#121 貧乳はステータスで希少価値だとしても、趣味じゃないんで……
……まぁ、やってしまった物は仕方ない。とりあえず平静を装いながら事情聴取と行きますかね。
「生まれつきか?」
「ええ。リリンは生まれつき右手が動なかったし、誰にも治す事が出来なかったわ。ポーションでも回復魔法でも司祭様の治療でも。貴女が治したって言ってわね。一体何をしたの!? 変な影響が出るとかないでしょうね!」
「大丈夫だって。今まで同じのを使ってきた連中にそう言った副作用は出てないから」
そもそも。エリクサーに副作用なんてモンがあったなら、もっと品質が下がるだろうし、何より俺がそんな危険な物を女性に使う訳がない。野郎相手なら別だろうがな。
「それを信じろって言うの? 都合が良すぎると思わない?」
「そっちこそ。タダで誰もが見放した病気を治してもらってよくそこまで文句を言えるな。なんだったら元の動かない状態に戻したっていいんだぞ?」
あんま気は進まんけど、パッと見た感じでは分かんない場所にナイフを入れて腱を切り、ポーションくらいで傷跡を治療すれば多分元通りになるはずだ。
「だ、誰も元に戻せなんて言ってないでしょ!」
そう言ってリリンを守るように抱き留めつつ俺から遠ざけようとする。こうしてみると、完全に性格が逆だよなぁ。
肩程度で切りそろえたふわふわの金髪に、現在は眉間にしわを寄せて睨み付けるようにしているけど、本来はくりっとしたエメラルドの瞳にふっくらと瑞々しい薄桃色のリップが非常に保護欲をかき立てられる容姿をしている。背も小さめだしね。
対する妹は、腰まで伸びた綺麗な金髪に切れ長のパープルの瞳に紅色のリップが何とも妖艶だ。それにかなり均整の取れた抜群のスタイルからはかなり強い色っぽさが出て、何とも覆いかぶさりたくなってくる不思議な魅力があるな。
「まぁいい。それで2人はなんだってあのおっさんを睨んだりしてたんだ?」
一応護身用にと短剣なんかを身に着けているのは先のボディチェックで確認済みだけど、どっからどう見ても冒険者でもなければ魔法使いって感じでもない。普通に考えたら騎士団長を睨むなんて馬鹿げた真似をする意味がない。まぁ……本当に睨んでいたのかどうかの真偽は疑わしいけどな。
「そんなの決まってるじゃない。あの男はアタシ達サキュバスを馬鹿にしたんだから目にもの見せてやろうとしただけよ。まぁ……そのおかげで酷い目に合っちゃったんだけど」
「……サキュバスなのか?」
「ええ。って、アンタそんな事も分からないで助けてくれたって言うの!?」
「知らん。というか見た目普通の人間と変わんないだろ。そんな簡単に違いが分かるのか?」
俺のイメージのサキュバスは、ドエロイ格好をしてその一挙手一投足が万人を惑わせるだけの淫靡な魅力を振り撒きまくるって感じなんだけど、この2人――じゃなくて、姉の方からそんな空気を微塵も感じないし、そもそもスタイルが物足りない。もっとボンッ! キュッ! ボンッ! って感じじゃないと名折れだと思う訳だよ俺は。
「……アンタどこの箱入り娘よ。いい! 今は抑えてるけど、サキュバスって言うのは存在しているだけで同性異性構わず催淫しちゃう〈強制欲情〉ってスキルが種族として必ずついているの。つまり、こうしてアタシ達のそばにいるだけで、普通は興奮してきたり発情期の兎獣人みたいに襲い掛かってきたりするものなのよ」
「ふーん。お前に?」
そう説明してくれた姉の――主に胸元を見ながら疑わしい目をしていると、自分でもその辺の魅力が足りていない自覚があるようで、苦虫をかみつぶしたような顔をしたのも束の間。アンタには関係ないでしょう! と睨みつけられた。可愛いから全然迫力ないけどね。
そんな姉とのやり取りにひと段落付いたかなとニヤニヤしていると、リリンが恐る恐ると言った様子で姉の肩からわずかに顔をのぞかせた。
「あの……ありがとござます」
「いいっていいって。助けたのは俺の自己満足だし。あんなおっさんをあしらうくらい簡単だから、別に礼を言われるほどの事をしたわけじゃない」
あのおっさんがもう少し戦略を練って戦いを挑んできていたなら、もう少し面倒臭いものになっていたかもしんないけど、そこら辺はタダの伊達眼鏡という反則技でもって強制的に選択肢の幅を狭めたから余裕だっただけ。
もしそんなズルがなければ――
もし能力看破に無関心だったら――
まぁ? どのみち勝利は揺るがなかったけど、もう少し手こずっていたかもしれないんでお礼の言葉を受け取るに足る理由になりえたかもしれないな。
ちなみにあのおっさんの武器のスキル――俺は〈物質消去〉だと睨んでいる。
文字通り、あの面に触れたありとあらゆる物質が虚空の彼方へと消え去ってしまうと言った感じのモンだと思う。まぁ、それだけとんでもないスキルであるならば、当然のごとく消費MPも馬鹿にならない。でなければ歴戦の勇士であろうおっさんがたった数分でへばる訳がないからな。
「でも――」
「だったらしばらくこれを着てろ。いきなりオカルト面が美少女に戻ったら怪しまれっからな。時期を見て脱げばいい」
差し出したのはフード付きのコート。一応〈防汚〉のスキルを〈付与〉しているので手入れは楽ちん。こういった物を売って美少女奴隷のハーレムでも作れないかなぁとアニーに相談し、ドエライ剣幕でブチ切れられた苦い記憶の思い出の処ぶ――げふんげふん。譲り渡す事にした。
「人族のくせに気が利くじゃない。貰ってあげるわ」
嬉しそうに手を伸ばす姉の手を、俺は軽くたたいて阻止する。
「誰がお前に渡すと言った? 俺はリリンちゃんに着ていろと言ったんだ。誰がお前みたいな生意気女にくれてやるかよ」
「んなっ!? あ、アタシだって治ってるんだから、誰かに知られたどうするのよ!」
「そんなのは知らん。自分で何とかしろ」
別にフード付きコートじゃなくても、顔を隠す手段なんていくらでもある。
例えば、ここに並ぶ商隊の中からそういった物を購入すればいいし、よほどの勇気があるならもう一回オカルト面に戻ればいいって手段もあるし、何より俺に頭を下げてちゃんとしたお礼の言葉やコートがほしい旨をきちんと口に出せば、叶えてやらんこともない。
「ねーちゃ。わたしの」
「リリンはそれを着なさい。アタシのはアタシの力でこいつから奪い取って見せるから」
唯一好感が持てる点を挙げるとするならば、妹の物を奪い取ろうとしない点だな。
「はっは。大した武術の心得もなさそうなお前に何が出来る」
「ふふん。アタシはサキュバスよ。本気を出せばアンタみたいな小娘くらい簡単に篭絡させて見せるわ」
「ねーちゃ。ほんきだめ」
「さすがにそこまではしないわよ。リリンを残してお尋ね者になりたくないもの」
そういえば<強制催淫>なるスキルを抑えてるって言ってたっけ? それでもリリンちゃんはかなりグッとくるが、姉の方は抑え過ぎでないかいといいたい。ハッキリ言って魅力なんて物が皆無と言っていい。どの口が篭絡なんて吐くんだろうな。
「おー頑張れ頑張れ」
「……なんかムカつくような言い方だけど、見てなさい! これがアタシの本気よ!」
そう言って始めたのは、まずは服を脱ぐ事だった。サキュバスを自称するからか元々露出は少なくない服を着ていたが、やはり服は服。防寒の意味もあるし猥褻物陳列罪に抵触しないためにも必要な物であるそれを脱ぎ捨てると、つける必要がないのか分かんないけど、すぐに双丘があらわになった。
ここでサイズを口にするのははばかられるが、まぁつつましい事つつましい事。アニーといい勝負なんじゃないかな(なんだ? 急に寒気が)と思える程のサイズでも胸は胸。きちんと〈写真〉で記録はバッチリ。
と――満足していると今度はスカートに手をかけて一気に脱ぎ捨てた訳だけど、その奥から現れたのはエロスも何も感じられないドロワース。中世っぽいと言えばぽいんだけど、やっぱ現代のアレに慣れていると全然欲情しないなぁ。貧相ってのもあるけど。
そんなドロワース一枚姿の姉は、身体をくねらせて一応の誘惑的な動きをしているらしいんだろうけども、同人誌とか画集とかの2次元ではあるが目の前の30点くらいのポーズよりよほどエロイ仕草を拝み続けてきたので特に性欲をかき立てられたりはしない。後ろのリリンだったなら結果は違っただろうけどね。
「さぁ……アタシにリリンと同じコートを渡しなさい」
「…………ブハッ!」
「むきゃーっ!」
「ぶわっ!?」
自信満々にはなった一言に対し、つい我慢できずに噴き出した瞬間。眼前に自分が来ていたであろう服を投げつけて来たのだ。
もちろん避けるなんて造作もない事ではある。しかし……しかしだ。いくら魅力不足すぎるとはいえこの姉も女性。そしてそれがついさっきまで着ていた眼前に迫るのであれば、避けるなどと言った選択肢など初めから存在せぬわっ!




