幕間 ~謎の少女?~
「これで全員か?」
「いえ。騎士団で掴んだ情報では20ほどと聞いていますが、死体はその半数にも届きません」
「……情報が漏れていた可能性は?」
「かなり薄いでしょう。今回の編成は行軍訓練との情報を流しておりますので」
副長の説明に、ワタシも愚かな質問をしたと反省し、「そうだったな」と返す。
騎士団長よりもたらされた情報によれば、この犯罪集団〈霧の乞食鼬〉は最低でもレベル20を超える強者達で構成されており、最初の内は冒険者ギルドの依頼として掲示され、幾組かが受けたという情報が入っては来たものの全てが返り討ちにあい、長年に渡って苦汁をなめ続けた。
何故なら、連中にはギック市を治めるゲス貴族の息のかかっており、税収による潤沢な資金で贅沢な暮らしをし、半数の騎士団を私物化し、街道での犯罪行為に対して半ば黙認されているという目を覆いたくなるような惨状が時折行われ、周囲の貴族からの苦情が絶えない。
そんな状況でも、決して少なくない犠牲の上にこいつ等の根城を探し当てた騎士団長は、ワタシという実力者を隊長に任じ、ゲス貴族の息のかかった騎士ではなく、泥臭いと揶揄される平民上がりの叩き上げの騎士を30名も部下として与えて下さった。
この日揃えたのは平民騎士の中でも精鋭。もちろん勝算の高い戦ではあるが油断は禁物だ。相手は貴族の庇護のもと、長年にわたって我々鉄狼騎士団を嘲笑うように子供の誘拐を続けて来た集団。罠などの設置も考慮して腕利きの斥候を加えてある。
おまけに装備も鉄製武具に微弱ながらも魔法耐性の付与されたものを選んで挑んだというのに、いざ蓋を開けてみればこの場に居た敵の半数以上が存在せず、残っていた連中も半分近く死んでいるとの報告を受け、残りも両手足を拘束されて発見された。
被害はゼロだが、功績ももちろんゼロだ。
その全ての事をあの年端もいかなそうな生意気な子供1人でやってのけたなどと言われ、はいそうですかと納得できるほどワタシは阿呆ではない。
先程の敗北はワタシが油断していただけに過ぎないのだからな。きっと達人クラスの何者かが従者として助力したに違いない。
そう決めて、生き残りである盗賊や若い槍使いの男の尋問を部下に任せ、ワタシは奴隷となった子供達を安心させるためにと急ぎ地下牢に足を運んだのだ。
奴隷というものは、得てして従順になるようにあえて常日頃から酷い扱いを受けさせ、心身ともに疲弊させるように生かされる。そうする事で多少の甘言が神からの救いの言葉のようにしみわたり、結果として隷属魔法に対してロクな抵抗もせずに受け入れてしまう。
そうなると奴隷化の解除が難航するため、子供達の心を少しでも早く安心させてやろうと思い、多くの食料と共に急ぎ足で現れたのだが、ワタシを待ち受けていたのは朗らかに笑いながら会話をしたり。謎の札遊びに興じていたり。これが本当に奴隷達か? と疑いたくなるほどの和やかな雰囲気に包まれていた。
「こ、これはいったい……」
「おじさんたちだれ? おねーちゃんのしりあい?」
「わ、ワタシはリリスク・ドリューという。おねーちゃんとやらは知らんが、我々は鉄狼騎士団。君達を助けに来たのだ」
ワタシはまだ20代……決しておじさんなどと呼ばれる年齢ではない事をここに言っておこう。
確かに。幼き頃より年齢を上に見られる事が多く、騎士団に入団する際の試験では多くの人間に年齢で首を傾げられ、中には年齢詐称だと怒声を張り上げる者もいたが、出自の偽装は魔道具によって厳しく調査されるのであり得ないのだが、どうしても年齢を信じてくれない連中は多い。
とはいえ。学のない子供にそんな事を説明しても無駄だろう。それよりもさっさとギック市に連れて行かねばいかなければ貴族に嗅ぎつけられてしまう危険と同時に、騎士団長の名に傷がついてしまう可能性がある。
なので部下にすぐさま指示を飛ばし、急ぎで子供達を種族別に分けて次々に上の階へと送る事にしたのだが――
「おねーちゃんはどこ?」
「おねーちゃんがいないといや!」
「まだ戻ってきていない子が居るんですけど……」
などと言ったセリフをかなりの頻度で聞かされたが、その度にそんな娘は知らないと答えるとかなり悲しそうな表情をしたり、時には泣き出してしまう子供もいて非常に手間を取らされた。
そんなやり取りに辟易としながら流れ作業で見送りを続けていると、黒髪の少女と獣人が3人。それに加えてエルフまでがおずおずと言った様子でワタシに近づいてきた。
「あ、あの……銀髪の子を見ませんでしたでしょうか」
「銀髪?」
「おいしいごはんをたべさせてくれたなのだ」
「もっとおにくたべたいにゃ」
「チカはあめがたべたいにゃう」
「野菜サンド」
「ちょ、ちょっと待て。お前等は知っているか?」
知っているかとの意味も込めて部下達に視線を向けるも、全員が首を横に振った。既に慣れた作業なので全員、特段表情を変える事はない。
「すまないね。どうやら誰も知らないようだ」
「そう……ですか。あの、もし見かける事がありましたらお礼を伝えていただけませんでしょうか」
「ごはんおいしかったなのだ」
「またたべさせてっていってほしいにゃ」
「チカはあまいものもにゃう」
「新鮮野菜」
「そ、それらの願いに応えるのは難しいな。こちらはその少女が何者なのか知らないのだからね。よければ詳細を教えてくれないか? 力になれるかもしれない」
「そ、それでしたら……」
「おしえるなのだ」
「ペルも~」
「チカも」
「教える」
少女達の話を聞く限り、どうやら銀髪の娘はアスカと名乗り、普通に奴隷として連れてこられたらしい。
しかも聖剣持ちだったらしく、その少女自体も売れば金貨どころか白金貨の値がつくのではないかと思えるほどの、幼いながらも美しい容姿を持っているにもかかわらず、弱体化の鎖をいともたやすく破壊した挙句にその状態で平然と魔法を使い、貴族が食べるような上等な白パンに新鮮そのものの葉野菜や肉を、味わった事もない味付けをされた料理を奴隷全員に提供しただけにとどまらず、奴隷商達をどこかへと消し去り。我々騎士団をここまで連れて来てくれたとまで教えてくれた。
とまぁ……おとぎ話であるなら子供が夢中になる吟遊詩人の歌の1つとして十分な物であろうが、いざ現実として語られるとここまで滑稽な事はない。むしろ馬鹿にされているのかとさえ思えてきてしまう。
「なるほど。参考になったよ」
一応礼をしてはおいたが、マリュー侯爵領内だけでも50万に届くだけの領民がいるのだ。その中から詳細な似顔絵もないのに伝えられた通りの人間を探すとなると不可能と言わざるを得ない。
少女達もそれが分かっているのか、しつこく願ってくるような真似もせずに外へと続く階段へと消えていったタイミングで、副長がこっそりと耳打ちをしてくる。
「その少女ですが、尋問にかけた連中も同じような証言をしております。もしかしたらあの銀仮面がそのアスカと言う者だったのでは?」
フム……あの小生意気な奴か。
確かにあいつも貴族のそれと変わらん見事な銀の髪を持ってはいたが、手にしていたのは何てことはないただの鉄の剣だったし、何よりあれは男だ。
幼い故に性別の判断は難しいが、ワタシの勘があれは男だと告げている。その判断は一度として誤った事がない。なにせ〈第六感〉というスキルによって何度も命を助けられてきた。今更このスキルが間違う事はあり得ない。
そもそも聖剣というのは各種族に召喚された勇者のみが持つ事を許される唯一無二の武器であって、どんな間違いが起ころうとも奴隷になってしまうような阿呆なガキが手にできるはずがないのだ。そして勇者はすでに王都で召喚されており、その手には恐ろしいほどの切れ味の聖剣があると聞いている。
馬鹿も休み休み言えと怒鳴りながら副長の寝ぼけている頭をぶん殴って正気に戻してやる。尋問の続きはギック市に戻ってからじっくりと続ければいいだろう。
――――――――――
謎の少女とやらのせいで移動にかなり手間取り、たかが廃砦を脱するのに1時間もかかってしまうとは思いもしなかったな。
「これで全員か?」
「ハッ! 例の少女とやら以外は全員居ります」
「では森の外まで帰還する。各員は子供達の安全を最優先にしろ! これは騎士団長の命である。背けば貴様等の首どころではすまぬし、騎士団長の名に傷がつくと思え!」
そう発破をかけてやらんと、中には他種族というだけで無益な暴行を加える愚か者がいるからな。
こうして。総数で99の奴隷を引き連れての大行軍が始まった訳なのだが、ここに来るまでにあれほど襲撃してきていたはずの魔物が驚くほどその数を減らし、向かってくるのはせいぜいが甲虫鼠や餓鬼といった10レベルにも満たないザコばかりで全くと言っていいほど戦闘らしい戦闘になる事は無かった。
結局。まるで本当に行軍訓練のような他愛ない帰り道を淡々とした足取りで出発点へと戻って来たわけだが、何故かここに居た部下達はボロボロの様相となっていた。
「お、お前達!? いったい何があったというのだ!」
「それが……突然にゴブリンの群れに襲われまして」
「ゴブリンだと!?」
馬鹿な……ゴブリンと言えばレベルこそ3~7程度の魔物だが、侮れないのはその圧倒的な数による人海戦術にある。
少なくとも100に迫る集団でもって襲い掛かる為に、我が騎士団でも定期的に排除しているが尋常ならざる繁殖力で増える一方という何とも厄介極まる魔物。地面の荒れようを見る限り嘘を言っている訳ではないのは確実だ。
しかし。そんなゴブリン集団に襲われて何故10人程度しか居ない馬守連中が一頭も馬を失わず1人も欠ける事もなく無事でいられたのか。そんな疑問を部下達に問いかけてみたところ。ここでも銀髪の少女がたった1人でゴブリンの9割以上を倒してしまったと馬鹿げた説明を聞く事になるとは。
「で? その娘はどっちに向かったか覚えているか?」
アスカなる少女を知る子供達の手前、一応尋ねる事にした。
ここからだと一番近いのはもちろんギック市だ。他にもマリュー侯爵領にはいくつかの村や集落が存在しているが、どれもこれもギック市の倍以上の距離があるのに加えて、中には道中が過酷を極める集落も存在する。
それは件の少女も分かっていたようで、全員が口をそろえてギック市へ向かったと説明したが、なぜか一様に額を押さえながらだったのが疑問だ。恐らく怪我が痛むのだろう。
しかし……どいつもこいつも二言目には銀髪の少女と口にする。まるで全員が白昼夢を見ているんじゃないかと疑いたくもなるが、その全てはギック市に到着すれば分かる事だ。
世界を相手に人探しと言われれば白旗を上げてしまうしかないが、ギック市は我等が庭。決して逃がしはしない。