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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第三部
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第二章 折れない強さ(2)

 ヒューとケインに励まされたものの、鬱々と考え込んでしまってあまり食が進まず、アイザは結局半分近く夕食を残して部屋に戻った。クリスはとっくに食事を終えていたらしく、部屋に入ると試験勉強をしているらしいクリスが机に向かっていた。

「……ただいま」

「なんだ、どうした。また辛気臭い顔して」

 アイザの顔を見るなりクリスは顰め面になる。辛気臭いはないだろ、と反論しようと口を開いてやめた。部屋の片隅にある姿見に映る自分は、確かに辛気臭い顔をしている。

 クリスはため息を吐き出すとペンを置いてアイザのほうへと身体を向ける。

「そういう鬱陶しい顔するならさっさと吐き出せ。こっちの気が散る」

 どうやらクリスは話を聞いてくれるつもりらしい。言い方が乱暴なのにはすっかり慣れて、アイザにはそれが彼の優しさなのだとわかる。

「……ガルが」

 アイザもごちゃごちゃしたままの頭を整理したくて、気づけば口を開きぽつりぽつりと夕刻に起きたことを話した。


「は? 馬鹿犬がこてんぱんにやられた? 誰に?」


 信じがたい、といった顔でクリスは問いかけてくる。誰に、と言われてもアイザもよくわからない。レグと名乗った青年を思い出しながら答えた。

「赤茶の髪の、二十代前半くらいの男の人だったな……それで、獣人って、言ってた」

 少なくともアイザは今まで会ったことのない人だったし、ガルの反応からも顔見知りではない。突然現れた不思議な青年にただ困惑するばかりだ。

「獣人……? あ、あー……」

 訝しげな顔をしたあとでクリスは何やら思い当たったらしく表情を変えた。

「心当たりがあるのか?」

「……ある、といえばある」

 はぁ、とため息を吐き出しながらクリスは髪をかきあげた。まとめていたふわふわの金髪が乱れる。

「前に、《《来る》》って言っただろ。……たぶんそれだ。俺が学園側に頼んで、獣人を呼び寄せてもらったんだ」

 少し居心地悪そうなクリスはアイザから目を逸らしたまま、ぽつりと答えた。アイザは思わず「え?」と声を漏らす。

「……なんで?」

 クリスには獣人など縁のない存在だし、彼が獣人に会いたがるとは思えない。そしてクリスは、理由がないことをするような人間ではないのだ。

「あの馬鹿、獣人のことはなにも知らないんだろ。人と見た目がほとんど変わらないとはいえ、人と獣人じゃ体質は違う。獣人については研究も進んでないし、あいつが知っていること以上のことは誰も知らない。それこそ、獣人以外は」

 あの馬鹿、という言葉が示すのはガルだろう。ガルも獣人については暗闇でも灯りが必要ないくらいに見えるということと、耳がいいこと、そして動物となんとなく意思疎通がとれるらしいということくらいしか知らないようだった。

「自分のことを知らないってのは足元が不安定なままなのと同じだ。誰だって落ち着かないだろ。……ちゃんと知る機会が必要だと思った」

 だから学園側に頼んだのだという。おそらくただの一生徒では話を通すことは難しかったはずだ。セリカなどを通じて、王族であるという手札も使ったのかもしれない。

「……クリス」

 意外だった。クリスがそこまでガルのために考えていたなんて、思ってもみなかった。いつも喧嘩ばかりしていたし、馬が合わないのだろうとばかり思っていた。

「……おまえ、意外とガルのこと考えてくれていたんだな」

「意外とってなんだ意外とって。別にあの馬鹿のためじゃなく、こっちにとって利用価値があるか確かめるためにも必要だったってだけだ」

 むすっといじけたように頬を膨らませながらクリスはくるりと再び机に向かい始めた。勉強を再開するという名目で話を切り上げたかったのだろう。

「ありがとう、クリス」

「礼を言うのは間違ってるだろう、おまえ馬鹿犬がしょげてんの忘れたのか」

「忘れてないよ、大丈夫」

 アイザは少し気持ちが浮上して柔らかく笑う。ヒューもケインも、そしてクリスもガルのことをこんなに考えてくれているのだ。だから大丈夫。素直に今はそう思える。





 翌朝、いつものように身支度を整えたあとで食堂へと向かう。その途中でガルは必ず待っているのだが、その日そこにいたのはなぜかヒューだった。

「おはよ、アイザ」

「ヒュー? どうしたんだ、ガルは?」

 もちろんヒューと一緒に朝食をとることもあるが、約束しているわけではないし毎日ではない。ガルがいないことがおかしい、と感じるくらいに彼は毎日忠犬のごとくアイザを待っていた。首を傾げるアイザにヒューは苦笑した。

「いやー……それがあいつ集中してさっぱり動かないからさ、アイザなら反応するかなって」

「……は?」

 来ればわかるよ、というヒューのあとをついていくと、やって来たのは自習室だった。なぜ自習室に? とアイザはますます首を傾げる。

 試験間近ということもあって、朝だというのに自習室の席はちらほらを埋まっている。だがそろそろ片付け始めている生徒がほとんどだ。

 声を潜めて自習室へ入ると、ヒューが隅のほうを指差した。つられるように目を向ける。

「は!?」

 思わず飛び出た声に、あちこちの生徒たちはじろりとアイザを睨んだ。アイザは口元を手で覆いながら申し訳なさそうに頭を下げる。自習室で騒ぐのは明らかなマナー違反だった。

「昨日の晩、寝る直前になって突然部屋に来てさ。ケインのノート片っ端から借りてったんだよ」

 自習室の隅で黙々と勉強しているのは、ガルだった。あんなに座学を嫌がっていたのに、机にかじりつく様にしてペンを走らせている。アイザがやって来たことにすら気づいていないらしい。

「俺らが声かけても全然ダメでさ。ケインが席取ってるはずだから、あいつどうにかして連れて来て。俺も先に食堂行ってるな」

「うん、ありがとうヒュー」

「いいよ。あいつ、変な方向だけどどうにか元気になったみたいだな」

 良かったじゃん、と笑いながらヒューは先に自習室を出て行く。ちらほらといた生徒たちも朝食のためにいなくなり始めていた。

「ガル」

 歩み寄りながら、聞こえるであろう声量で名前を呼ぶ。彼の耳なら間違いなく聞こえるだろうに、よほど集中しているのかガルの握るペンは止まらない。

 苦笑してアイザはガルのすぐそばにたった。

「ガル」

 とんとん、と肩を叩きながら声をかけると、驚いたように「うわ!?」とガルが声をあげた。慌てて静かに、と人差し指を口元にたてると、ガルもしまったと口を覆う。

 だがよく見ると自習室には他の生徒はもういなくなっていた。そのことに気づくと、ガルとアイザは目を合わせてくすくすと笑った。

「びっくりしたー」

「わたしだって、ガルがこんなに集中して勉強しているなんて思わなくて驚いたよ」

 声をかけても気づかないんだから、とアイザが言うとガルは本当に気づいていなかったらしい。自分でも驚いていた。

「食堂に行こう。早くしないと朝食食べ損ねるぞ」

「え? もうそんな時間?」

「そんな時間だから迎えに来たんだろ」

 思い出したかのようにガルの腹の虫が悲鳴をあげる。

「そういや昨日の晩も食べてなかった」

「今日は雨になるかもな。ガルが勉強して、ごはんを忘れるなんてらしくないことするから」

 外は快晴だが、これから雲行きが怪しくなってもアイザは驚かないだろう。むしろほらやっぱり、と笑うに違いない。

「しょうがないだろ」

 ノートを片付けて立ち上がったガルが、ごくごく自然に、そう言った。

「無知は無力だって。あいつ、言ってたし。なんとなく、意味わかるような気がするし」

 アイザはガルの言葉に驚いて足を止める。

「強くなりたい。だから、必要なら勉強だってするよ」

 一晩のうちに、ガルはしっかり昨日の敗北を飲み込んで糧にしたらしい。その横顔は、なんだかいつもより凛々しく見えた。



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