#117 いわゆるメッキ加工と言っても過言ではない
その日は風呂に入れた事もあってよく眠れて翌日。
ノーナに起こされて目を覚まし、のそのそと着替えを済ませて昨日と同じ部屋に案内されると、そこにイグルグと馭者おっさんと屋敷の主人の姿はなかった。
「3人いないけどどうしたんだ?」
「バディさんは商人ギルドに商品の積み下ろしに。イグルグはその護衛について行ったんだよ」
「ああ。そう言えばそのためにここに来たんだっけか。じゃあここの主人は?」
「アスカちゃん。ここに屋敷を構える人間はここの生産や商品の品質の管理。値段の設定や商売ルート確保の交渉などなどで非常に忙しい毎日を送っているんだ。それだけ言えばわかるだろう?」
「なるほど」
つまり。俺に礼を言うためだけにわざわざ時間を割いて食卓に顔を出したという訳か。こっちは大した事はしていないんだが律儀な事だ。
という事で、食卓は幾分寂しいものになりはしたが、特に気にもせずに席に着くとすぐに料理が運ばれてきた。
ちなみにメニューはスクランブルエッグにフランスパン程度の硬さのトーストに果実の搾り汁に塩サラダといった感じで、出て来た料理はまぁまぁ美味かった。
そしてこの村から出て行く間際。商人ギルドに停めてある馬車の幌の上でのんびりと空を眺めていると、1人のメイドが足早にこっちに近づいて来るのが〈万能感知〉にあったんで首だけそちらに向けると、ノーナが誰かを探している風だったんで試しに声をかけてみると、どうやら俺を探していたみたいですぐに駆け寄って来た。
「遅れて申し訳ございませんアスカ様。ご主人様よりこちらを預かっております」
「わざわざご苦労さん。こいつはチップだ」
手紙を受け取った代わりに銀貨を1枚握らせる。
それを見たノーナはどういう事? みたいな顔をしていたけど、俺はそれにただ一言だけ言わせてもらった。
「意外と大胆な下着をはいているんだな」
それを聞いたノーナは、顔が一瞬で真っ赤になってスカートを押さえながら周囲を見渡すも、誰もが平常運転でそれを見ていないと言わんばかりの態度で動いている。もちろん見ていたのは俺だけだけど、ノーナからすればそんな言葉をかけられた所で到底信用する事は出来ない。何しろ黒でローライズで紐のTバックという非常に男の獣欲を刺激しまくる物をはいていたんだからな。どうやらアニー達に横流ししてる下着類がこんな所にまで広がってきたようだ。やはり女性はああいった物を身に着けている方が股間にグッとくる。
一瞬の出来事ではあったが、この身に宿る〈身体強化〉の前では一瞬は一瞬でなくなる。ちゃんと伝家の宝刀〈写真〉でバッチリ記録済みだ。女の身体では使い道はないが、男に戻ったら是非ともオカズとして一発使わせてもらおう。銀貨1枚はそんな事に対する使用料みたいなモンだ。
結局ノーナは、顔を真っ赤にしたまま逃げるように走り去っていった。恐らくこの後にでもあのおっさんの相手でもするのかなぁなんて考えながら手紙を〈収納宮殿〉に投げ入れる。
「さてと。それじゃあ出発するが、忘れ物とかはないか?」
「おう」
最終確認を終えて村を出発する。勿論俺のレーダーには知り合っておきたい女性の存在は複数人確認できたが、前回と同じ轍は踏んでいないぞ。
朝食を終えてから幌の上でのんびりするまでの少ない自由時間の間に、3人ほどと顔見知り程度には距離を詰める事が出来た。今回は風呂を優先させたからそれで十分だ。
またいつかこの地を訪れる事を思い描きながら、街を後にした。
――――――――――
6時間後。当初聞いていた予定より少し早くにたどり着いたシュエイの門前……門前だよな。これ。
目の前に聳えたつのは、ギック市の外壁なんて子供のおもちゃ以下にしか感じられない。そう思えるほどデカい。まるで30階建てのマンションが隙間なくビッチリと並び立ち、その全てに金属の板(であってほしい。さすがに総金属とか考えられん)で補強され、所々に砲台が格納されているであろう仕掛けも確認できる。
それが〈万能感知〉で予測するに東京〇ーム10個分くらいの範囲をぐるりと囲んでいる。こりゃあ確かに魔族も逃げるわな。俺でも回れ右をしたくなる。もちろん面倒くさいからって理由だけどな。
「こりゃ凄いな」
「ははは。さすがのアスカ嬢でもこれには驚くか」
「そりゃそうっすよ。ここは魔族が避けて通って言われるほどの難攻不落っすから。化け物じみたアスカさんでも落とせないと思うっすよ」
「どうだろうね。アスカちゃんはまだ実力の半分も出していないような気がするんだ。それを加味すると、もしかしたらもしかするかもしれない。さすがボクのアスカちゃんだ」
「まだなんも言ってないだろ。まぁ……面倒だけど出来なくはなさそうだな」
確かにマンションみたいな外壁に千を超える大砲は脅威としか言えないけど、〈身体強化〉があれば登ってやれない事はないし、避けられない事はないだろう。それに、利便性を考えれば往々にして人の出入りがある個所は脆いだろうから、そこを突けば侵入出来る。現にそこに常駐している番兵は隙だらけで、少し速足で駆け抜ければあっという間に通り抜けられる気しかしない。
「そう言えるのも今の内だと思うぞ」
「ほぉ……大した自信だねぇ」
「これでも人類の造り出した神壁って呼ばれてる場所だからな」
神壁か……そう言えば防護柵を作るにあたって〈品質改竄〉を施した際にそんな名前が出てたっけ。それだけは知ってるけど詳しい解説とかは見てなかったからどんなモンなのかはよく分かってない。
「それってなんだ?」
「知らないのか? かつて神と魔神の戦争で使用されたと言われている不懐の防壁でな。今もなお世界のどこかで魔神を封じ続けていると言われている――子供でも知っている話なんだが……」
「全く知らんのと同時に欠片も興味がない」
話を聞く限りだと、アレと同格か若干劣る存在と考えて――いや、あの駄神の方が弱そうだからどっこいどっこいでいいか。
しかし。奴からはそんな連中の話は聞いていなかったし、退治しろとも言われなかったからきっと空想上の話かなんかなんだろう。街の中に入るまで暇だし、話半分にでも聞いておいてみるか。
「魔神ってのはどんなモンなんだ?」
「その説明はボクがしようじゃないか。魔神というのは神の悪しき部分が具現化したものだと言われていてね。その力はまさに神を思わせる程だったというんだよ」
「確か……霊族領にあるスユキ湖は魔神の一撃で出来たと言われてるっす」
「ふーん。それが本当ならとんでもない存在だな」
地形が変化するほどの一撃か。俺も全力を出しゃあこの世界をパックリ2等分に出来るかも知れんけど、幼い身体で無理は出来ん。
毎日壊れない目覚ましに全力全開のパンチを見舞っていたら、いつの間にか筋をおかしくしていたからこりゃビックリ。道理でHPが9割5分くらいから前に進まないなぁと思っていたら原因が怪我だとはね。
それからは、加減パンチで目覚ましを止めてる。ちなみに筋の痛みはエリクサーをペロッとしたらすぐに治った。
「だろうな。我々も幼き頃に、悪い事をすると魔神がやって来るとよく聞かされて嫌いな食材を食べたものだが、この歳になると存在を疑うさ」
なるほど。どうやら魔神っつーのはこっちの世界で言う鬼的な存在って訳か。存在はしないけど文献なんかで残っている空想上の生き物。そう言う位置づけで考えておけばいいか。
そんな感じの話をしながらようやく俺達の順番が来て、番兵達が積み荷のチェックのために馬車内の確認をしている間に、門の内側に目を向けるとそこに広がっているのは街並みじゃなくて、広大な畑と等間隔で設置されている特大のバリスタが並ぶ光景だった。
「ふへー。こりゃまた物騒だな」
「シュエイにこのくらいの防衛力がないと王都の盾としてやっていけないんだよ。今は使うような巨大な物はまず来ないけどな」
「なるほどなるほど。しかしどれもこれもちゃんと整備してんのか?」
遠くから眺める限りでは、ここから奥へと続く辺りの物はそれなりに整備がされているように見受けられるけど、そこから離れていくにつれてその整備不良ぶりが顕著になる。あんなんじゃワイバーンが襲ってきたところでロクに抵抗できないんじゃないかね。
「まぁ仕方ないだろうな。何せこのシュエイは魔物の襲撃を頻繁に受けてはいるが、その全てが最前門で決着がつくから、自然と資金がそこに集中した結果。ああなってるって訳だ」
「なるほど。ザコしか出ないのも考えもんだな」
つまりは油断に油断が重なっているという訳か。ここまで緩んだ気概でシュエイを守っているつもりであるのなら、マジで簡単に落とせる気がしてならない。もしかしたら今すぐ伯爵ンとこまで突っ込んでいって半殺しにしてやれば、今日中に麻薬の事とかゲロさせる事が出来るんじゃないか?
「随分と怖い顔をしているな。今はまだいいがそろそろ止めておいてもらえると嬉しいんだが」
「なんか都合が悪いのか?」
「すぐにわかるさ」
おっさんの言葉に首をかしげると、次の門が目前に迫って来た。どうやらあそこに何か秘密があるらしい。




