#135 ASUKA’sキッチン3 ~そして伝説へ~
「おいお嬢ちゃん。おいらの耳がおかしくなってなければ、今、おいらの料理が不味いって言わなかったか?」
テーブルを叩き、眉間に大量のしわを刻み込みながら睨み付けて来る大男は、本当にインキュバスなのだろうか。
体格はどう考えたって人の領分を超越してるけど、耳は頭ではなくこめかみ辺りについているけどとんがっている訳でもない。
まぁそもそもインキュバスってのの特徴を知ってる訳じゃないんだけども、はたから見ても女性を魅了できるような外見はしていない。かといって性格がよさそうって訳でもない。こんなちゃちな文句で頭に血を上らせるような短気なんだからな。
逆におばちゃんの方は昔綺麗だったんだろうなぁって面影はちゃんと残ってるし、年齢を考えれば十分に魅力的な女性だ。さすがサキュバス。
「誰も不味いとは言っていない。まぁまぁだと言ったんだ。別に残したりしないし料金もちゃんと払うんだから文句はないだろ」
「それは同じ意味だろうが!」
そう告げながら淡々と灰汁の浮いたスープを胃に流し込む。これでもうひと手間かけてくれたのなら、立派な料理として褒められるんだけど、一体全体どうしてそこに気付かないのか。本当に料理人なのかね?
「ふぅ……まぁお前がマズイと言って欲しいなら言ってやる。ここに並んだ料理5品の全てが不味い。こんな料理で客から金を取ろうなんて考えていたら、この店はそう遠くないうちにつぶれるんじゃないのか?」
「ちょっとアスカ! それはいくら何でも言いすぎじゃない。クルージさんは腕利きの料理人なのよ!?」
「なんだよ。素直な感想が欲しかったんだろうから素直に言ってやっただけだろ。それで文句を言うのはおかど違いだ。ってかこの程度で腕利き? 客商売舐めてるとしか言えねぇっての」
この世界の料理人は料理を舐めすぎだ。
確かに調味料理は質が悪く高価だから量が揃えられないとしても、食材の下処理に灰汁取りなどと言った雑味を取り除く方法は程度の低いこの世界でも十分に行えるというのに、まるで手を加える様子がない。これはもはや罪と言っていいほどだろう。
「いいかたあるおもう。あすかしんらつ」
「なんと言われようと撤回するつもりはない。さて……食べ終わったんでお会計だ。おつりは取っておいてくれ」
なんて一度は言ってみたかった台詞を言いながら金貨を1枚。テーブルの上に置いて颯爽と立ち去りたかったけど、こんなやり取りをしていても我関せずと写真集から目を話そうともしない爺さんの襟首を掴んで、無様だけどさっさと立ち去ろうとしたんだが大男は納得いかないのか遮るように立ちはだかる。
「待て! そこまでおいらの料理を不味いと言えるんであれば、お前はおいら以上の料理を作れるんだな?」
「当然だろ。そうじゃなきゃ文句なんて言える訳がない」
ま。圧倒的な素材の数と知識に加えて〈料理〉という絶対スキルを持っているんだ。本気を出せばこの世界で他の追随を許さないレベルの出来栄えにする事など容易だ。常時は面倒なんで一流コック並に性能を落としているけどな。
「ならその証拠を見せてみろ」
「面倒だから嫌だ――と思ったが受けてやる。さっさと厨房に向かうぞ」
今日は作ったりしたくないからわざわざこっちの世界の店での食事にしたんだ。それなのに何だって労働しなくちゃいけないと、頑として受け入れるつもりはなかったんだが、〈万能感知〉にこっちに近づく怪しい反応が侵入してきたんで、適当な理由をつけて慌てて店の奥に身を隠した。
大男やアンジェ達は俺のそんな動きになんだなんだと少し不安がったけど、事情を話す訳にもいかないんで、この爺さんがちょっと危ない人間の女に手を出して追われていると説明しておいた。グラビアアイドルの水着写真をバカみたいな顔で眺めている姿を見れば説得力は抜群だろう。
結局。相手がこっちを見つけるよりはるか先に身を隠したおかげもあって事なきを得た。今ここで爺さんが生きていると知られると、リューリューとかに色々と迷惑がかかる可能性があるからな。
ってな訳で料理を作る羽目になった訳だけど、まずはハンバーグから見せつけてやるか。
「食材の差だとか言われるとムカつくんでな。ここにある材料と調理器具でやってやるよ。さすがに包丁は自前を使うがな。その位構わんだろう?」
「別に構わねぇよ」
許可も得たんで早速開始だ。
まずは材料の調達。大男に食材の元へと案内させ、肉と玉ねぎとパンにミルクを入手し、一度厨房に戻って作業を開始。すでに何度も作っているので一連の流れに淀みはない。パパッとハンバーグが完成。
俺の技術がどれだけ優れているのかを分からせるためには一皿でも十分なんだろうけど、アンジェ達が調理中ずっと食べたそうにしていたんで仕方なく二皿にした。
「ほら。まずはこれを食え」
「フン。見た目も何も違いがないじゃないか。この程度でよく大口を――熱っ!?」
文句を言いながら一口でハンバーグが呑み込まれた。あぁ……そんなに一気に喰らい付くから、中に閉じ込めておいた肉汁が一気に舌の上に広がって火傷するんだよ。油断大敵だ。注意一秒怪我一生。まさにだな。
「どうだアンジェ。そこで火傷してる馬鹿な男と俺の作った料理。どっちが美味い?」
嫌味たらしくそう尋ねてみると、働かせてもらっている手前こっちが美味いと宣言する事を躊躇っているんだろう。そうやって悩んでいる時点ですでに答えは決まっているような物なんだが、悩んだ末に何を言い出すのかは手に取るように理解できるんでさっさと次の準備に取り掛かるか。
「い、一品程度じゃまだ分からないわね。どうせなら5品作ってその総評で決めてあげるわ」
予想通りの事を平然と、それも平たい胸を張りながら宣言したところで口元に食べかすをつけてるようじゃ、まだまだサキュバスとしての道は遠いな。
「なら次は魚料理――と行きたいが少し時間がいるんでサラダで行くか」
一応塩漬けされていたから品質は問題ないけど、さすがにこのまま食うのは塩辛すぎるんで、水道をひねって水を出そうとするもうんともすんとも言わない。何か細工をしやがったのかと大男を睨んでみると、アンジェが呆れたようにため息一つで説明してくれた。
「何してんのよ。魔力流さないと水が出る訳ないでしょ」
「なるほど」
どうやらこれも魔道具の一種らしいが、造り自体はよく見ればパイプに魔石を埋め込み、そこに手を触れて魔力を流すだけで水が流れ出す簡単な物で、その中でもこれは最もポピュラーな物として、このシュエイの中でと前置きをつければそこそこの家庭に普及しているとの事。
とはいえ、この世界で金属製品はそれなりに高価だ。これでも銀貨20枚はするらしいとの事。
そんな水道に魔力を流してみると、まるで水道管がぶっ壊れたんじゃないかって勢いで水が噴き出したので慌てて手を離した。というか大男に突き飛ばされた。
「ちょ!? 何て量の魔力流してんだよ! 魔石が切れちまうだろうが!」
「スマンが加減が分からん。魚の塩を抜きたいのでしばらく流しっぱなしにしといてくれ」
「ふざけるな! そんな大量に使ったら魔石が――」
「だったらこれを使え。余ったらくれてやる」
取り出したのは当然。〈万物創造〉で造り出した物であるのでまがい物と言えばまがい物なんだけど、アニー達からすると普通の魔物から取れる物より純度が高いからあまり表に出すなと言われていたが、この魚を塩辛いまま使うのは味にモロに影響するから妥協しない。
「なんだこりゃ。凄い純度じゃないか……」
「きれい……」
「一体どんな魔物を倒せばこんな魔石が手に入るのよ」
「おい。見てないでさっさと水を流せ。邪魔をするなら俺の勝ちにするぞ」
「むぐ……っ!? ふん! 分かってるよ!」
乱暴だがきちんと魔石を入れ替え、大男がボウルに入れた魚に水を流し続ける。もちろん俺がいいというまでやっとけと念は押してあるので問題はないだろうという所で、ほうれん草とベーコンの温玉サラダが完成。
「次の料理だ。これは好みで削ったチーズをかけたり。黒コショウをかけたり。真ん中の卵を絡ませて食うとまたうまいぞ。火を通しても美味い野菜を使っているからな」
簡単な説明をしてから、粉チーズと黒コショウを置く。この店にもきちんとその2つは置いてあるので違反とはならないだろう。勿体ないと思えばかけなきゃいい。そうしなくても十二分に美味いのだから。
「む……う!?」
「これは……ま、まぁまぁね」
「おいしい」
反応は様々だが、不味いと言う反応は見られない。という訳で次は魚料理だ。
程よく塩気の抜けた魚をほぐし、蒸かしてマッシュしておいたジャガイモと混ぜ合わせ、食糧庫の隅で硬くなっていたパンをおろし金で細かくした物をたっぷりとつけてから油で優雅に躍らせればあら不思議。魚のコロッケの完成だ。ソースはマキマトを潰して塩胡椒で味を調えたなんちゃってケチャップとチーズをのせて軽く火で炙ればそこそこ食えるだろう。
「ほら。魚料理だ」
「初めて見る料理ね。美味しいんでしょうね?」
「誰に物言ってんだ。俺が作る料理がへぼコックのより不味い訳がないだろうが」
「頂きます」
1人1個の魚コロッケにかぶりついた4人は、ただただ無言であっという間に食べきった。




