#123 来たぜシュエイ
衝撃のキス事件は、あまりに突然の出来事で俺もアンジェも呆然としてしまったが、リリン1人だけは嬉しそうに笑みを深めながら手渡した下着を嬉しそうに眺めていた。
しばらくして、おっさんからそろそろ俺達の順番が来る事を知らせてくれたので、その後ろに並んでいる5人組の冒険者パーティーに金貨を1枚渡しながら、俺等の次はこの娘達だよね? と言うと簡単にその不正を呑み込んでくれた。やはり金の力は偉大だ。
「そんじゃ。また会う事があったらいい女になってろよ」
「貴女こそ。次こそはアタシ達に魅了されて下僕にならないように注意することね」
「天罰が下るんじゃないのか?」
「ふふん。要は悪どい事をさせなければいいのよ。これはアタシと貴女の真剣勝負だからそんな物は降りかからないわ」
なーんて事を言い合いながら、俺達は馭者のおっさんや〈疾駆する者〉を雇っている金爵の元へ。
リリン達は知り合いの霊族やっているというお店に従業員としてやって来たとの事で、途中まで一緒だったが裏路地に消えていく後姿を見送ったんだけど、本当に真っ当な店なんだよなと疑いたくなるほど禍々しい――いや、桃色なオーラが漏れ出てきているので男連中にこの先に何があるのか尋ねてみたが、皆一様にばつが悪そうな顔をしながらゆっくりと視線を外すように明後日の方へと向いてしまった。うん。これ以上詮索するのは止めておくが、男に戻った暁にはそれはもう根掘り葉掘り聞かせてもらおうじゃないか。
という訳でこの街の概要を。
どデカい最前門と穀倉地帯を抜け、中門をくぐってようやく足を踏み入れる事の出来たシュエイは、さながら軍事国家と言って申し分がないかな。
至る所で見回りか何かをしている騎士の姿を確認する事が出来るし、武器防具の類を販売する店舗が圧倒的に多ければ鍛冶屋もそれと同等かそれ以上だろう。そこら中て鍛造する音がけたたましく響き渡っている。
それ自体は魔物や他国の侵略から身を守る為に必要な物ではあるけど、年がら年中四六時中工事をやられてるみたいな爆音を響かされる住民はたまったもんじゃないと言いたいところだけど、この一帯は九つある区分けの1つ・産業区となっていて、これらの騒音はその区画内で留まるように遮音結界が施されているらしいとの事をおっさんから教えてもらった。
まぁ当然だわな。こんな騒音の中に宿屋なんて建てらんないし、そもそも住民から山の様な嘆願書が毎日届けられるだろうし、出て行こうとする連中がひっきりなしに現れるのは明らか。それで考えれば遮音結界というのは実に理に適っている。
というか、結界っちゅう便利な物があるのなら、街全体に魔物が入って来られなくなるような結界でも展開しときゃいいんじゃないかって思うんだよなぁなんて疑問をぽつりと口にしたら、その場にいた全員からそれが出来たらどんなに楽か……なんて呟きが聞こえた。どうやらそう言った類の結界は存在しないみたいだ。世の中うまくいかんね。
そんな冗談めいた会話をしながら産業区から一歩外へと出ると、あれだけやかましかったはずの喧騒がピタリと止みはしたけど、また別種の喧騒が風に乗って届いた。
「さっきの騒音区と違って随分と賑やかな区画だな。どこの区画もこんな感じなのか?」
「そうじゃないんだ。ここは歓楽区といって、遊技場や闘技場がある場所。だから賑やかなんだよ。ここから離れれば閑静な住宅区とか教会のある宗教区とかあるぞ。ちなみにさっきの場所は産業区だからね」
「ちなみにあそこに見えるのが遊園地って場所で、あっちに見えるのが闘技場っすよ」
指差す先には見覚えしかない観覧車と、大きなタマネギが印象的な建物の2つが並んでいるのが確認できる。こんな所にも影響を残しているのか同郷の者よ……というかこの感じだと、勇者として以外にも連れて来られてるっぽいな。
とりあえず、リエナが売られていくソノサキを確認できたことだけでも良しとしよう。他には国営のカジノや公園。ボーリング場なんかまで存在している。どう考えたってこの世界の文明レベルを大きく逸脱しているが、この街の住民も〈疾駆する者〉の面々も気にした様子はないので俺も気にしない事にした。
そんな歓楽区の中央。一際大きな建物の前で馬車が止まる。どうやらここが件の金爵の店らしいが、表から見た感じだと何屋なのかすらわからん。
一応、ウラグストク・マーケットなんて店名があるけど、中が見えないんじゃどうしようもないんで考えるのを止めた俺は、ぼけーっと事の成り行きを見守っていると手続きが済んだようで、馬車が店の裏手へと移動。
「ぬんっ!」
「はあっ!」
「どりゃ!」
そこには数人のマッチョが上半身裸でポージングをしながら互いをたたえあっており、肩が爆炎球の様に盛り上がっているなとか。腹筋が鉄塊人形のようになっているじゃないかとか、表現方法は違えど褒め方が独特なのは変わらないようだ。パワフル語は世界をも渡るか。
「戻ったぞ3兄弟。さっさと荷物を搬入してもらっていいか?」
「おお戻ったか。それじゃあさっそく始めるぞ。準備は良いな?」
「応っ! 我等が最高の筋肉をもってすればあっという間よ」
「今日は相棒のキレもイイ。すぐに終わらせるさ」
おっさんの言葉を聞くなり、即座にリーダーだったらしい色黒で油ギッシュなマッチョが動き出すと、それに付き従うように残りのマッチョが馬車へと乗り込み、次々に荷物を降ろしては建物の中へと運んでいくのを横目に、〈疾駆する者〉達は依頼完了のサインをもらうために。俺は当然リエナを法外な値段で買い取る為に、別棟の建物へと足を踏み入れる。
「なんだこりゃ」
まず目に飛び込んで来たのは、人の波だ。昔中国かどこかの海水浴の映像を見た事があったけど、海なんて欠片も見えない。すし詰めと表現するのも生ぬるいほどの混雑ぶりだったけど、これはそれに匹敵するな。
「あれは勇者様が考えて下さったばーげんせーるなる商法をしている最中なのですよ。本日は……食品類を3割引きとなっていますな」
「あぁなるほど」
道理でおば――お姉さま方が多い訳だ。家計を預かる身としては、銅貨1枚でも安くていい物をと探し回り。余ったお金はへそくりへレッツゴーという算段だろう。どこの世界でも主婦というジョブは末恐ろしいものだと実感させられる今日この頃。
とりあえずそんな光景の後は、関係者以外立ち入り禁止の看板が下げられている扉をくぐると、従業員の更衣室や倉庫に続く扉。出納帳などを管理する資料室等々の扉を通り過ぎた先にある階段を上りに上って5階へ。
エレベーターはないみたいで、全部階段だったのが科学文明の差だなぁと思いながら部屋の中へ。
「ただいま戻りました旦那様」
「ようやっと戻りおったか。随分と時間がかかったようやが、何かあったんかいのぉ」
おっさんの言葉に顔を上げたウラグストク金爵であろう男は、一言で言えば極まってるぅって感じだ。
チリッチリのパンチパーマに四角い顔は傷だらけ。口に葉巻を咥えながらこちらを見据える双眸は滅茶苦茶鋭く、眉間のしわも相当な物。
身体は蛇革っぽいダブルのスーツでさっきのマッチョ軍団が貧弱に見える程の身体を包み、両手の指には殴られたら痛そうだなぁって感じのごつい指輪がはまっていた。
「仕入れに多少時間がかかったくらいですが……」
「が……なんじゃい」
「実はシュエイに戻る道中。依頼を受けた冒険者では太刀打ち出来ないほどの魔物に襲われまして」
「……荷物を、ほっぽりだしてきた言うんやなかろうなぁ?」
おっさんの報告を聞き、金爵の額なんかに青筋が浮かび上がって迫力が倍増する。聞いてはいたがとんでもない奴だな。従業員の無事より商品の無事を優先するとは……さすがだぜ!
それだけで、おっさんを始めとした面々は完全に竦んでガクブルしてるけど、おっさんは勇気を振り絞って口を開く。
「そ、その点はご安心ください。こちらのアスカ殿が我等の商隊を護衛してくださったので」
「ほぉ……そこの小娘がかぁ」
おっさんの言葉によって金爵の目がこっちに向けられる。
ただ見られてるってだけでもとんでもない迫力だ。〈恐怖無効〉がなければ脂汗を流しながらそっと視線をそらしていただろうけど、持っているんで何とも思わない。それどころか、某埼玉の春日部園児が通う幼稚園の園長に似ているから親近感がわくなぁ。
「別にそこまでの事をしたわけじゃないんだけどな」
「何を言ってるんだアスカ嬢。蜥蜴兵長を単独で、それもベビースライムを倒すような手軽さでやってのける事がどれだけ大変か……」
「そうっすねぇ。Aランクでも相当上位の人じゃないとあんな芸当は無理っすよ」
「まぁ過ぎた事はどうでもいいじゃん。それよりも俺はあんたに話があって来たんだよ」
「話ぃ? 報酬の交渉なら受け付けんぞ。規則で決まった額しか渡さん」
「違う違う。どこかから龍族少女の奴隷を買っただろ? あれを俺に譲ってくれないか?」
手紙と一緒に、これが代金だと言わんばかりに白金貨50枚を机の上に置く。さぁ……結果はいかに。




