#110 霜降り肉を使っても仲間にならないなんてザラにあったなぁ……
意気揚々と馬車を出てカレーの鍋に近づいて行くと、予想通りに〈疾駆する者〉の面々はすっかり気に入ったようで、思い思いの食べ方で口へと運んでいた。
「その様子だと、受け入れてもらえたようね」
「ああ! 見た目に抵抗感があるが、こんなにうまい料理は今まで食べた事がない!」
「レナちゃんは料理の天才だね。こんな女性にこんな美味しい料理を作ってもらえたら最高だよ」
「それには同意するっす」
「しかし……このようにうまい飯をいただいて本当に良かったのか? 少しだが金は出せるぞ」
「構わないわよ。少し魔法鞄に空きを作りたかったから多めに材料を消費したかったの。男の人ならたくさん食べると思たから遠慮なく食べてもらえると嬉しいわ」
そう言いながらお代わりのカレー(肉多め)をよそって再び馬車に戻ると、その匂いにつられてリエナさんががばっと起き上がって早く寄越せと言わんばかりに手を突き出してくる姿は少し可愛い。こんな状態ならアスカの好感度を稼ぐには申し分ないだろう。
「ん……ん……」
「それね。アスカって娘が教えてくれた料理なのよ」
「? アスカお前。言う意味。謎」
「……え?」
何を言ってるんだろう。俺の変装は完璧なはずだ。事実。今まで出会った連中全員が何の疑いもなく俺をレナ・ディオールとして対応しているのは〈万能感知〉でそう言った感情が現れていない事が何よりの証拠となるはずだ。
しかし。目の前でじっとこちらを見つめながらカレーをむさぼるリエナさんはさも当然のようにさらりと言ってのけた。そこにカマをかけるといった猜疑心の感情は捉えられない。つまりは本当に俺がアスカであると分かっている。そう判断していいのかもしれないな。
「強者。匂いで分かる。お前。アスカと同じ匂い。だから同じ」
恐らくは〈スキル〉の類だろう。そんなのを相手にただの変装程度でごまかせる道理がある訳がない。まぁリエナさん委なら知られても困る訳じゃないし別にいいか。
「匂いかぁ……そんな事で知られるなんて思ってもみなかったな」
「何で隠す?」
「ちょーっと厄介な事があってな。そいつにアスカとして見つかると面倒臭い事になんだよ。リエナさんはどうして奴隷になったんだ?」
「リエナでいい。リエナ。掟破った。だから奴隷になった」
「随分と厳しいな。一体何をしたんだ?」
「リエナ。掟で勇者の嫁になる。でも。アイツ嫌い。だから断った」
あぁ……きっとあのゴミ貴族の事だろうな。確かあいつも龍族だったはずだから、次代に強い血を残すだうんたらかんたらとか言うテンプレ的な掟なんだろう。
となると、リエナはあいつの事を少しばかり知っているという訳で、より効率よくぎゃふん(死語)と言わせるにはまたとないチャンスでもあるのか。こいつは運が向いてきているな。
「なるほどね。ところで相談なんだけど、もっと美味しい料理を食いたくないか?」
「食う! リエナ。アスカのメシ。好き」
むっひょう! 別の意味ではあるけど綺麗な女性にゲームなどの画面ごしじゃなく好きと言ってもらえるこの喜び。それこそデブでブサイクで童貞だった俺に対してそんな言葉をかけてくれるなんて最高かよ!
「そうかそうか。それじゃあ特別な料理を用意してくるからちょっと待っててくれ」
肉が食いたいというのであれば、用意するのは極厚ステーキだ。それもグラム数万もする霜降り肉を俺の〈料理〉スキルをもってして至高の一品へと昇華させてやろうではないか。
「レナ嬢! ちょっと来てくれ」
そう意気込んで鍋ではなく宿屋の調理場を借りようかとした矢先に、何故かイグルグに呼び止められた。正直言って〈疾駆する者〉連中がどれだけ食うか分かんないからカレーも米も多めに用意してあるからなくなる心配は皆無だが、お代わりまで要求するのはちょっと都合が良すぎるのでそう言うのは受け付けないと言ったんだが、どうにもそんな生易しい問題ではないらしいので仕方なしについて行ってみると、そこにはリングレットとあの馬鹿勇者がどこから持って来たのか馬鹿みたいに豪華な椅子に腰を下ろしてふんぞり返っていやがった。
「テメェがレナって奴か? リングレットが世話になったらしいな」
「……という事は、貴方が勇者なのね。一体何の用かしら?」
「まどろっこしいのが嫌いだから単刀直入に聞く。この料理はテメェが考えたのか?」
そう指さす先には、既に空になった鍋しかない。きっとどこかからカレーの情報を聞きつけ、その勇者という権力をフルに生かしてむさぼるように食い散らかしたんだろう。気付いているのかいないのか。口元がカレーでべったりだ。高校生くらいに見える歳にもなってなんて無様な――と思ったけど別に告げる筋合いはない。
「違うわ。旅の途中で知り合った商人からいくつか食材を購入した時に教えてもらったのよ」
「そいつの名は? 姿形はどんなだ」
「ウサン・クセーノと名乗っていたかしら。見た目は……とにかくハデね。あれじゃあ夜の森だろうとどこにいるか分かるくらいに光っているから一目で分かると思うわ。それがなにか?」
「なるほど」
名を聞いた途端。嬉しそうに口の端を釣り上げたナガトにリングレットは何やら二言三言告げられると急ぎ足で走り去ってしまったが、この馬鹿だけはいまだに堂々とした居住まいでなぜか動こうとしない。
「用事は終わったかしら? なら私は食事の用意をしなくちゃいけないから」
「待て女。まだカレーが作れるなら今すぐ作れ。金ならくれてやる」
「材料がないから無理ね。分かったら邪魔だからさっさと帰ってくれないかしら」
この馬鹿がいる前で霜降り肉を出すのはさすがにヤバいからな。というか20人前くらい用意してたカレーを平らげておいてまだ要求すんのかよ。さすがにそんな事まで面倒見きれないっての。男だし勇者だしリア充だし。
「チッ! まぁいい。受け取れ」
さすがに料理が食えないというだけで暴れる程の救いようのない馬鹿ではなかったようで、大量のカレーの礼としてであろう中身の詰まった革袋を投げてよこしたので受け取って中身を確認してみると、そこには銀貨が数十枚入っていた。
「ありがたく受け取っておくわ」
正直言えば、こんなはした金を貰っても嬉しくもなんともないんだが。そうした方がさっさと帰ってくれるだろうと判断したからに過ぎない。こっちは一刻も早くリエナにステーキを作ってやらなきゃいけないんだからな。
「遅い」
「スマンね。ちょっといろいろあって。詫びの意味も込めて2枚用意した。タップリと食ってくれ」
ドカンと用意した2枚の肉を見るや否や。リエナは目をらんらんと輝かせて鷲掴みにしようとしたんでそれは制しておく。まかりなりにも龍の名を冠する種族。火傷はしないだろうけど食いたければ最低限のマナーは憶えろとナイフとフォークを一度使って見せてから手渡す。
カレーの時はスプーンでかき込むだけだったから良かったんだろうけど、あまりそう言った教育を受けてこなかったのか、少し努力した結果。諦めてフォークで突き刺してかぶりついた。
「~~~~っ!?」
両腕をぶんぶんと振り回し、身体を揺らしながら全身で喜びを表現したいのを我慢しているように見える。それほどまでに〈料理〉スキルと現代日本の食品メーカーの企業努力には感謝だな。こんなに可愛い動きを見る事が出来たんだからな。
出来る事なら動画として残したかったくらいだけど、持っているのは〈写真〉だけだし、スマホを創造したところで説明に手間がかかりそうだから、現状は静止画で我慢するしかないか。
ちなみに肉は霜降りの物と赤身肉の物を用意し、味付けは醤油味系統のステーキソース。日本人ならやっぱりこれだからな。
そんなステーキをあっという間に平らげたリエナは、満足そうにお腹をさすりながら横たわっている。
「満足したようだな」
「ん。里でもここまで美味い肉。食べた事ない」
「俺の旅について来れば、いつでもとはいかんが美味い物を食わせる事は出来るぞ?」
結局は餌付けになってしまったが、この世界ではやはりこれが一番手っ取り早いし確実性が強い。なにしろ俺の近くに居なければ味わえない物ばかりなんだからな。
「……それ駄目。リエナ。罪人だから」
「別に気にしないんだけどな」
「リエナ。気にする。罰受けない。緑の神に怒られる」
「なら街に着くまでは、そこそこの食事を用意してやるよ。そのくらいならいいだろ?」
「ん。アスカの飯。まだまだ食いたい」
リエナの意志は強いようだ。ならばその贖罪とやらを無事に終えられるように手助けをして、その全てが終わったら改めて誘ってみるとしよう。きっとその時は快く受け入れてくれるだろう。




