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#126 野郎……やりやがったな!

「いやいや駄目だろ! プロレスに武器持ち込むて何考えてんだよ!」


 俺として至極真っ当な意見を述べたはずだけども、隣の爺さんを始め、周囲に居たほとんどの連中が何言ってんだこいつみたいな目をしながら睨んだり哀れんだりと言った反応を見せる。


「お嬢ちゃん。ぷろれすを知らんのじゃなかったのか?」

「詳しくは知らんが、武器がナシってのは良く知ってる。こんなの常識だろ」


 悪役レスラーがズボンにフォークを仕込んでいたりしているのを見た記憶はあるけど、あれは昭和の時代という事もあったし、平成のプロレスを知っている訳じゃないとはいえ、それが駄目なのは詳しくない俺でも一目瞭然だ。隠す気すらねぇじゃねぇか。


「あぁ……もしかしてお嬢ちゃんは古典式の事を言っておるのか?」

「古典式? なんだそれ」


 俺が首をかしげると、周囲の男連中の顔が若干赤くなりながらもなぁんだそうだったのかと興味を失ったのか、選手紹介をしているレフェリーへと向き直ってしまったが、爺さんは丁寧に説明してくれた。


「武王さまは徒手空拳の達人でな。あらゆる魔物や魔獣をその拳で殴り殺して築き上げた莫大な富でこの闘技場をお創りになり、プロレスなる新たな格闘技を広めなさった。その時のルールに攻撃を避けるべからずというのがあったんじゃが、その頃は武王さまも御健在で、万を超える挑戦者と対峙し、その全てをなぎ倒してきた訳なんじゃが……いかんせん強すぎてのぉ」

「あぁ……」


 なるほど。つまりはその武王ってのが強すぎて、一発でも直撃すれば簡単に沈んじまうのか。それだと、いくらプロレスに受けの美学という物があろうとも試合にならないし、そうなると面白みなんて微塵も存在しない。


「それでも武王さまが出場なさらねばそこそこの試合にはなるのじゃが、いかんせん盛り上がりに欠けてのぉ……」


 武王は試合は出来てもプロデュースはからっきしだったって訳か。まぁ……プロレスリンクが作られていない時点でそっち方面が疎いのは話を聞いてくうちに理解した。

 そして武王が亡くなると、自然とプロレスの流儀は薄れていって、今では上半身裸(勿論男だけ)でマスクをつけて死の危険性を最大限取っ払った近代式という様式に成り代わっているとの事。もはや残っているのは名前だけじゃねぇかというツッコミをため息交じりにぽつりとつぶやいたが、試合開始の合図による歓声でかき消されてしまった。


「まぁいいか」


 どっちみち俺も詳しいルールは知らないし、本来の目的はリエナをこの目に焼き付ける事なんだから。というかさっきから出て来るのが男ばっかで面白みが何にもないじゃないか! 女を出せ女を! できればキャットファイトが御所望だ!

 何て要望が叶えられるはずもなく、本線から逸脱しまくった名ばかりにもならないプロレスは、龍族の挑戦者が勝利を収めていた。

 それからもプロレスは数試合行われたが、やはり受けの美学もなければ観客を魅了するパフォーマンスの1つもない試合は、俺にとってはさっきの方が幾分楽しめたんだが、それを知らないこの世界の連中はそれでも十分に楽しんでいたんだけどな。

 プロレスが終わりをつげ、いつになったらリエナが出て来るんだとイライラが頂点を迎えようとしたその時。入場口の1つから見覚えのある牢が5人ほどのマッチョに引きずられるようにして運び込まれてきた。あれってあんなに重かったのか。


『それでは……本日最後のデュエルは新顔のお披露目とさせていただきます』


 会場全体に響き渡るようなその声に、歓声を上げたり怒声を張り上げたりと言った様々な反応が飛び交うが、次々と現れる魔法使いや武器を手にした奴隷達の数が増えていくにしたがってその喧騒は次第に静かになって行き、両者の数が合計で50になった頃には完全に沈静化していった。

 かくいう隣の爺さんも、初めはなぜ最後なんじゃい! などと老体に鞭うってブーブー文句を言っていたが、半分を超える頃にはすっかり大人しくなってあの牢には誰が入っているんだと期待した目を向けるようになっていた。

 それが済んだと思えば、次に入って来たのはなんと金爵。

 のそりのそりとリンクまで歩く姿はかなり堂に入っていて、中央で足を止めるとゆっくりと口を開く。


『皆の衆……よぉ闘技場に足ぃ運んでもらって嬉しい限りや。そんな客人達もてなす意味ぃ込めて、新たなチャンピオンを用意した。その実力……己が目ぇで確かめてもらう』


 金爵のあいさつが終わると同時に、魔法使い達が一斉に結界の展開を始めるが、さっきのプロレスで張られたものより、より鮮明に何かがリンクを覆っているのが分かる。

 そしてその内部にはリエナが入っているであろう牢と、金爵を始めとした闘技場の奴隷――おそらくは実力者だけを集めているんだろう。その連中が緊張の面持ちで武器を構える。


「ん? って!? 金爵中に残ってんじゃん! いいのかよアレ!?」

「構わん構わん。奴は昔から血の気の多い奴じゃったし、何より昔はSランク冒険者としてやっていける程にわしがたっぷりしごいてやったからのぉ。現役を退いたとはいえあの場に居る連中の誰よりも強いはずじゃよ」

「それが本当なら、爺さんは一体何者なんだ?」

「わしはタダの戦闘狂じゃよ。専ら見る専門じゃがな」


 そう笑う顔は確かに楽しそうなんだけど、戦闘狂と聞くとどうも見る専という言葉が一気に疑わしくなってくるが、さすがにこんだけの老人ともなると無茶はしないだろう。第一。俺に火の粉が降りかかって来なければ何の問題もない。それよりもリエナだよ。

 ほどなくして結界の展開が完了。牢を前に金爵を含めた26人が集中力を高めていくのが何となく分かり、どこかから聞こえる『開始っ!』の合図と同時に牢の天井が吹き飛んで、リエナが中からゆっくりとその姿を現したわけだけど、何故かその姿はどこかの姫様みたいな印象を与える髪の色と同じ真っ赤で豪奢なドレスを着ていた。

 瞬間。女性だったという事もあって爆発的な歓声が沸き起こり、あっという間にファンの獲得に成功した訳だけど、それでも全員って訳じゃない。ファンの中には玄人――つまりは戦闘の評価に重きを置いている人種も少なからず存在する。隣の爺さんとかがいい例だ。


「――――」


 さすがにこの喧騒と、3階の真ん中あたりの席からじゃ何をしゃべっているのか分からないけど、喋ったという事実だけは確認出来、それが終わると同時にリエナが飛び出したかと思えば奴隷の1人が結界をぶち破って場外にリングアウト。

 そのあまりの出来事に、闘技場内は一瞬静寂に包まれたけど、次の瞬間には会場が揺れんばかりの歓声があがると同時に戦いの火蓋が切って落とされた。

 まずリエナの先制攻撃で1人が退場になった訳だが、続く2人目に対する拳打は防がれてしまい、背後と左右から一斉に襲い掛かり、避けようともしないリエナの足元は魔法のせいか足首までリンクに埋まっている。避けられなくなっていたのか。

 はてさてどう切り抜けるのかなぁと眺めていると、なんてことはない。単純な拳打を振り抜くだけで、奴隷達の武器が事もなげに砕かれてしまった。武器が脆いのかリエナの拳が常軌を逸しているのかはこの際置いておこう。

 武器を砕かれた3人の奴隷は仲良く結界の外まで殴り飛ばされ、あえなくリタイア。

 一方のリエナも、悠々と自身を縛る拘束から抜け出し、つまらなそうに奴隷達へと目を向けていた視線が、金爵の所で停止する。


「――――」

「――」


 何か話しているようだけど、やはり内容までは把握できない。それでも喧々諤々って訳でもなさそうだし、なによりおじきとやらの大切な娘なんだ。まさか全力でぶん殴ったり――って!? 思いっきりやりやがったよあのクソヤクザ。


 あの野郎……。そう思ったのも一瞬だけ。金爵の奴隷のレベルを超えるようなとんでもない速度で放たれた蹴りを、リエナは腕をクロスさせて見事に防いでいたのだ。もちろん無傷でって訳じゃなく、両腕が痺れているのか握ったり開いたりを繰り返している。

 普通は隠しながら確認するもんだと思うんだよなぁ。そのせいで気づいた金爵の号令で奴隷達が一斉に襲い掛かる。まぁ無駄だろうけどな。

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