表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/357

#96 一撃解除!! エリクサー

 取りいだしたるはガマの――げふんげふん。エリクサーなり。

 それをさっき殺した男に一滴かけると、なんという事でしょう。何事もなかったように断面が塞がってしまったではありませんか。


「う、うぅ……なっ!?」


 念のために両手足を縛りつけたうえに逆さ吊りにしてある。はたから見れば相当な拷問をしているような光景に見えなくもないけど、見つかったところでこの世に存在すらしない聖騎士の行いだ。咎められた所で知らぬ存ぜぬがまかり通るんで深くは考えない。


「起きたか。少し聞きたい案件があり目を覚まさせた。いま一度冥府へと旅立ちたくなくば、我の問いに嘘偽りなく答えるがよい」

「ヘッ。それが嘘やないなんてあんさんに分かんのかい」

「真偽を確かめる魔道具を所持している。心配は無用なり。貴様はこの30分の間に〈狂乱種〉の麻薬を吸入したか? 覚えているのであればその場所に心当たりはあるか?」


 俺の質問に対し、獣人は首をかしげたがすぐに思い当たるふしがあったようで、眉間には深いしわが刻まれ、見る間に筋肉が倍以上に膨れ上がったかと思えば頭部が狼のそれその物になって結束バンドやワイヤーロープなんかをあっさり引き千切った。なんちゅう馬鹿力だ――って言うか獣になりやがった。スキルなのか種族特有の能力なのか気になるが、今は話を聞く事が最優先だ。


「ああ覚えとるでぇ。なんかおかしい思うとったら正体はあの麻薬やったんか……チッ! あんのクソ野郎。ぶち殺したる!」


 そう怒鳴って走り出すのは構わないが、まだこっちの用件は済んではいないので走り出す足に向かって鞘を叩きつけてすっ転ばせ、その背中にのしかかって鼻先ギリギリに剣を突き刺す。


「まだ我の質問の途中であるぞ。貴様は〈狂乱種〉の麻薬を吸入したのか?」

「……ああ。正確には吸わされたい運が正しいんやけどな」

「誰にだ」

「真っ白のローブを目深にした行商人の男や。ワイは酒屋をやっとるんやが、なんでも新しい酒の飲み方や言うて、器の縁に塩ぉ付けて飲ましてもろたんやが、恐らくそれがそうなんやと思う」

「なるほど。ではそいつが犯人である可能性が高いとみている訳であるか……そいつは?」

「もう居らんやろうな。ワイに酒ぇ卸したら逃げるように去っていきおったわ。急いどるんやろうな思うたがこれが理由やったんやろう」

「情報提供に感謝する」


 白いローブで男……か。もしかしてアンリエットの同類か? 目的は分からんが何やら侯爵の命を狙っているふしがある。山賊の時もそうだったって事は、今回もそうである可能性がある。実際に襲われてるしなぁ。一度侯爵に〈鑑定〉でもしてもらえないか聞いてみるか・


「……おい。いつまでこうしてるつもりや」

「失礼。ある程度の情報を得たとはいえまだまだ不十分。我はさらに奥へと向かうが、貴殿はどうするのだ?」

「同じ奴等を正気に戻す」

「方法はあるのか?」

「中級状態回復ポーションがあれば、全部は抜けきらんけど正気には戻るんや」

「なら我が上級の物を提供してやろう」


 こう言っておけば、こっちに同行してきて麻薬に狂った獣人と鉢合わせになるたびに何とかしてくれなんてタダ働きを課せられる心配はなくなりそうだからな。そのために上級の状態回復ポーションを提供したとしても特に惜しくはない。


「ええんか? 上級言うたら金貨1枚は必要な高級品や」

「我は聖騎士ぞ。民のために魔物を葬り、民のために滅私の奉仕をするのが務めである」


 という訳でさっさと男の上から立ち上がって、俺はアニー達が居る方へと歩き出す。当然のように麻薬を吸い込んだであろう獣人が襲い掛かって来たが、男であれば容赦なく両断してからエリクサー。女性であれば直接エリクサーを吹きかける事でどうやら麻薬の効果は解除されるようで、軒並み剣筋が鈍ってくれたしこちらの質問にも受け答えできる平静さを取り戻してはくれけれども、誰も彼もいつ麻薬を吸い込んだかについては全員記憶にはなく、聞いた人物像についても白いローブ以外の答えが返ってこなかった。

 更に詳しく問いただしてみると、何でもこの〈狂乱種〉で作られた麻薬は獣人達が知る物と比べて全く匂いがないらしく、この中に麻薬があると説明されても違和感に気付くのは難しいとの事。

 結局詳しい人物像が分からないまま2階に上がると、そこは1階ほど酷い有様にはまだなっていないので、早歩きで可能な限りそこかしこで行われている準男爵側と獣人側の戦闘には極力目を向けないようにしつつも、死角から襲い掛かってくる男には容赦なく。女性には人の目があるので拘束だけでお茶を濁し、目的である準男爵の居る応接間の前までやって来た。


「フム。随分な大軍であるな」


 そこには十数人の獣人が武器を手に整列している。屋敷全域で生き死に全て含めると150人位か。これだけの数が酒場で人為的に麻薬を摂取したとは考えにくい。他にもルートがありそうだが、今はこの騒ぎを治めるのが先決だ。

 しかし……なぜ中に入らないのか気になるところではあるが、アニーとリリィさんに用事があるので何も警戒する事無く角を曲がって姿を現す。


「なにモンや!」

「我が名は……マジ・ツェーゾ。そこに居るアニーとリリィの両者に話があって参った次第である」


 パーティーリンクが使えればよかったんだが、既に麻薬の影響下に堕ちてしまっている2人には何度話しかけても返答が一切得られなかった。

 さて。ここで断られたところで全てを薙ぎ払えばいい訳だけれども、出来ればそんな面倒臭い事は極力したくない。ってか大部分が女性で割合を占めているから手を出したくないってのが本音です。


「なんやあんた。ウチは聖騎士なんていけすかん相手の知り合いは居らへんねんけど。というかなんで名前知ってんねん」

「聖騎士の秘儀と答えておこう」

「そもそもよぉこないな所まで入って来れましたなぁ。そこそこの実力者ぁ配置したつもりなんやけど?」

「問題ない。我の実力の前では所詮は有象無象。それよりもこのようなところで何をしている。ここがどこでどのような場所であるか理解していないのであれば説明を請け負うぞ?」

「アンタみたいなんに教えてもらわんでも知っとるに決まってるやろ。麻薬の販売なんかやっとるアホ領主がこの奥に居るから、今から鉄拳制裁をくらわしたるんや!」

「フム。とりあえず落ち着け」


 さすがに霧吹きで全員の目を一気に覚まさせるってのは難しいんで、ここで使うのは手動ポンプ式のシャワーを取り出して動き出すよりも先に全力でぶっかける。中身はもちろんエリクサー。


「わぷっ!?」

「なにするんや!」

「麻薬に染まった肉体を浄化している最中だ」


 勿論良しとせずに襲い掛かってくるような獣人もいるけど、そこは最高のご都合アイテムのエリクサーだ。噴霧されて気体となったそれを吸い込むだけでアッサリと正気を取り戻す。

 ほどなくしてこの場を支配していた殺意や怒りの感情はなくなったみたいで、大体のやつの眉間からしわが消えた。これならちゃんとした会話も成立するだろう。


「うぅ……まだ頭が重いわぁ。けどホンマに助かったわ。中身なんなん?」

「上級状態回復ポーションである。風の噂で麻薬治療に効果があると耳に挟んでいたので試したのだが成功したようで何よりだ。正常な思考に戻ったのであれば改めて問おう。貴殿等はここで何をしている」


 ここではまだ俺がアスカであると明かしてはいない。そうすると周囲の獣人に対していきなり媚びたようになって色々と不都合が起きそうだし、この機会にアスカという存在をどう思っているのかを色眼鏡なしに聞きたいという興味もあったからだ。


「あんま言いたくないんやけど、麻薬吸い込んでかなり馬鹿ンなってたみたいでな。ここの領主ぶっ殺す思う気持ちに歯止めが効かんでここまで乗り込んできたところなんや」

「それは酒場か?」

「いや……ここに居る皆は甘いモンを食うてたわ。砂糖たっぷりのクーレプ……やったかな? 露店販売やから多分旅商人や。何の匂いもへんかったから油断してしもうて」


 なるほど。酒場で男を。菓子屋で女性をそれぞれに麻薬を投与したって訳か。単独じゃあ難しいだろうから、複数犯としよう。

 出来ればそいつの容姿も知りたかったので全員に尋ねてみたが、こっちの奴も白いローブを目深にかぶった男と言う情報しか出て来なかった。ますます謎が深まるばかりだな。


「なるほど理解した。ならば我が領主と話をつけてやるから貴殿等も同席するといい。ただし手出しは現金であるぞ。いざとなれば我が殺してでも止める故、馬鹿な考えは起こさぬように」


 話し合いの結果。俺と一緒に応接室に入るのは俺とアニーとリリィさんに、この街で獣人のリーダー的な役割をしているらしいブッシなる女性だらけの中で唯一の男で(イケメン)が行く事になり、他の獣人達は騎士団などを相手に時間を稼いでもらう事にした。

 とりあえず。相手側の事情も聴かないと始まらない。嘘か本当かは、俺がいる限りどんな対策を講じようと多分無意味だと思うけど、口先でそれを信用しろというのは無理があるのは分かってる。だからこっそりとヤジロベーに似た道具を取り出す。


「なんやそれは」

「真偽を見抜く魔道具だと聞いている」

「聞いた事もあらへん魔道具ですなぁ。誰から買ぅたん?」

「うむ。この街の外で出会った夜でも見つけやすそうなほど派手な装いをしていた商人だ。我としては何とも見事な大太刀が欲しかったのだがな。売り物ではないと断られてしまってな。その代わりとしてこれを格安で譲ってもらったのだ。あの奇天烈な姿は一度見たらそうそう忘れる事は出来ぬ不思議な御仁であった」

「その商人はきっとウチ等の知り合いや」

「とても頼りになるええ人や」

「そうであるか。では参ろうか」


 いざ入室してみると、そこにはやはり。既に多くの騎士が武器を手に身構えていて、中にはそれなりに面白い覇気を感じる氷のような女性の姿もある。あれがきっとこの街の最高戦力である騎士団長なのだろう。まさか女性で、しかもクールビューティーそうな見た目がまたグッドだ。


「獣人共……あなた達が一体何をしているのか分かっているのかしら」


 騎士団長であろう女性がそう告げながら当然のように殺気を飛ばし、アニー達も負けじと殺気を飛ばすんでぬるっと両者の間に割って入る。


「まぁ落ち着きたまえ。この度はこちらの獣人達が〈狂乱種〉の麻薬を吸い込まされた事による不幸が招いた結果である。ここらで双方手打ちとしようではないか」

「そういう貴方は何者ですか?」

「我が名はマジ・ツェーゾ。見聞を広める為に世界の旅の途中である」


 とりあえず聖騎士とは名乗らない。そう名乗って後々厄介になって困るし、そんな人間は存在しないんだからな。今はそんな人間が存在しているという事実があれば十分だろ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ