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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第三部
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第四章 王太子の戴冠(1)

 王都は、いつもに増して賑わいを見せている。

行き交う人々は陽気に笑い合い、立ち並ぶ店は活気に満ちていた。

「……前に来たときより賑やかだよな?」

 馬車の中から街の様子を見ながら、アイザは呟いた。

「戴冠式が近いからな。ここ最近はお祭り騒ぎだ」

「他国からの観光客も増えていますからね」

タシアンとレーリが慣れた様子で答える。ガルは楽しそう目を輝かせて外を見ていた。

(観光客……そうなんだ……)

 ということは、国境で会った不思議な青年も戴冠式に合わせた観光客だったのだろうか。そんな雰囲気は微塵も感じられなかったが。

「悪いがすぐ城に行く。真っ先に行かないと殿下がうるさいだろうからな」

「え、でもこんな格好で」

 アイザやガル、そしてタシアンも旅装のままだ。動きやすいシンプルなワンピースに、上着を着ているだけの姿。城に入るには不似合いだろう。

「城に入るだけなら問題ない。殿下に会うなら着替える必要があるだろうが」

「着替えって……そんな大それた服持ってないけど」

「用意してある」

 ……なぜしっかり用意されているのだろう。

 戴冠式用のドレスについては、手紙でも知らされていた。けれどタシアンの口ぶりだとそれだけではなさそうだ。

「……宿屋だけは先にとっておいたほうがよくないか?」

 観光客が多いのなら、宿屋もいっぱいになっているかもしれない。後回しにして宿がとれないなんて事態になったら笑えない話だ。

 どうにも嫌な予感がして、アイザが問いかけると、タシアンは目を合わせずに答えた。

「泊まるのは城だ」

「なんで!?」

やっぱり!と叫びだしたくなりながらアイザは御者席に向かって食いかかった。

「おまえは一応殿下の招待を受けていることになるからな」

「城で寝泊まりするような上品な育ちじゃないぞ!?」

「そんなに上品な連中の集まりじゃないさ、城も」

(わたしとタシアンじゃ上品の基準が違う気がする……!)

「ガ、ガルは!?」

「不本意ながらそいつの部屋も用意してある。安心しろ、貴賓室なんてたいそうな部屋は用意さしてないはずだ」

「アイザ、前だって城に泊まったんだろ? 初めてじゃないんだから気にすることないじゃん」

「あの時はそれどころじゃなかったから……!」

 以前ルテティアの王城に泊まったのは、連れ去られてほぼ軟禁状態だったのだ。不可抗力である。

 そのあとだって、服装だのマナーだの気にしているような余裕はなかった。

 だが今回は正式にアイザは城に宿泊するらしい。

(戴冠式だって、無作法をしないか心配なのに……!)

 それでもイアランの戴冠だ。アイザだって祝いたいし、その瞬間をこの目におさめることができたらと思っている。

 しかしその前にこんな難事が待ち受けていようとは。

「それに、ノルダインの王城には遊びに行ったんだろ? 同じだよ」

「泊まりと訪問は同じじゃない! それにあれは、城門を通らずにミシェルさんの私室に行って帰ってきただけだろ!? 全然違う!」

「俺にしてみれば同じだと思うけど」

 不思議そうに首を傾げるガルにどこが同じなんだとアイザは叫びたくなった。

「……随分彼女と仲良くなったんですね」

 御者席からくすくすと笑う声がして、アイザは顔を上げた。レーリだ。

 そういえば、レーリもミシェルの友人の一人ではなかったか。

「いや、そんなに頻繁に会っていたわけじゃないんだ。でもミシェルさんは素敵な人だと思う」

「身分に囚われない人ではありますね」

でなければ、俺と友人だなんて公言しないでしょう、とレーリは笑う。

 ミシェルはセリカのことも友人だと言っていた。護衛を務めていた間柄で、それは珍しいかもしれない。

(でもクリスも、ニーリーたちのことただの護衛とは思ってないよなぁ)

 むしろニーリーやナシオンが護衛なのだと線引きしている節はある。

「そんな顔するくらいなら、突き放したりしなければよかったんですよ」

 小さなレーリの声は、アイザに向けたものではない。御者席にいるタシアンの表情は、もちろんアイザには見えない。

(……やっぱり、タシアンって……)

 少なからず、ミシェルのことを大事に思っているのだろう。もはや無関係だと割り切っているのなら、レーリにからかわれるような顔はしないはずだ。

「……無駄口叩くな」

「今は勤務時間外だという認識だったんですが」

 上司に注意される理由はありませんね、とレーリはさらりと返す。

(殿下とゆっくり話すような機会はあるかな。……あると、うれしいんだけど)

 ミシェルとの婚約について、イアランからも話を聞こうと思っていた。彼がタシアンとミシェルの関係を知らないはずがない。

 知っていて、国益の為に婚約するのだろうか。それとも、なにか思惑はあるのだろうか。

 ……他に道はないのだろうか。

 出過ぎた真似だと思う。アイザはただの学生だ。王女という身分は、はじめからなかったし手を伸ばすこともしなかった。

 ただアイザ・ルイスでありたいと。

 その願いを叶えてもらっておきながら、口を挟むのはどうかと思う。恥知らずもいいところだ。

(けどわたしがそう望むのは、ただのアイザとしてだから)

 だから、望むことくらいは。望んで、口にすることくらいは。

 許されて、ほしい。




 正門を通るのかと思われた馬車は、ひっそりとした通用門を通った。正門を通るにはあまりに質素な馬車だ。戴冠式を前に華やぐ城には場違いだったのかもしれない。

「ガルの部屋は騎士団の宿舎だ。アイザは王城の東の離宮にある」

「え、俺の部屋ってアイザの部屋の近くじゃないの?」

 アイザもてっきりガルの部屋は近くに用意されるものだと思っていた。

「おまけのおまえが城に部屋を用意してもらえると思うな」

「ケチだな」

「城から放り出すぞ」

 不満げなガルを睨みながらタシアンが軽く小突いている。ガルも城を放り出されるのは困るからか、文句はあってもそれ以上は口に出してこない。

(というか……)

「……わたしも騎士団のほうでいいのに」

 上等な部屋を用意されても、かえって落ち着かない。宿舎の空き部屋を借りるくらいでちょうどいいのだが。

「馬鹿言うな。女の子を泊められるような場所じゃない」

「あんなところにアイザを連れて行ったら殿下から何を言われるか」

 タシアンとレーリに真面目な顔で言い返されて、アイザは首を傾げる。

「……騎士団の宿舎ってそんな危ないところなのか?」

 アイザの素直な問いかけに、タシアンとレーリは渋い顔をした。頭が痛むのだろうか、タシアンはこめかみを押さえている。

「どうであれ、殿下が招待した人間を騎士団で寝泊まりさせるわけにはいかない」

「まぁ……それもそうか」

 先に騎士団へと立ち寄ることになって、アイザは大人しくタシアンの背を追いかけた。

 広い背中は、あれこれを背負ってひどく重そうにも見えるし、頼もしくも見える。

「あれ、団長戻っていたんですか」

「今さっきな」

 すれ違う騎士と短い会話をしたあとで、タシアンの後ろにいるアイザやガルを一瞥してくる。騎士団にいるのも、王城にいるのも不似合いな存在だ。気になるのも無理ないだろう。

「こっちのガキはしばらくここに置く。空き部屋用意してるな?」

「ああ、言われていたとおり掃除してあります。入団ですか?」

「まさか。まだ学生だ。マギヴィルの」

「団長の古巣っすねー」

 よくよく見れば男の着ている服は王立騎士団のものだ。それだというのに、随分とタシアンと打ち解けている。

「彼はもともと国境騎士団にいた人ですよ」

 アイザが警戒したのが伝わったのだろうか、背後にいたレーリがこっそりと耳打ちしてきた。

「あなたを襲った者たちはすべて騎士の資格を剥奪されて王都からは追放されています」

 だから大丈夫ですよ、と囁く声に、アイザはほっと息を吐き出した。どうにも王城にはあまりいい思い出がなく、肩に力が入る。

「ガル、そいつに部屋に案内してもらって荷物置いて来い」

「そのあとは?」

「外で待ってりゃいい」

 ガルは一瞬アイザを見たあとで「わかった」と頷いた。

 ここでアイザと離れたくないとごねるほど子どもではないらしい。

「わたしたちは?」

「おまえを部屋に連れて行くまえに俺が着替えないとな」

 レーリは上着は脱いでいたものの、騎士団の服を着ている。しかしタシアンは旅装のままだ。

 少し歩いて、タシアンは一つの部屋に入る。入ってすぐ目に入るのは、少し散らかったままの机と、その手前にある小さめのソファだ。

「……着替えるならわたしは外にいたほうがいいんじゃないか?」

「奥の寝室で着替えてくるから問題ない」

 と言って、タシアンはすぐに奥の部屋に行ってしまった。

「……ここって、ただの団員用の部屋じゃないよな?」

 広い上に、調度品だって揃っている。ただの団員にここまでの部屋を与えるはずがない。

 だが、タシアンは王都においては『国境騎士団の団長』であって、王立騎士団の一員ではないはずだ。

「もちろん。団長用の私室です」

「国境騎士団の?」

「まさか。王立騎士団のですよ」

 笑って答えるレーリに、アイザはますます困惑して首を傾げる。

「……どういうこと?」

「あなたが巻き込まれた一件で、王立騎士団はかなり編制が変わりましたからね。当然当時の団長も罰せられ、団長の椅子が空いているんです。暫定的に、タシアンが二つの団をまとめている状態ですね」

(それってつまり……)

「タシアンって今ものすごく忙しかったんじゃ……」

 そんな人を迎えに呼んでしまったのか、とアイザは青ざめた。

 どう考えても、他国へ小娘一人を迎えに行くような時間があったとは思えない。相当な無理をしたのだろう。

「おまえを迎えに行く口実で、休暇が取れたようなもんだ」

 振り返ると、タシアンが騎士団の制服を着て立っていた。藍色の制服は国境騎士団のものであるが、胸にアイリスの紋章を象ったブローチをしている。

 タシアンは同じ藍色の上着をレーリに投げると、アイザの横に並んでくしゃりとその頭を撫でた。

「行くぞ」

 レーリもさっと上着を羽織って、いつの間にかアイザの両脇には二人の騎士が並ぶ。

 背の高いタシアンとレーリに囲まれていると、鉄壁の守りのなかにいるような錯覚を覚える。まして、足元にはルーもいるのだ。この状態でアイザに危害を加えることのできる人間などいないだろう。

「……まるでお姫様にでもなったみたいだ」

 タシアンを見上げて笑うと、彼もアイザを見下ろして笑みを返した。

「おまえの騎士は俺たちではないけどな」

 タシアンが扉を開けてくれる。エスコートされるように外へ出ると、赤い髪が振り返った。

 眩い金の目は、まっすぐにアイザに向けられている。


「アイザ!」


 ――ほらな、と小さく笑うタシアンに、アイザは気恥ずかしくて何も言えなかった。

 


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