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魔法伯爵の娘  作者: 青柳朔
第三部
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序章 きょうだい

 もうすぐマギヴィルは試験期間に入る。筆記試験や実技試験、レポートの提出で生徒も教師も慌ただしくなる時期だ。

 それが終われば、年末年始の長期休暇がはじまる。およそひとつき、マギヴィル学園を含めた学生特区はすっかり空っぽになるのだ。


 ――あれこれと考えた結果、アイザはタシアンに宛てて手紙を書いたのが今からおよそ半月前の話である。


 長期休暇の間、アイザはもちろんルテティアに帰るつもりだった。イアランがアイザに会わせろと言っているのはタシアンやレーリからの手紙でもよく触れられていたのでなおさらだ。帰郷が近づくにつれ、ルテティアまでの道中、護衛が必要だとイアランやタシアンが主張するようになった。長距離移動において、彼らは信頼できる者にアイザを任せなければ安心できないらしい。レーリからの手紙ではおそらくまた自分が行くことになるのでは、と書いてあったが幸いそれは彼の杞憂に終わった。


(……もしかしたら、レーリは迎えに来るよりたいへんなことになるかもしれないけど――)


 半月前の手紙には、タシアンに迎えに来てほしい、と書いた。

 団長不在の間の代理はおそらくレーリが務めることになるだろうし、仕事は確実に増えるはずだ。申し訳ない、と思いながらも護衛をつけずに帰る、という選択はアイザに与えられなかった。

 護衛なんて大袈裟だと正直思っている。アイザは裕福な家で育ったご令嬢でもなければ、絶世の美少女でもない、ごく普通の女の子だ――と少なくともアイザ自身は思っている。アイザの護衛にと人員を割くほどのことではない。

(それに――)

「今はルーもいるんだから、そんなに心配いらないのにな」

 届いたばかりの返信を見てアイザは苦笑する。足元のルーは「もちろんだ」と言うように尻尾をぱたぱたと振った。どうにもアイザの周りは過保護な人物が多いのが、贅沢な悩みの種だ。


「なんだそれ? ルテティアからの手紙か?」

 机で手紙を読み終えたアイザに、ちょうど帰ってきたクリスが首を傾げた。時期的に試験勉強をしていると思ったのだろうが、アイザの机には勉強していたような痕跡はないので不思議だったのだろう。

「ああ、うん。長期休暇で帰るって連絡したんだ。ルテティアまで護衛をつけるってうるさいから……それならタシアンに来てくれって頼んでいて」

 ミシェルと出会い、彼女の話を聞いたこともあって、アイザにはタシアンに尋ねたいことがたくさんある。護衛として彼が来てくれるのなら、ルテティアまでの道中でいくらでも時間はあるしちょうどいい。もちろん多忙な彼が来てくれるかどうかは一種の賭けだったし、こんなわがままめいたことを実の父親にすら言ったこともないアイザにはたいそうな冒険だったわけだけども。

「へぇ、兄自ら迎えにくるのか」

 クリスは上着を脱ぎながら呟いたそれに、アイザは目を丸くする。

「……は? いや、無理だろ」

 兄自ら。

 アイザの兄はルテティアの王太子であるイアランである。しかも、長期休暇の間に戴冠式を執り行う予定の大事な身だ。そんな人物がアイザを迎えにくるはずがない。

(そもそも、わたしはタシアンって言ったのに――)

 しかしクリスは「はぁ?」と訝しげに首を傾げた。会話が噛み合っていないような様子に、アイザも眉を寄せる。

「だって来るんだろう? タシアン・クロウが」

 その発言に、アイザは目を丸くした。

 クリスは確かにタシアンだとわかっていて言っている。わかっていて、兄だと言ったのだ。アイザの出生についても承知している、クリスが。

「……え?」

 アイザの口からは、そんな呆けた声しか出てこなかった。

(兄自ら。兄……わたしの兄と呼べる人って)

 無意識にイアランだけだと、思っていた。

 けれどもう一人、女王の子はいたはずだ。


『……もうひとりいただろう、前の旦那との』

『ああ、でもそれは殿下が生まれたときに王位争いをさけるためだとかどうとかで、廃嫡されて城から追い出されたんだろ?』


 ――廃嫡された第一王子。ちょうど、年頃はタシアンくらいではないだろうか。

「……もしかして知らなかったのか? タシアン・クロウが元第一王子だって」

 アイザのただならぬ様子に、さすがのクリスも察したらしい。まさか、と言いたげな顔で問いかけてきた彼に、アイザはゆっくりと頷いた。


(タシアン……!)


 ふるふると震える拳を握り締めながら、アイザは驚けばいいのか怒ればいいのかわからずに言葉を飲み込んだ。


 ……聞きたいことが、またひとつ増えてしまった。



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