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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第三部
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第三章 帰郷(1)

 四日目と五日目の試験結果は壊滅的だったものの、アイザはなんとか補習は免れた。

 その二日間に受ける教科が少なかったことと、試験のみではなくレポートの評価の対象になるものだったのが救いだろう。さっぱり使い物にならなくなった頭でもどうにか平均点を叩き出したのは、アイザの日々の努力の賜物としか言いようがない。

 試験の結果が戻ってきて、アイザは胸を撫で下ろしながら生徒のいなくなった教室のなかで机に突っ伏していた。

「……よかったな補習がなくて」

 クリスの労いに、アイザは素直に頷いた。補習などありえない、あってはならないと思っていたのに蓋を開けてみればかなりぎりぎりだった。それもこれもすべてガルのせいである。怒りと困惑と動揺が混じり混ざって、あれから五日経つが今もなおガルを避ける行為は続行されている。

「馬鹿犬も一緒に国に帰るんだろ? いいかげん関係修復しておけよ」

 他に生徒がいないからだろうか、クリスはすっかり素で話している。近頃はアイザと一緒にいるときは素のほうが多いくらいだ。アイザの側だとルーがいるのでクリスも気を抜いているのだろう。

「……うぅ」

 関係修復と言われても、とアイザは小さく唸った。意識しているのはアイザだけだ。ガルはあの朝以来、なんてことない顔でアイザを見つければ手を振ってくる。それがまたなんだか悔しいのだ。

 最初のアレは事故だったのだから忘れるとして、二回目のアレは忘れるには理由がない。ガルの真意もわからないまま、アイザは一人で頭を悩ませているのである。

(忘れる理由がないならどうすればいい……!)

 色恋沙汰など今まで生きてきてまったく縁がなかった。女友達もいないアイザにはその手の話を聞いたこともない。

「ほら、寮に帰るぞ。荷造りもまだ終わってないだろおまえ」

 ルテティアに帰るための準備は半分ほどまでしかできていない。どうしても道中ガルも一緒なのだと思うと手が止まってしまうのだ。

 のろのろと席を立ちクリスのあとをついて行く。試験の結果も出て、学園のなかはすっかり長期休暇の気分でいっぱいになっていた。早ければ今日の夕刻にもマギヴィルを発ち故郷へ帰る者もいる。


「あっ!アイザー!」


 廊下を歩いていると、外から今一番聞きたくない声が聞こえた。

 無邪気に手を振るのはガルである。アイザとは違ってむしろ晴れ晴れとした顔をしているのがまた腹立たしい。

「俺、補習なしだった!」

 ガルは嬉しそうに報告してくるが、アイザとしてはますます腹立たしくなってくる。

(あの馬鹿のせいで……! こっちは試験が危うかったっていうのに……!)

 こっちは散々振り回されて、まさか補習になるのではと不安になっていたのに、原因のガルは平気とはどういうことだ。理不尽ではないか。

 アイザは無視を決め込んですたすたと歩き、ガルに気づいて立ち止まっていたクリスさえ追い抜く。

 アイザ、と再びガルの声が聞こえたがアイザは足を止めることはなかった。立ち止まったままのクリスは呆れた顔で「おまえは本当に何をやらかしたんだ」と呟いていた。


 むかむかと腹を立てながら歩いていると、アイザの向かう先でセリカが手を振って待っていた。試験も終わったことで教師たちも慌ただしさから解放されて、いつもよりも穏やかな表情になっている。しかしセリカはどこか強張った顔をしていた。

「試験お疲れ様、あなたの保護者が着いたらしいわよ」

 ――保護者。

 意味深な言い方にアイザは首を傾げた。

「……タシアンのことですか?」

 自称保護者のルーは今もアイザの足元で尻尾を振っている。他に心当たりがあるとすれば、タシアン以外にいない。そして彼はアイザを迎えに来るためにこちらに向かってきているはずだ。

「到着は明日くらいだって聞いていたのに……」

「思いの外早く着いたみたいね。あいつのことだもの、アイザのために急いできたんでしょう」

 親しげな口調に、そういえばセリカはタシアンの知り合いだったのだと思い出した。タシアンのルームメイトであったミシェルの護衛を務めていたセリカにとって、タシアンはあまりいい印象がないのかもしれない。けれど友人であったことには変わりないから、冷たい態度をとることもできない――そんな顔をしている。

「商業区で待たせているけど、どうする?」

 まだ夕暮れ前で時間はある。このまま商業区へ行って、タシアンと夕食をとってきてもいいかもしれない。

(その方がガルと会わずに済むしな……)

 置いてきてしまったクリスにはルーに伝言でも頼めばいいだろう。

「ゆっくりしてくればいいんじゃない? 兄妹水入らずで」

 試験を頑張ったご褒美でも強請ればいいわ、と笑うセリカに、アイザはすっかり忘れ去っていた問題を思い出した。

「……そうですね、タシアンには問い詰めたいこともあるので」


 ――兄なのだと言わなかったタシアンは、アイザがその事実を知ったことを知らないままだろう。




 アイザがルーに伝言を頼み、一人で学園の正門を出たところで、タシアンは待っていた。夕焼けに染まる亜麻色の髪は、やはりアイザの濃い灰色の髪とは似ても似つかない。引き締まった身体も、異性であることを抜きにしても運動の苦手なアイザとは違うし、まじまじとタシアンの顔を見てみてもアイザは自分と似通ったものを見つけ出すことはできなかった。

「久しぶりだな」

 唯一、アイザを見つめてくる瞳だけが同じ青だ。

(そういえば、女王あのひとも青い目だった……)

 アイザの父・リュースは濃い灰色の瞳だった。瞳の色なんて気にしたことはなかったけれど、おそらく母親に似たということなのだろう。

「うん、久しぶり」

 タシアンとは手紙でやり取りはしていたものの、こうして顔を合わせるのはアイザの故郷で別れて以来だ。長い付き合いというわけでもないのに、こうして顔を合わせると安心感があるのは不思議だ。

「てっきりあの馬鹿も一緒かと思ったんだが」

 きょろきょろと周囲を見回してタシアンが呟いた。彼の言う『あの馬鹿』とはガルのことにほかならない。タシアンからしても、そんなにアイザとガルはべったりしているように見えたのだろうか。

「……ガルとは、今は会いたくない」

 むすりと不機嫌になったアイザに、タシアンは目を丸くした。何かがあったのだろうと察したのか、タシアンはくしゃりとアイザの髪を撫でて笑う。

「……試験終わったんだろ? お疲れ、どうだった?」

 それもあまり触れられたくない話題なのだが、アイザは苦笑しながら「まぁまぁかな」と答えた。三日目までの試験は文句なしの高得点だったので、総合すると悪くはなかった。アイザの求めていた結果には届いていないけれども。

「タシアンも忙しかっただろうに、迎えに来てもらって迷惑じゃなかった?」

 国境騎士団の団長としてでも多忙だろうに、今はイアランにもだいぶこき使われているらしい。

「いや、もとから今回は俺が行くつもりだったんだ……いろいろあってな」

「……それなら、いいけど」

 含みのある言い方なのは、おそらくアイザには聞かせられない内容なのだろう。それをわかって問い詰めるほどアイザは愚かではない。

(……やっぱり、わたしの扱いって面倒なんだろうなぁ……)

 隠された王女とはいえ、その事実は以前よりも確かに広まっているだろう。安全なマギヴィルを離れてルテティアに向かうまでの道中で何もないとは言えないかもしれない。

 そのことに、アイザもマギヴィルで暮らすうちに気づかされた。クリスというルームメイトのおかげで。

「でもおまえが自分で俺を指名するとは思わなかったな。なんかあったのか?」

 もちろんアイザも、タシアンを呼びつけるなんて本来なら考えなかっただろう。タシアンが信頼して寄越した迎えならアイザも信用できる。以前ほど何も出来ない女の子ではないのだ。

「聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

 首を傾げるタシアンを見上げる。おそらく誰もが二人を見ても、そこに血縁関係など想像しない。

「……第一王子だって言わなかったのは、なんで?」

 タシアンの性格上、たまたま忘れていたなんてありえない。リュースの死後アイザを保護しようとしていたのは、アイザが異父妹だからではないのか。


「……わたしが異父妹いもうとなのは、迷惑なのかな」


 異父兄あにだと、名乗りたくもないほどに。



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