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#10 魔族参上

「は? それ本気で言うとるんか?」

「無理ですか?」


 やはりシーフ。某レンズハンターのごとく金には意地汚いのか――とか思っていたら、彼女は慌てて首を手を横に振った。


「いやいや。ウチとしては全然構へん。これはそないな事でええんですか? っちゅう意味で言うたんや。命助けてもろうて銅貨1枚とか安すぎる言うてるんよ。なんやったら金貨位払えるんやで?」

「大丈夫大丈夫。というかこんな場所を歩きたくないんで馬車乗せてくれるとありがたい」


 元々歩くのが面倒で助けたんだ。多少狭かろうが臭かろうがなんの問題もないどころか、あの2つの大山が地面の隆起に合わせて揺れ動くさまを見られるとあらば、たとえ死体の横だろうが喜び勇んで飛び込む所存であります!

 ちなみに銅貨を求めたのは〈万物創造〉で全種類創造するためで、これが出来れば多くの魔物素材を買い、それを〈品質改竄〉で最上位素材にしたりできる予定だ。MPが足りてればな。


「お、おお……ほんならついて来てもろてええですか?」

「お任せします。あと敬語は苦手なんで普段通りの口調で接してもらえると助かります。こっちもそういうのは苦手で。俺はアスカっていうしがない旅人だ」

「ウチもそう言うのは苦手やったから助かるわ。ウチはアニーっていういっぱしの商人や」


 とりあえずこれで村までの足はゲットした。あとは騎士団が俺という存在を記憶から薄れさせるまでこの先の村でのんびりと過ごすとしますかね。追手が来るなら逃げりゃいいし。

 そうして案内された馬車に乗り込むと、中には予想通り巨乳のお姉さんが気だるげに座っていて、その背後には幌のギリギリまで木箱が積まれているけど、ちゃんと向こう側までの視覚と移動する余裕は残ってた。


「ホンマ助けてもろて感謝します。あてはリリィ言います」

「それはいいけど随分と顔色が悪いな。病気か?」

「違います。少し魔法使いすぎてもうて……」


 こちらは金髪の三つ編みに少し目じりの下がったおっとりとした碧眼に涙ぼくろが何とも色っぽい。おまけにGを超えてそうなサイズは少し動くだけであんなにも揺れる物なのか……まさに女体の神秘と言わんばかりだ。


「……」

「あの……アスカはん?」

「えっ!? あ、ああ悪い悪い。ちょっと考え事をしてて」

「そうですか。ほんならこれがお約束の銅貨になりますが、ホンマにこんなんでええんですの?」

「むしろ助かるくらいだが……種類豊富だな」


 リリィさんが俺の前に出してくれた銅貨は、1枚と言ったはずなのになぜか5枚も並べられている。

 それを不思議そうに眺めていたからなんだろうか、リリィさんがクスリと笑って1枚1枚の説明をしてくれた。滅茶苦茶綺麗っす!! 色っぽいっす!!

 1つ目は4角形の物。あまり細工らしい細工はなく、本当に平べったいだけの物が人族の中で広く使われているユマ銅貨。ちなみにこの下には錫貨や青銅貨なんてものもあるらしいけど、その辺はなんとでもなるんで省く。

 2つ目は獅子の横顔がある涙型の銅貨。こっちは主に獣人達の領域で流通してるビト銅貨。この獅子は獣人の間で有名な政治家らしいが、野郎の名前を覚える気はないので右から左に受け流す。

 3つ目は竜の爪と炎が象られた楕円形の銅貨。形通り龍族で流通しているゴン銅貨。龍族はプライドが高いから、硬貨1枚に対しても他種族より豪華に見える物をとこんな細工を施したらしい。ちなみに価値的にはどの銅貨も差はほとんどないらしいので、本当にプライドだけでここまでやっているらしい。ご苦労様な事だけど偽造防止には役立ちそうだ。

 4つ目は今までの中では一番薄い。まるで紙みたいなその薄さでうっかり破りそうなるけど、裏表に刻み込まれた魔法陣のおかげで強度自体はこの中でも一番らしい。ちなみに名前はストー銅貨。何でも霊体として生きる霊族なる種族で流通してるらしい。ところ変わればというけど、本当に異世界ってのは変わってる。ちなみにゾンビやレイスなんかと混同するとマジギレするらしい。

 そして最後の5つ目が、表面に木の枝が刻まれた細工的にはそれほど豪華じゃないけど、妙にオーラというかなんというか……何かに覆われてるように見える銅貨。

 これは世界樹や森に棲むエルフ族で流通しているユグ銅貨。これも貨幣としての価値は銅貨相当らしいんだけど、なんでも相当量の魔力を込めた魔銅とかいうエルフ独自開発の金属で作られているために、他種族から魔力ブースト的役割もあるから人気は高くて喜ばれるものの、魔力を失えばエルフの領域での貨幣価値も失うので、多用は出来ないと説明してくれた。

 そういえば説明が遅れたけど、彼女達は獣人族の中でも商売に秀でたフェーレースという種族らしく、その証は頭の上にぴょこんと突き出た猫耳と細く長い尻尾らしい。一種のコスプレっぽいとの言葉はちゃんと飲み込んでおいた。

 関西弁はその昔に訪れた勇者に、商売がうまくいく言語だと言って教えてもらったそう。


「しかしアスカはん。あないな寒村に何の用があるんですのん。何もあらへん場所やけど?」

「まぁ色々と見聞を広げてる旅の最中でね。そっちもそっちで同じ寒村に何をしに行くんだ?」


 リリィさん達の目的地もこの先にある寒村らしい。

 どんな場所か聞いてみると、本当に何もないどこにでもある自給自足で暮らをしており、商品として取り扱えるのはせいぜいが畑を荒らす魔物の毛皮くらいで、本当に何もな場所らしい。


「あてらは商売人やから。商売しに行くんですよって」

「そりゃ分かってるよ。だったらなんでギック市に行かないんだ? あっちの方が儲けになるだろ」


 山と積まれた荷物はその大部分が食料で、他には日用品や青銅製の武器や盾といった物が少量あるものの。寒村と評する村で商売をするより、大都市で売り出した方が購入者の懐具合も温かい分財布のひもを緩めてくれるかもしれないのに。

 そんな思いを込めて質問に対して、リリィさんが真剣な表情で理由を口にしてくれた。


「こないな場所だからなんよ。都市部から遠く道も険しい上に魔物もぎょうさん現れるような場所に、商人はまず現れへんのです。せやから買いモン1つするんも命がけ。あてらも似たような境遇で生まれ育ったんで、同じ境遇の人らの助けに少しでもなれたら思ってますんや」

「それに、儲けなんざ簡単に生み出せるわ。ウチらはフェーレースやからな。商品の目利きは自信あるいうんが世界中に知られとるから、価値の分かっとらんアホな貴族連中からエエモン安ぅ買い叩いて、それを別のアホな貴族による高ぅ売り捌けばええだけや」

「何とも商魂たくましい事で」


 ケラケラ笑うアニーにやれやれとため息をつくリリィさん。性格的にはかなり正反対っぽい感じだけど、決して仲が悪いって感じじゃない。むしろ良好っぽくて安心して馬車に乗っていられるって言うのに、〈万能感知〉が魔物の存在を知らせてくる。空気を読まないのは悪い事だ。

 数は1匹だけど、今までの魔物と比べると〈万能感知〉の反応が強い。実力的にもレベルが高いと判断しておいた方がいいかもしれないな。


「ちょっといいか? 進む先に魔物の気配がする。かなり強いと思うんだがどうする?」


 俺としては華麗にスルーしたいが、この馬車の持ち主はあくまで2人だ。そのルート変更に対する発言力はゼロに等しい。だから提案という形でやんわり別方向から行こうぜとの疑問を投げかけた。


「ホンマか? ウチは何も感じへんけど」

「あても感じられまへん。間違いやありまへんか?」

「いや……あっちも気づいたようだ。来るぞ」


 強い気配がもの凄い勢いでこっちに近づいてくる事を知らせると、2人は半信半疑ながらも馬を反転させて逃げる準備を始めるので、俺は一応足止めを買って出る。一応この中じゃ一番の実力者だし、なにより女性好感度を上げる絶好の機会だ。

 そんな事を考えながら馬車から降りて先制攻撃用の石を創造したところに、上空に黒い人影を発見した。どうやらあれが魔物の正体らしいな。まさか飛んで来るとはね。

 背中からは蝙蝠みたいな翼を生やし、血のように真っ赤な眼は真っすぐ俺達を見下ろし、三日月に歪んだ笑みを浮かべる口元からは鋭い牙が顔をのぞかせ、細めの体躯はこの時代に似つかわしくないダークなスーツを纏っている。


「ごきげんよう脆弱な下等生物共。よくぞ参られた。歓迎するよ」

「丁寧なあいさつ痛み入るぜもやしコウモリ野郎。俺達に何か用か?」


 イラッとする挨拶には似たような言葉で返す。これが女性であれば態度を変えていたけど、野郎にいくら嫌われたところでこっちは痛くもかゆくもないからな。平気で悪口が言える。

 それにしても……背後の2人が顔面蒼白でその場にへたり込んでる理由が思いつかないな。


「どうかしたか?」

「どうかしたかやあれへんっ! あれは魔族や!! それもとびっきり危険や。ウチの直感がそう告げとる。あんなん相手にしたら一瞬で殺される……」

「魔族? 魔物とは違うのか?」

「桁違いすぎて笑えます。何せあれ1体で王都の騎士団の大隊以上や言われとりますから」

「ふーん……あれがねぇ」


 それなら〈万能感知〉のこの反応も理解できるか。今までの魔物達と違って、警告音みたいなのが少しだけ大きな音量で鳴っているとあれば、多少は本気で殺しに行かないといけないな。野郎だから死んだところで損にならないし。


「ほぉ? 貴様はこの我を前にしても畏怖を抱かきませんか。いやはや童の無知とは恐ろしい」

「生憎とお前程度のザコじゃ何とも思わなくてよ。悪いな。どうやら脅してるっぽいが俺が圧倒的な強者でそんな微かな変化に気付けないんだよ」

「……面白い。ならば準備運動として貴様を殺してあげましょう!」


 そう言った魔族がこっちに手のひらを見せ、こっちには聞こえない声量で何かをブツブツ呟いてるんで、隙だらけの奴にこれ幸いと石を投げてみるが特に慌てる様子もなくひらりと躱されるたので次弾を振りかぶった瞬間。魔法陣が展開。


「死ね。〈豪炎雨バースト・レイン〉」


 どうやらさっきの呟きは詠唱だったらしく、奴の腕を中心に展開した魔法陣の中からバスケットボール大の火球が雨のように降り注ぐ。

 これが魔法って奴か――なんて感心してる場合じゃない。とりあえず回避しないと。


「キャッ!?」

「ひゃわっ!?」


 どうせ動けないだろうと2人を小脇に抱えての横っ飛びでその場を離れるのに僅かに遅れて、断続的に続く轟音と圧倒的な熱量が背中から叩き付けられ、馬の断末魔が聞こえるけど振り返ってる暇はない。足を止めればガトリングガンの如く襲い掛かる火球の餌食になってあっという間に火だるまになっちまう。あらゆる攻撃を8割近くカットしてくれる〈万能耐性〉を持たない脇の2人がな。


「はっはっは! 下等生物にしてはなかなかすばしっこいではありませんか」

「お前の魔法がトロ――遅すぎるんじゃないのか? もう少し本気で撃ってきたらどうだ? それともこれが全力かな? だとしたら申し訳ない。そうと知らずにまだ上があると勘違いしちまったよ」


 事実。2割の〈身体強化〉で余裕をもって回避できている。これが相手の全力だと言うのであれば、もうちょいギアを上げて対処すれば殺すくらい簡単だろう。もしかしたら、魔族の中でも奴は最弱っ! 的なゲームテンプレの様な存在なのかもしれん。何せこんな初期位置で出くわすレベルの相手なんだからな。


「何で挑発するような事を言うんやアンタはぁ!」

「アスカはんのアホォ!」

「別に挑発なんかしてないぞ。俺はアレが全力だなんてちゃんちゃらおかしいって言っただけだろ」

「減らず口を……ならば期待に応えてやろうではありませんか!」


 意外と沸点が低いんだな。簡単に俺の挑発に乗って、コウモリ魔族が新たに魔法の詠唱を始めたので、素早く足元に創造した鉄塊を全力のキックで蹴り飛ばす。

 3割〈身体強化〉で蹴りだされた鉄塊は大きさにしてサッカーボールほど。それが魔族の火球に負けない速度で顔面に直撃。上体が思いっきり反れたから終わったかなと思ったけど、結果は額にわずかな傷をつけただけ。しかも速攻で治ってるなんて羨ましい回復速度。こっちの〈回復〉とは大違いだ。お前も少しは見習えよ。


「うはぁ……魔族ってのは硬ぇんだな。普通死ぬだろ」

「当たり前やろ! アスカはどんだけ魔族を舐め腐っとるんや!」

「普通の武器で傷つけられたら苦労しまへんって! せやからあて等も恐れとるんです!」

「そのような事も知らぬとは実に愚か。その罪は死を持って償え」


 展開された魔法陣はあまり大規模ではなかったけど、そこから伸びる真紅の腕が俺の身体に絡みついて、嫌でも陣の中心に縛り付けられて逃げられない。こうなると2人に死なれると困るんで、多少の好感度を引き換えに可能な限り遠くまで放り投げる。なんかこれ……ヒーローっぽくね?


「〈灰塵爆発ノヴァ・エクスプロード〉っ!」


 魔族の叫びと同時に、俺の身体を中心に小規模な爆発が発生。火球ガトリングの熱波なんて生易しいと感じる程の温度で石すら融け、木々は一瞬で炭化。それが半径で5メートル以上の範囲に一瞬で襲い掛かった。

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