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#137 三十六計逃げるに如かず

「ほへー。ある程度酷いって予想はしてたけど、これはトンデモなく酷い環境だね」

「スラム街区なんだから当然でしょ」


 鼻をつく酷い臭いに、立ち並ぶ建物の屋根は崩れ。壁には穴が開き。上を見上げりゃ、こっちを見下ろすように頑丈そう橋がかかってて、遠くの方では悲鳴のような声と爆発音が時折届けられる。どう考えたってお貴族様どころか人が住むには劣悪極まりない環境だ。

 俺のそんな呟きに対し、リューリューは普通に歩き出すので、文句を言っても方針は変わらないんあろうなぁと、早速こっちの指示に従わない暴挙をした彼女にグチグチと小言をつぶやきながら後に続く。

 そして歩いてすぐに分かった。このスラム街区の現状は、今まで見てきたこの世界の中でも飛びぬけて劣悪な環境であるという事が。

 衣服なんかは当然ズタ袋みたいな粗末な物を着ていれば上等。中には腰巻程度しかつけていない人間もおり、髪はボサボサで伸び放題だし脂でギトギト。腕や足は骨皮筋衛門の如くガリッガリならまだいい方で、中には腕や足が無かったり傷口が膿んでたり蛆が湧いてたりとえげつない事になっている連中なんかもそこそこいて、普通に気が狂いそうになる環境だな。

 当然目は死んでるし、中には生きてるのか死んでるのか分からん状態の奴までいる。

 それでも、一部の――貴族の害が及ばぬような場所にはそこそこ見栄えのする建物や、黒いオーラを纏ってはいるがきちんとした身なりのいわゆる裏世界の住人っぽい連中が幅を利かせてみすぼらしい住人の通行を妨げるが、俺達の様な身なりが整っている人間に関しては特に咎められる事はなかったのだが――


「そこの後ろの小娘。ここらでは見ない顔だな。どこの人間だ?」


 声をかけてきたのは、隻眼短髪で四角い顔には無数の傷が新旧含めて無数に刻まれていて、岩みたいな身体にはミスリル製っぽい胸当て。背にはデカい戦斧(グレートアクス)。纏うオーラは歴戦の勇士と言った感じか。騎士団長のおっさんには敵わないが、悪くないレベルだ。

 そんな相手が声をかけてきた。どう反応していいか悩んでいる間にリューリューが口を開いた。


「常闇の彼方に引っ越してきたのよ」

「……そうか。ならば行け」


 こんな短いやり取りで話は終了。取り巻き連中も俺と同じく不思議そうに首をかしげていたが、斧のおっさんは詳しい説明は何もせずにただ黙して入り口に佇み続ける。

 そしてある程度距離が離れたのを確認して、俺は口を開く。もちろん小声でだ。


「さっきのあれは何だったのかな?」

「合言葉よ。常闇の彼方からっていうのは、裏の世界で暗殺業を生業にしているという意味の隠語なの。アス――メリーの事を説明するのが面倒だったから、私と同じ人間って事に説明したの」

「ふーん。それであのおじさんはボク達が同業者と分かってすぐに手を引いたって訳なんだね」

「そういう事よ。もしあなたが1人でここに来て同じ目にあった時は、命尽きるまでと言っておきなさい。とりあえずは手を引いてくれるはずだから」

「命尽きるまで……ねぇ。覚えておくよ」


 文脈から察するに、恐らくは護衛を生業とする職種なのだろう。まぁ、これだけ超絶美少女であれば、暗殺などと言った目立たない真似は難しいと判断したんだろう。本気を出せばリューリューを超えるスニークを披露する事が出来るのは黙っておこう。

 そんな決意を勝手に心に刻み、その一帯を抜けると途端に光量が減ってグッと暗くなる。それと同時に、住人のレベルもグッと落ちる。前述した人間の密度が増し、中にはむごたらしく穴だらけの死体や炭化した死体なんかが転がっている。いくら命の価値が低いとはいえ、平気でここまで出来るってのはマジで酷いよなぁ。

 リューリューがそれを見るたびに、悔しそうな殺意に満ちた目で一際高い塔の様な建物を睨み付ける。それがきっと伯爵が住む邸宅の数ある一つなんだろう。


「ちょっと止まって」

「ふぎゅっ!? もう少し止め方ってモノがあると思うのだけれど?」

「それは悪いと思うけど、とりあえずそっちは危険だからこっちに」


 確かに少し乱暴ではあったが、俺の〈万能感知〉がこれより先に進むと危険というアラームを発したので、リューリューのウィッグを引っ張って強引に足を止めさせ、すぐに遠ざかるように、そして怪しまれないように右へと逸れた。


「で? 何だっていきなりあんなことをしてくれたのかしら」

「理由はよく分かんないけど、あのまま真っすぐ進んでたら何か良くない事が起こりそうな気がしたんだ。まだ見ぬ強敵か……それとも探知魔法か。よく分かんないけどあっちは駄目だよ」

「探知魔法ですって!? それが本当ならとんでもない所に足を踏み入れる所だったけれど、真偽のほどはどの程度なのかしら?」

「ボクの勘はよく当たるから……10割だね。でも探知魔法かどうかは分かんないよ。あくまでさっきの道を進んでたら危ないって思っただけだから」


 と言ってはいるが、我が〈万能感知〉にかかればそれが探知魔法であるってのは分かり切ってるんだなぁ。

 だがしかし。さしたる証拠もなくそんな事を言っても信頼度が減少するだけだから真偽は黙っておく。あくまで可能性として存在を匂わせ、警戒を呼びかけるだけで慎重になってくれればよし。

 しっかし……〈万能感知〉は少々過保護なきらいがあるな。スキルに感情があるのかどうか知らんけど、度々警告音という過度な反応をする割に、俺的に大した事がなかったのが現状だ。唯一の例外がアンリエットの同類との一戦くらいか。この世界に来て初めての流血事件だからな。印象深いぜ。

 そうと考えれば、今回の警告もさして気に留める程のものではないのかもしれないけど、今はリューリューが同行しているから石橋を叩いて渡るくらいがちょうどいい感じだろう。

 とりあえずその場から離れるとすぐに警告音は消えたので、その危険は動くようなものではない事が分かって一安心と細い路地を抜けるか抜けるほんの一瞬前。目の前を小さな子供が駆け抜けていったのを認識した直後。脇腹に何かがぶつかった。


「なんだ?」


 とりあえず地面にそれであろうものが落ちていたので拾上げてみると、それはかなり真新しい――少なくともこんな場所で見つけるのが場違いなんじゃないかって思えるような鉄の矢だった。


「おい貴様! ボクチンの狩りの邪魔をするとはいい度胸じゃないか!」


 癇に障る声色に眼を向けてみると、そこには複数の騎士や魔法使いと言った大人に囲まれているなかなか性格のひねくれたような顔をしている小太りのガキが、クロスボウ片手にぷんすかと怒りをあらわにしていた。

 身なりも良く、周囲を囲む連中が護衛と考えると、こいつが数ある貴族のどれか1つなんだろう。


「あいつは――オークって事でやっつけちゃっていいんだよね?」

「残念だけどれっきとした人間よ。ブッス男爵の三男のブトーリ。親が裏の勢力――クッズ家に多大な影響力を持っているから、ああやって護衛を雇ってはよくスラムの住人を狩りの名のもとに、上からじゃなくこうして降りて来ては気の向くままに殺しているのよ」


 という事は、寸前に横を通り過ぎたあの子供は殺される寸前だったという訳か。そう思えば、意図した訳じゃないけど今の一撃を受けても良かったかもと思える。まぁ? 小太りを許すわけではないけどな。それにしても、果てしないほどロクでもない名前ばかりがつらつらと並んだもんだ。おじさんビックリ仰天だよ。

 コソコソとそんなやり取りをしていると、我慢の限界を迎えたブトーリがクロスボウを射って来たので軽々と受け止め、それをそのまま足元ギリギリに投げつけたと思ったんだけど、かなり暗かったせいで少し目測を誤って、鏃がほんのわずか靴に刺さっていた。


「ひゃあっ!?」

「貴様ぁ!」


 俺の行動にすぐさま盾となる為に騎士連中が前面に飛び出し、魔法使い達が魔法を放とうとしたので、面倒事に発展間違いなしの連中と争うつもりは毛頭ないから踵を返してさっさと来た道を戻る。


「じゃあね~」


 とりあえずさっきの子供は十分な距離にげてるみたいだし、俺とリューリューがほんの少しだけ本気でスラム街区を駆け抜ければ、鈍重そうな騎士ともやしの魔法使いに追いつかれるなんて愚か極まりない真似をする訳がない。もちろんデヴなんかには未来永劫不可能だ。

 なのっであっさりと追跡を振り切った訳だけども、予想だにしない乱入者のせいで顔を見られてしまった可能性がある。

 スラム街区で明かりをつけて歩くなんて自殺行為。リューリューにそう言われてあったから、懐中電灯はおろかランタンすら手にしないで歩いていたので、あの時光源たり得たものはブトーリの護衛の周囲に浮かんでいた〈光源(ミニライト)〉という魔法以外にはない。

 その魔法は、生活魔法の一種としては少し難易度が高いらしく、一般的には普通の魔法として認識されていて、扱うには一定の才能と継続して照らし続ける為にそこそこのMPが必要になる。手を塞げないダンジョンや深夜帯の狩りには必須の魔法らしい。

 とは言え、光量自体は大した明るさにもならず、大抵の魔法使いはもっと明るい〈広光(リビングライト)〉を使うらしい。なので、あの光量なら少し距離があったので、俺達の出で立ちから冒険者か何かくらいにしか思われていないだろうとの事。

 ちなみにそれまでの移動には、俺は〈万能感知〉で、リューリューは〈夜目〉というスキルを使用しているから何の問題もなく頼りない月明かりの下を歩けていたのだ。


「それに、あの男は今頃護衛の連中に罰を与える事に熱中していてすぐに忘れるでしょう」

「まぁ当然だろうな」


 何しろ貴族の護衛を任されているはずなのに、その凶刃から守る事が出来ないという大失態を侵してしまったのだ。

 たまたま怪我らしい怪我をせずに済んだとはいえ、一歩間違えば生きている価値がないとはいえ貴族がどこぞの美少女冒険者に殺されていたのかもしれないのだ。罰として痛めつけられる程度で済んでくれれば御の字だろう。


「さて……。とりあえず危機は脱したんだからさっさと向かうわよ」

「どこに?」


 そう言えば、今までどこに向かっているのか一切の説明がなかったな。とりあえず安全は確保されているし、なによりその表情には随分と余裕が戻ってきている。今であれば何かしらのレスポンスがあるかも知れないと踏んで問いかけたら、予想通りに口を開いてくれた。

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