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#136 俺の美しさはまさに……罪

「さて聞こうじゃないか。この俺とそこの大男の料理のどっちが美味かったんだ?」

「……よ」

「あんだって? 聞こえないなぁ~」

「アスカの料理よ! 貴女の料理の方がこのお店の物より何倍も美味しかったわよ! こう言えば満足かしら! このクソガキ!!」

「うむうむ大満足だとも♪」


 あれから。スープはこの店にある灰汁だらけの物を綺麗にした後に、ベーコンで旨味を加え、他の野菜で彩や足りない苦みや渋みを加えたモノを出し。

 デザートはこの時間だから新鮮って訳にはいかないけど、十分な鮮度だったんで物珍しいであろう干し果物入りのミルクアイスを作ってやると特に女性陣が大喜びした。

 そんな料理を作ってやった結果。分かり切っている事だが、何の問題もなくパーフェクトゲームを達成した。ふ……弱者を相手に勝ちを誇るなんて俺もまだまだだな。

 まぁとにかくだ。これで別に不味いと言ってはいなかったが、その言葉が真実であるという確かな証明になったのだ。俺がこの事実を言いふらせば、この大男はその通りだと返事をするしかない。出された料理の全てを平らげ、レシピを聞き出すほどなのだから。もちろん有料だが教えてやった。


「しかし何者なんだお前。こんな奇天烈な料理……どこで知った?」

「レナ・ディオールっつー美女にちょっとな。奇天烈と感じるのはレナが異世界人だからだろ。俺も初めて食った時はビックリしたもんだ」

「そいつは今どこにいるんだ!? 異世界から来たって事は勇者なんじゃねぇのか」

「知らんよ。別にゆしゃとか名乗ってなかったし違うんじゃね? それに、あれは1つどころに3日と定住しないらしいからな。今頃は歯ごたえのある相手を求めて魔族を相手に暴れ回ってるんじゃないかね」


 俺の中でレナ・ディオールという人間は、人類の極みに到達した剣の達人である絶世の美女。という設定にしてある。こういう事にしておけば、誰がどれだけ探そうがまず見つけられないし、そもそも人類が足を踏み入れるには命がいくつあっても足りないような場所に好んで突撃する人間を探し出せるのはごく少数。そういう事にしておけば、人類の9割以上は出会いを諦めるから。


「馬鹿言わないで。魔族を単独撃破出来る人間なんてこの世に存在する訳ないでしょ」

「ねーちゃ。あすか、いせかいのにんげんってゆった」

「さすがリリン。栄養がどこにも行ってない残念なお姉ちゃんとは出来が違うねぇ」


 俺の背はリリンより低いが、椅子の上に立つ事でその頭を撫でる事が出来る。

 そう言えば2人が何歳なのか聞いてなかったな。一応霊族って事らしいから、見た目と年齢が合致しない可能性はあるだろうけど、アンリエットに通じるこの幼さは精神的な年齢が同じレベルなのかもしれないな。


「ちょっと貴女! なにリリンの頭を撫でてるのよ!」


 アンジェがひったくるように己のぺったんこな胸に抱きとめて、俺を憎々しく睨み付けて来る。

 その一方で、名残惜しそうにしているリリンに少しだけ目をやってすぐに椅子から降り、爺さんを肩に担ぐ。どうせ自分で歩きはしないのだろうから当然の処置だ。


「じゃあな。また来るかもしれんから、ちゃんとクビになるなよ」


 既に危機は去ったんだ。とりあえず今日はこのまま爺さんをコテージに放り込んで、リューリュー達に簡単な飯を出し、雑用をこなして寝る。この後に控えている今日の予定はこんなもんだ。何も邪魔がなければ。

 時間はまだ22時。寝るにはまだまだ早いような気もするが、とりあえず雑用である伯爵の住まいと魔法や駐在する騎士の動きなんかを確認しに行く事を考えると、少し急ぎたい。


 ――――――――――


「さて。本当についてくるつもりなのか?」

「ええ。アスカに貸してもらったこのういっぐとからこんなんて物で変装してるから、連中に気付かれる事なく案内できると思うわ」


 あれからコテージに戻った俺は、爺さんを2人とはの別の部屋に押し込んで、2人に飯を食わせる為に足を踏み入れ、二言三言会話を交わした後に部屋を出て行こうとした俺の予定をリューリューが聞いてきたので素直に答えると、何を思ったのかついて来ると言い出した。

 最初は、復讐にしか頭が回っていないだろうからと断固として反対した。

 今回はただの偵察であって、誰かを殺したり見張りに察知されたりと言った無益な騒動は起こしたくないので、感情を優先させるような心境のリューリューを連れて行けば、ほぼ確実に気付かれる。何しろ相手は騎士団長クラスなのだから。気付くよな?

 そんな訳なんで、懇切丁寧に説明して大人しく待っていろと言ったにもかかわらず、その意志は固く全く折れる事がなかったんで、俺の指示に絶対に従う事を条件に、変装まで施して渋々受け入れた。

 なので今のリューリューは、真っ黒なお尻まで伸びたストレートのカツラに、瑪瑙のような色のカラコンをつけ、そばかすメイクを施せばあら不思議。少し野暮ったい日本女性の出来上がりだ。これならパッと見ただけじゃあ気付かれないだろう。


「まぁいいけどさ。とりあえずスラム街区の調査を始めるとしようかね」

「分かったわ。それじゃあ私について来て」


 そういうとすぐに角を曲がって少しさびれた裏通りに踏み込む。最短距離を突き進むのであれば、産業区と観光区という土産物屋や冒険者・商人の両ギルドもここに建てられており、多くの旅人は大抵ここを拠点に、色街のある歓楽区や図書館等の蔵書が集められた書庫区などに足を延ばす。

 そんな2つの区を分断するように縦に延びているのが大通りで、ここを北に真っすぐ向かえば貴族区にはたどり着き、そこを突破すればスラム街区だというのに、リューリューは観光区を横に抜けるように脇道に逸れてから北上し始める。


「抜け道か?」

「まぁそんな所。本来なら秘密なんだけど、貴女なら教えてもいいかなって」

「随分と過大な評価を貰ったもんだ。それなら俺も変装して行動するかね」

「ならどこか身を隠せる場所に――」

「そういうのはいい。歩きながらやるから、兵士とかに見つからないように案内してくれればいい」


 別に裸を見られた程度で狼狽えたりしない。傍から見れば超絶美少女だとしても、中身は34のおっさんなわけで、猥褻物陳列罪としてしょっ引かれる様な事にならなければ、その辺の下衆な男に下着姿を見られても何ら問題はない――訳じゃないけど、物事には優先順位ってのがある。今はそれが低いってだけだ。

 なので、あっさりと服を脱ぎ捨てて〈収納宮殿〉に仕舞い、代わりに動きやすいドレスと防具一式。カツラやカラコンを装着してメリーになりすますまでおよそ3分。さすがに化粧までは出来なかったんで完璧とはいかないが、まぁアスカという人物を知ってる人間が少ないんだからこれでも問題はないだろ。

 後は、レナん時みたいに自分と言う存在を偽る必要がある。

 アスカはまんま俺そのもの。

 レナは妖艶で男を手玉に取る――いわゆる不〇子的な感じ。

 となると、メリーはどうすっぺか。

 被るって理由から上の2つは却下。となると冒険者っぽい感じ……元気なボクっ娘でいっか。


「……貴女、もう少し女性として自分という物を知った方がいいんじゃないの?」

「? この超絶美少女ぶりに何の問題があるというんだ。それよりもここからはメリーと呼んでくれるとボクは嬉しいかな」


 笑みを浮かべれば誰もは頬を赤く染め。

 男であればその獣欲を大いに刺激し。

 下衆はその正体が猛毒とも知らずに吸い寄せられ、命を散らす。

 この俺が30分(実際には2時間以上だが本人は知らない)もの時間をかけて作り上げたアスカという肉体を知らない訳がない。リューリューは一体何を言っているんだろうな。


「もういいわ。とりあえず急ぐわよ」

「よーし。頑張るぞぉ!」


 首を傾げる俺に対し、リューリューは呆れたようなため息をつきながら速度を上げ、俺もそれについて行く。

 観光区はシュエイの中でも一番力を入れているのか、その広さは区の中で最大。大通りでなくとも沢山の店が軒を連ね、こんな時間にもかかわらず、決して少なくない冒険者や商人の姿も確認できる。そして……俺が何のためらいもなく天下の往来で下着姿になって着替えていたのを見て後を追いかけて来るような馬鹿の姿も。

 リューリューもその事には気づいているようで、横目で貴女があんな場所で服を脱ぐからと言っているような目を向けたが無視をする。何度も言うが、物事には優先順位がある。誰だって殺されるより裸を見せる方が何倍もマシなはずだ。俺の場合は違うけど。

 そうして角を曲がり、追いすがって来た馬鹿な連中をコッソリ始末。面倒なので連中はそのままにして先に進む。

 時には知り合いらしい店の中を突っ切ったり、時には井戸の中ほどに作ったらしい隠し通路などを潜り抜け、ようやくたどり着いたその場所は、まさにスラム街区であると一発で分かるほどの悪臭と廃墟みたいな建物が並んでいた。

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