#99 酔えば酔うほど……フッフッフ
「して。その問いに貴殿らは答えられたのか?」
「さすがに難しいと断りました。一応既定の休憩時間は存在してるけど、最近はいつどこで事件が発生するか分からないんで……休憩らしい休憩はほとんどれないのが現状ですよ」
「それほどまでにこの街は事件が多いのか?」
さほど長い時間居た訳じゃないけど、十分な数の騎士団に食料品の輸出による潤滑な交易に他種族が平和的に暮らす街並み。どれをとっても平和に近い状況の日々が送られていると思うのにやっぱたった数時間じゃ何もわからんもんだな。
「いえ。今まではそう多くはなかったのですが、ここ最近になって突然喧嘩騒ぎが多く発生するようになりまして……」
「おかげで地下牢はいつも一杯で困ってんだよ」
「……それは獣人の割合が多いのであろうか」
「そう……ですね。記憶してる限りですが、確かに獣人が多いかも知れません。とはいえ他種族も決して少なくない数が投獄されているので誤差の範囲内ですかね」
全員嘘を言っている訳ではないようだな。てっきり騎士団長の息のかかった奴が1人か2人混じっているんじゃないかと疑問に思ったけど、極秘裏に進められているのか単純にあの女が誰も信用していないのか。まぁこの際どっちでもいいだろう。少なくとも騎士団長は麻薬密売に関わっているんだろうからな。
「ふぅむ。しかしそうなると、麻薬のせいである可能性は薄くなってしまったか」
獣人への麻薬騒動を表に際立たせつつ、裏では麻薬の売買と住民の不和を生み出す。それがいったい何の役に立ってどんな効果が表れるのかなんてのは俺にはわからないけど、考えられる中では一番嗅ぎ回られずに悪意を振りまく事が出来ると思ったんだけどな。
「いや。そうとも言い切れへん。確かに〈狂乱種〉の麻薬は獣人以外に効果が薄いんやけど、効かへんわけやありまへんのや。大量に取り込んでしもうたら他の種族も同じように暴れますわ」
「その量はいかほどであるか?」
「詳しく知ってる訳やないですけど……これくらいやったらなるかもしれまへん」
リリィさんの予想は、おおよそで角砂糖3つ程。これでも絶対という訳ではないらしい。
ちなみに獣人は角砂糖の半分程度あれば効くらしい。
どうしてここまで差が出るかという疑問を投げかけてみると、獣人は他種族に比べて魔法等に対する耐性が相当に低いらしく、魔法で精製された水でも一気に大量に摂取すると魔素酔いと呼ばれる酒に酔ったのと近い状況になるらしい。何とも最高な情報ではないか!
そして、世界で麻薬として認識されている物の数々は魔素の濃い場所に群生する植物を元に作られているらしく、耐性の低い獣人へのその効果は計り知れないらしい。
「随分と大量であるな。では地下牢の連中に話を聞くのも良いかも知れぬな」
そろそろアニー達も戻って来る。これ以上ここに居たらいつまでも付き纏われそうな気もするんで、ここらへんでお暇しよう。
「もうええんですか?」
「うむ。後は地下牢で当事者達の話を聞き次第手紙をしたためた後に次なる街へと旅立つので、領主殿には立ち入りの許可をいただきたいのだがよいだろうか」
「え、ええ。聖騎士さまが思うようにしてくださって結構ですとも。見張りの兵にこれを見せて下さい。そうすれば通してくれるはずですので」
受け取ったのは普通の紙にポンと押した封蝋。こういうのって結構大事な物なんじゃないかなぁと思うんだが、まぁ封をしてない時点で地下牢の衛兵をどかす程度の力しかないんだろうとしても、余計な運動をしないで済むのはありがたい。
「協力感謝する。ここで見聞きした事は他言無用とするがよかろう。特に準男爵が不在と言うのを言いふらすような輩であれば、容赦なく処分するのが良いだろう」
堂々と釘をさすと、ブッシを始めとした獣人達は一様に怯え始め、絶対に秘密だぞと口々に言いあっている。これならこっちから漏れる心配は少ないだろう。
「世話になってしもうたみたいですんまへん。あんさんにいう事やないと思うんやけど、騎士――特に聖騎士言う連中はどいつもこいつも口だけの能無し思うてたんやけど、まだあんさんみたいなんがおると思うと期待が持てますわ」
「機関の腐敗は世の常。我もそのような連中に旅の命を下されたのだよ。はっはっは」
最後に肩を揺らして小さく笑って部屋を出ると、廊下の端の方からアニーと騎士団長らしき人影が近づいて来るのが見えた。
「なんやあんた。もう行ってしまうんか?」
「うむ。領主へのあいさつも済ませたので次の街へと向かおうと思ってな」
「次はどこに行く予定なんや? 目的地が同じなら連れてってやってもええで」
「遠慮しておこう。次なる目的地は悪の住まう戦場である。願うなら貴殿らとそこで相見えぬ事を願うばかりである」
「せやなぁ。もしそんな場所でウチ等に会ぅたら、確実にあんたは驚く思うで」
「はっは。我はこれでも強者であるぞ? 多少の事で驚きはせぬさ」
軽く笑ってその場を立ち去る。とりあえずこれで安心安全に聖騎士という存在を敵に知らしめることが出来た。この程度で麻薬密売から足を洗う可能性なんて皆無だろうから、結局はシュエイを避けて王都に向かうしかない。そう言うのはこの世界の住人の仕事だからな。
一階に降りると既に多くの騎士や獣人が息を吹き返していて、自分に何が起こったのか分からないと言った様子で首を傾げたり、しきりに女神だと呟いて祈りを捧げている連中などの姿を多く見かける中で、1人の騎士から地下牢への道を聞いてそちらに向かうと、色々と規格外の体格で作り上げてしまった鎧では通行できそうになかったんで鎧をパージして服に変更。アスカって素性を知られると困るので兜だけ装着して下へと突き進む。
「何者だ!」
「領主より獄中の者との会話の許可を得ている。通してもらおうか」
証拠としてきちんと封蝋を手渡すと、驚いたような表情をしたのも一瞬。苦々しそうに表情を歪ませながらも道を開けたので悠々と歩みを進めて10歩ほど。即座に体を反転させてその顔面に裏拳を叩き込んで爆散させた。
「なるほど。これが汚い花火と表現する光景か。言い得て妙である」
脳だ目玉だ血だ肉片だと言った物が細かい破片となって壁に叩き付けられ、その有様は本当に花火みたいに広がっている。臭いも見た目も最悪なのは間違いない。どうせ襲ってきたという事は、騎士団長――ひいては伯爵の手の者だと考えていい。
地下牢は思いの外広く、最初に捕まっていた場所と比べると幾分か環境はいいけど、所詮は団栗の背比べ程度の違いしかないんで羨ましいとかは思わない。
とりあえず一番手近な牢屋に近づいて覗き込んでみると、中には数人の男がぐったりと横たわったまま動く気配がない。聞いていた話とかなりの違いはあるのは虚偽の報告でもしていたって事だろ。
「そこな囚人達よ。我の声は聞こえているであろうか」
声をかけてみると、横たわった中から数人の男がゆっくりと体を起こしてこちらへと振り向く。
一瞬だけ頭だけ兜って珍奇な姿に驚きをしたものの、その目は怒りと殺意に満ち満ちていて、もし力があればそれだけである程度の人間であればダメージを与えられるんじゃないかって思えるほどの迫力を感じる。まぁ……あくまで一般論ってだけで俺には何の意味もない。
「……何者だあんた」
「我はマジ・ツェーゾ。流浪の聖騎士である。聖地巡礼の途中、この街に立ち寄り準男爵より話を聞き、貴殿らはこの街で暴力沙汰を起こした人間と聞き及んでいるのだが、相違ないか?」
「あんたの質問に答える義理はねぇよ」
まぁそうなるよな。いきなりやって来てそんな事を聞かれたところで、味方だろうとあっさり信じる方がどうかしている。どれだけ痛めつけられていようと正常な思考回路が残っているのは称賛に値するけど、街の中で暮らすただの一般人が果たしてそんな頑丈に出来ているのかと疑問が生まれる。
「では質問を変えよう。麻薬におぼれた愚かな連中は貴様等で相違ないか?」
侮蔑を満載した口調と汚物を見るような目を向けて一言に、よく声が響く地下牢内のそこかしこからは一斉に殺気が吹きあがり、金属のきしむ音共にその場にいた全員の視線が俺1人に注がれる。人気者は辛いねぇ。
「喧嘩売ってんのかあんた」
「それをしてなんになる? ロクに手出しの出来ない貴殿等にそのような事をしても一方的な虐殺になるだけではないか。まぁ……五体満足であろうと結果は何も変わらぬがな。とりあえず我の話を聞いてもらおう」
という訳で、領主から聞いた話をかいつまんで説明すると、最初はふざけるなとかなんだそりゃと言った怒号が何度か聞こえてきたが、俺が騎士団長と伯爵がグルになって麻薬の密売を水面下で行っているかもしれないという仮説を口に出すと、その場の空気は一変した。
しばしの沈黙の後。目の前にまで迫ってた鍛え抜かれた無駄な脂肪のない隻眼の男が口を開く。
「あんた……聖騎士とか言ったか?」
「うむ。古今無双の大剣豪であもあるぞ」
「あんたの仮説は合ってる。俺等はその騎士団長のクソアマに騙されたんだよ」
「フム。実のある情報ではあるが、おいそれと答えてよかったのかな?」
「いいんだよ。領主が自分の領内の事を話して何がおかしい」
事もなげにあっさりと、目の前の脳筋男は自分が領主だと告げた。なるほど。これだけの身体の持ち主であれば、そう簡単に死ぬ事は無いと領民に思われるのも頷けるというものだ。




