#124 お嬢を危険な目ぇ合わせられんけぇのぉ
「そいつぁ……乗れねぇ相談じゃあ」
白金貨に一瞬目を輝かせはしたものの、何故か断って来やがった。商人のくせに随分と利に鈍い。
「別に今すぐって訳じゃない。怪我とか病気とかでそっちに商品価値がなくなったと思った暁に売ってくれと言っているんだ」
今すぐ買い取れたとしても、リエナが納得してくれないんで買うつもりは毛頭ない。だから満足するまで戦ってもらって、十分に罪滅ぼしをしたと判断すれば俺の旅の仲間となってもらたい。これはそれに対する前払金だ。その為であれば白金貨50枚なんてはした金だ。
「そういう問題じゃねぇんじゃ。いくら金を積まれようと、リエナぁ売れんのじゃ。諦めぇ」
「悪いが、理由もなしにはいそうですかって退くほど、俺の女好きは温くないんだ。なんならお前さんを殺して手に入れたっていいんだぞ?」
「ほぉ……娘っ子が言うやないけぇ」
俺の言葉に、金爵がニヤリと口の端を釣り上げながらじんわりと殺気を放ち始めると、〈疾駆する者〉の面々や馭者のおっさんが恐怖に震え始めるも、俺には〈恐怖無効〉があるから大丈夫だし、無かったとしても目の前の園長先生が子供好きで心根が優しい泣き虫という情報が割り込んでくるせいか、笑いそうになるのを我慢してるほどだ。
「どうするよ。理由を話して俺を納得させるか。それとも殺されて奪われるか。選んでもらおうか」
「……ええやろ。しかし、聞かせるんは娘っ子だけじゃ。他ぁ連中は帰ってもらおか」
「で、でしたら依頼完了のサインを」
「おぉ。せやったな。少ぉし待っとれ」
恐る恐ると言った様子で差し出された依頼表に、金爵はさらさらっとサインをして馭者のおっさんと共に部屋から退室するように鋭い目線だけで促し、全員が逃げるようにこの場を後にする。
「まぁ座れぇ」
「どうも」
促されるがままにソファに腰を下ろす。お茶や菓子の類は用意されていないので魔法鞄のように見せて〈収納宮殿〉から取り出すと、金爵の眉が僅かに動くが気にしない。本日の一杯はロイヤルミルクティーだ。ちなみに俺は後入れ派である。
「この匂い……変な飲み方するやないか。茶ぁに牛の乳入れるなんざ聞いた事ないな」
「一杯どうだ?」
「リエナぁ売らんぞ」
「納得できる理由なら諦めるって。それにこんな一杯程度で気持ちを変えられるなんて微塵も思っちゃいないって。だから安心して飲みねぇ飲みねぇ」
どうせ経験値稼ぎの一環として作っただけで有り余っているんだ。これくらいだったらアニー達も高級品として少しくらいなら売っても問題あれへんやろと言ってたので、ジップ出来るタイプの物をごっそり渡したら、これはやりすぎやと言われたので仕方なく瓶容器でとなっている。密閉しないと風味が飛ぶ事を考えるとこの容器に入れる事は譲れなかった。
「ほぉ……こいつはええやないか。茶葉も極上品や」
「だろ? ミルクティーってモンだ。他にもレモンティーとかアップルティーとか、いろんな飲み方があるんだ。話を聞かせてもらう代償に教えてやるよ。商売になるかどうかは知らんけどな」
「わぁかっとるのぉ……小娘。ほんじゃあ話したる。まずリエナは奴隷やないし奴隷にするぅつもりもない。せやから売れんのじゃ」
「商品じゃないってどういう事だよ。バレたらこの店の取り潰しじゃ済まんぞ」
そこら辺の知識はちゃんとアニーから聴取済みだ。
奴隷ってのは、働き口の無い人間が最後に行き着く場所で、大きく分けて二つに分類される。
1つは、不作なんかで税が払えなくなってしまった人達や、依頼失敗での罰則金を支払えない冒険者などが奴隷となるのが一般奴隷。こちらはやむにやまれぬ事情があるときちんと分かっているので、奴隷の証として首輪はされてしまうが、普通の人と何ら変わらない人権がある。
もう1つは山賊や盗賊など、何かしらの犯罪行為に手を染めた人間がなるのが犯罪奴隷。こちらは基本的に人権はなく、犯した罪の度合いによって国内の清掃業・鉱山労働・遠洋漁業などの過酷労働を強いられ、逃亡を図れば首輪の魔力で一切の容赦なく首と胴体が離れ離れになる。ちなみにこちらの首輪はドス黒い赤色をしている。
理由はあえて告げないが1つだけ。何でも……犯罪奴隷の隷属の首輪には〈劣化無効〉のスキルがついているらしい。
それで当てはめるなら、リエナは立派な犯罪奴隷で、闘技場で見世物になるというのは立派な労働だ。
もちろん報酬などはないし、使えなくなれば処分すればいい。何しろここは、命の価値が素材的には一万円でもそれ以下の異世界だ。罪人を大事に使おうなんて優しさは微塵も存在しない。この金爵もそれを見越して購入したんじゃないのかと思っていたらまさかの奴隷であると偽っていた。
これをして国に明るみになった場合、金爵は店舗や財産を全て没収の上に一族郎党例外なく死罪となってしまう。
理由は単純。人頭税確保のためだ。
この世界は日本ほど法が整ってる訳じゃないからな。収穫量に対して詳細な納税額の報告なんて七面倒臭い事をやってないだろうから簡単に。
そうだとするなら、ある意味人としてカウントされない奴隷を労働力として雇えばその分人頭税が浮く。まぁ、食費などを含めた諸経費がかかるだろうから全くのゼロになるって訳じゃないだろうけど、後を絶たないって事はその方がメリットがあるからだろう。
「じゃけぇ連中を下がらせたんじゃ。どこまで知っとんのや」
「リエナが龍族のゴミ勇者をぶん殴り、その贖罪のために奴隷として闘技場で働く事になったってくらいだな」
「つまりほとんど知っとる言う訳やな。ほんならええやろ。儂はまどろっこしいのが好かん。せやから短に告げる。リエナは未来の長候補じゃけぇ、ここに来たんはほとぼり冷めるまで預かっとるだけじゃ」
「ふーん。だったらなんであんな格好と待遇にまでしてんだ?」
「何事にも見た目は必要じゃあ。それに、奴隷じゃ言うておかんと暴走する馬鹿共がおるけぇ、庫内にするしか方法がなかったんじゃい」
ここで、その話を深く掘ろうなんて無粋な真似はしない。どうせ勇者擁護派がボコったリエナを殺せとかなんとか喚いたんだろう。
で、そう言った連中は得てして権力中枢に深い位置にいる為に無碍にも出来ず、今回みたいな手段を取ったんだろうよ。
「そう言えば、リエナも自分を長の娘とか言ってたっけか。そんなに強いのか?」
「当然じゃあ。まずおじきの娘ぇ言うだけでも相当なタマぁやろうけど、それぇ加えてあれは始祖ン力ぁ強ぉ発現しとんのじゃ。あれで長ならんは祖先に申し訳ぇたたん」
「へぇ……」
単純な力比べしかしてないが、あれで始祖とやらの遺伝子を強く受け継いでいるのか。まぁ……龍と言えばブレスとか空を飛ぶとか色々あるし、俺はいろいろと規格外の人間だ。この世界基準で言えばリエナは強い部類に入るんだろう。
「せやからリエナぁ売れん。そないな事ぉすれば、儂がおじきに殺されるけぇのぉ」
「なるほどな。それじゃあ買うのは今んところ諦める事にする」
「そうけぇ。ほんならこの話はこれで仕舞いでええな。分かっとる思うが――」
「他言無用だろ? ちゃんと守ってやるよ。闘技場に自由に入れる権利をくれるならな」
闘技場にリエナを入れる事が出来るって事は、その建設に関してそれなりに援助をしたか、金爵が建てたかも知れないと考えるのが真っ当だろう。
仮にも犯罪奴隷を使って収益を出そうというのだから、半端なレベルの奴隷を使うとは思えない。もちろん弱者ばかりを集めたうえで、それを虐殺して見せる楽しみ方もあるにはあるだろうが、さすがにそう言うのは一般的かつ表向きじゃない。
しかしリエナは、野性味があるとはいえかなりの美少女。出せば必ずファンはつくだろうし、グッズ販売なんてすればそれはもうウッハウハ間違いなし。おまけにあまり危険な目にあわせたくないとの金爵の言からも、そっちへ行く可能性は万に1つもないだろう。
であれば、足しげく通って少しづつ餌付けを続けていけば、より早く贖罪を終えて旅の共になってくれるかもしれない。その為にはリエナに近づくための権力がどうしても必要となる。
「なんや小娘ぇ。女子のクセにあの場所に興味あるなんてぇ、珍しいのぉ」
「これでも一人旅をしてるもんでな。いい刺激になるかと思って」
「ええじゃろう。儂ぃ前ンして怯まん小娘は初めてじゃ。気にいったけぇタダでくれてやろうやないか。ちぃと待っとれ」
簡単に事が進み、アッサリとフリーパスである金爵ゆかりの人間である証拠になるらしいバッジを渡された。これを受付に見せればノータイムでVIP席に案内してくれるらしい。至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。
「いやー悪いねぇ。こんな立派なモンを貰っちゃって」
「気にする事ぁねぇ。こっちも面白そうな商売のタネぇ教えてもろうたけぇのぉ」
「そうかいそうかい。まぁせいぜい頑張ってくれや。そんじゃ」
こうして金爵の店を後にした俺は、既におっさんも〈疾駆する者〉の連中がいない事に特に何の感情もないまま、リエナが送られていったであろう闘技場へと真っすぐ向かう事にした。
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そしてそれから数日後。ミルクティーを始めとした新たな紅茶の飲み方がシュエイを中心に広まり始め、多くの人達がこぞって紅茶やミルクと言った物を求めるようになり、金爵の商会は大きく繁栄したが、その代償としてこの世界でもミルクティーのミルクは先に入れるか後に入れるかという争いが世界規模で勃発するようになるのはまだ数年先のお話。




