#107 妖艶爆誕
ちょーっと待て。今……おっさんが聞き捨てならない事を口走ったような気がするぞ。
「おいおっさん。今……ここが勇者の領地って言ったか?」
「ああ。ここら一帯は勇者ナガトさまが治めてる領地で、この辺りはブヤ。後はなんて言ったっけかな……西の方はほとんどが不味い野菜の農地で、その中には村がここともう一つ……確かヒリャジュケとかなんとか言ってたっけな」
ヒリャジュケ――原宿か? そう考えるとブヤも渋谷と捉えられなくもない。勇者なんて単語が出てきたから一瞬またかと思ったが、ナガトまで出て来るようなら疑惑も薄く、奴隷商連中みたいなその名を語った偽物である可能性はまずないだろう。
となると、さすがにこのままの姿で歩き回るのはマズイな。もしかしたらあの時の付き添い美人騎士達もいるんじゃないかとなると速攻で変装しないといけないが、もちろんそんな事を理由に立ち去ろうとすれば怪しい目を向けられ、理由が勇者をボコってやったからなんて言えば後でアニー達からどんな目に合わされるか……ブルブル。
「そうかい。悪いが少し用事を思い出したんで、俺はここで失礼させてもらう」
なのでさっさと村を出るフリでもしてアスカという存在を偽装しなければいけない。勿論全力で走れば今からでもシュエイの閉門前にたどり着く事は出来るとはいえ、リエナさんを置いて他の場所に行くなんて考えられないのさ(キリッ)。
「残念だ。お嬢ちゃんがいればシュエイまで安全だと思ったんだけどな」
「それなら大丈夫だ。1日くらいあれば終わるような用事だから、明日の出発時間までには戻って来れる。それに、俺には劣るが腕利きの知り合いをさっき見つけてな。そいつを俺の代わりに置いて行くから精々こき使ってやってくれや」
適当な理由をつけてさっさとその場から逃げ出す。ついでに〈万能感知〉であの馬鹿の反応を設定してみると、タイミング悪くあいつがこの村の屋敷に戻っている事が発覚した。
幸い。屋敷から出てくる様子がないんで、余裕をもって変装に専念できるって訳で外壁を飛び越えて近くの茂みに身を隠し、〈万物創造〉で変装セットを造りだして身に纏う。
ちなみに今回は赤髪ポニテに胸に詰め物をしてオリハルコンの胸当てを装備し、絶対領域をプリーツスカートとニーハイで生み出しつつ、シークレットブーツで身長をかさまし。最後に目立つオッドアイをカラコンで赤に。唇もリップグロスでプルンプルンにすれば、Dカップ程度の旅の美人剣士風なこの世に存在しない人物一丁上がりだ。
「あーあー。このくらいで大丈夫か――しら」
とりあえずこの姿の時は女口調で行こう。あまり乗り気はしないがこれもリエナさんの為だ。
変装を終えてまた同じように外壁を飛び越えて村の中に降り立つ。もちろん〈万能感知〉でその周囲に人がいない事は確認済み。そして、特に悪い事もしていないので堂々とした足取りで裏通りから大通りに移動すると、すぐにあのおっさんの後姿を発見した。
「こんにちは。貴方がアスカの言っていた商人で間違いないかしら?」
「あ、ああ……間違いないけど、あんたは?」
「失礼。私はレナ・ディオール。あの娘と同じで流浪の旅人をしているわ。今日一日、街での護衛を頼むと言われたんだけど、何をしたらいいのかしら?」
「あんたがそうなのかい。それじゃあ荷物番をお願いしてもいいか。少し他の馭者達と話し合があって離れなきゃなんないんだ。あのお嬢ちゃんが役に立つって言ってたなら荷物任して大丈夫なんだよな?」
「構わないわよ」
そう言うとおっさんは、逃げるように一つの建物の中へと消えていったんで、俺は〈万能感知〉で窃盗や害意のある反応を捉えるように設定して馬車に寄りかかってボーっと流れる雲を眺めていると、視界が暗くなって目の前に岩みたいな友人たりえる男の顔が現れた。
「よぉ姉ちゃん。こんな所で何してんだ?」
「見て分からないかしら? 馬車の護衛をしているの。だから邪魔をしないでもらえるかしら」
「へっへ。ならおれさまの部下にさせといてやるから、姉ちゃんはおれさまと気持ちいいことしようぜ」
ちらりと視線を周囲に向けると、団栗の背比べみたいにレベルの低――いや、同士の顔がずらりと並んでいる。俺としては心を許せる相手ではあるが、仕事を任された人間としては額面通り受け取るつもりはない。
「それは嬉しいわね。それじゃあさっそく始めましょうか」
軽く手首を掴んでひねりを加えただけで、男が何の抵抗もなく半回転の後に脳天を地面に叩きつけ、起き上がるよりも先に軽く蹴りを入れて大人しくさせるつもりだったんだが、少し手元――こういう場合は足元か? とにかく加減を間違ったのか天高く舞い上げって1人パワーボムみたいにまた地面に叩きつけられた。
「……」
「さて。まだ私に相手してほしい人がいるのなら相手をしてあげるけど?」
「舐めんなクソアマぁ!」
余裕の笑みを浮かべながらの手招きに、男連中の血管はぷっつり切れて、怒声を張り上げながら一斉に襲い掛かって来た。もしかしたらみんなで突っ込んだら1人か2人くらいは何とかなるとか思っているのかね。やれやれまったく。どうしてこういう事をする連中ってのはどいつもこいつも考えが浅いのかねぇ。
「遅すぎるわね」
まず手始めに1人目の男にアイアンクローをかましつつ、2人目3人目をその肉体を使って横殴りで吹き飛ばし、用済みとばかりに手を離してやると4人目に向かって一直線に飛んでいく。
それを目の端で確認しながら振り返りざまに後ろ蹴りで5人目の顎を蹴り上げるとその背後に居た男連中から歓声が上がった。おっとっと。スカートをはいているのについつい下着を見せるような事をしてしまった。
「フフッ。後で奥さんに怒られても知らないわよ」
妖艶(俺はそう思っている)な笑みを浮かべながらそう告げてみると、多くの男連中が一瞬バツが悪そうな顔をしたが、少数の連中は関係ねぇ! と言わんばかりにもっと見せろーなんて声を張り上げてるが、さすがにそこまでサービスするつもりはない。
という訳で6人目の顔面に裏拳を叩き込んだ後に鳩尾へ膝蹴りを突き刺し、最後の7人目を背負い投げで強烈に地面に叩きつけて試合終了。一方的な戦いではあったが、野次馬にはそれなりに刺激的だったらしく、大歓声が沸き起こった。
「いいぞ姉ちゃん!」
「そいつらには迷惑してたんだ!」
「もっとパンツ見せろ~!」
はっはっは。全くその気はなかったが随分と周囲の目に留まってしまったな。こんな事ならもう少し綺麗さを抑える変装をしておけばよかった。いまさら言っても詮無き事。とりあえず目立てば目立つだけアスカという人間がいたという印象も薄れるだろう。
「残念。私はそんなに安い女じゃないの」
後はこの馬鹿共をふんじばって騎士団にでも届けてやれば、こいつらはどうなるんだろうな。さすがにこの程度の騒ぎで犯罪奴隷落ちなんて事態にはならないだろうけど、牢屋で反省させるくらいであれば十分にあり得る。
という事で、〈万物創造〉で作ったロープを肩掛け魔法鞄から取り出したように偽装して伸びてる連中を縛っていると、〈万能感知〉が何やら近づいて来る集団の反応をキャッチしたんで目を向けてみると、いつぞやの5少女騎士の1人で栗色ポニテの美少女が数人の部下らしき連中を連れて飛び込んで来た。
「一体何事だっ! 真昼間っから大騒ぎしてナガトに迷惑かけるつもりですか!」
「それはこっちのセリフよ。こんなゴロツキをのさばらせておいて迷惑かけるななんて、随分と職務怠慢なんじゃないかしら? そんな志で住民を守れると思っているのなら考えを改めなさい」
わざとらしいほどにため息をついて首を振ると、美少女騎士は明らかに不機嫌そうに眉間にしわを寄せて怒りをあらわにしたが、さすがに何の理由もなく斬りかかって来るような馬鹿な真似はしない。
「なんですか貴女。こいつらの仲間?」
「はぁ……度し難いほど頭の悪い娘ね。私はレナ・ディオール。こいつらに仕事の邪魔をされたんでこうして無力化させてもらったの。証人はここにいる人達よ」
それを聞いて周囲に目を向けると、一部下心満載の物があったがおおむねぶっ倒れてる連中が悪いという意見で纏まっているし、どうして今の今まで捕縛しなかったのかとの文句まで出始める始末だ。
こうなると1秒ごとに美少女騎士の形勢が悪くなるのが分かっているようで、大きく咳払いをして切り替えた。成功したかどうかは知らんしどうでもいい。
「……いいでしょう。でも貴女にはちゃんと一部始終を話してもらうためにちょっと詰め所に来て欲しいので、逃げないように今すぐ同行してもらうわ」
「さぁどうかしら。それは依頼主に聞いてみない事にはわからないわ」
現状。アスカの代わりにこの村にいる間の護衛を受け持つ事が俺の仕事だ。理由はもちろんリエナさんの為でしかないし、会話を重ねる事で警戒心を解かせたりする為にはとにかく時間が必要なんで離れるつもりは毛頭ないという訳で、おっさんが帰ってくるまで美少女騎士だけは残る事となった。




