case:3 【×長女の場合】Act.2
今日は全校集会やら、ホームルームでの自己紹介などがあるが午前授業で、本格的な授業は明日から。
とはいっても、各授業のオリエンテーションやらなんやらで数日はまともに授業は無い。
テストも前期中間考査にはまだまだ時間が有るし、始まりのテストは範囲も狭い。
だから朝の時間はのんびり読書にふけることができる。
「・・・あのさ、現実逃避してるところ悪いけどさ京ちゃん」
現実逃避とは失礼である。
いつもどうり私は朝の読書を楽しんでいるだけだというのに。
「なに?よっちゃん、私今本読んでるんだけど」
「いや、つったって・・・本逆さまだよ?」
・・・っ!?
本当に反対だった、どうりで読み始めなのに栞が後ろのほうにあるし見たことのない文字が並んでいたわけだ。
改めて私は本の向きを直し、読書にふける。
「いや、あのさ、確かに智ちゃんさんちょっとやりすぎかなぁとは思うときもあるけど基本いい人じゃん」
「・・・そうだけど、同じ学校のそれも教師だったら状況は違う、でしょ?」
よっちゃんの言いたいこともわかる。
確かに私は姉が嫌いなわけでもない、けどだからといって学校の人間に姉のそれを知られるのは話が違うわけである。
よっちゃんは「そういうものかなぁ」などと暢気なことを言ってはいるが、これはそうなってみないとわからないことなのだ。
ともあれ、まだそうと決まった訳ではない。
一旦落ち着いて、どうせ姉が赴任先を聞いても教えてこなかったのは私の通っている学校を志望するも採用されなかったから言うに言い出せなかっただけに違いない。
嫌な想像を追い出すように他愛のない話を続けていると始業のチャイムがなり続けてスピーカーから体育館に集まるよう教師からの号令が出る。
教室の皆もそれを受けぞろぞろと教室を後にする。
いよいよこの時が来てしまったか。
他の皆はおそらく1年の時の長期休暇明けの様な気だるさなどが入り乱れた感じなのだろうが私は否である。
おそらく私の杞憂であるだろうが、もしも、もしもそれが杞憂でなければ私の高校生活は、見るも無残に打ち消えてしまう。
それを思うと体育館に向かうはずの足が段々と重くなる。
「京ちゃん大丈夫?・・・おっぱい揉む?」
・・・これだからよっちゃんは。
よっちゃんは私と違って生粋の現代っ子だ。
私はそこら辺よくわからないがたぶんそういった類の物なのだろう。
ただ、励まそうとしてくれている事は言葉が変でも伝わるものである。
「ありがとよっちゃん、大丈夫いらない」
端的に返す私に「じゃあ」などと言葉を続けようとするものだから調子に乗るな、とおでこを小突く。
だが、よっちゃんのおかげで決心も着いた。
足取りをたしかに体育館へと向かう。
そうだ所詮予感は予感、当たる方がまれである。
あ、胃が痛くなってきた。
だが、もう時は既に遅く体育館で私含む皆が新しく組みわけられたクラスごとに並び終わって集会が始まるのを今かと待っている状態だった。
「えー、静かに・・・これより全校集会を始めます。まずは校長先生からのお話です」
そしてとうとうこの時が、私の位置からは新任の教師の顔が見えず確認は出来ないが。
校長の話が終わったあとに新任の教師の紹介と言った流れだろうがまぁ、例に漏れず校長先生の話とは長いものでその間も胃がキリキリと痛み出す。
なぜ私がこんな思いをしなければならないのか、これも全部姉のせいである。
予想はずれだとしても、もう今日という日に起きる悪運は全て姉のせいである。
これは駅前の50個限定プリンでも買ってもらわなければ割に合わない。
しばらくして校長先生の新学期の心得や先輩としての気遣いについての話が終わりを見せ、とうとう新任教師の紹介と。
そして数名の教師が順にステージ上へと上がる。
その中にものすごく見慣れた顔があったのを見てしまった。
見たくは無かったその顔を見た瞬間、目を閉じて気づかないフリをしようとした。
・・・が
「えー続きまして藤間先生です」
「はい、皆さんはじめまして藤間智と申します。担当は数学です」
教頭先生の紹介で姉が簡単な自己紹介を始めるが私の耳には入ってこない。
なぜ本当に姉が此処にいるのか、それだけが頭の中で延々と反復されていた。
そして気がつけば一時間弱の集会はいつの間にか終わっていた。
・・・は?え、いや自分の姉が同じ学校の教師になるという衝撃のせいでその後の話をまったく聴けて居なかった。
正直妹も明日から同じ学校の一年として入学することを考えたら、私はいつか不登校になってしまうのでは無いか。
もはや駅前のプリンで手を打つとか言うレベルでは無い。
そうやって悶々考えている内に場所は変わって教室へ。
途中よっちゃんが「まぁ頑張ってや」とすごく憐れむように肩をたたいてきた。
他人事だと思ってこの幼馴染は・・・
はぁ、でもなってしまったものはしょうがない。
頭を切り替え、いかに学校での厄介ごとから逃れるかそれを考えよう。
すると教室のドアが開かれ、資材をとりに言っていたであろう生徒数人が入ってきた。
そういえば私としたことが集会でまったく話を聞いていなかったために自分のクラスの担任が誰か解らないじゃないか。
・・・おや?なんだか寒気がする。
まさか、まさかそんなことは無い。無いはずだそう願いたい。
しかし世は斯くも無情なり、である。
教室のドアを最後にくぐり教壇に立ったのは紛れもなく私の姉だった。
よっちゃんのあの憐れむ様な視線はこういう意味だったのだと気づく。
ここに来てまで私は何かの冗談であることを切に願ったが、まあ目の前に居てしまっているのだからそれはもう詮の無いことであきらめるしかないのだが。
教壇に立った姉は姉で私を見つけてはニマニマと、いつも見ているから解る、私にとって悪い事を考えているときの顔をしていた。
せめて、せめて大勢居るこの教室内で意味解らないことをやらかさないことを祈る。
さっきから祈ったり願ったりばっかりだなぁと他人事のように笑ってしまう。
「えーでは、今日から貴方達の担任になります藤間智です、担当は数学になります。気軽に智先生と呼んで下さい」
・・・なんだ、嫌にこちらを見てニヤニヤしていたから警戒してしまったが、きちんと先生やっているではないか。
あまりに拍子抜けし安堵にため息を吐いてしまう。
「さてそれでは、皆さんの自己紹介、と本来では行くところですが・・・」
『?』
おや?
なんだか嫌な予感が再び、私の背筋が凍る。
クラスの一同も普通とはかけ離れた進行をする我が姉にハテナを浮かべている。
「皆さんのことは赴任が決まったときから名簿を見て大体のことは把握しています。後のことはおいおい知っていく所存です」
ふむ、昔からだが姉は記憶力がよく昔はよく一夜漬けなどをしていたのを見ていたからこの程度のことでは驚かない。
もちろんよっちゃん以外のクラスの皆はぽかんとしているが。
ただ、この姉のことだ、自己紹介の必要が無いからさぁ終わり、と言うわけも無く。
絶賛寒気は続いているわけで。
「ただ、一人だけどうしても自己紹介いただきたい人がおりまして」
うん、コレはいけない、いけない流れのやつだ。
よっちゃんも感づいて後ろで笑いをこらえていやがる。
他人事だと思いやがって。
「えーでは、藤間京さぁん。自己紹介おねがいします。」
ほらこれだ。
何で私一人だけ皆の前で自己紹介しなければならないと言うのだ。
姉の中にはそれを強要させられる本人の気持ちと言うものが圧倒的にかけているのだ。
いつまでもそれに振り回されるのは限って私と言うことを此処に明記しておく。
「・・・あれ、出席番号38番・藤間京さ~ん?」
出席番号まで呼ばれてしまったものだから皆の視線が集まってしまう。
こうなっては仕方ない。
でるところ出てやろうではないか。
「・・・あ~出席番号38番藤間京です。以上」
とか粋がってみたけどクラスの人に目をつけられたくないからあくまでおとなしくしておくことに。
「はいはい質問で~す、藤間京さんはお姉さんが居たりするんですか~?」
そんな私の
・・・この姉は一体何を考えているのか、目の前にいる本人がそうであろうに。
「妹もいますがそれが何か?」
「はいは~い妹のことはどうでもいいですが、奇遇ですねぇ、先生も妹がおりまして」
姉のニマニマが余計濃くなっていく。
今までピンときてなかった生徒まで私のことを哀れむような目で見始めてきた。
「ちなみにお姉さんのお名前はなんていうんでしょうかぁ?」
こいつ・・・
「・・まと・・・・」
「え?えぇ?なんですか?」
ぼそぼそっと、せめて姉の思うとおりにさせまいと小さな抵抗を試みる。
しかし先生の調子に乗った態度に周りの皆もさっさと言ってあげろよ。見たいな冷めた視線を向けてくるようになってきた。
あーはいはい、分かりましたよ。
「藤間智、です」
さぁ、言ったぞ、言ってやったぞ。
まぁ、どうなるかは何となく分かるけど・・・おいよっちゃん笑いやがって、後で覚えておけ。
「えぇ!?あれぇ?そう言えば我が愛しの妹、京ちゃんじゃない!!名前が同じだからおかしいなぁ、と思ってたけどあまりにも可愛さが輝いていて目が眩んでわからなかったわ!!」
・・・全く白々しい、なにがしたいのだこの姉は。
皆もそれは何となく分かってるけど、何が言いたいんだろうこの人
みたいな目にもなってるし今ではただただ頭のおかしい人だ。
「え、え?ということはお姉ちゃん京ちゃんと同じクラスやったわ、これで京ちゃんに、近づく悪い虫を監視できるのねぇ」
姉の目がぎらりと男子のみならず女子までも睨みつける。
おいおい、よもやそれだけが目的とか言わないよね、いや、姉の事だから素直に否定出来ないのが痛い。
クラスの皆の中ではおそらくもう姉は頭のおかしい人で確定なのだろう。