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#127 我慢の限界……っ!

『な、なんという事でしょうか……しょ、勝者・リリティアナ!』


 実況の宣言と同時に、会場から割れんばかりの歓声が沸き上がる。

 ちなみに名前が違うのを後で金爵に聞いたところ、ゴミ勇者に生きているという事を知られないようにするためだと聞かされた。あの馬鹿がそこまで手を尽くすような真似をするように思えないが、念には念を入れるのは悪くない。

 という訳で本筋に戻ろうかね。

 あれからあっという間に奴隷達を叩きのめして金爵との一騎打ちになると、それはそれは凄まじい乱打戦になったが、身体能力では始祖とやらの血を色濃く発現したリエナに軍配が上がるも、年齢を重ねる事でしか得られない数多の敵と対峙してきた経験と技術は金爵に軍配が上がる。

 その勝負。最初の頃は金爵がその技術と経験を生かしてリエナを子供をあしらうように投げ飛ばしていたが、20分もした頃だったかね。突然にリエナが優勢に立ち始めた。

 恐らく金爵の技術をものにしたのか対処できるようになったのかは知らんが、とんでもない速度だったな。それも始祖の血の影響なのかね。

 なので、30分に及ぶ大熱戦はリエナの勝利で幕を閉じた――かに思えたんだけど、さっきからずーっとこっちを見てるんだよなぁ。有無を言わさず飛びかかって来ないのは奴隷の首輪の効果なんだと信じたいが、ああもじっと睨まれ続けていると、それに気づいた隣の爺さんが茶々を入れて来る。


「お嬢ちゃんを見とるぞ。出て行ったらどうじゃ?」

「なんで俺が出て行かにゃならんのだ。ジジイを見てっかもしんねぇだろうが」

「いんやお前さんに決まっとるじゃろう。お嬢ちゃんが騎士団長の1人を事もなげにあしらった挙句に軽々と倒したから、あの奴隷もその実力を見てみたいんじゃよ。当然わしもじゃがな」

「……随分と耳が早いな。誰に聞いたんだ?」

「それは秘密じゃ。それよりもどうなんじゃ? お嬢ちゃんの力を、冥途の土産としてこの老い先短いわしに見せてはくれんか?」

「報酬次第だな。俺はタダ働きが大嫌いでね。苦労に見合うだけの報酬を寄越すなら特別にその提案を受けてやってもいいぞ」


 どのみち今日と明日は羽を伸ばそうとしていたんだ。ここで疲労困憊になるまでつき合わされたりするのは非常に勘弁願いたい訳で、生半可な報酬では首を縦に振るつもりはない。


「報酬のぉ……」

「ちなみに金も権力も邪魔なんで必要ない。さて、そんな俺に、爺さんは何を寄越してくれるんだ?」


 ホントかどうか知らんけど、一応金爵を鍛え上げたというほどの実力者らしいので、実力行使なんて手段を講じてこようとすれば〈万能感知〉で察知できるし、それを見てから避けるなり防御するなりすればいい。リエナの動きを余す事無く見て反応できる程度の余裕があるのであれば、きっと何とかなるだろう。


「ううーむ。騎士団長を手玉にとれるほどであるなら、わしがお嬢ちゃんに戦闘の手ほどきと言うのは必要ないしのぉ」

「んなのを報酬にするつもりなら速攻で帰るぞ」

「分かっとるわい」


 うんうんうなっている間にも、リエナが俺を睨み付けながらこっちに近づいてきた。といっても、首輪の効果かリンクの外より出てこようとはしなかったけど、なんとこっちに向かって手招きをして来た。

 そんな事をすれば自然と観客の注目がこっちに向くようになる。仕方ない……アスカとして目立ちたくもないんで、ここはいっちょプロレスの初歩とやらを見せてやるとしますかね。


「あとでキレイどころと酒が飲める店に案内しろ。それが報酬だ」


 一方的に報酬の要求を出して飛び出す。空中でクルリクルリと回転しながら、女性なんでワンピース水着みたいな衣装にクジャクの羽が豪華なヴェネチアンマスクを装着。これで、万が一にも俺という存在がいなくなったと分かっても、それとこれを結び付けられる人間は周囲に居たほんの十数名。この規模の街で考えると少ない方だろう。

 そして、リンクの上に着地するのと同時にリエナを指さし、観客にも聞こえるように〈収納宮殿〉から取り出したマイクで語り掛ける。


『貴様がチャンピオンだと? このワタシを倒さずにそれを名乗るなど千年早いっ!』

『おおーっと!? 突然の乱入者だ! しかもチャンピオンに対して何たる挑発! いったい彼女は何者なんだああああああっ!』


 お? あの実況は案外ノリがいいな。ちょうどいいからこのまま乗っかっていくとするか。


『ハーッハッハッハ! 我が名はスーパーストロングメアリー。プロレスの伝道師だ!』


 マイクを天高く放り投げて視線をそっちに向けている間に、〈万物創造〉と〈収納宮殿〉でリンクの上にテレビ中継で見た事があるプロレスリンクを出現させると、ほとんどの人間が様変わりしたリンクに騒然としていたが、ちょうど視界の先にマニアックな連中がいて、かなり驚きつつも興奮した様子を見せている。


『なんという事だああああああっ! あれは武王さまが亡くなってから再現不可能と言われていた特設リンクではないでしょうか!?』

『確かに似とるが、どこまで再現されておるのかじゃ。わしや古典式を知っておる連中を納得させる事が出来るか期待しようではないか』


 ぅおいそこのジジイ。なにいつの間にか実況の隣を陣取って混ざってんだよ。というか実況も何で注意とかしたりしないで仲良く歓談してんだよ。取りあえずゴングを渡して置くんで、必要な時は鳴らしてもらおうかね。

 リンクも完成し、後は始めるだけだが、もちろん必要な事があるので実況に紙を2枚とひっくり返した砂時計を渡して一度入場口へと引っ込むと、当然のように会場からブーイングの嵐が吹き荒れたが、実況が選手紹介をする旨を必死に説明してようやく落ち着いた。


『ごほん。それでは……まずはチャンピオン・リリティアナの入場です』


 実況の言葉に促され、入場口からのそのそとした足取りでリエナが現れ、鬱陶しそうにロープを手刀で斬ろうとしたので眼力で止めろと指示すると、ひょいと飛び越えてリングイン。まぁ……準備も何もしていないからいたって普通だが、こっちはそうはいかない。なにせプロレスの伝道師と名乗ってしまったんだからな。


『では続いて、自称チャンピオン・スーパーストロングメアリーの入場です』

「っし。それじゃあ始めるとしますかね」


 当然すぐには入場しない。まずは入場曲をかけなければいけないんで、まずはリンクの外に魔道具にまで品質を引き上げたスピーカーを放り投げる。

 続いて取り出したるは、こちらも魔道具にまでしたプレーヤーにCDを入れて再生。その際に魔力でさっき放り投げたスピーカーと接続する事を忘れない。

 すぐに曲がかかり、爆音を響かせる最中。スモークマシンを数台創造して全力で起動させるとすぐに近くの観客たちがざわつき始めるのと同時に、ゆっくりと姿を現す。本当はもう少しじらしたかったんだけど、さすがに火事か!? なんて言われちゃすぐに出て行って違うよとアピールするしかない。


『……君達にはがっかりだ。彼女は言った。プロレスとは神聖な競技である。それを穢し、あまつさえ観衆の前で披露するなど侮辱以外の何物でもないと。

 彼女は言った。私は神である武王の使いとして、プロレスを穢す貴様等に天誅を下すと。今宵……スーパーストロングメアリーの怒りは眼前の少女に向けられた。果たして生き残る事が出来るのかぁ!』


 うんうん。これが果たして正解かどうかは知らないけど、事前に渡した紙の通りに吼えてくれて助かるよ。これで十分に観客のボルテージは更に一段上がり、リエナと同じようにロープを飛び越えてリングイン。一応王女の風格的な物が出るようにつけていたマントや王冠を仰々しく放り投げると、その下に来ていたシャツが白日の下にさらされる。


 ――偽りの王女。


 この世界の言葉でそう書かれた文字に、リエナの何ともだらしない寝顔がプリントされたそれを、俺は勢いよく引き裂いた。当然ながら観客を沸かせるためにアピールだ。プロレスってのは魅せてナンボの商売だ。俺はとことん悪役(ヒール)として振る舞う予定だ。


『なんという事だああっ! 闘技場のチャンピオンとなったリリティアナを偽りと罵るだけでなく、あの服のようにお前をボロボロにしてやるとアピールしているようです。これはチャンピオンの心境も穏やかではないでしょうね』

『その通りじゃ。あまり表情が変わらんから分からんだろうが、纏う闘気の強さがひしひしと伝わってきよるわい。ありゃ相当に怒っとるじゃろう』


 実況と解説の爺さんの言葉に、一部からはブーイングが。一部からは歓声が沸き上がる。うんうん。やはりこういう感じの盛り上がりがないと面白くないよな。

 そうして意気揚々とリエナの眼前まで歩み寄り、さらなる挑発としてノーガード。おまけに仕掛けて来いよと言わんばかりに頬を軽くぺシぺシとすると、我慢の限界だったんだろう。まだゴングも鳴らされていないのに、リエナが渾身のアッパーで俺の顎をかち上げた。

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