手に始めた事なのよ! 連絡は私専用の連絡手段があって、それを使って私の姿を確認してもらったからなのよ」
そうなのかい? との意味を込めて後ろを振り返ってみると、大部分の人間が意味不明とばかりに首を貸してげていたが、ほんの数人――この場合はある程度権力をもっている奴だろう連中が苦虫をかみつぶしたような表情で頷き、リューリューがほらほらと言いたそうに明るい顔をしている。
確かにそれを認めはしたが、まぁ? こっちは最初からそれを鵜呑みにするつもりは毛頭ない。あちらも笑顔なのでこちらも満面の笑みを浮かべる。その瞬間。リューリューがビクリと肩を震わせた。どうしてだろう。俺は普通に笑顔を浮かべているだけじゃあないか。
「そうなんだね。ならどうして一切止めようとしなかったのかなぁ? 何度かその機会があったように思えるんだけど、リューリューのそう言った発言を一度も聞かなかった気がするよぉ?」
「そ、それは……止める暇がなくて」
「うんうん」
分かっているよ。その程度の言い訳をする事くらい。でもね――
「ひっ!?」
「あんま調子に乗ると後が怖いよぉ? リューリューみたいに綺麗で可愛い子は好きでも、ボクはボクを一番に考える人間だからさ。いざとなったら女性でも容赦しないからね」
頬をかすめるように拳を振り下ろす。もちろんリューリューが反応出来る速度は優に駆け抜けている。
その威力で地面に蜘蛛の巣みたいなヒビがあっという間に広がり、周囲のお仲間達からもざわめきが起こる。まだ全力じゃないんでそこまで怖がらなくてもいいよ。
でも。リューリューはまだ許さない。俺の問いに対してハッキリとごめんなさいが言えるまで、俺はこの体勢を崩すつもりはないし、どうこうさせるつもりもない。出来るものならやってみろってところだ。
「な、なぁお嬢さん。その辺で勘弁してくれないか?」
「おにーさんは何者だい?」
声に渋々振りかえってみると、この中でも比較的強い部類に入るオーラを纏った敵がおっかなびっくりと言った感じで近づいてきた。く……っ。なんなんだこの割合の多さは! 駄神許すまじ。
「おれは伯爵打倒を掲げる組織〈純白の薔薇〉の隊長をさせてもらってるアルマという者だ。この度は我々の無礼な行いに対して深い謝罪をさせてもらう。本当にすまなかった」
「……本来であればリューリューに頭を下げてほしいけど、先におにーさんが下げたのなら特別に許してあげよう。ただ、迷惑をかけられたんだから少しばかり依頼料に色を付けてもらうからね」
きちんと自分のやった事の重大さを理解させるように言いながらその場から避け、足取り軽く近くの椅子に腰を下ろすと、リューリューは俺はから離れた位置に座り、残りの席にはそれぞれ幹部クラスの人間であろう連中が思い思いに腰を下ろす。
「あー……早速で悪いんだがお嬢さん。死んでしまったウチの連中を生き返らせてもらえないか」
「いいよー。でもね、数人はどうにもならないほど酷い有様なんで、そこのところはその人達の運が悪かったって事で諦めてね」
そう前置いてから木っ端連中に霧吹きエリクサーを数個放り投げると、すぐさま扉を普通に開けて飛んでいった。なるほど。内側からはレバー1つで簡単に開くって訳か。
となると、問題なのは帰って来る時だ。一体どんな方法で開ける事が出来るのか楽しみだ。
「……そうか。いや、こちらが仕掛けたのだから文句は言えんな」
「おにーさん分かってるねぇ。戦いに身を置くなら、そうなる覚悟をもって挑まなければいけないもんねって考えると、死んじゃった人達はおにーさん達にいい教訓を残してくれたと思うよ」
うんうんと頷きながらちらりと他の連中の感情を〈万能感知〉で探ってみると、正面に座っているアルマは特に何も言う事のない平静を保っている。どうやら俺の言葉を額面通り受け止めているようだが、その両隣にテーブルに椅子を投げて座っているガラの悪そうな赤髪の敵と黄色髪のお友達からは隠しようもないほどの怒りのオーラを感じるが、特に気にしない。
問題なのは黄色の方に並ぶように座っているお嬢様方2人だね。
1人は切りそろえたショートカットでいかにも参謀ですよと言わんばかりのクールビューティーさん。耳が尖っているんでエルフかな? 20代ぽく見えるけど実年齢はどうなんだろうね。
もう1人は俺と同じ銀髪だけど、そう言う髪質なのかかなり硬そうだ。ぴょこんと飛び出た獣耳はかなりの萌え要素であるが、その下の顔はまさにアマゾネスと言わんばかりの歴戦の勇士を思わせるほどに凛々しく、露出した腕や足。腹筋も無駄な脂肪は全く見られないというのに、その胸部だけは巨大で柔らかそうだ。こ、呼吸の度に揺れ動くとは……恐るべし!
この2人はともにそれほど悪感情を抱かないでくれた――というか、アマゾネスさんの方はなにやら嬉しそうな感情が混じっているじゃないか。少し嫌な予感がしないでもないが、表面上は平静を装ってくれているので、どこぞの幼女好きと違って自制が効く方なんだろうと信じたい。
「さて。それでは早速なんだが……リューリューの話を聞いた限りだと、お嬢さんは我々の仕事を手伝ってくれる。そう認識して構わないのかな?」
「うんにゃ。まだ依頼に対する支払方法が決まってないから、仮押さえって感じかな?」
アルマの問いに事もなげにけろりとそう答えてやると、赤色の方から盛大な舌打ちが聞こえてきた。俺相手にだったら大した度胸だと褒めてやろうかと思ったけど、視線が合わないから違うんだろう。少し残念に思いながら焼きおにぎりをもぐもぐ。
「おいおいおいおい。どうなってんだリューリュー。依頼も受理してねぇ奴をこんな場所まで案内って何考えてんだテメェ。伯爵に飼われて正常な判断できなくなるほど頭空っぽになったんか?」
「黙りなさい。貴方みたいに戦うしか能の人間と違って、彼女は非常に信頼できるわ。お金だろうと権力だろうと決して己の信念を曲げるような相手ではない」
「なんだそりゃ。テメェはおれが金や権力をチラつかせれば簡単に尻尾を振るとでも言いてぇのか? このおれの伯爵共に対する怒りがニセモンだって言いてぇのか?」
「そう言ったつもりだけど? 詳しく説明しなければ理解できないなんて……本当に救いようのない馬鹿ね。少しは弟のフェーライを見習ったらどうなの」
「あ? テメェこそ、弟のキュエルみてぇにアサシンらしい仕事してみろよ。聞いたぜ? あのクズ伯爵に捕まったのはテメェの間抜けなミスが原因だってな。おかげでこっちにも被害が来てこの有り様だ。一体どっちが〈純白の薔薇〉に大損害を出しやがったんだろうn――」
瞬間。リューリューが抜刀して赤色の喉めがけて一閃を走らせるが、赤色も赤色で高速の一撃に対して金属製の具足で軽々と受け止める。そんな光景を見ながら玄米茶をずぞぞ。はぁ……やはり米にはお茶が一番だねぇ。
「止めないか2人とも! 今は身内で争っている場合ではないだろう!」
「フン」
「チッ」
アルマの怒鳴りに、2人が渋々と言った様子で互いに武器を収める。そんなタイミングで扉に向かってゾロゾロと死んだ連中が近づいて来るのが〈万能感知〉で確認できた。一体どんな開け方が正解だったのか……ワクワクするのと同時に悔しさがあるのも事実。さぁ……貴様の答えを見せてみろ!
「ただいま戻りました~」
へらっとけろっと間抜けな声を出しながら、霧吹きエリクサーを投げ渡してやった男が帰ってきた訳なんだけども、扉は意外なほどあっさりと開いた。
そしてその方法は……見た感じだと大勢の連中が寄り集まり、一定数を越えた途端にアッサリと。それはもう、ようこそアジト最深部へ~と言わんばかりにアッサリとだ。
見た感じで答えるなら、一定加重を加える。と言ったところだろう。
「ないわ~」




