#103 聞こえない聞こえない
「なるほど。わちがしばらくこいつらを守ればいいのだ? そうすればお菓子を沢山売ってくれるのだ?」
手短に俺がここを離れる事と、それに際して暇なら少しの間留守を頼む旨を話してみると、マリアはアッサリとこの要件を飲んでくれた。まぁ……よだれを流しながらであるところを見るにさっき言っていたお菓子につられているのは明白。こっちはそれであっても問題ない。要は侯爵が無事に王都にたどり着けるのであれば、たとえ魔族であろうと顎でこき使う。
「ああ。ちゃんとアニーの指示に従い、いい子にしていられたのならば、今回に限り銀貨1枚で好きなお菓子を100個売ってやるぞ」
「ひゃ、100個なのだ!? やるのだやるのだ。わちの力をそこの生意気な子供に教えてやるのだ」
俺の破格の条件に気を良くしたマリアは、飛び上がらんばかりに喜んでこの条件を受けてくれたのだが、一方でアンリエットは不満そうに眉間にしわを寄せる。
「ご主人様。こんなのに頼らなくてもあちしが居るなの。だからおかしはあちしに寄越すなの」
「何言ってるのだ。これはすでに決まった事なのだ。お前みたいなお子ちゃまが口を挟むななのだ」
「……あちしの方が大きいなの」
あえてどこがとは聞かない。聞きはしないが、俺からすれば五十歩百歩なのでそれほど差異は感じないが、あえて白黒をつけるのなら確かにアンリエットの方が大きいが、負けた張本人はそんな事に関して無頓着なので背の大きさを言っていると勘違いしているようで、翼を羽ばたかせて浮かび上がりながらまっ平らな胸を反らせて「これでどうなのだ!」とか言ってるので、狭くはないが翼が動くたびにホコリが舞うんで鉄拳制裁でもって止めさせた。
「ったく。お前等が争ってどうする」
「だけどご主人様――」
「文句は聞かない。これからしばらくは一緒に行動するんだからな。たとえ嫌な相手だろうと侯爵を無事に王都に送り届けるまで余計ないざこざは起こすなよ? まだまだ美味い飯もお菓子も食いたいならな」
「ぷぷぷ。怒られてるのだ」
「お前もだよマリア。何かあったらアニーからの連絡ですぐにわかるようになってるんだ。余計な事をして買える数を100から減らさないようにせいぜい頑張れよ」
これで十分とは言えないが、とりあえず釘をさす事は出来たと信じたい。本来であればもう少ししっかりと説明をしたいところではあるけれど、そろそろ目的の丁字路に差し掛かるころだ。
荷物はすでに魔法鞄に詰め込んであるし、足りなくなればその都度〈万物創造〉で造り出してしまえば事足りるという訳で、持っていく物は使い慣れたアダマンタイトの片手剣に肩掛けカバンに偽った魔法鞄位なものだ。
という訳で、最後にみんなで食事をという事で丁字路のすぐ側に馬車を止めて少し早めの昼食の準備を開始する事にした。ちなみにメニューは久しぶりに食べたくなったという事でお好み焼きをチョイスしたので、アニーやアクセルさんに下ごしらえを手伝ってもらう事にしたが、この程度でも手が加わるのが怖いんでリリィさんはいつも通り食器やテーブルのセッティングに従事してもらう。こればかりはどんな条件を提示されようと首を縦に振る訳にはいかない。
なんて事を考えながら、俺は明太子やチーズ等の具材の処理をしていると、背後から興味深そうにのぞき込んでくるアンリエットとつまらなそうに覗き込んでくるマリアがのしかかって来た。
「アスカ。それは甘いのだ?」
「んな訳ないだろ。飯まで甘かったら今頃全員糖尿病で滅んでるだろうよ」
「糖尿病なんて知らないのだ。わちは甘い物が食べたいのだ」
「そう言うのは食後に食え。今は飯の時間なんだからな」
本来であればデザートを用意するつもりはなかったが、マリアがいる以上は用意しないと色々とやかましいからな。とりあえず試作品のティラミスでも出してやるとするか。
「甘いのばかり食べてるから、お前はちびっこのままなの」
「わちはまだ成長する余裕があるのだ。お前こそ。あれだけ食べておいてその程度となると未来に期待できないのだ~」
「よーし分かった分かった。お前等は飯が食いたくないようだから用意するのは止めだ。腹を満たしたければその辺に生えてる草を食ってろ」
「「ごめんなさい。許してくださいなの(のだ)」」
まったく。マリアはガキなんだから、アンリエットもいちいち突っかからんでも――と思ったけど、こっちもこっちでああなってからまだ日が浅いんだったとかんがえると、どっちもガキなんだな。
結局2人には、罰として『仲良く』狩りをして来いと周辺の魔物を狩らせる事にした。勿論周囲の安全を考慮して、本気を出したりすればどうなるかを簡単に説明してあるんで、よほどの事がない限りは表面上だけでも仲良しこよしを演じるだろう。2人にとって空腹は喧嘩をするより重要なんだからな。
「アスカはん。鉄板の準備が出来たんでいつでもええですよ」
「それじゃあ始めましょうかね。という訳でこれをどうぞ」
作るに際して最も重要なのは多様性だ。人の数だけ味の好みは人それぞれなんで、まず初めに差し出したのはメニュー表だ。
とはいえ、豚玉だイカ玉だと言っても何が書いてあるのかもわからないだろうから、一言程度の説明文をつけたしてある。
「書かれているの物であればどれでも作れますのでご自由に」
「こんなに……いったいどれを食べたらいいのでしょう」
「アスカ。この豚玉ってのはなんなんや?」
「単純に豚肉を乗っけただけの物だ。俺がそれを食う予定だから試しにどんなもんか見せるよ」
とりあえず手早く完成させる。刻んだ野菜類を昆布出汁とすりおろした山芋をタネに入れて空気を含ませるように混ぜてから、油を引いたアツアツの鉄板に広げるとじゅうじゅうとおいしそうな音を周囲に響かせるが、このままではさほど他人の興味を引くほどの料理とは言えない。
片面をしっかり焼いてひっくり返せるくらいになったところで、まだ焼けていない面にこれでもかと薄くスライスした豚肉をのせてからひっくり返すと、今度は豚肉の焼ける何とも言えない脂のいい匂いが漂い始めて、同じように休憩をしている馬車や冒険者達の視線が自ずとこちらに向いて来る。まぁ分けるような真似はしないけどな。
そんな視線を意にも介さずに〈料理〉スキルが火を吹きまくって、これでもかというくらいに美味そうなお好み焼きが焼き上がったので、ここでトドメとばかりに甘口のソースとマヨをたっぷりと塗りたくって鉄板で焦がしての暴力的な匂いを周囲に振りまき鰹節を振りかければ……上手に出来ました~。
「ごくり……そ、それが豚玉という料理なのですか」
「なんてええ匂いなんや……こんなええ匂いの喰いもんは生姜焼き以上かもしれへん」
「基本的な姿形はそれほど変わる訳じゃないから特に関係ないが、こういう味でこういうトッピングがいいなぁと思うのであれば、その要望に応えて具材を選ぶって一つの指針だな。そこに並んでるモンは好きに混ぜ込んでもいいが、不味くなってキッチリ残さずに食えよ」
「御託はええねん。それよりも早ぅ味見させてくれへんか!?」
「はいはいどうぞ」
最初から味見目的で大きめのサイズで作ってあるから、とりあえず半分くらいを人数分に分けてユニ以外にはつまようじを刺して手に取らせ、ユニには熱いぞと付け加えてから手に乗せてその口元にもっていく。
全員が一斉に口に放り込んでしばしの沈黙の後、反応はそれぞれ違ってはいたけど、結果としてはおおむね良好だといっていいだろうな。
「これは美味しいですね。私はこの豚玉でいいかもしれません」
「ではワタシは海鮮というのをいただこうと思います」
「アスカ。ウチはこの餅チーズ明太いうのにするわ」
「あてはネギたっぷりのしょうゆ味を」
「主よ。ワタシはホルモンという物が入った奴をお願いします」
「あちしはこの広島風って言うのがたくさん入ってるから食べたいの~」
「わちはこいつより大きい物を寄越すのだ~」
とりあえず全員の注文は終わったみたいなので、手早く準備を済ませてそれぞれの前に差し出す。
「作り方はさっきやった通りです。それじゃあ頑張ってください」
「えっ!? じ、自分で作るのですか?」
「これはそう言う料理なので」
「アスカはん。せやったらどないしてあてには渡してくれへんのです?」
「それとユニは作れないしアンリエットの奴は少し作り方が違うから、見本として俺が作ってやるから、マリアはちゃんと覚えろよ?」
「ふこーへーなのだ! そいつにも作るならわちにも作るのだ!」
「さて。それじゃあよく見ておけよ」
「アスカはん? 聞いとりますか?」
2人の文句を完全に無視し、俺はああだこうだと言いあいながら和気あいあいとお好み焼きを作る皆を見守りながら2人の分のお好み焼きを淡々と作り続ける。




