#129 敵から話を聞くなら身体に聞け
「うーむ。やはり今日一番の盛り上がりを見せたのは、お嬢ちゃんの一戦じゃったな」
「当然だ。そうなるように俺なりに努力したからな」
現在夕方20時。てっきり夜遅くまで営業しているのかとも思ったが、さすがに奴隷と言えど疲れて精彩を欠いた戦いは見ていて面白くないとの事なので、奴隷の数にもよるらしいのだが今だと8時~20時までが営業時間らしい。
その中でも爺さんの言う通り、俺が乱入した試合が一番盛り上がりを見せて、闘技場を後にする際には受付や売店にまであいつは何者なんだ? とか次の試合はいつ出るんだ! などと言った質問が飛び交うも、あれは俺が勝手にやった事なので知る由もない従業員には悪いと思った(綺麗で可愛い女性にだけだよ)けど、何度も何度も顔を出すのは正直滅茶苦茶面倒くさいので、知らんぷりをした。
「しかし……お嬢ちゃんは一体どこで古典式のぷろれすを知ったんじゃ?」
「知り合いからだ。何でも異世界からやって来たなんてバカみたいなことを言っていたんだが、このくらいの板切れ――ノートパソコンとかいうやつを取り出して色々な映像を見せてくれてな。その中にプロレスってのがあったんだよ」
我ながら馬鹿な説明っぽく聞こえる気がするが、まぁこの爺さんは武王が異世界からやって来たって情報は知ってるみたいだし、このくらいの作り話でもそれなりの信憑性は持たせる事が出来たと思う。何せご都合主義の異世界だからな。
「ほぉほぉ。お嬢ちゃんも異世界の人間と会ったのか」
「ああ。そりゃあもう綺麗でスタイルも良くて強くてな。本来は別の国に行こうとしてたんだけど、お近づきになりたいからとしばらく一緒に旅してたらドラゴンの巣を壊滅させる手伝いをする羽目になって大変だったなぁ」
「そりゃあ大変じゃったのぉ。しかし、異世界の人間と旅を共にできるお嬢ちゃんもなかなかの強者なんじゃろうな」
「つーかそんな事より報酬だよ報酬。綺麗で可愛い女性と酒を飲んで楽しめる場所に早く案内しろ」
俺はその為だけにあんな面倒な事をしてやったんだ。まぁ……リエナのふよふよぽよんぽよんな感触は嬉しい誤算だったけど、さすがにあれだけじゃあ報酬としては釣り……あ、合わないからな!? うん。そういう事にしておかないと連れて行ってもらえないからな……にへ。
「なんちゅう締まりのない顔をしとるんじゃ。小娘のくせに女好きとはのぉ」
「そう言う爺さんは違うのかよ」
「いんや。わしも若くてきれいな女子は大好きじゃよ♪ お嬢ちゃんは幼すぎじゃがな」
「分かってねぇなぁ。このくらいの年齢でも、将来大きくなった時の事を考えて知り合いになっておくのが当然の礼儀だろうが。そこまで考えが至らないなんて、爺さんの女性好きもたかが知れるな」
「なんと!? ううむ……確かに。幼き頃より己を好いてくれるように事を運ぶとは……なんという娘っ子じゃ。その歳で考えつくものではないぞ?」
「ククク……それは俺の方が爺さんより女子好きレベルが高いだけだ」
かと言って、リア充ではなく引きこもりオタであった俺も決してレベルが高いとは言えない。
それでも、日々同人誌やエロゲ―なんかを目の当たりにして来た俺だ。この世界の人間とは発想が違うのさぁ。
「何を言うか! 半分も生きとらん小娘がわしの女好きレベルの高さに勝てる訳がなかろう」
「俺は短くとも濃密なんだよ。ってかその店はいつんなったら着くんだコラ」
闘技場を出てさらに20分。何故か産業区に足を踏み入れたかと思えば突然裏路地に飛び込んで、あっちに行ったりこっちに行ったりと適当に進んでいるかと思えば、もう一度最初から同じ道を歩いたりと、なにがしたのかさっぱり分からんので、突然にボケてしまったのかと疑いたくなる。
「な、なんじゃその目は……今から行く店は少々込み入った場所での。あまり人に知られるのは困るんじゃ。これはお嬢ちゃんに店の正確な位置を知られぬようにしつつ、追っ手を撒く必要があるからじゃ」
慌てて説明をする姿は何とも胡散臭いが、〈万能感知〉を見ると確かに一定距離をついて来る反応が3つ程確認できる。実力のほどは、爺さんにバレるくらいなら俺が勝てない道理はないだろう。
「狙われる理由でもあるのか?」
「まぁ心当たりはあるが、それをお嬢ちゃんに話す義理はないじゃろ?」
「それもそうだが、いつまでもこんな事を続けられると女性とのふれあいの時間が減るだろう? そこで提案なんだが、後ろの連中を何とかしたらさっさと店に行くと約束するか?」
「さすが伝道師。気付いておったか」
「それでどうするんだ? 任せてもらえれば5分かからずに始末してやるぞ」
あの程度の3人相手に5分ってのは使いすぎな気もするけど、まぁその辺は少し多めに見積もった方が不意の横やりに対しても余裕を持って対応できる。俺の女性との語らいを邪魔すのであれば、生死に関して手心を加えるつもりはない。もちろん女性であればある程度は別だ。
「ええんか? さすがにこの歳にもなるとロクに動けんでのぉ」
「じゃあちょっくら行ってくるわ」
爺さんに遅れて角を曲がると同時に、全員に向かって石を投げつけてみた。不意打ちをしたかったんで建物を貫通する位の威力で投げてみたが、3人中1人が避ける素振りもなく直撃。反応が消えたって事はまぁ即死だろう。
他の2人は即死こそしなかったものの、1人は肩を。もう1人は腕を一本貫かれたようだというのを確認してから、悠々と姿を現す。
「っ!?」
「はいはい。ちょっとごめんよ」
俺が突然現れた事に大層驚いたのは、全身を銀色の服で身を包んだ忍者っぽい出で立ちの何者かで、そのうちの偶々近くに居た腕を肘から失くしていた奴の頭巾を、逃げるより先にあっさり剥ぎ取ってみた。
「なっ!?」
「おほぉ……こりゃまたなかなかの別嬪さんで」
頭巾の下から現れたその顔立ちは、夕日でオレンジに染まった銀のゆるふわショートボブで、右目は隠れているけど左は綺麗なスカイブルー。大量出血しているせいで顔色はかなり悪いけど、造りは完全に美人の部類に入る。ちなみに綺麗系統だ。
「っせえやああああああ!」
「この声……とおうっ!」
「あっ!?」
背後から不意打ちをして来た可愛い少女(声で確信)の攻撃を避けながらこっちのフードも奪い取ると、そこから現れたのは腕を失った少女とうり二つな少女の顔だった。ほらやっぱり。俺の勘は間違っていなかったわけだな。ふふふのふ。
違いがあるとすれば、最初の少女は右を隠しているのに対し、こっちの少女は左を隠しているし、瞳の色も1人目はスカイブルーだけどこっちの方はクリアイエローだ。
ちなみに最後の1人は頭がなくともその身体つきをちらっと見ただけでも分かる程ガッツリ男だったので割愛する。
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「逃げようなんて思うなよ。なんだって俺を――いや、この爺さんを尾行してたんだ?」
そもそも、おびただしい量の血を流しながらの逃亡なんて出来る訳がない。出来るのは死をも厭わぬ特攻で味方を逃がすという選択肢だろうが、それはすでに完膚なきまでに撃ち破り、現在の2人はエリクサーで怪我を治療した後、後ろ手に拘束して動けないようにしてから、肩に担いで戻って来たのだ。この間大体3分。
「確かに何とかしてくれと頼みはしたが、こうも簡単に片が付くとはのぉ」
「まだだ。こいつらの目的を聞いていない。それが終わらない限りはさすがに解放できないだろ?」
「それはそうじゃが……」
目的を聞き。
依頼主を聞き。
住処を聞き。
本人に尋ね。
意に沿えば解放。
沿わなければ抹消。
少なくとも、平和に楽しむためにはこれだけの手順が必要になるだろう。これはそのために必要な第一歩である。
「という訳だ。酷い目に合いたくなければさっさと爺さんをつけた目的。それを指示した人間。そいつの居場所をさらさらっと吐いてくれりゃあ、大人しく帰してやるぞ?」
「……」
「あくまで黙秘権を行使するという訳か……それなら仕方ない。喋りたくなるようにするだけだ」
口を閉ざす相手に使うのは、もちろん自白ざ――げふんげふん。女性相手にさすがにそう言うのは使いたくない、という訳で取りい出したるはさっきの男の死体。これで俺が始める拷問のデモンストレーション役となってもらおうかね。




