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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第三部
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第四章 王太子の戴冠(4)

 回答の用意されていないものに悩まされることほど、煩わしく無駄なことはないと思う。

(この件は、また保留だな……)

 ガルにどうして守ってくれようとするんだ、と問うたところで、彼自身も答えを持っていない。なんとなく、そうしたいから。そんな返事があるだけだろう。だからアイザは、気持ちを切り替えるように息を吐き出した。

「……兄さんがガルに会いたかった理由は、わたしに関係があるんですか?」

「むしろアイザに関係ないことなら、私が彼に会う理由はないね」

 アイザの問いにイアランはくすくすと笑った。王太子としてはガルにはさほど興味があるわけではなく、あくまでこれはイアラン個人の好奇心だ。

 そりゃそうだ、とガルは小さく呟くのが聞こえた。

「これでもね、君の周囲については、一応警戒しているんだよ」

 イアランが慎重に言葉を選んでいるのが伝わってくる。

 アイザも、イアランやタシアンが警戒していることには気づいていた。過保護と言えるまでの送迎もそのひとつだったはずだ。

 秘されたとはいえ女王の血を引く娘。それは驚くほど簡単に騒乱の種になりうる真実でもある。アイザもそれを自覚しているから、やりすぎなのではと思っても拒みはしなかった。

(……ガルのことを警戒しているってこと? わたしに危害を加えないかどうかって?)

 ありえない、と笑ってしまうほど想像できない。だってガルは、今までもアイザが不思議になるくらいに助けてくれたのに。

 万が一彼がアイザに危害を加えることがあるとしたら、それはきっと原因はアイザにあるのだろう。

「ガルは平気です」

 アイザはきっぱりと言い切った。なんの疑問も迷いもない声にイアランは微笑む。

「うん、そうだろうとは思ったけど、会ってみたら確信できた。彼は君を害することはないだろうね」

 イアランがちらりとガルを見る。改まった場であるからか、それとも相手が王太子だからか――ガルはいつもより口数が少ない。居心地悪そうに目を泳がせていた。

「彼に対しては、期待もあったんだ」

 イアランに見つめられて、ガルは胡乱気な顔をする。

「期待……? 俺に?」

 アイザも何故、と首を傾げる。イアランの目は優しい兄の目であると同時に王の目をしていた。

 ただ優しいだけではなく。

「君を守る牙は、多いに越したことはない」

(……ああ、だからわたしの騎士、か)

 主従という意味ではなく、単純にアイザを守る人間を求めていたのだ。何よりもアイザのことを優先して、忠実にアイザを守る剣をイアランは欲していた。

 ただのイアランとしての希望と、王太子としての予防線。そんなところだろうか。

「……わたしよりもイアラン兄さんのほうが重要だと思いますけど」

 なんといっても、即位を控えた身でもある。イアラン自身がどれだけ自衛の術を持っているかは知らないが、アイザのように魔法を使えるわけでもない。

「私には優秀な騎士団がいるからねぇ」

 ――ね? と声をかけられたタシアンがため息を吐き出した。

「殿下の剣が優秀なのは当然でしょう」

「タシアンもいるしね」

「……俺はあなたの剣ですから」

茶化すように笑うイアランに、タシアンは真面目に答える。その二人の間には確かな信頼を感じるが、

(兄、とは言わないんだな)

 タシアンがもう一人の兄であると気づけなかった理由のひとつだ。タシアンとイアランの間には、兄弟らしい空気がない。あるのは主従という明確な関係だけだ。

 二人とも、アイザに対しては兄の顔を見せるのに。

「そろそろ時間切れかな。ああアイザ、最後にひとつ」

「はい?」

「もしも会いたい人がいるなら、こちらで手配するけど?」

(……会いたい、人?)

 王都に知り合いはほとんどいない。タニアやダンには、折を見て挨拶に行けばいいし、何よりイアランとこうして会えたのだから目的はほぼ達成している。

 ああ、でも――。

「魔法使いのおじいさんと、宰相閣下にはご挨拶したいです」

 二人とも、以前お世話になった。会う機会があるのなら、一度お礼を言っておかなければと思っていたのだ。

 前回は、慌ただしくこの城を去ったから。

「魔法使い……ああ、ファリスのことかな。彼なら薬草園あたりにいるだろうからこのあと行ってみるといい。宰相はそのうち時間を作らせるよ」

「ありがとうございます」

 このあとの予定が特になかったが、これでやることができた。

「レーリ、おまえは」

「アイザとガルについていますよ。何かあれば呼んでください」

 わかっていると言わんばかりにレーリがタシアンの指示を遮った。こちらの主従は時折主従らしくない。

「城の中なら安全じゃ……?」

 この期に及んでまだ護衛をつけるのかとアイザは困ったように首を傾げるが、タシアンに呆れたような顔をされた。

「おまえ、前にあんな目に遭っていてよくそんなことが言えるな」

(……ごもっとも)

 アイザが危険な目に遭ったのは何を隠そう城の中のことである。

 とはいえ、イアランがいる今危険なんてないとは思うが。

(大人しく言うことを聞いたほうがいいんだろうなぁ)

 小さく苦笑して、アイザはひとまず納得することにした。

「それじゃあアイザ。夜は一緒に夕飯を食べようね」

「は、はい?」

 突然のイアランの誘いに部屋を出ようとしていたアイザの手足が止まる。そんな話しただろうか、と自分の記憶を疑いたくなるくらい、イアランは決定事項のように告げていた。

「殿下、夜はしっかり会食の予定が入っていたと思いますが?」

 即座にタシアンが割り込んできて、イアランをじろりと睨む。あ、やっぱりそんな約束はしてなかったよな、とアイザは笑った。

「なんで君がそんなことまで覚えてるのかなぁ……」

 頬を膨らませるイアランは子どものようだ。そんな駄々をこねる姿もタシアンにはなんの効果もないらしい。

「殿下の護衛ですから」

「国境騎士団の団長さんは暇なのかな?」

「人を忙殺する勢いで仕事を詰め込むあなたが言いますかそれを」

 煽るようなイアランの発言にタシアンは苛立ちを募らせるばかりだ。

 そんな二人のやり取りにアイザは苦笑する。

「……あれはいつものことなの?」

「いつものことですね」

 もしかすると、あれはあれで兄弟のじゃれあいなのかも……しれない。




 レーリに案内された薬草園は、以前アイザが足を踏み入れた場所で合っていた。あの時は夜で薬草園の様子はよくわからなかったが、太陽の下で見るそれはたくさんの薬草が植わっているのがよくわかる。

 なかにはマギヴィルで学んだ、魔法薬に使うものもあった。

「おや、珍しく客人だ」

 ファリス――アイザが魔法使いのおじいさん、と呼んでいた彼は、アイザの姿を見つけると目を細めた。

「お久しぶりです」

「今日は彼も一緒なのだね」

 アイザの隣に並ぶガルを見て、ファリスは告げる。アイザが囚われていたとき、ガルに部屋までの道案内をしてくれたのはこの人だ。

「以前は、お礼を言うこともできなかったので」

「礼を言われることはしておらんよ」

「それでも、ありがとうございました」

 ファリスにとっては罪滅ぼしのような行為だったとしても、あの時ガルは助けられたし、そうしてやって来たガルにアイザは救われた。

「……まだ城にいらっしゃるとは思いませんでした」

 魔法を使えない地であるルテティアで、魔法使いに与えられる仕事はほとんどない。

「殿下から頼まれてしまっては、断るわけにもいかない」

「……殿下に?」

「魔法を再び使える土地に。殿下はそう願っておられるようだ。魔法が使えない魔法使いでも、その知識は必要だと」

 アイザも以前イアランに言われたことがある。ルテティアに、もう一度魔法を。精霊たちとの共存を望んでいる、と。

 そのために魔法使いが有する知識が必要だというのは、なるほど確かにその通りだ。

「かつてはこの薬草たちへの水やりひとつにしてみても、魔法を使えば一瞬だった。手間暇かける今のやり方も嫌いではないがね」

 だがその分、たくさんの薬草を育てることはできない。ファリスは残念そうに目を伏せた。

「……手伝いましょうか?」

 薬草の扱いは授業でもやっている。

(どうせ城にいてもやることはないし)

「殿下の客人にそのような真似はさせられないだろう」

「殿下はそんなことでお怒りになる方ではないでしょう」

 アイザがやりたいのだと言ったことを、頭ごなしにダメだとは言わないだろう。

「じゃあ俺も手伝おうかな。力仕事とか」

「……力仕事だけな」

 ガルに任せたら雑草を抜くつもりで薬草を根こそぎ引っこ抜きそうだ。

「勉強にもなりますし、華やかな場所は苦手なのでここに居させてもらえると嬉しいです」

「……ならば頼むとしようかね。ちょうど植え替えをしようと思っていたところだ」

 人手が増えるのはありがたい、と笑うファリスにアイザもほっとした。この広すぎる王城の中で、一人暇を持て余すことだけは避けたかったのだ。




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